至誠一貫・閑話&番外編&キャラ紹介
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◆外伝・参◆ ~白蓮、奮闘す?~
「……恋は、呂布」
「ねねは陳宮、字は公台なのですぞ!」
……いやいや、こんな事ってあるんだな。
歳三からの書簡は貰っていたけど、まさかのまさか。
あの飛将軍、呂布が客将扱いとは言え、私のところにやって来るとは。
そして、隣のちびっ子。
見た目は何とも頼りないが、これでも歴とした軍師らしい。
その二人と今、北平の城で会っていた。
「私が公孫賛だ。二人の事は、歳三から聞いているぞ」
「……ん」
「お世話になるのです!」
「あ、いや。言っておくけど、二人とも一応、客将扱いだからな? ちゃんと仕事はして貰うぜ?」
……なんか、すっごく不安になって来たんだが。
「申し上げます!」
おっと、伝令が駆け込んできたようだ。
「どうした?」
「はっ! 黄巾党の残党を称する一団が、漁陽郡にて蜂起したとの知らせが!」
「またか。……呂布、陳宮。早速で悪いが、力を貸してくれ」
「……わかった」
「恋殿! 先ほどこの地に着いたばかりですぞ!」
「……ちんきゅー。歳三との、約束」
「ううー、仕方ないのです」
歳三との約束って何だ?
……まぁ、後で聞くとしよう。
それよりも、さっさと賊共を成敗してやらないとな。
私も正式に州牧に叙せられたのはいいんだが、やる事が減らないのは相変わらず。
そんな最中に、庶人を苦しめる不届き者など、余計に許せん。
「おい、それで賊軍の規模は?」
「いえ、そこまではまだ……。ただ、他の者が偵察に向かっているとの事ですので」
「そうか」
数がわからないのでは、兵をどれだけ用意すればいいのかも変わってくる。
出鱈目に全軍出撃など出来る訳がないし、第一それでは準備に時間がかかり過ぎる。
そうは言っても、これでいざ戦闘になってから、圧倒的に兵が少ないんじゃ本末転倒。
この辺りの匙加減が難しいんだよなぁ。
「今から二刻後に出る。それまでに、集められるだけの兵と糧秣の用意を。急げ!」
「ははっ!」
指示を出しておいて、私は二人を向く。
「済まないな。本来なら、歓迎の宴でも、と思っていたんだが。帰還後に埋め合わせするから」
「……(コクッ)」
「公孫賛殿、恋殿がおられるのです。まさに千人力、いや万人力ですぞ!」
ああ、陳宮の言う通りだな。
賊相手に後れを取るつもりはないけど、呂布がいてくれるのなら何の心配もないさ。
「賊軍の規模が判明しました。凡そ四万との事!」
「……わかった。ご苦労」
出撃して二日後、賊軍との邂逅が迫る中、斥候が戻ってきた。
結局、用意できたのは後追いも含めて一万五千。
輜重隊は別に五千の兵をつけて、準備が出来次第向かう手筈だ。
しかし、存外大規模だな。
この手の連中は、せいぜいが数千とかなんだが。
「公孫賛殿。この辺りの地図を見せて欲しいのです」
「ああ。それなら、これだな」
私は、卓上に地図を広げた。
一応、これでも幽州牧、大抵の地図は揃えているつもりだ。
……まぁ、噂じゃ、歳三のところにいる軍師は、もっと精密な地図を持っているらしいんだけど。
ないものねだりとは言え、羨ましいよな、やっぱ。
陳宮はジッと、地図を眺めている。
「何か思いついたか?」
「そうですなぁ。この地形ならば、このまま攻めかかれば勝負がつくでしょうな」
「このまま? でも、いくら賊でも数が違うだろ?」
「勿論、ただ単に突撃するだけでは、此方の損害も馬鹿になりませんな。ですから、一工夫するのです」
「一工夫ね……。わかった、お前さんの策、聞かせて貰おうか?」
仮にも軍師を名乗っているんだ。
きっと、私が考えるよりもいい策を思いついたに違いないさ。
で。
「これで全部ですな?」
「ああ。けどさ、葦毛の馬ばかり集めてどうする気なんだ?」
陳宮は、小さな胸を反らしながら、
「それは後のお楽しみですぞ。それよりも、賊軍に動きはありませんな?」
「あ、ああ。どうやら、此方の出方を見るつもりのようだな」
「ならば問題ありませんな。後はこのねねと、恋殿にお任せあれなのです」
「それはいいんだが……。私は、どうすればいいんだ?」
私としては、当然の疑問だった。
「む? 公孫賛殿は総大将ですぞ?」
「いや、そりゃそうだけど。それが、どうかしたのか?」
「もしや、ねねの策を信じていないのですか? それなら心外ですぞ」
むくれる陳宮。
「いや、そうじゃないって。私は確かに総大将だが、そんなに頼りないのか?」
