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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第51話:伝わる想い、伝わらぬ想い

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 晴れて颯人と奏が恋人同士になってから一夜明け、二課の本部にて…………

「…………にへへ」

 周りに誰も居ないのを良い事に、奏は少しだらしのない笑みを浮かべていた。
 彼女の脳裏に浮かぶのは、昨夜海の上での告白からのキス。そしてその時胸に広がった彼へのどうしようもないほどの愛しさ。

 それを思い浮かべると、顔がニヤけるのをどうしても抑えられなかった。

「ふふ…………ッ!? おっとっと」

 しかし何時までも変にニヤけていては周りに不審に思われてしまう。別にバレて不利益がある訳ではないが、ニヤケ面を誰かに見られるのは恥ずかしかったので奏は頬っぺたを揉んでニヤけていた顔を元に戻した。

 そんな奏を、遠くから物陰に隠れながら観察する翼と響。

「翼さん、奏さんどうしたんですか?」
「さぁ? 今朝顔を合わせた時からずっとああなのよ。時々変にニヤニヤ笑ったかと思うと、慌てて真顔になったり」

 奏自身は誤魔化せていると思っているようだが、そんな事は無かった。翼と響には既に異変に気付かれており、昨夜何かがあったことを感付かれていた。

「ん~、奏さんがあんな上機嫌になる事って言うと……颯人さん絡みですかね?」
「颯人さん? …………ッ!? まさか……」

 響との会話、そして奏の雰囲気から翼は何かに気付いた。
 それを確かめるべく、翼は奏に近付いていく。

「ねぇ奏?」
「ん!? な、何翼?」

 突然声を掛けられたことに驚きつつ、何とか平常を装って翼に対応する奏。しかし慣れないポーカーフェイスは、次に翼の口から出た言葉にあっさりと剥がれ落ちた。

「奏、昨日の様颯人さんと何かあったでしょ?」
「えっ!? な、何で?」
「何かあったのが丸分かり。奏らしくない。そもそも昨日、マンションに帰った後颯人さんと何処かに出かけるところを見た」

 翼に指摘され、奏は己の迂闊さを悔いた。これでは颯人に張り合うなど夢のまた夢だ。

 尤も、もう2人の関係は張り合うとかそういう次元のそれではなくなっているのだが。

「えっ!? 奏さん、昨日夜颯人さんとデートに出かけたんですか!?」

 一方一緒に話を聞いていた響は、2人の会話にコイバナの気配を感じ物凄い勢いで喰いついた。彼女は多感な少女特有の直感で、特大のコイバナの気配を感じ取ったのだ。
 翼も翼で、相方の恋愛事情が気になるのか響と共に奏に詰め寄った。その様子は、完全に同年代の少女のそれだ。

 普段とはまるで違う相方の様子に、奏は逆に詰め寄られているにも拘らず逆に肩の力が抜けてしまった。そして肩の力が抜けると、颯人と正式に恋人同士になれた事が自然と口にする事が出来た。考えてみれば、気負う必要などどこにもない。別に付き合いが変わる訳でもないのだ。

「ん、まぁね。颯人のお誘いで夜景デートに」
「そ、それで? まさか夜景を見ただけで終わり、だなんて……」
「いや。今まで保留にしてきた答えをやっとこさ返すことが出来たよ」
「それって…………もしかして!?」
「うん……颯人と正式に付き合う事になった……って言えばいいのかな?」

 改めて気恥ずかしさに頬を赤く染めながらも、颯人と恋仲になったことを奏が告げた。
 それを聞いて、響は笑みを浮かべ顔を見合わすと颯人と奏の関係の進展を素直に喜んだ。

「奏、本当!」
「おめでとうございます奏さん!」
「いやおめでとうって、そんな結婚決まったりした訳じゃないんだから」

 響のあまりにも大袈裟な喜びっぷりに、奏は思わず苦笑を浮かべてそう呟いた。しかし颯人以外の相手との結婚など考えていなかったので、これは言葉の綾みたいなものだった。

 しかし──────

「え~、じゃぁ奏、俺以外の奴と結婚するつもりだったりする訳?」

 出し抜けに奏の背後から姿を現した颯人は、後ろから話しかけながら奏の首に腕を回して抱きしめた。所謂アスナロ抱きと言う奴だ。

 突然そんな事をされたものだから、奏は口から心臓が飛び出るのではと言うほど大口を開けて驚いた。

「うわぁッ!? は、颯人!?」
「よぉ奏、昨日は楽しかったな。それと翼ちゃん、響ちゃん、おはよう」

 奏の驚愕を余所に、颯人は暢気に翼と響に挨拶をする。挨拶された2人は、奏ほどではないがやはりいきなり姿を現した颯人に驚きを隠せない。
 だがそれ以上に2人の興味を引いたのは、明らかに奏の距離の近さである。以前も奏に対しては殊更にフレンドリーだったのだが、今の彼には奏に対する遠慮と言うものがまるで感じられない。

