イヌカレたのはホノオのネッコ
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第壱話「コマイヌとネコマタ」
前書き
暁デビュー1周年記念作品。
たまにはシンフォギア以外の分野にも手を伸ばしてみたかったので、読み切りとして書いてみました。
反響次第では続編出します。感想、評価よろしくお願いします。
太陽暦佰九拾八年。
世界は、世界地図が描き変わるほどのとある大災害を境に始まった、人体発火現象による脅威に怯えていた。
突然、人が生きたまま発火し、自我を失い命尽きるまで周囲を焼き尽くす「焔ビト」となってしまうのだ。
国は人々を炎の恐怖から守り、人体発火現象の原因と解決策を究明するべく、「特殊消防隊」を結成。この驚異の対応に当たらせている。
人間の最も多い死因が焼死となったこの世界で、彼ら消防官は日々、人々の希望として戦っているのである。
これは、そんな特殊消防隊に所属した若者達の物語──
✠
東京皇国、新宿区。
国内に8つ存在する庁舎の中で最も大きな聖堂を有する、特殊消防隊のエリート部隊……第一特殊消防隊。
そこでは今日も、いつ何時発生するか分からない人体発火現象に備え、訓練する隊員達や、神に向けて熱心に祈りを捧げる聖職者達が行き来していた。
そして、厳かな雰囲気漂うその中で……とある消防官が悲鳴を上げていた。
「待ぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!こんにゃろおおおおおおおおお!」
顔を真っ赤にした黒髪ツインテールの女性消防官が、頭頂にアホ毛の生えた黒髪の男性消防官を追いかけている。
「すみませんすみませんすーみーまーせぇぇぇぇぇん!!ごめんなさぁぁぁぁぁい!!」
一方、彼女に追い回されている男性消防官は、何度も謝罪しながら、庁舎の廊下を全力疾走していた。
「今日こそは逃がさねぇぞ!このラッキースケベ野郎!!」
「原因はお前の“ラッキースケベられ”だろうが!だぁーもう、不幸だぁぁぁぁぁ!!」
疾風の如く駆け抜けていく2人を、他の消防官やシスター達は面白半分、呆れ半分と言った表情で見守っている。
そんな2人の行先に、肩まである茶髪を後ろで縛り、眼鏡をかけた消防官が、額に青筋を浮かべて立ち塞がった。
「お前ら!廊下を走るんじゃあないッ!!」
「げっ、鬼灯先輩ッ!?」
まるで鬼のような形相で立ち塞がる先輩に怖気付き、男性消防官は慌てて立ち止まろうとする。
ところが、それが悲劇の引き金だった。
足を止めようとした男性消防官の足元に、ちょうど壁から剥がれ落ちてしまったポスターが飛来し、彼はそれを思いっきり踏んずけてしまったのだ。
「どわあああああっ!?」
絶叫を上げ、天井を見上げながら派手にすっ転ぶ男性消防官。
彼の悲鳴と転んで背中を打つ音が、廊下に響き渡る。
だが、そこへ更なる悲劇が到来した。
「どうぇええええええええッ!?」
なんと、彼がコケたことで同じく足を止めようとした女性消防官が、足を引っかけ躓いたのである。
「おっととととととととと、と、と、と……わあああッ!?」
バランスを崩し、両手腕を鳥のようにバタバタさせながら二、三歩踏み出す女性消防官。
抵抗虚しく遂にバランスを崩した彼女は、男性消防官と同様、派手にすっ転んだ。
「いってて……チクショウ、派手に転んだぁ……」
「いたたた……やっぱり不幸だ……え?」
「ん……?」
立ち上がろうとする二人。
だが、目の前に映ったものに一瞬、思考が止まる。
女性消防官が見たのは、男性のものと見られる2本の脚。
そして、男性消防官が見たものは……ムチムチと程よく肉の付いた健康的な太腿と、その間に存在する黒い布だった。
「………………」
「………………」
三拍ほどの沈黙。そして……