「……は?」
「いや、だからさ。……そりゃ、私は呂布のように天下無双でもないし、陳宮みたいに策士でもないさ。普通だから、大人しくしてろ、って事なんだろ?」
ああ、私は何をやっても『普通』止まりさ。
政務も、戦も、人望も。
歳三や曹操みたいにはなれっこない。
歳三は、そんな私を買ってくれたけど……でも、他の連中から見ればやっぱり、特徴がない奴ってなるんだろう。けど、私だって剣は使えるんだし、馬術だってそれなりに自信はある。
言い返そうと思っていた時、それまで黙っていた呂布が口を開いた。
「……ちんきゅー。公孫賛も、一緒に戦う」
「恋殿。しかしですな、戦は総大将が討ち取られたら負けですぞ。ねねは、賊軍相手だからこそ、万全を期したいのです」
……何か、サラッと信用されてないって言われている気がするぞ。
「……でも、仲間外れはダメ。それに、公孫賛、そんなに弱くない」
「むむむ、しかしですな」
「……ちんきゅー」
ジッと、呂布に見つめられた陳宮、ハァと溜息を一つ。
「仕方ありませんな。では公孫賛殿には、葦毛の騎馬隊指揮をお願いしますぞ」
「任せておけ。……で、具体的にはどうすりゃいいんだ?」
一刻半後。
勝負は決していた。
こんなに淡々と語れるのは当然、我が軍の勝利で終わったから。
陳宮の策とは、葦毛ばかりを集めた騎馬隊と歩兵隊で軽く一当て。
当然、賊軍には馬が目につく。
数の上では劣勢だから、頃合いを見て兵を退かせる。
勢いに乗った賊軍をそのまま引き付け、伏兵のいる場所まで誘い込む。
で、伏兵に怯んだところに呂布率いる精鋭が突っ込み、切り崩す……って寸法だった。
策自体は的中し、賊は大混乱に陥った。後は呂布の鬼神の如き働きで、数多くの賊が屍と化していくばかり。
私も兵を率いて乱戦に加わり、それなりに敵を倒した……と思う。
まぁ、呂布が暴れてくれたお陰で、賊が完全に浮き足立っていたのはあるけど。
結局、賊軍は大将以下、四割程が死傷した時点で降伏して、戦は終わった。
「おおー、大勝利ですな」
「……こいつら、弱い。弱いけど、悪い奴。死んで、当然」
はしゃぐ陳宮と、淡々と話す呂布。
二人はそれでいい。
……けど、私はそうはいかない。
「負傷者の手当ては済んだか?」
「いえ、まだかかります!」
「急がせろ。降伏した連中の武装解除はどうなった!」
「はいっ! 只今確認を!」
戦の後始末、これも実に厄介だ。
とにかく、やる事が多く、しかも全てを迅速に終わらせる必要がある。
「なあ、お前達。何か手伝って……」
「……お腹空いた」
「おおー、それはいけませんなぁ。すぐに用意させますぞ!」
……どうやら、そんなつもりはないらしいな。
仕方ない、いつも通り私一人でやるしかないな。
客分である連中に、あれこれと命令する訳にもいかないしなぁ。
……なかなか世の中、ままならないな、全く。
ともあれ、諸々の事を片付けて、北平に戻れたのが、出撃して十日後。
あまりにもあっけなく決着がついた上、あの呂布が来たという噂が広まった結果。
大小の盗賊共が慌てて逃げ出したり、自主的に投降してきたりと、思わぬ余波があったらしい。
らしい、ってのは、戻ってからそんな報告を受けたからなんだが。
……当然、盗賊がいなくなるのは喜ばしい事なんだが。
その分、私のやるべき事もまた増える訳で。
「……これ、全部か?」
「はっ」
執務室に入った私を、落款待ちになっている書簡の山が待ち構えていた。
十日分の元々の書簡と併せてだが、これを片付ければ終わりじゃない。
その間にも、新たな書簡はやって来る。
せめて、落款をすればいいだけの状態になっているのならともかく、文官が起案して清書しただけの状態が大半。
……つまり、その分も私がやらないといけない訳で、一つの事案を片付けるだけでも結構な時間を取られてしまう。
そこまでこなせる人材がいないしわ寄せが、全部私のところに来てしまっているんだな。
「……無論、急ぎだよな?」
「はい」
文官頭が、とても無慈悲に見えてしまう。
けど、私が仕事をしないと、こいつらもまた困るという悪循環だけに、何も言えない。
「……わかった。すぐに取り掛かる」
ゆっくり休む暇もないけど、仕方ないものな。
……とと、少し眩暈がする。
いかんいかん、この程度でへばっていてどうする、私。
執務に取り掛かって半刻程過ぎただろうか。
書簡の山は殆ど減っていない。
というか、何かフラフラして、ちっとも集中できない。
「公孫賛殿!」
ん?
