Fate/WizarDragonknight
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はたらくサーヴァント
「……うわぁ……」
結城友奈は、口をあんぐりと開けていた。
讃州中学の制服をずっと使いまわし、どことなく擦り切れているが、生来の明るい表情のおかげで、それはあまり目立たなかった。しかし、薄汚れた赤髪が、その印象を逆方向へ塗り潰している。
「真司さん……本当にここで合ってるの?」
「あ、ああ……間違いない、はずだ」
隣のダウンジャケットの青年、城戸真司は頷く。彼は何度も手に持ったチラシと目の前のものを見比べている。
寒くなってきた季節に相応しい水色のダウンジャケットを着た茶髪の青年だが、その目つきに聡明さは皆無だった。
真司は頭を掻きながら、
「住所は合ってる。だから、ここなんだと思うけど……」
だが、彼の表情には不安が滲み出ていた。
不安を振り切った
「こりゃ……すごいな」
友奈と真司は、ともに口をあんぐりと開けていた。
真司が何度も持ってる案内と物件を見比べている。
そんな彼に、友奈が静かに「ここで合ってる?」と尋ねた。
真司は頷いた。
「間違いない……らしいな。ヴィラ・ローザ見滝原って名前も間違いないからな」
真司は木製看板を睨みながら確認する。二階建ての木造アパート。親どころか祖父母よりも年上らしき建物の敷地に入る。
庭に踏み入った途端、老齢の木の匂いが友奈の鼻を刺激する。神の力を得た樹とはまた異なるオーラに気圧されながら、真司に続いて錆びた階段を登った。
「なんか……今にも壊れそうだね」
「さすがにそれはないだろ? ……多分……」
真司も少し不安を示していた。一段一段登るごとに、ミシミシと音が鳴る。
「えっと……この部屋かな?」
真司が鍵を通したのは、二階の階段に一番近い部屋だった。ガチャと開錠し、軋むドアで中に入る。
乾いた藁の匂いで、友奈は少し懐かしく感じた。真司の次に入ったその1Kの部屋は、年頃の友奈が年上男性の真司と共同生活するには、少し狭く感いかもしれない。
「まあ、贅沢は言う気はないし、これくらいの部屋は文句ないな。友奈ちゃんは?」
「私はないよ」
友奈は靴を脱ぎ、何もない畳に腰を下ろす。東側から差し込む朝日に目を薄める。
「朝から来ちゃったから、結構余裕持って荷物そろえられそう! 私、引っ越しの手伝い経験あるよ」
「お! すごいな。んじゃ、ちゃっちゃと片付けよ!」
「うん! いくらでもやるよ!」
友奈は「頑張ります!」と両手をぎゅっと握る。
「おう! 俺も手伝うぜ! いくらでも来い!」
真司もまた、こいこいと手を振る。
「いやいや。そちらこそ」
「いやいや、そちらこそ」
「いやいや。そちらこそ」
「いやいや、そちらこそ」
同じやり取りを続け、友奈と真司は同時に重大な事実に気付いた。
「「「私」「俺」たちサーヴァントだから荷物なんて持ってない!」」
サーヴァントとは、召喚された英霊。つまり、生活に必要なものは何一つ持ち合わせていない。
もともとこの世界で生活するはずもなかったのだから、二人には、真司が数日バイトで稼いだ小金以外、何も持ち合わせがなかった。
「友奈ちゃん……これって、結構やばいんじゃ」
「うん……やばいかも?」
それはつまり、生活するための準備ができないということだった。真司がこの数日で稼いだ金だけでは、現代生活に染まった友奈と真司を満足させられない。
その時。
「ご心配には及びません」
「「⁉」」
いつからだろうか。玄関先に忍び寄っていた人物の姿に、友奈と真司は目を飛び出した。
「うふふ……驚いていただけたようで何より」
マダムと呼ぶべき人物。肩幅の大きな体と、高級そうな紫の婦人服。紫の大きな帽子を目深にかぶった彼女は、不敵な笑みを浮かべた。
「わたくし、大家の志波美輝と申します」
「は、はあ……。はじめまして。この度はどうも……」
真司が代表して頭を下げた。すると大家さんは、
「いえいえ。今夜は私の部屋にいらっしゃい。歓迎の宴をして差し上げますわ」
彼女はじっと真司を見つめていた。
そして。
「合わせ鏡が無限の運命を形作るように、人と人との出会いも無限の運命。大切にいたしましょう。ねえ?」
何を言ったか理解できなかった。ただ、横からの真司の顔は、驚愕だけを示していた。
「真司さん?」
「あ、うん。いや、大丈夫」
取り繕ったような笑顔を向ける真司。
続いて大家さんは、友奈に歩み寄る。
「わたくし、丁度昨日四国から帰ってきましたの。貴女も四国はよくご存じ?」
「⁉」
友奈は、驚きの表情を隠せなかった。そのまま友奈の耳元で、大家は囁いた。
「特に香川が好みでして。本日は駆ってきた讃岐うどんをご馳走しますわ」
四国。香川。讃岐うどん。これを友奈へ語るのは偶然か、必然か。混乱で、内心パニックに陥ってしまった。
ふふふと微笑を続ける大家さんは、そのまま奥の部屋へ戻っていった。