「「わあああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」」
庁舎全体に聞こえるほどの絶叫であった。
「うるさッ!お前らちょっとはボリューム下げろよ!?」
先輩と呼ばれた男性、鬼灯 飛弾一等消防官は両耳を塞ぎながら訴えた。
「なんでまたラッキースケベられてるんだよー!興梠のド変態ー!!」
「俺だって好きでラキスケってるわけじゃないんだよ!!毎回毎回不幸な事故なんだよ古達ちゃん!!」
「だったらその“不幸体質”を何とかしろよー!!」
「古達ちゃんこそ、その“ラッキースケベられ”どうにかならないのかよ!?」
「お前らちったぁ俺の話も聞けよ!?」
互いから離れるなり、またもや言い争いを始めた後輩達に、ホオズキは頭を抱える。
「まったく……お前達はどうしてこう、いつも落ち着きがないんだ」
「だって興梠が!」
「だって古達ちゃんが!」
「うるせぇ!言い争ってないで、とっとと持ち場に戻れ!!」
このままでは、いつまで経っても埒が明かない。
ホオズキは2人を一喝すると、深く溜息を吐いた。
「ホント退屈しねぇな、お前らは……」
「何かと思って来てみたら、またいつもの2人か……」
そんな彼らを、遠巻きに見守る3人の男がいた。
いずれも白い神父服に身を包んでおり、只者ならぬ雰囲気を放っている。
「二等消防官の環 古達に狛司 興梠。入隊から既に5日は経っていますが……まだあんな調子なのですか?」
金髪糸目に黒い中折帽の男……フォイェン・リィが呟く。
「相変わらず犬と猫みたいな奴らが、犬と猫みてぇに騒ぎやがって。お陰で騒がしいったらありゃしねぇ」
藍色の髪を刈り上げにし、銀色のヘッドホンを耳に付けた男……カリム・フラムは、呆れたようにそう言った。
「まあ、若くていいじゃないか!俺はいいと思うぞ!少年少女の甘酸っぱい青春、くぅ~……燃えてきたぜ!!」
そして、茶髪で瞳に星が浮かんでいる暑苦しい雰囲気の溢れる男……烈火 星宮だけが、隣の2人とかなり温度差のあるテンションで拳を握る。
彼ら3人こそ、この第1特殊消防隊を支える“中隊長”を担う者達である。
「カリム、烈火、あの二人は君らの隊なのでしょう?中隊長として、何とか言ってやるべきなのでは?」
「無理だな」
「ああ!無理だぜ!」
フォイェンの言葉を、2人はバッサリと切り捨てる。
「即答ですか……」
「ああ!環のラッキースケベられを止められるのは、俺くらいだからなっ☆」
「正直なところ、あの二人は一緒に居た方が被害の拡散を防げる。狛司の不幸体質は、環のラッキースケベられを集中させるからな。マイナスとマイナスを掛ければ、マイナスにはならねぇ」
2人を預かるカリムと烈火の言葉に、フォイェンは溜息を吐く。
「なるほど……。何と言いましょうか……どうかあの二人に、太陽神の加護が在らんことを。ラートム」
フォイェンは苦笑いしながら、ホオズキに引きずられて行くタマキとハクジに向かい、手を合わせるのだった。
✠
「それで、もう第一には慣れたか?」
向かい合ったデスクに座り、ホオズキ先輩は俺にそう尋ねた。
「まあ、少しは……」
「いつまでも訓練校気分じゃないんだ。とっとと慣れろ」
「そうは言いますけど、ここって聖陽教の色が強いじゃないですか。他とは雰囲気が違うというか、緊迫してると言うより厳かすぎて肩が強ばるというか……」
ホオズキ先輩の首から下がる十字架を、そして俺の制服の襟元に輝く十文字を交互に見て呟く。
聖陽教。それはこの国の国教であり、太陽を神と崇める一大宗教。
この第一特殊消防隊は、聖陽教との繋がりが強い。3人の中隊長は全員が神父であり、俺達一般隊員の制服もツナギではなく、神父服や巫女服となっている所がそれを顕著に表している。
庁舎の前には聖陽オベリスクが立っているし、聖堂の大きさも考えると、庁舎というよりまるで教会そのものだ。