陳宮の声がしたような……幻覚か、これ。
「こ、公孫賛殿! どうなされたのです!」
「あ、あはははは……。何か、目の前がぐるんぐるん回ってるんだよ」
……あ、何かだんだん、意識が……。
「公孫賛殿? 公孫賛殿!」
だんだん、陳宮の声が遠くなっていく気がした。
……あれ?
額がやけに冷たい。
って言うか、何で天井が見えるんだ?
「おおー、気がつきましたな」
「……陳宮?」
「そうですぞ。ご気分は如何ですか?」
気分……?
そう言われて、だんだんと記憶が蘇ってくる。
「……あ。いけね、政務の途中じゃないか!」
慌てて起き上がろうとしたけど、身体に力が入らない。
「寝てなくては駄目なのです。医師も、暫くは安静が必要だと言っていましたぞ」
「医師……? って私、倒れたのか?」
陳宮は、呆れた顔で私を見る。
「見ての通りですぞ。過労で倒れるとは、いくら何でも働き過ぎなのです」
「……仕方ないだろ。私のところには、御覧の通り人材がいないのさ」
「しかしですな。公孫賛殿は州牧、今のままでは好ましくありませんぞ」
「私だって、わかってるさ。……けど、どうしようもないじゃないか。募集したところでこんな僻地まで来る物好きは少ない、かと言って人の集まる場所まで出かけられる程、私も暇じゃない」
「むう、ではどうするのです? またいずれ、倒れてしまうのです」
「……だよなぁ。人材は欲しいさ、けどその為の時間が取れない、人がいない」
本当、我ながら苦労性だと思う。
私なんかよりもずっと優秀な曹操や孫堅、董卓達には優秀な将や軍師がいる。
……歳三のところは、もう反則としか言いようがないし。
そりゃ、あの連中からすりゃ、私は凡人、普通もいいところさ。
けど、庶人の暮らしを守り、異民族の侵入を防ぎ、盗賊を討つ。
州牧として、当然の義務は果たしたい。
その為になら、寝てなんていられないってのに……はぁ。
「……公孫賛殿。とにかく、お休み下され。し、仕方ないからねねも手伝いますぞ」
「へ? 手伝うって……?」
「で、ですから、政務を手伝って差し上げるのです。ちょっとだけですぞ」
「ほ、本当か?」
思わず、陳宮の手を握ってしまう。
「その前に、まずは疲れを取って下され。ねねも、いきなりでは勝手がわからないのです」
「わかった。……ありがとう、陳宮」
ぷい、とそっぽを向いたまま、陳宮は部屋を出て行った。
ふふ、照れ隠しか。
……でも、本当に有り難い申し出だ。
安心した私に、睡魔が襲ってきた。
そして、一週間が過ぎた。
「うう、やってもやっても終わらん……」
「公孫賛殿、愚痴る暇があったら手を動かしなされ……」
「わかってるってば……はぁ」
どうにか床上げした私だったが、書簡がその間に減っている筈もなく。
結局、地道に仕事をするしかなかった。
陳宮が手伝ってくれたのは大いに助かっているんだが、もともと文官としての資質はあまりないらしい。
軍師ってのは、必ずしも政務にも向いてるって訳じゃないんだな。
そんな事を思っている間にも、新たな書簡が運ばれてきた。
これ、本気で過労死間違いないな、私。
「申し上げます!」
と、そこに伝令の兵が入ってきた。
「何だ? 書簡なら間に合ってるぞ」
「い、いえ……。公孫賛様にお目通りを、と申す者が」
「一体誰だ?」
「は。とにかくお目通りを、と。仕官を望んでいる模様です」
「……何だと? 今、何と言った?」
思わず、私は椅子を蹴って立ち上がる。
「い、いえ。ですから、仕官を望む者が」
「それを早く言え! 陳宮、暫く頼んだぞ!」
「公孫賛殿! それは殺生なのです!」
「仕官だぞ、仕官! おい、丁重に謁見の間にお通ししろ!」
「ぎ、御意!」
四半刻後、私は仕官希望の人物に会っていた。
「お目通り戴きまして、ありがとうございます。自分は姓を程、名を普、字を徳謀と申します」
丁寧な物腰で、歳は私と同じぐらいの女性だった。
鎧を着けているところを見ると、武官志望なんだろう。
……てか、すっごい美人だわ。
同性の私から見ても、羨ましいぐらい。
出ているところは出て、引っ込むところは……反則じゃないか?