静かになった新しい部屋の中、真司が尋ねる。
「……なんか、食べに行くか?」
「……うん。そうだね」
今の友奈には、それしか言えなかった。
「よろしくお願いします!」
そうして始まった、真司のアルバイト。
当面の生活費を稼ぐために、ある程度の条件がいいところを探した結果、真司が行きついたのは、大手ファーストフード店だった。赤いトレードマークの帽子を装備した真司は、上司の女性へ頭を下げる。
「よし。意気込みはいいな」
彼女は満足そうに頷いて、そのまま色々真司に教え込んでいく。ポテト、ハンバーガー、ドリンク、持ち帰り。
そして接客。
「いらっしゃいませ!」
この挨拶にも慣れてきたとき、彼はやってきた。
「……何してるの?」
真司の前に現れた、ギリギリ未成年の少年。革ジャンの彼は、ジト目で真司を見つめていた。
この世界における、真司の数少ない知り合い、松菜ハルト。
「あ……」
そのあまりの出現に、真司は口をあんぐりと開ける。
「よ、よお。……マスター」
「いや、マスターじゃなくて名前でいいって言ったでしょ。あ、ハンバーガーセット三つ持ち帰り」
「オッケー。千五百円な」
「ほい」
真司の手に、記憶にはなかった新しい千円札が渡される。
「いや、俺たち普通に生活する方針になったじゃん。だったら、やっぱ生活費とか不安になるからさ。こうして働いているんだよ」
「ファンタジー設定なサーヴァントになんて現実的な話を持ち込んでいるんだか」
「決めたの俺じゃねえし。あ、お待ちどう」
「ありがとう。あ、それじゃあどこに住んでんの?」
「西見滝原のオンボロアパート」
「それじゃ分からないよ」
「ああ……あ、俺の連絡先……」
「ああ。知ってるけど……真司さん、携帯まだ買えてないの?」
ハルトは、真司の携帯電話を見ながら呟く。
「俺が旅してた時も、スマホは持ってたよ?」
ハルトが、そう言いながらスマホを取り出す。
「何で皆そんなの持ってるんだよ……この前お店行ってみたら滅茶滅茶高かったぞ」
「まあ、親の遺産でそこは何とかなったんだよな」
「遺産……?」
真司は顔をしかめた。
だが、ハルトは何てことなく話題をすり替える。
「でも、真司さんがここにいるのなら、あの子はどこにいるの? ほら、可奈美ちゃんのサーヴァント」
「ああ、友奈ちゃんのこと? さすがに中学生にバイトはさせられないからな。お金を渡しておいたけど」
「あはは……可奈美ちゃんは年サバ読みしてるなんて言えない……」
「何か言ったか?」
ビニールにセットを入れていて、彼の言葉を聞き逃した。
そのまま受け取ったハルトは、礼を言った。
「いや、何も。あ、どうも」
「ああ。でも友奈ちゃん、今どこで何してんだろ? ちょっと心配だな」
「心配?」
「ああ」
真司は強く頷く。
「ああいう年って、結構危ういところがあるからさ。ほら、俺たちサーヴァントとして召喚されたけど、アイツは結局まだ中学生だろ? 少し不安定なところあると思うんだよ」
「なるほど。でもそれ、俺より可奈美ちゃんの方がよくない?」
「あの女の子か」
真司の脳裏に、凄腕剣士の少女が浮かんだ。自己紹介で、その剣の腕を少しだけ見せてもらった時、脳が理解を越えたことを思い出す。
「でも、大丈夫なもんか?」
「大丈夫だよ。同じくらいの年の可奈美ちゃんも結構逞しいし」
「そう?」
「そう。じゃあ、俺はこれで。チノちゃんが待ってるから」
真司はそれでも不安を浮かべたが、帰っていくハルトへ問いただすこともしなかった。
後書き
ハルト「お風呂上りに耳掃除をすると、湿気っている」
可奈美「ごめん、何言ってるのかわかんないんだけど」
ハルト「何となく言いたかっただけだから、気にしないで」
可奈美「???」
ハルト「さてさて。今回紹介するアニメは……」
可奈美「待って待って! 今の流れでやるの⁉ この流れを切って!?」
ハルト「はい、こちら!」
___誰かのために___一生懸命___あなたもわたしも必死にはたらいいてる___
ハルト「はたらく細胞!」
可奈美「随分今回のタイトルにそっくりなアニメ持ってきたね」
ハルト「偶然の一致です」
可奈美「その言い張り無理ない?」
ハルト「放送期間は2018年7月から9月。大人気ぶりで、Blackやらはたらかないやら、外伝が多数存在するね」
可奈美「結構最近なんだね」
ハルト「その反響もすごくて、動画サイトも再生数はうなぎ登り、聖地巡礼もすぐ簡単! 体の大切さもよくわかる!}
可奈美「ポカリスエットは大事だね」
ハルト「健康第一。これを見ている皆も、健康には気を付けよう!」
可奈美「多分、ハルトさんが一番気を付けることだと思うよ……?」
ハルト「俺のどこにそんな心配があるっていうんだ⁉」
可奈美「当たり前のように野宿をする生活を選ぶのは健康心配になると思うよ⁉」
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