 それは奏にとっても同様だったようで、背後から抱き着いた颯人に対し顔を真っ赤にしながら抗議した。

「颯人!? 幾ら何でも近過ぎだっての!?」
「ん~? 良いじゃねぇかよ。今までずっとお預け状態だったんだから」
「だからって!?」
「それに奏も満更じゃないんだろ? 本気で嫌ならとっくの昔に拳が飛んできてる筈だし」
「うっ!?」

 彼の言う通り。奏自身決して嫌ではなかった。寧ろ心の何処かでは、こうして彼と今まで以上に堂々と触れ合えている事を喜ぶ自分が居る事を奏は理解していた。

「まぁ、確かに嫌じゃない…………嫌じゃないけど…………バカ」

 翼と響が見ている前で堂々とイチャついてくる颯人に、しかし奏も確かな心地良さを感じていて、だけど気恥ずかしいのは確かなので思わず横から覗き込んでくる颯人の顔から目を逸らした。
 しかし直ぐに視線は戻り、颯人の方を見ると堪え切れなくなった微笑みを彼に向けた。愛しい相手にのみ向けられる柔らかな微笑みに、颯人も歯を見せて笑い返す。

 そんな恋人同士の様子を目の前で見せられ、響はまるで中てられたかのように頬を赤く染めた。

 一方翼は、2人の様子に少し赤くなりながらも面白くなさそうに頬を膨らませると、奏に抱き着く颯人を引き剥がそうとした。

「颯人さん! 幾ら何でも近すぎです!」
「ちょっ、翼!?」
「お? ヤキモチかい翼ちゃん?」
「うっ!? え、えぇそうです! 私の前で奏を独り占めする事は許しません!」

 奏を取り合ってもみくちゃになる3人の様子を、響は暫く眺めていた。一瞬止めようかとも思ったが、何だかんだで楽しそうだったので止めようと言う気もすぐに失せる。

 何より、先程見せつけられた颯人と奏の様子にまだ口の中が甘ったるかった。

「ブラックコーヒー買ってこよぉっと」

 それは些細な、平和な一時であった。




***




 二課の装者と魔法使いが束の間の平穏を噛み締めている頃、ウィズから漸く解放された透とクリスは新しい隠れ家にした廃屋の中で真剣に顔を突き合わせていた。

「フィーネに…………会いに行くぞ」

 クリスのその言葉に、透は一瞬目を見開いたが直ぐに表情を引き締め小さく頷いた。
 彼も、そうする事の必要性を考えていたからだ。

「このまま逃げ続けても埒が明かねぇ。こっちからフィーネの所に殴りこんで、ケジメをつける!」

 正直に言って、それはかなり危険な判断だろう。敵はフィーネと彼女が召喚するノイズだけではない。彼女に協力する魔法使い達も居るのだ。

 ネフシュタンを纏ったフィーネとノイズ、そして場合によっては雑魚だけでなく幹部クラスの魔法使いまで相手にしなければならない可能性がある。普通に考えれば自殺行為だ。

 しかし、2人だって以前逃げ出した時とは違う。今の2人のコンディションは万全だ。多少の不利は跳ね除けられると言う自信があった。

 結果がどうなるか分からないが、フィーネのアジトに殴り込み何かしらの決着をつけ…………透はそこで、その後の事を考え首を傾げた。決着がついた後、クリスはどうするつもりなのか?

