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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§10 都内決戦

暴風が吹き荒れる嵐の夜に、無数の狼が出現する。生まれでた狼達は、夜の街へと駆けていく。狼達が湧き出る中心、佇むのは最古老の魔王たるヴォバン。嗤う。嗤う。嗤う。哄笑が響き渡り、雷鳴が轟くその様は、見るもの全てに恐怖を呼び起こす。

「ハハハハハハハ……!!! 探せ!! 探し出せ!! 我が猟犬共よ!! 我が従僕達よ!! あの小僧を見つけ出せ!! あの巫女を見つけ出せ!! 私の獲物を連れて来い!!」

 彼が口を開くたび、雷雨は強さを増す。もうこの地域には避難警報が出ている。天候は悪化する一方で改善の様子を見せない。この事態を引き起こした元凶が、さらに楽しそうに、上機嫌になりつつある。じきに都内全てが避難対象となるだろう。未曾有の大災害が、ただ1人のカンピオーネによってもたらされたなどということを理解できる人は当事者を除けばいないだろう。

「ヴォバン侯爵、まさかここまでとは…… これは参りました。権能すら使わずにこの有様とはちょっと勘弁してほしいですねェ……」

 どんよりオーラを漂わせる甘粕冬馬は、これから起こることを想像して暗惨たる気分に包まれる。余興でこの有様なのだ。カンピオーネ同士が全力でぶつかり合ったらどうなるのか、想像するだに恐ろしい。このままでは首都が壊滅しかねない。日本の記録に初めて刻まれるカンピオーネの闘争とそれによって引き起こされる被害。今ですら地域によっては水没、落雷、暴風で怪我人が出ているのだ。死者がいないのがせめてもの救いだが、いつまでその幸運が続くかわからない。

「今日が日本最後の日にならなきゃいいんですが…… あそこまでノリノリだと……」

 正史編纂委員会は今、都内の人間の避難にかかりっきりだ。政府と協力しているものの人口を鑑みればもうしばらくはこちらに手を回す余裕はないだろう。もっとも、こちらに人手が来たところで何もできないのだが。

「欧州のほうはどうやって被害を抑えていらっしゃるのですか?」

 隣でこの光景を眺めているエリカへ語りかける甘粕の口には、いつもの余裕が感じられない。この展開に相当参っているらしい。予想外にヴォバンが上機嫌で権能を振るっているのだ。
 政治的な話を苦手とするリリアナは、エリカと甘粕の話を半分流し聞きしながら老王を眺め、護堂と彼の会合を思い出す。候は草薙護堂との会合のとき、なんと言ったか。

「そうか、この所領の主は君の方だったのか」

 君「の方」だったのか。君でなく君の方と言ったのは何故だろう? おそらく先日の強大な気配が関係しているはず。つまり———

「候のあの台詞が意味するのはおそらくもう一人のカンピオーネ。リリィもやっぱり引っかかっていたのね。甘粕さん、こちらについては何かご存知?」

 こちらの考えていることを一瞬で悟ったエリカは甘粕へ疑問を投げかける。

「残念ながら全く何も。こっちが知りたいくらいですよ。魔王なんて大物の誕生がここまで秘匿されてるってこと自体が異例中の異例だと思いますが。存在を隠す旨みなんてないでしょうし」

「組織の言いなりになるカンピオーネなんて未だかつて聞いたことが無いわ。だからこれは本人の意思よ」

 本人の意思、と断定したエリカにリリアナは懐疑的な視線を向ける。

「隠遁生活をしている方が居られる、と? 賢人会議にすら察知されないなんていったいどのような行動をとればよいと思う? アイーシャ婦人ですら」

「落ち着いてリリィ。別にそれ以外にも方法はあるわ。たとえば、賢人会議発足前に権能を簒奪し直後に隠遁とか」

 雪崩のごとく言葉を吐き出すリリアナをエリカは諭すように語り掛ける。

「……我らがまつろわぬ神の出現を把握する前に簒奪した、ということか」

 エリカの澄んだ瞳に彼女が言わんとすることを察し、リリアナは言葉を吐き出した。

「なるほど、それなら可能性はありますねェ。だとしたらその方、被害を隠し切ったワケですから凄腕ですね。組織が絡んでいれば情報は漏れるでしょうし単独ってところですか。……今回の事態に介入してくれないかなァ」

 甘粕は切実な表情で、神殺しの来臨を神に祈った。目を開ければ少女達がヴォバンに挑まんと動き出す。見送ろうとした矢先、電話が入る。嵐の拡大に歯止めがかかったらしい。護堂との戦いを前に呪力の放出を控え始めたようだ。なんという僥倖。

