失われた信頼
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第四章
「女生徒へのセクハラ、生徒のお母さんへの不倫関係の要請、金銭の横領や強要等はです」
「全て平屋先生がですか」
「はい、実際にしようとしていたことです」
校長は教頭に答えて言う。
「もっともどれも成功していませんが」
「それは何よりですね」
「しかしです」
だがそれでもだというのだ。
「そうしたことをしようとしていたことは事実です」
「そしてその嫌疑を全て私に押し付けようとしていたのでしょうか」
田中先生は今回も校長の前に立っている。校長は自分の席に座り教頭は二人の間にいる。この配置は変わらない。
「そうなのでしょうか」
「それはあったでしょう。それに」
「それに?」
「自分で悪いことを企み実行しようとしているとわかっていたのでしょう」
それでだというのだ。
「それでその悪事を先生の誹謗中傷の材料としたのでしょう」
「そうしたのですか」
「おそらくは」
「そうですか。それでは」
ここまで聞いて校長はあらためて考える顔になった。そのうえで教頭と先生に対して述べた。
「では平尾先生の学校としての処分は」
「どうされますか?」
「一つしかありません」
教頭に対して厳しい声で答えた。
「懲戒免職です」
「それになりますか」
「教師としてあるまじき行いばかりです」
その全てがだった。
「そして犯罪もありますので」
「そうですね。生徒への虐待は明らかに傷害罪です」
「それしかありません」
懲戒免職以外にだというのだ。
「ですから」
「わかりました。それでは」
「そうしますので」
こうして平屋は懲戒免職になった。県の教育委員会でもこのことが決定されて社会的に抹殺去れることになった。だが話はそれで終わりではなかった。
田中先生の身の潔白は証明された。しかしそれでもだった。
噂は噂として残り時折、それも何年も言われたのだった。
ある日、事件から何年も、それこそ十年以上経ったその日にもう定年退職した校長と定年間近で他の中学校の校長になった教頭とふと三人出会い居酒屋で一緒に飲みながら先生は項垂れた顔で二人に話した。
「あれから十年以上経ちますが」
「それでもですか?」
「まさか」
「はい、噂は残っています」
平屋が流していた暴力やセクハラ、汚職の噂がだというのだ。
「そして今もです」
「噂としてですか」
「田中先生は言われますか」
「十年以上経ち他の中学校に転勤しましたが」
だがそれでもだというのだ。
「噂は残っています」
「ううむ、しつこいですね」
「あれからかなり経っているというのに」
「広まりそして残るのですね」
先生は項垂れた顔のまま話す。手にビールのジョッキがあるがそれには殆ど口をつけていない。あてにも箸をつけていない。
そのうえでその項垂れた顔で言うのだった。
「そうですね。噂を流した本人がいなくなっても」
「そうなるとは思いませんでした」
「根拠のない誹謗中傷だったというのに」
これは校長も教頭も考えていなかった。無論先生もだ。
しかし噂は実際に残っている。それで先生は今こう言った。
「噂は広の心に残りますから」
「例え嘘とわかってもですね」
「消えにくいのですね」
「そうしたものです。噂は毒です」
そしてそれはどういった毒かというと。
「簡単には消えずしかも広まっていく」
「そうした性質の悪い毒ですね」
「まさしく」
「そうしたものなのですね」
先生は項垂れたままだった。そうして。
酒よりもその毒のことを考えて暗い顔になっていた。事実はわかっても悪い噂は残り先生の信頼を傷つけ今も苦しめていた。例え根拠のないものでも。
失われた信頼 完
2012・9・2
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