俺様勇者と武闘家日記
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第1部
アッサラーム~イシス
ピラミッドでの攻防
「痛っ!!」
火炎ムカデの火の息を避け損ねた私の左腕に、焼けるような痛みが襲う。
「ホイミ」
するとすぐにユウリが回復呪文をかけてくれた。私は彼にお礼を言う間もなく、再びムカデに向かって走り出す。
「はああぁぁっっ!!!」
気合いを入れ、会心の一撃を決める。ムカデは虫の息だったのか、この一発で倒れた。
その瞬間、自分の体がレベルアップするのを感じた。
「あ、レベルが上がったかも」
なんとなく強くなった気がする。まあ、今日だけでこれまで二十体も魔物を倒してきたのだ。そろそろレベルアップしてもおかしくないはずである。
「やっと上がったのか。お前は性格だけじゃなく、レベルアップするのもどんくさいな」
どんくさいレベルアップなんて言葉、初めて聞いたんだけど。それを言ったらユウリだって、殆ど上がってないじゃない。……まあ、旅立つ時点ですでにレベル30なんだけど。
ちなみに私は今レベルが上がって15になったばかり。カザーブからアリアハンに来た頃はレベル1だったから、大分成長はしてきてるつもりだけど、それでもユウリに比べたらまだまだ足手まといでしかない。
ナギも今の戦いでレベルが上がり、今は17になっている。最初出会ったときは同じくらいだったはずなのだが、いつの間にか追い越されてしまった。
シーラも、殆ど魔物は倒してないはずなのに、どういうわけかレベルは私よりも高い。詳しくは知らないが、遊び人は、魔物を倒した数より、遊んだ回数で経験値が増えるのだという。
そもそもなぜ今砂漠の真ん中でこんなことをしているかと言うと、言うまでもなくピラミッドを探索するためだ。でも、今のままでは私たち(ユウリを除く)のレベルが低すぎて、鍵を見つける前に全滅してしまう恐れがある。そこで、探索する前にある程度全体のレベルアップを図ろうと計画したのである。
とりあえず、火炎ムカデを一人で倒せるくらいには強くならないと、話にならない。そこで、私とナギだけで魔物を倒しまくり、怪我をしたらユウリが即座に回復をする。シーラは……いつも通り遊んでもらって、ユウリのMPが切れてきたらルーラを使い、イシスに戻る。それを一週間続けることにしたのだ。
結果、数回ほどレベルアップをした私たちは、最初に火炎ムカデと対峙したときとはうってかわって、余裕で倒せるようになった。そしてそれは、火炎ムカデ以外の魔物でも同様だった。
さすがに地獄のハサミとかいうカニ型の魔物が現れたときは、そのあまりの体の硬さになす術がなかったが、ユウリが呪文で倒してくれたので、何とか事なきを得た。
「そろそろピラミッドに行っても大丈夫そうだな」
砂漠が夕日に染まる頃。ユウリがポツリと言った。
「えっ? 本当?!」
正直、一週間も炎天下の砂漠で魔物とひたすら戦っていたのだ。体力よりも精神的に辛かったので、その一言は喉の乾きを潤す水のごとく希望をもたらしてくれた。
「明日はこのままピラミッドに向かう。準備しとけよ」
そう言うと、ユウリはルーラを唱えた。瞬時にイシスの宿屋へ到着する。こういうとき、ホント呪文って便利だなって思う。けど、ルーラの呪文というのは割と精神的な負担が大きいらしく、本当はあまり使いたくないらしい。私もあまりユウリに負担をかけたくないので、なるべく早く強くなりたいのだが、こればっかりは焦っても仕方がない。今できることをやるしかないのだ。
イシスの宿で一晩明かし、翌朝。私たちは日が昇ると同時に、町を出た。砂漠に足を踏み入れたとたん、ひんやりとした空気が足元を薙いでくる。早朝の砂漠は昼間とは真逆で、冬のように寒い。私のいたカザーブでは、もう冬を間近に控えている時期なのだが、この地方にいると季節の移り変わりがないのでわからなくなってくる。
ピラミッドまでのルートは、ルカやロズさんに事前に聞いたので全員把握していた。勿論先頭はユウリなのだが、方位磁石を持ってないので、時々立ち止まっては、影を見て方角を確認しなくてはならない。
やがて、前方に人工的な砂漠の山が見えて来た。近づくにつれて、それは山ではなく、人工の巨大な四角錐の建造物だというのがわかる。
「うわあ、大きい建物だね」
私がポカンと口を開けていると、ユウリが私の後ろ頭を小突いてきた。
「間抜け面はいいから、早く中に入るぞ」
感動もそこそこに、さっさとピラミッドの入り口に入るユウリ。もうちょっと感慨深くさせてくれてもいいのに、と思いながらもしぶしぶ後に続いていく。
盗賊のナギはこういういかにも罠や仕掛けがありそうな所に興味津々であり、シーラは入り口を覗いた途端、辛気くさいと苦い顔をした。
私もシーラに倣って入り口を覗いてみると、通路は一本道になっており、奥に進むにつれて暗闇が広がっている。長年人が足を踏み入れてないせいか、明かりもない。それは同時に、どこに魔物がいるかわからない状態でもある。
私たちは、イシスで前もって買っておいた携帯用の松明を取りだし、壁を擦って火をつけた。小さく燃える松明を入り口に向けて照らしてみるも、やはり何も怪しいものは見えなかった。
「入るぞ」
松明を持ったユウリがまず最初に進む。次いで私、シーラ、ナギの順だ。
「効果があるかわからねえけど、一応『しのびあし』使うぜ」