「御武運を」

 声にならないその呟きとともに改めて彼女達を見送る。自分の実力では歯が立たない。足手まといもいいところだろう。青年は神殺しの少年と彼に仕える騎士達の勝利を願う。





 闇夜を疾走する。周囲に人影は皆無であるが、認識阻害は怠らない。

「なんかアテナの時と似てるな」

 漠然と思ったことを口にする。あの時との最大の違いは黎斗が被害を被ったか否か、ということだろう。水を回避する古い呪法、”避水訣”により雨は彼に当たらない。勝手に避けて落ちていく。流石に暴風は抑えきれず若干速度が鈍るが、その程度なんの障害にもならない。

「風除け呪文習っとけばよかった」

 そう呟く彼の表情は、厳しい。今回参戦したら、今までの苦労が全ておじゃんになってしまう。護堂にバレてしまえば、これから先は護堂単独で戦う機会を奪ってしまうことになるだろう。それは避けたい。しかし、参戦しなければ首都壊滅が時間の問題になってしまう。最悪の場合、護堂死亡のオマケつきで。それは絶対に阻止せねばならない。個人的には恵那の分のお返しもしてやりたいのだがそんな私情を挟める余地はなさそうだ。

「僕が影から援護したとして護堂にあの男を倒せるか。つまるとこ、焦点はそこなんだよなぁ」

 とりあえず状況把握、と黎斗は両者をよく見ることのできる位置に移動する。

「……護堂、また女の子連れてるし。なにもこんな非常時にハーレム建設しなくても。事態の深刻さわかってんのか? 人が必死に被害を抑える結界を都内全域に張っている時に…… なーんか馬鹿らしくなってきた」

 首都が壊滅しそうという話が出ていることを近所のタマ(三歳 ♂ 三毛猫)からの連絡で察知した黎斗は急遽行動を変更、護堂の援護より先に暴風雷雨の抑制結界を見抜かれないように苦労して張ってきたのだ。護堂が秒殺されないことを前提として、それでも全力疾走でやってきたというのに当の本人は新たな美少女を捕まえている。こっちの必死の努力を返せと叫びたい。人生不公平も甚だしい。

「あーあー。やってらんねー。」

 氷点下の瞳で護堂を眺める黎斗。状況は依然不利なのだが光る剣で狼に変化した男を切り裂いたし、銀髪&エリカがサポートしてるし、危機的状況に陥ることはないだろう。あの剣は反則と思えるほど強い。 

「あとはあの死者をなんとかできればい……ゑ?」

 いいんだけどね、と続けようとして絶句した。護堂が再び光る剣を持っている。あの剣は一回ポッキリではなかったのか!

「はぁ!? ひょっとして条件は一日一回、じゃなく一つの神に一回、とかそういうオチ!? 意味わかんねぇぞ!!」

 周囲に人が居ないのをこれ幸いと喚き散らす。足元に合った空き缶が黎斗の蹴りを受けて彼方まで吹き飛ばされ、小石は遥か上空に打ち上げられた。本当に護堂はいったい何なんだ。もっとも、彼も疲弊が凄いように見える。傍目にわかるほど息が荒い。

「もっともこれが朝飯前だったらそれはそれで困るんだけど。護堂のあの疲弊具合じゃこれ以上は厳しいか?」

 黎斗の言を証明するかのごとく、男の一方的な攻撃が始まる。稲妻を落とし、暴風をぶつける。銀の少女も、エリカも、抗うすべなく吹き飛ばされる。護堂も反撃に移れる様子が無い。今回はここまでか。

「なんかこの人長年現役やってそうなオーラだしてるしね。生涯現役じいさんの相手が今の護堂じゃムリなのは当たり前か」

 護堂が斃せるならそれでも良いと思ったが、今の彼ではあの男は倒せない。ならば、自らがでる他ないか。覚悟を決め、乱入しようとして足が止まる。護堂の気配が、変わった。

「なんか雷撃使い始めやがったし……」

 突然稲妻を打ち始めた彼をみて、驚くより先に呆れてしまう。窮地に能力覚醒とか主人公みたいなことをする奴ではないか。もっとも今はまだ互角だがいずれは押し切られるだろう。おそらくあの男は覚醒すれば勝てるほど甘い相手では、ない。

「っーかさっきからこの辺ノイズが多いな。誰かが誰かになんか話しかけているのか?」

 稲妻の応酬が始まってから、この周辺で雑音がしきりに発生し黎斗の脳に響く。ここまで喧しいのは非常に稀だ。カイムを発動、意思疎通を試みる。
 ———死者の、応援。あの男を倒せ、と護堂を奨励する無数の呼び声。
 呼び声が増えるほど、稲妻の威力が僅かだが上がっていく。