 透がその疑問を目で問い掛けると、彼の疑問を察したクリスは何かを堪える様な顔で俯いた。

「それ、は…………まだ、考えてない。いや、少し考えさせてくれ」

 本当はクリスも、透の言う通り二課と合流した方が良い事は理解しているつもりだった。響なんかは純粋に善意でクリスを助けようとしてくれたし、通信機越しでしかないが弦十郎は真剣にクリス達の身を案じてくれている。
 彼らに協力し、襲い掛かってくるだろう敵の魔法使いを迎え打つのが最善だと言う事は分かっていた。

 分かってはいたが、過去に両親を失った事と大人の事情に巻き込まれて経験した恐怖と不安、絶望がその一歩を踏み出すことを躊躇わせている。

 一言で言ってしまえば、怖いのだ。大人を信じてまた裏切られ、そして今度こそ透を失うような事になってしまう可能性をクリスは恐れていた。
 そんな恐怖で足踏みしている己を見て、クリスは自己嫌悪に陥った。

──情けないな……あたし──

 口先ではどんなに強気な態度をとっていても、結局根っこの部分は昔と変わらず弱く臆病なまま。そんな自分にクリスが心底嫌悪していると、徐に透が彼女を抱きしめた。

「わぷっ!? と、透?」

 いきなり何をするのかとクリスが問い掛けるが、彼は優しく彼女を抱きしめその背をゆっくり撫でるだけであった。
 するとどうだろう。先程まで感じていた恐怖や自分に対する嫌悪感が嘘のように消えていった。残ったのは透から伝わる温かさによる安心感だけ。

 我ながら現金な女だと、クリスは自嘲した。たったこれだけの事で胸を占めていた不安を忘れてしまったのだから。

 因みに、こんな2人だが正式に恋人関係になってはいない。何しろまだ互いを仲の良い幼馴染と言う認識で止まっていたところで捕虜となり、色恋なんて考える間もなく引き裂かれ、唐突に再会を果たしてしまったのだ。互いに告白なんてしている余裕はなかった。

 閑話休題。

 悩むクリスだったが、透は今すぐ彼女に答えを出させることはしなかった。もしフィーネとの件にケジメをつけ、その上で二課との合流を渋るようなら彼はその意を酌むつもりだった。

 今の抱擁はそういう意味を込めてのものである。言葉を口にする事が出来ない透にとっては、そう言ったアクションこそが相手に想いを伝える為の手段であった。そしてその彼の想いは確かにクリスに伝わっていた。

「透……ありがとう。ごめんな? 何時も、迷惑かけて」

 何時だってそうだ、あの頃から変わらない。透は何時だってクリスを支え、温かく包み込んでくれる。透の隣こそが彼女の居場所と言っても過言ではなかった。
 居場所だから、全力で彼に甘えるし愛しいと言う想いを前面に押し出せる。

 クリスは透の抱擁に応える様に彼の背に手を回した。それだけに留まらず、彼の胸板に頬擦りするように身を委ね、全身で彼を愛しく思う気持ちを伝えた。

 その想いは透の胸に深く染み渡り、透のクリスへの想いを強く刺激した。
 その刺激に突き動かされるように、透は彼女の見えない所で口を開く。何事かを言葉で伝えようとするが、その口から声が出ることはなかった。
 胸の動きで彼が何故か声を出そうとしている事に気付いたクリスは、少し体を離して彼の事を不思議そうに見た。

「どうした、透? 何か言おうとしたのか?」

 声が出せない事など彼自身が分かっている筈なのに、何故声を出そうとしたのか?
 それが分からずクリスが問い掛けたが、彼は物悲しそうな笑みを浮かべながら首を左右に振るだけであった。

 何でも無いとクリスに伝えた透は、彼女から少し離れると魔法でライドスクレイパーを取り出し何時でもフィーネの館に迎える様に準備を整えた。
 その際透は完全にクリスに背を向けていたので、クリスからは透の顔を見ることは出来なかった。出来なかったが、クリスはその後ろ姿から透が何かを悲しんでいる事を感じ取っていた。

 彼は一体何を伝えようとしていたのか? 気にはなるが、彼がそれを訊ねられることを望んでいないように思えたのでクリスはそれ以上彼に何かを問いかけるようなことはせず、彼と共にライドスクレイパーに跨ると一路フィーネの屋敷に向けて飛んでいくのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第51話でした。

翼が颯人にヤキモチ妬くかは悩むところでしたが、以前颯人が翼に遠慮する必要はないと告げたので必要以上に奏を独占されると嫉妬すると言う風にしました。嫉妬してはいますが、別に2人の仲を認めていない訳ではありません。

一方ここぞと言うところで分かり合えない透とクリス。これはクリスの中に透に対する罪悪感とかがあって一歩引いている事の表れでもあります。2人が本当の意味で分かり合えるには、あと一歩踏み込む必要が…………

執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに! それでは。 
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