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Once upon a dream~はじまらないはじまりのものがたり~

作者:50まい
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10月10日(金) 朝

 父が三十年ローンで買った我が家の壁はわたしの拳ひとつでヒビが入ってしまった。それだけやるせない怒りがこもっていたと主張したいところだけれど、亀裂を発見した父の涙目を想像すると心が痛むので、目隠しにそっと水色のクッションを立て掛けてきた。誰かの目にとまる前に、この件は後でどうにかしておこう。



 とにもかくにも、何がいけないのかというと、夢が悪い。夢見が悪い。決して思わず壁を殴り付けてしまったわたしや、一般的な女性の力であっけなく砕ける壁面が悪いのではない。




 何故こんな悪夢ばかり見るのだろう…。




 しかもあの、視界を囲う特徴的な桃色の枠。まるで何かのゲームのようだ。わたしは勉強と関係のないゲームをあまり自分から進んで行うことはないが、友美があの様なアプリを携帯でよく行っているのを見る。なんと言ったんだか…一般的にイケメンと言われる男の子たちと恋愛するゲームだったことは覚えているのだけれど。




 そんなことを考えながら身支度を整え、最後に首もとのリボンをきゅっと結び、家を出ようとして鏡に映る自分の顔が幽鬼のようにゲッソリしているのに気づく。




 これはひどい。




 慌てて鏡とにらめっこしながら揉んだり押したり引っ張ったりしてみたが、果たして効果はあるのかないのか。




 しかしもう時間がない。今日は朝の生徒総会があるのでのんびりしている時間はないのだ。




 かえすがえすも、悪夢、許すまじ。




 結局少し駆け足で教室に入ったわたしを、友美がすかさず見つけてはやくはやくと手招く。




「どしたの今日。珍しく遅いじゃん。寝坊でもした?」




 話しながら、足は止めずに体育館への廊下を抜ける。




「ううん違うの。詳しく聞いてほしいところだけど、とりあえず総会終わってからにする」




「それが懸命ね。話ちゃんと聞きたいし。まぁうちの菩薩様は、例え総会中に喋っててもニコニコ許してくれるだろうけどね」




「ボサツ…」




 いや知っている。流石に今回は知っている。




 生徒総会を仕切るのは生徒会。そしてそのトップが生徒会長。




 この生徒会長、何でも由緒正しき寺の息子とかで、跡継ぎなのに腰まで伸びたサラサラの髪を武士のようにポニーテールに結い上げているのだ。




 何寺って言ったかな…確か学校近くの真言宗の寺だったと記憶している。ここら近辺の家は、みんな檀家だんかだ。全く信心などしないわたしでも、あの髪で住職さんはなにも言わないのだろうか…と思わずにはいられない。いや、もしかしたらお出かけする住職さんの鬘用に伸ばしてる…とか?ほら、アメリカだと伸ばした髪を病気の子のためにって寄付したりするし…。




 そんな何かと目立つ生徒会長、ついた渾名が「菩薩」と言う。




 なぜなら、いつもニコニコ笑っていて、何をされても怒らないからだという。




 それにしても、ボサツとは…。本人は了解しているのだろうか。




「おはようございます、みなさん。第四十三回生徒総会を始めたいと思います」




 キャーッ!と黄色い悲鳴が響いた。




 例の菩薩様が壇上に上がる際、近くにいた女子に手を振ったらしい。




「マヤ様ー!」




「キャーッマヤ様ー!」




 寂れた体育館は一転、彼が壇上に立つだけでまるで一等地で行われるアイドルのコンサートに早変わりだ。




 皆が口にするマヤとは、生徒会長の本名ではない。仏教を開祖したブッダの母親のことだ。イエス・キリストで言うマリアさまと同じ。なぜブッダ様ではなくマヤ様となったかと言うと、悲しいかな、美しきその相貌と長い髪が所以ゆえんだ。