なので、どうにも気が抜けないのである。
神の御前でダラける事など出来ようものか。
「俺達第一は、太陽神様を深く信仰する隊長達の元に集った、選ばれし精鋭だ。その自覚が出来た頃には、その緊張も苦ではなくなるさ」
「んー、慣れって恐ろしいですね……」
慣れるといつの間にか当たり前になって、慣れる前に感じていたものが薄れてしまう。
辛い訓練も難しい職務も、慣れればそうではなくなっていく。
だけど、慣れる事は決していい事とは限らない。
それは、俺がこの17年の人生で誰より学んだ事だ。
「慣れると言えば、お前のアンラッキーっぷりは訓練校の頃から変わってないな」
ふと、先輩が半ば呆れたような笑みでそう言った。
「訓練校どころか、子供の頃から変わってませんよ。俺の“不幸体質”は」
そう。俺、狛司興梠には、生まれついて備わったとんでもない体質が備わっている。
それは、自他共に認める程にアンラッキー……即ち『不幸』である事。
まず、一日に平均5回はバナナの皮や空き缶などで派手に転んでいる。
塗装中の建物の前を通ると頭上からペンキの入ったバケツが落下してくるし、頭上にハトがいる電線は避けて通らないと頭に糞が落ちてくる。
通行人にぶつかり特売で買った卵が全部ダメになった事もあれば、書き終えたレポートに足を滑らせた友人が差し入れのコーヒーをぶちまけた事もあったかな……。
酷い時には、何も無いところで突然頭に金ダライが降ってくる、なんて事まであるくらいだ。
これが幼少期の頃からずっと続いており、周囲からの哀れみの目がちょっと痛い。
太陽神様は何故このような事を……と天を仰いだ日も数知れない。
俺自身、この体質がある人生にすっかり慣れてしまったような気がしている。
だからこそ、「慣れる事は恐ろしい」と俺は胸を張って言えるのだ。かっこよくはないけどな。
「その不幸体質と同等クラスの人間がいるんだから、世界はまだまだ広いものだ」
「古達ちゃんには、本当に申し訳ないと思ってます……。入隊してから毎日のように迷惑をかけてしまって……」
環古達。第一に入隊して以来、俺の悩みの種とも言える存在だ。
俺と同じ日に入隊してきた彼女だが、何の因果か、彼女も俺と似たような体質を備えてしまっていたのだ。
それこそが、“ラッキースケベられ”である。
彼女は事ある毎に、周囲の男性に対して何らかのラッキースケベを誘発させてしまうのである。
例えば、転んだ拍子にすぐ近くにいた男性消防官の顔へと、その豊満な果実を押し付けてしまったり。
例えば、廊下の角でぶつかった拍子に、下着が丸見えになってしまったり。
例えば、すれ違っただけなのに何故かスカートが手に引っかかって脱げ落ちたり……。
取り敢えず、彼女のラッキースケベられに常識は通用しない。それくらい有り得ない状況で、ラッキースケベさせてしまうのだ。
そして、運の悪い事にその体質は、俺の不幸体質と共鳴してしまったらしく……俺が入隊して以降、古達ちゃんのラッキースケベられに一番遭遇しているのは、なんとこの俺なのである。
俺と古達ちゃんが同じ場所に揃うと、彼女のラッキースケベられは全て俺に集中するらしく、事実そうだという観測結果を入隊から3日の間に先輩が統計してしまった。
俺の不幸もここまで来たか、と肩を落としたのが記憶に新しい。
正直言って、こればかりは一番慣れちゃいけない不幸だと心の底から思った。
「……お前、それ本気か?」
「へ?」
先輩の言葉の意図が解らず、思わず聞き返す。
「いや、あれだけ毎日のように環ちゃんの事触っといて、何か思う所とかないのか?」
「何言ってるんですか先輩。嫁入り前の女の子にあんな事してしまうなんて、俺には申し訳なくて仕方ないですよ。土下座でも詫び足りないです」
「はあ……まあ、それはそうだが……」
先輩は苦笑いすると、珈琲を一口啜った。
俺は何かおかしな事を言っただろうか?
