幸福な役者
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第四章
「ローマだったね、上演は」
「はい、あそこです」
「あそこで今度は最高のジェルモンになろうか」
「悪魔そのもののイヤーゴの次はですね」
「そうなるよ。是非共ね」
マッチェリーニは微笑んだままライモンディに話す。
「よき父親になるよ」
「それでは」
「うん、次もね」
こう話してだった。彼はイヤーゴの次はジェルモンになる、それも最高のジェルモンになることを誓うのだった。
その上でローマに行き演じる。その評価はというと。
「いや、今回もですね」
「そうだね。マスコミだけじゃなく新聞からの評判もいいんd」
「聴いているとそれだけで優しくなるとか」
実際に新聞で書かれていることだ。
「いや、最高の評価だよ」
「そうですね。最高ですね」
「こうでなくてはね」
実に満足している彼だった。イヤーゴもジェルモンも好評だった。
その彼にある日若い記者がインタヴューでこう尋ねた。
「バリトン歌手でよかったといつも仰いますが」
「そのことだね」
「自分はバリトン歌手になれてこの世で最も幸せな者だとも仰っていますね」
「うん、その通りだよ」
マッチェリーニもその通りだと答える。
「僕は幸せ者だよ」
「ヴェルディのバリトンを多く歌えるからでしょうか」
「そう。他の作曲家の役も歌っているけれどね」
プッチーニにモーツァルト、ドニゼッティ、ロッシーニ、ベルリーニ、マスカーニ。彼の演じている役のレパートリーは多い。フランスオペラにもよく出る。
「特にヴェルディだね」
「そのヴェルディのバリトンを演じて高い評価を得られるからではないですね」
「それ以上にね」
彼はさらに言う。
「色々な役を演じられることがだよ」
「そのことが嬉しいのですね」
「うん、そうだよ」
その通りだというのだ。
「本当にね。色々な魅力的な役を演じられるから」
「マッチェリーニさんは幸せですか」
「この世で最高の幸せだよ」
様々な魅力的な役を演じ歌える、だからだというのだ。
「僕は本当に幸せな歌手であり役者だよ」
「様々な役をですね」
「そう。当たり役と言われる役も多いし」
明るい笑顔で語る。
「演じ歌うからにはね」
「そうしたことがあってこそですか」
「うん、だからだよ」
語るその声も晴れやかなものだった。彼は本当に幸せを感じていた。
マッチェリーニは引退してからも己を最高に幸せな役者であり歌手だと言っていた。バリトン歌手であってよかったと。そしていつも演じてきた様々な役のことを実に楽しそうに語るのだった。誰にもその最高の幸福を。
幸運な役者 完
2012・9・24
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