「あの、公孫賛様?」
っと、思わず見とれちまった。
……言っておくけど、私は曹操みたいな趣味はないからな?
「あ、ああ、済まない。で、どうして私に仕官するつもりになったんだ?」
「公孫賛様の頑張りに感銘を受けた、という事ではいけませんか?」
「私の頑張り?」
「ええ。実は、私は揚州牧、孫堅様からお誘いを戴いている身なのです」
孫堅、か。
面識はないけど、勇猛果敢な人物だって事は知っている。
配下にも、結構優秀な人材が集まっているらしいとか。
「孫堅様は、尊敬に値する御方。私も、当初は揚州に赴くつもりでした。ですが、気が変わりました」
「どうしてだ? 見たところ、結構な遣い手のようだ。武を貴ぶ孫堅なら、さぞ重用してくれるんじゃないのか?」
「私もそう思います。……でも」
程普は、微笑んだ。
「孫堅様には、私がいなくても大丈夫でしょう。公孫賛様は……」
「……私は、普通だと言いたいのだろう? そりゃ、孫堅と比べられたら負けだよ」
「そうでしょうか? 私は、優劣など些細な問題だと思います」
「そうかなぁ」
「そうです。それを言い出したら、公孫賛様は、孫堅様よりも優れたところがありますから」
「私が? 武では完全に見劣りするし、将は誰もいないんだぞ?」
「はい。ですが、その代わり、お一人で何役もこなしていますよね? 内政も、軍事も、外交も」
「……仕方ないんだ。私はこの州の庶人、全ての命を預かっているも同然。だから、例え凡人でもさ、精一杯やるしかないんだよ」
「公孫賛様。失礼ですが、あなた様はご自分を卑下し過ぎかと」
……確かにそうかもな、誰からも普通普通って言われりゃ、卑屈にもなるさ。
「では、一つ伺います。公孫賛様は、今後もずっと、誰にも頼る事なく、お一人で何でもなさるおつもりですか?」
「それは……」
「一人で何でも抱え込むのは良くありません。あなた様ご自身が潰れてしまいます。結果、庶人にも、従う兵や将にも迷惑をかけてしまいますよ?」
「う……。その通りだな」
はぁ、やっと仕官してくれそうな人材が来てくれたってのに、何をやってるんだ私は。
頭を抱えそうになる私を前に、程普がふっと息を吐く。
「でも、率直な御方ですね。数々のご無礼、お許し下さい」
「いや、いいって。事実だしさ」
「……いえ。臣下の礼を取らせていただく御方に対しては、けじめをつけさせていただかないと、私の気が済みませんので」
そう言って、頭を下げる程普。
「え? じ、じゃあ……」
「はい。改めて、宜しくお願い致します、公孫賛様」
思わず、私は程普の手を握った。
「ほ、本当だな? 本当に、私に仕官してくれるんだな?」
「え、ええ」
「よし。じゃあ、宜しくな」
そして。
「公孫賛殿。そちらはどうですかぁ?」
「あ~、だいぶ片付いた筈……。程普は?」
「は、はぁ……。しかし、何処をどうやったらこんなに溜まるのですか……?」
「なんで、あたしまでこんな事やらされてるんだよ。おい、紅葉!」
喜びも束の間。
溜まりに溜まった書簡の処理が減る筈もなく、それを見た程普は盛大に溜息をついた。
「……とにかく、これを何とかしましょう。助太刀を連れてきます」
そう言って、彼女の友人だという少女を連れて来た。
どう見ても武人なのだが、
「読み書きが出来るあなたも、幽州の為に働くべきですよ。菫?」
「だぁぁぁ! それなら紅葉がやりゃいいだろうが! あたしまで巻き込むなっ!」
「……あら。じゃあ立て替えている半年分の酒代、今すぐ返して貰えるのですか?」
「うぐぐぐ、卑怯だぞ!」
「はいはい。口を動かす暇があったら、手を動かして下さいね」
……てな訳で、なし崩し的に手伝ってくれる事になっていたり。
この少女、名を韓当って言うらしい。
……まぁ、なんだ。
これが片付いたら、盛大に労いと歓迎の宴だな。
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