俺なんかの不幸に、あんないい子を巻き込んでるんだ。申し訳ないに決まってるじゃないか。
「狛司。正直なところ、お前は環ちゃんの事をどう思ってるんだ?」
「そりゃあ、いい子だと思ってますよ。真面目で、明るくて、気立てもいい。俺は嫌われてるのでツンツンされてますが、バーンズ大隊長や烈火中隊長達には尊敬の目を向けて懐いてる姿なんか、まるで猫みたいで可愛いいじゃないですか」
「いやいや、嫌われてるなんて事ないと思うぞ?俺には随分と仲が良さそうに見えるが?」
「そんなわけないですよ。会う度にガン飛ばされてるじゃないですか」
「まあ、確かにそうだが……」
先輩は顎に手を当てると、目を細めて俺を見る。
「付き合いたい、とか思った事はないのか?」
その言葉に、一瞬だけ息が詰まったような気がした。
「いえ……そんな事は」
「そうか?」
「俺なんかには勿体ないですよ。それに……俺じゃ彼女も不幸にしてしまう。現に、毎日ああですから……」
「……そうか」
それだけ言うと、先輩は再びノートPCに目を戻した。
──その時だった。
ジリリリリリ、と激しい鐘の音が鳴り響く。
「出動警鐘ッ!?」
「焔ビトか。行くぞ!」
危機を告げる鐘の音が、俺達の脚を先走らせる。
消防服に袖を通し、俺は所定の車庫へと向かった。
✠
『焔ビトは3体。各隊は手分けして捜索し、速やかに鎮魂せよ!』
「了解!」
中隊長カリムの指示に従い、ハクジとホオズキは現場の路地裏へと突入する。
「ホオズキ先輩、位置は?」
「待ってろ。今見つける」
ホオズキはそう言うと懐から一葉、緑色の栞を取り出す。
そこにマッチで火を付けると、栞と同じ緑色の炎が上がった。
栞を燃やして発生した炎を、ホオズキは頭上へと投げる。
すると炎は四方に飛び散り、そしてホオズキの目には徘徊する焔ビトの姿が浮かんだ。
「見つけた。南南西の方角、距離200」
「了解!」
ハクジはホオズキに言われた方向を向くと、クラウチングスタートの体勢を取る。
「残り2体は他の隊が当たるはずだが、鉢合わせる可能性もある。警戒はしておけよ」
「分かってますよ。行くぜ、“コマイヌ”ッ!」
そう言ってハクジは地面を蹴ると……四つん這いで走り出した。
直後、その両腕と頭上に炎が灯る。
まるで犬耳と前足のような形のそれは、さながら一匹の猟犬が獲物を追う姿を彷彿とさせる。
いや、彼の言葉通りなら『狛犬』と言うべきだろう。
この世界には、焔ビトの他に「能力者」と呼ばれる者達が存在する。
炎を操る力を有し、焔ビトと戦う事が出来る能力者は、その多くが特殊消防隊に所属しており、日夜戦っているのだ。
ホオズキは特定の条件下で炎を操れる『第二世代能力者』。自ら炎を発生させる事は出来ないが、特化型の能力を持つことが多い能力者に分類される。
そしてハクジは自らの体から炎を発し、また、その炎を操り攻撃手段に応用する事が出来る『第三世代能力者』だ。
「居た!」
壁を蹴り、壁を走り、障害物を飛び越えて、路地裏を走り抜けたハクジは、遂に焔ビトを発見する。
「がああああああああああ!!」
まるで地獄の悪鬼のような……あるいは、苦痛に満ちた悲鳴のような咆哮が轟く。
全身が炭化し、全身から炎を噴き上げながらなお動くそれは、ほんの少し前まで生きた人間だった誰かだ。
「熱いよな……苦しいよな……。今、眠らせてやる!」
「がああああああああああああぁぁぁッ!!」
目の前に現れたハクジを見るなり、焔ビトはこちらへと向かってくる。
ハクジは焔ビトに向かい合い、真っ赤に燃える両手を構えた。
「があああああああッ!!」
振り下ろされた腕を躱し、横に振るわれた腕を避け、真っ直ぐに突き出された受け流す。
「ぐうううううッ!?」
「うおおおおおおおッ!」
攻撃を受け流した事で生まれた隙を突き、焔ビトの顔へと拳を叩き込む。
焔ビトがバランスを崩した所で、ホオズキが到着した。
「がああああああああッ!?」
「ハクジッ!」
「先輩!鎮魂の祈りを!」
「ああ、頼んだッ!」
ホオズキは胸の前で手を組むと、鎮魂の祈りを唱え始める。
「炎ハ魂ノ息吹……」
ハクジは握った右手を広げ、焔ビトの方へと向ける。