「なーる、っーことはあの雷撃は応援もらうと強くなるのかな?」

 ならば、陰から手を貸すことは出来る。カイムの権能はそういうことに特化している。まさにうってつけではないか。

「これすんの久々なんだよなぁ…… 最大出力、いきますか」

 自身の周囲に不可視の結界を簡易生成。認識阻害も重ねがけをする。その上で、カイムの権能を最大出力で発動。神、カンピオーネ、人間以外で都内に居る、あらゆる生命に協力を要請する。協力してくれる生命の思念を収束、護堂のみに届くように変換して送りつける。幸か不幸か今回は災害を引き起こす存在が相手だ。こちらへの協力者は鼠算で増えていく。最初こそ膨大な量の思念を掌握するのに手間取ったが、慣れてしまえばあとはたやすい。

「破壊者を食い止める。みんな、護堂に力を……!!」






「ヴォバンと戦う力を貸してくれ!!」

 手を掲げ叫ぶ護堂。瞬間、とてつもない量の思念が舞い込んできた。さっきまでとは桁が違う。
 死者だけではない。近隣住民だけでもない。エリカ達だけでもない。この嵐によって苦境に立たされた、数多の生物。彼らまでもが老王を倒せと護堂に呼びかける。個々の呪力は取るに足らないものの、それが無数の量となれば話は別だ。倍以上の呪力を得て、彼らの声援を受けた護堂は、灼熱の雷をヴォバンへ放つ。

「!? 小僧、貴様いったい何をした!?」

 突然、段違いの威力・精度で雷撃を放ってきた護堂にヴォバンは目を見開く。更に現在進行形で護堂の呪力が膨れ上がっていく。

「ならば、これでどうだ!!」

 護堂の呪力が急激な増加の一途にある。その上数十名はいるだろうか、元従僕達が歯向かって来る。これ以上長引かせても自分に利無く害しかない。そう判断したヴォバンは、頭上に蓄積してきた莫大な雷雲を解き放つ。必滅の紫電が護堂へ向けて落とされる。
 ———勘付いたのは、卓越した霊視能力を持ち、離れた場で見守っていた祐理だけだった。
 突如護堂に直撃しようとしていた、紫電が歪む。姿を捉えることが出来なくても、祐理の霊視は何者かの存在を感じ取る。僅かに感じたのは、強大な月の神の気配。出鼻を挫かれ呪力を減らした紫電は、護堂、エリカ、リリアナを直撃することなく大きく逸れて大地へ落ちた。当事者達には、紫電が歪んだ事は認識できなかったに違いない。

「我は全ての敵と悪を打ち砕く!! 我は勝利を掴む者なり!!」

 護堂の声と共に、まばゆい閃光が視界の全てを塗りつぶしていく。




「無事に防げたようでなによりなにより」

 ロンギヌスを右手に黎斗が呟く。
 あの雷を護堂達だけでは防ぎきれない、と判断した彼はロンギヌスで雷と化した呪力の核を破壊したのだ。神すら殺すこの槍に呪力を破壊できない道理は無い。核を失った雷はもはやただの落雷、彼らだけでも対処は可能だろう、と踏んだのだがどうやら目論見通りにに事が運んだようだ。月読の権能により生じさせた外界との時間差は三十倍以上、その上自身の最大速度を出していたのだ。すっかり鈍ってしまった現状では、流浪の守護による隠密効果は月読の権能のような強大な力を発動させると一時的に無効化されてしまう。だが認識阻害を重ねがけし超神速とも呼べる速度で飛翔した黎斗を認識できたのはおそらく誰もいないだろう。雷を遥かに凌駕する速度を久々に出したせいか、足が痛い。

「相手が相手だったからこのくらいの助けはしょうがないか。そういえばあの男、なんて名前なんだろう?」

 今回は動物からの情報以外ロクな情報を持っていないためなのか、あの男の名前が最後までわからないままだった。護堂に聞けばわかるだろうがそれをしてしまえば関わっていたことがばれてしまう。隠した意味が無い。

「ま、この勝負ドローになったっぽいしいいか。 僕が帰っても大丈夫かな?」

 様子を見れば、祐理が二人の中に乱入しているではないか。あの中に乱入する胆力は感嘆に値する。彼女が口を開いた途端、男の殺気がみるみる失われていく。私のために争わないで!的ななにかなのだろうか?

「……あの男ロリコン? 万理谷さんになんか言われると矛収めるんかい」

 当事者達の会話を聞いていない黎斗の中で誤解が加速していく。

「ロリコンVSハーレム大王。万理谷さんを巡っての争い。首都崩壊はオマケ、ですか。崩壊防ぐために必死してたこっちがホント、馬鹿みたいだ。かえろかーえろ、ったく……」

 すっかりへそを曲げた黎斗は、護堂達をもう一度見るとアパートへ向けて歩き出す。打ち上げられていた小石が地面に衝突し、小さな音を軽く立てた。 
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