 彼のファンはマヤ様呼びを好む。他の人が呼ぶ菩薩様呼びはちょっと揶揄が入ってる。




 ちなみに以上のことは全部友美がわたしに切々と語ってくれたことだ。




「うるッせぇんだよ、おまえら!!!」




 突如キィイイイーンと耳障りなマイクの音割れが反響する。




「毎回毎回飽きもせずピーピーギャーギャー!いい加減にしやがれ!」




 スタンドマイクを押し倒す勢いで青筋をたててる短髪赤髪のあの人は、副生徒会長。通称、不動明王改め、明王。




 ちなみにここまでがワンセットである。




 彼がいなければ、生徒総会はこの地球の終わりが来ようとも開始されることはないだろう。




 なぜなら生徒会長は「菩薩」。右のほほを打たれたら左をも差し出す人間だからだ。それがなんであれ、他人の好意を遮ることなどできはしないのだ。




 仏教の明王像は孔雀明王を除いて皆が皆泣く子も黙る憤怒の相だ。更に不動明王はあかあかと燃える火焔光を背負う。それがまるで副生徒会長の逆立った髪やぶちギレた姿と重なりいつしかついた渾名が「不動明王」。




 ちなみにこれも、友美が頬を染めながら教えてくれたことである。




 わたしはため息をついた。




 実はわたしは、言い方は乱暴だが、副生徒会長の言うことは最もだと思っている。あの人は見た目こそ不良みたいにピアスもじゃらじゃらつけてるし制服はだらしなく着ているが意外と常識人なんじゃないだろうか…真面目に副生徒会長をやっているし、会長のせいで滞りがちな総会もちゃんと進めてくれる。あの格好のせいで風紀委員とは犬猿の仲だとは聞くが、この学校一の苦労人は会長の幼なじみだという彼だろうと思う。合掌。