「黒煙ハ魂ノ解放……」
掌の中心を焔ビトの心臓部……コアの存在する場所へと向け、狙いを定めて意識を集中。
「灰ハ灰トシテ 其ノ魂ヨ……」
炎が掌へと集まり、野球ボール程の大きさの球体型を形成する。
そしてハクジは、その炎を──
「炎炎ノ炎ニ帰セ」
真っ直ぐ、一直線に解き放った。
「ぎゃあああああああああぁぁぁ……!!」
焔ビトのコアが一撃で消し飛び、胸のど真ん中に風穴が空く。
コアを失った焔ビトは、それ以上活動を続ける事ができない。崩れ落ちていく焔ビトに向けて、ハクジは合掌した。
その魂が、どうか安らかに眠れるように……。
「ラートム……」
辺りはしんと静まり返り、風が塵を巻き上げ吹き抜ける。
ふう、と一つ息を吐き、ハクジは炭しか残っていない焔ビトの亡骸を見つめた。
──その直後だった。
「がああああああああああああぁぁぁッ!!」
頭上からの気配に振り返るハクジ。
そこには、もう一体の焔ビトが迫っていた。
「先輩ッ!!」
「しまっ……ッ!?」
ホオズキの頭上から落下してくる焔ビトの巨体。
間に合わせなければ……ハクジが飛び込もうとした、その時──
ハクジのすぐ側をすり抜け、一人の影が飛び出した。
「はぁッ!!」
聞き覚えのある声に目を凝らすと、細長く伸びた緋色の炎が見えた。
猫耳と二又の尻尾のような緋色の炎を放つタマキが、ホオズキを抱えて飛び退いた。
焔ビトは着地し、地面がひび割れる。
しかし、獲物を逃した事で隙が生じたのは見て取れた。
「興梠、今のうちにッ!祈りは私がッ!」
「ッ!ああ!」
「すまない、助かった!」
ハクジは体勢を崩した焔ビトへと向け、腕を十字に組む。
ホオズキは立ち上がると、再び合掌した。
「炎ハ魂ノ息吹……黒煙ハ魂ノ解放……灰ハ灰トシテ……其ノ魂ヨ……炎炎ノ炎ニ帰セ」
立ち上がった焔ビトは、ハクジの方へ向かって突き進む。
しかし、ハクジは怯むことなく、ただ冷静に焔ビトが距離を詰めてくれるのを待ち続ける。
「うおおおおおおおおおおおおッ!!」
そして次の瞬間、組まれた腕から十文字を描き、勢いよく放たれる炎。
裂帛の叫びと共に放たれたそれは、焔ビトの胸部を貫き、コアを吹き飛ばした。
「ぎゃあああああああああぁぁぁ……!!」
「ラートム……」
崩れ落ちる焔ビト。
その亡骸から炎は消え去り、黒炭へと還った。
「古達ちゃん……ごめん、助かった!」
「バカ興梠!私が来なかったら、今頃どうなっていた事か!」
「うっ……返す言葉もございません……」
開口一番に飛んできたお説教。
中隊長にバレたら怒られる……と、ハクジは冷や汗を流した。
「いや、狛司だけの責任ではない。先輩でありながら、警戒を怠った俺にも非がある……」
「いえ、鬼灯さんは悪くありません。いきなり頭上から」
「しかし……」
「まあまあ鬼灯ぃ!ここは二人っきりにしてやろうぜ!」
「ッ!?烈火中隊長!?」
突然肩を組まれ、驚く鬼灯。
烈火は声を潜め、鬼灯に耳打ちする。
「環は狛司に話したい事があるらしいんだ。俺達はちょっと邪魔だって事だな☆」
「な、なるほど……」
「じゃ、俺達はしばらく席を外すぜ!後は若い2人でごゆっくりなっ☆」
「れ、烈火中隊長!?ちょっと言い方に語弊がありませんかぁ!?」
何やらたタマキが抗議していたが、烈火は特に聞いている様子もなく、鬼灯を連れてそのまま路地裏を出ていってしまった。
あとに残されたのは、ハクジとタマキの2人だけである。
ハクジは両手を合わせ、深々と頭を下げた。
「頼む、カリム中隊長にだけは言わないでくれ……」
「どうしよっかな~。興梠には入隊してから毎日のようにスケベられてるし……」
「わざとじゃないんだ!俺も不本意なんだよ!!」
慌てて弁明するハクジ。
日頃から迷惑かけている事を気にしている彼は、そこを突かれるとどうにも弱い。
「頼む!これまでのお詫びと今回のお礼を兼ねて、今度駅前のスイーツご馳走するから!!」
「え、いいの!?」
「初任給入ったら奢ってやる!だから勘弁してくれ!!」
綺麗な角度で再び頭を下げるハクジ。
その瞬間、タマキの表情が変わった。