「で、なにがあったの?朝」




 騒がしい生徒総会を終えて教室に戻ると開口一番友美からそう突っ込まれた。




「その前に…。友美この前やってたゲーム見せて」




「この前?どれ?」




「ほらなんか男の子と仮想恋愛する…」




「乙女ゲーム?」




「乙女ゲームって言うのそのゲーム?それだと思う」




「オッケー。でも海月、乙女ゲームはゲームのジャンルであってアプリの名前じゃないからね?勘違いしてそうだから先に言っておくけども」




 勘違いしてました。




「そうなの…ありがとう」




「てゆーかもしかして海月もついに乙女ゲームに興味が!?えっそしたらね、オススメはこれじゃなくてやっぱり王道の…」




「友美、友美、違うの!ストップストップ!とにかくそのこの前やってたゲーム見せて?」




「えー…違うの?何だ~。折角海月も乙女ゲームにハマったかと思ったのにぃ~」




「ごめんね」




「一緒に盛り上がれるかと思ったのにぃ~」




「ごめんね」




 なんて言いながら友美が見せてくれたゲームだけれど、確かに、似ている…。




 金色の枠で囲われた中に綺羅綺羅しい男の子の絵が書かれていて、その下には『また会いに来てくれたの?嬉しいな』と出ている。




 わたしが真剣な顔でじっとそれを見ていたら友美がツンと肩をつついてきた。




「ちょっと。そんな生真面目な顔でやるゲームじゃないわよコレ。ハマったんじゃなかったらなに?乙女ゲームがどうしたっての?」




「友美。突然なんだけど、わたし、最近悪夢ばっかり見るの」




「うん?」




「こんな感じの」




 わたしは画面を指差した。




「ハッ!?こんな、感じ!?ちょっと待ってkwskハァハァ」




「と、友美?えー…と、本当にこんな感じで、左上に日付が出てて、10月15日…水曜日…だったかな?」




「で!?どんな王子様と恋愛を!?やっぱり金髪に青い目!?」




「ううん、王子さまじゃなくて…由路翔…」




「エッ!?」




「と、アレクサン…ドリア?」




「ハッ!?」




「なんかワケわかんないんだけど、選択肢?が出てきて、強制的に告白を了承させられるの…」




「えっなにそれうらやましいいいいぃいいい!!!」




「えっどこが?大嫌いな人種と無理矢理付き合わされるんだよ?拷問でしかないよ」




「お、おお、海月ちゃん言いますねぇ…そんな羨ましい夢…夢?」




 急に友美が黙りこんだ。




「友美?」




「いや、あたしがその夢みるならタダのヤバい妄想ですむんだけど、海月が見る?しかもここ最近?」




「友美自分でヤバいって自覚あったんだ」




「一応ね!?でも海月に言われるとグサッて来るなぁ…。ねぇ、表示されてた日付っていつだって?」




「10月15日。水曜」




「水曜?ちょーど来週じゃん」




「確かに。来週…ですね」




「…ちょっと待って。真面目に聞くね?どんな夢だったって?由路翔は何してた?」




「猫が出てきて、『助ける』『助けない』みたいな選択肢が出てくるの。でもわたしの意思は一切関係ないみたいで、『助ける』が選択されて勝手に猫を助ける。そこにトラックが来て轢かれそうになるんだけど由路翔に助け?られて…」




「テライケメン!!」




「ええ?」




「あ、すみませんほとばしりました、続きをどうぞ…」




「日付が変わって、何日だったかなぁ…11月…にかわって、そしたらなんか告白?みたいなことになって付き合うことになりました。最悪。以上」




「由路翔ファンに殺されるよ?」




「ファンなんているの?」




「いるよ!海月のバカ!夢でもあんなイケメンと付き合えるなんて!心の底から羨ましい~妬ましい~」




「友美…六条御息所みたいになってるよ…」




「…ろく?」




「源氏物語で嫉妬のあまり生き霊として顕れる人」




「古典かよ!?ホントもう…そんなとこがかわいいんだけど!」




 友美にがばっと抱きつかれて頭をぐりぐりと撫でまわされる。しかしいつものことなので特に反応もしない。




「面白みがないだけだよ…ちなみにアレクサンドリアの方もきく?」




「海月。さっきは驚きすぎてツッコめなかったけどアレクサンドリアじゃなくて、アレクサンドルね」




「そのサンドルがね…」




「あ、そっちとるんだ」




「あ、でも二人とも結局一緒かも?二択の選択肢が出てくるんだけど、わたしの意思関係なく向こうが喜ぶような方の回答が選ばれる。わ!思い出した。大きなハートが顔の横に出てくるの!」




 わたしは腕の鳥肌を擦る。




「で、同じく11月になって、告白される…どういうこと、これ?」




「まとめるわよ」




 友美が紙にサラサラとわたしが言ったことを書いてくれる。



 ・10月15日にフラグ

 ・選択肢がある

 ・選択肢は自分の意思で選べない

 ・攻略キャラは「由路翔」「王子」

 ・11月に告白イベ



「…フラグ?イベ?攻略キャラ?」




 わたしがその紙を見ると、何だかわからない言葉が散りばめられている。




「友美、これはな…」




「海月」




「にっ??」




 突然、ガッシリと友美がわたしの肩を掴んだ。




 超至近距離で顔を覗きこまれる。瞳孔が開ききった友美の目が爛々と輝いていて、控えめに言っても…こわい。




「海月。よく聞いて。もしかしたら、海月は…主人公かもしれない」




「はぁ、主人公…」




「もっと喜ぶとこだよ!?乙女ゲームの主人公よ主人公ッ!世界中の女子求める垂涎もののポジション、そう、それは『乙女ゲームの主人公』ッ!」




「あ、うちは間に合ってますんで。どうぞ」




「どうもどうも…って頂けたらどんなにか…ッ!」




 友美は机に伏せてダアンダアン!とやるせない思いを籠めた拳を顔の横に振り下ろす。




「海月ッ!」




 ガバッと友美が顔をあげた瞬間にキーンコーンカーンコーンと無情にもチャイムが話の幕をおろす。




「えええー今からってとこでしょー」




「先生来ちゃう。友美またあとでね」




「ううう、一時撤退もやむをえんか…」




 まだまだ話したそうな友美を置いて、わたしは自分の席に戻る。




『乙女ゲーム』の『主人公』?夢のなかでも、全く、あり得ない話だ。何より登場人物が実際の人間ということが気持ち悪い。いや、気持ち悪いのはもしかしたらわたしの頭…? 
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