駅前スイーツ。その一言で目がキラキラし始めたのだ。
「今度オープンする予定のあの店でもいい?」
「構わん。行きたい店を選べ!」
「オープン記念のケーキバイキングでもいい?」
「好きなだけ食え!持ち帰り分も奢ってやる!」
「おお……おおおおお!?」
頭を下げたまま、勢いに任せて答えるハクジ。
彼からの魅力的な提案に、タマキはすっかり乗り気になっていた。
「そ、そういう事なら……考えてあげなくもないかな~?」
「本当に、古達ちゃんにはいつも迷惑をかけてしまって……だから、どんな形でもいい。少しでも借りを返したいんだ」
「……興梠、頭上げて」
タマキの声のトーンが、浮かれたものから真面目なものに変わった。
言われるまま、頭を上げるハクジ。
彼の目に映ったのは、自分を真っ直ぐに見つめるタマキの顔だった。
「興梠……私、お前が思ってるほど、気にしてないぞ?」
「……え?」
「いや、確かにラッキースケベの件は許してないけどさ……。でも、あれはそもそも私に原因があるわけだし……むしろ、迷惑かけてるのは私の方っていうか……」
「いやいやそんな、古達ちゃんはただ、そのよく分からない体質に振り回されてるだけで……」
「何だよ~、それはそっちだって同じだろー?」
「それは……そうだけど……」
「だったら、これでお相子。貸しとか借りとかなし!それでいいだろ?」
そこでニカッと笑って見せるタマキ。
ハクジは一瞬、頬を赤らめ顔を逸らす。
「ま、まあ……そういう事なら……」
だが、ハクジの頭頂のアホ毛はブンブンと風を切って揺れていた。
「それじゃ、戻るかー。中隊長達に報告しないといけないし」
「そうだな。今頃、他の部隊も鎮魂を終えてる頃だろ──」
そう言って、2人が路地裏を出ようとしたその時……ハプニングは起こった。
なんと、ハクジの足元に案の定、ポイ捨てされた空き缶が転がってきたのだ。
言うまでもなく、ハクジは派手にすっ転んだ。
「ぐおおおおおおおおッ!?」
「わああああああああッ!?」
隣のタマキも巻き込まれ、2人揃って派手に転ぶ。
「いててて……こんな時まで発動しなくていいじゃんアンラッキー!古達ちゃん、大丈……」
目を開け、タマキの無事を確認するため起き上がろうとするハクジ。
だが、その目の前には……。
「…………へ?」
「…………ぶ……?」
押し倒したかのような姿勢で、ハクジの顔を見下ろすタマキの顔があった。
訪れる数秒の沈黙。
一瞬で耳まで赤くなる二人の顔。
そして……
「やっぱり許さねぇぞコンニャローーー!!」
「何でこうなる不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
いつもと変わらぬ絶叫が、路地裏に響き渡った。
「また喧嘩してんのか……本当に騒がしくて騒がしく、騒がしい奴らだぜ」
「ですが、案外いいチームになるかもしれませんね」
「まあ、そうかもな……。だが狛司は後でランニング100週だ」
「……ラートム」
後書き
・狛司 興梠(はくじ こうろ)
年齢:17歳
誕生日:11月1日
概要:主人公。第1特殊消防隊の新人隊員。第三世代能力者であり、両腕から炎を飛ばす『コマイヌ』の能力を有する。能力使用時には炎は犬耳、尻尾、前足の形になって現れる。
自他共に認める超絶不幸体質で、一日に平均5回はバナナの皮や空き缶などで派手に転んでいる。
そのせいか、環と一緒に居ると彼女のラッキースケベられが集中してしまい、いつも叩かれては謝っている姿が日常化してしまった。
どれだけの不幸に苛まれようと前向きに生きようと、いつも笑っている。
・鬼灯 飛弾(ほおずき ひだま)
年齢:19歳
概要:狛司の先輩で、聖陽教を信心する第二世代能力者。
金属を染み込ませた栞を燃やした炎色反応により、索敵や読心など様々な能力を発揮する。
趣味は読書。邪魔されると栞を手裏剣のように投げつける癖がある。
読んだ本はそのまま積み重ねてしまう癖があり、積み重なった本が狛司の上に落下することもしばしば。
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