『しのびあし』とは、レベルが上がってナギが覚えた技だ。少しの間だが、魔物に気づかれないように歩くことが出来るらしい。しかもそれは、パーティー全体に効果があるという。今この場所で使うにはうってつけだ。ただ、使用者よりも魔物のレベルが高いと、効果はあまりないようで、その辺りは賭けに出るしかない。
『しのびあし』を使い、周囲を警戒する私たち。どうやら、効果はあったようで、魔物の気配はない。もともといなかった可能性もあるが、なるべくなら無駄な戦闘は避けたい。
だが、最初の十字路に差し掛かろうとしたとき、突如数体の魔物が現れた。
目の前にいるのは、大きなカエルと火炎ムカデ。カエルの方は、ロズさんが以前見たという、『大王ガマ』というやつだろう。火炎ムカデは三体いるが、こっちはこの一週間、夢に出てくるくらい倒してきたのだ。今さら何体も出てきたところで倒すことなど造作もない。
先にムカデを一掃し、初めて見る大王ガマ一体に的を絞る。大王ガマは大きくジャンプしたあと、シーラに向かって体当たりをしようとした。
「きゃあああっ!!」
たまらずシーラは、その辺にあった石ころを拾い、大王ガマに投げた。だが、石は明後日の方へ大きく弧を描く。全く怯むことのない大王ガマは構わずシーラに体当たりを繰り出そうとした。
「シーラ!!」
「ベキラマ!!」
ユウリの呪文が、大王ガマの体を灼いていく。そこへナギが、チェーンクロスでトドメをさした。
「二人とも、ありがとう~!!」
半泣き状態のシーラだが、男二人は余裕の表情。
「へっへ。これくらい楽勝だぜ」
「調子にのるな、サル」
ともあれ、魔物との戦闘も終え、再び最初の十字路に一歩踏み出した瞬間だった。
「っ!?」
『えっ!?』
一番前を歩いていたユウリの姿が、一瞬にして音もなく消えたではないか。
何事かと私たちは慌てふためきながら辺りを見回すが、彼の姿はどこにもない。そもそも先頭を歩いていたユウリが松明を持っていたので、明かりを失った私たちの目には暗闇しか映っていない。
「待ってろ、もうひとつ松明出すから」
ナギは用意していた予備の松明を取り出し、火をつけた。再び視界が明るくなる。
「! 下見て!!」
シーラの叫びに、反射的に足元を見る。と、ユウリがさっきまでいた場所には、人一人通れるだけの大きさの穴が開いており、覗いてみても真っ暗で何も見えなかった。
「ユウリー!!! 大丈夫ー!?」
何やら下の方で物音がするが、ユウリの声はしない。聞こえないくらいそこまで落ちていったのか、それとも……。
下手な考えはやめよう。私は思い切り頭を振った。
いきなりパーティーのリーダーを失い、途方にくれる私たち。ここで待った方がいいのか、それとも先に進んだ方がいいのか。判断しなければならないのに、恐怖と絶望で思考が止まる。
ふと見渡すと、穴の開いている場所は、十字路のど真ん中だった。前方と左右、三方に同じような狭い通路が延々と延びており、特徴のない石壁が妙に恐ろしく感じてしまう。
「どうしよう……。大丈夫かなユウリ」
口に出すことで、少しでも心を落ち着かせる。だが、不安の現れなのか、寒いわけでもないのに小刻みに歯が震える。
「落ち着けって。とりあえず、この先何があるかわかんねえから一旦引き返すぞ」
低く落ち着いた声で、冷静に話すナギ。彼がここに残っているだけで、何よりも頼もしくて、ありがたかった。
だが、先に進もうにも、前方には落とし穴があるのでうかつに近寄れない。ここはナギの言うとおり、一度引き返して体勢を整えることにした。
ユウリのことだから、きっと無事に生きてるはずだ。そう信じて、まずは彼と合流しなくては。
とりあえず、私たちは入り口まで戻ることにした。途中何か抜け道がないか辺りを念入りにチェックする。隠し扉や床に仕掛けがないか、些細な変化も見逃さないよう見比べ、さらに魔物の気配にも気を配る。
なんてやってる間に、特に怪しいところも見つからないまま入り口にたどり着いてしまった。
「うーん、てことは、やっぱり落とし穴の向こう側に行かないと先へ進めないってことか」
落とし穴は道を丸々塞いでいるわけではなく、人一人通れるくらいの隙間はあった。だが、もう他に落とし穴はないとは言いきれない。それを確かめるにはやっぱり通らないと駄目なようだ。
「ユウリもこの先にいるかもしれないし、一か八か行ってみる?」
そう私が提案し、ナギが返事をしようとしたとき、ひとり離れたところにいたシーラが私たちを呼んだ。
「ねえねえ。あそこ、変じゃない?」
ピラミッドの外に出たシーラが指差す方へ目を向けると、外壁のすぐ傍に一つだけ、不自然に置かれている大きな四角い石があった。石で積まれたピラミッドなら、一つや二つ石が転がってもおかしくはないのだが、あれはどっちかといったら、人が作為的に置いてあるような感じだ。
直感的に怪しいと感じた私は、足早にその石に近づいてみた。ナギも同じことを思ったらしく、石の周りを入念に調べ始める。すると、
「見ろよ。引きずったあとがあるぜ」
ナギの言うとおり、地面に石を引きずったような跡がうっすらと残っていた。
「てことは、この石を動かすことができるってこと?」
「たぶんな。皆、手伝ってくれ」
言われるまでもなく、私たちはナギと一緒に石を押した。どれくらいかかるかと思われたが、三人よればなんとやら。徐々にだが重たい石はゆっくりと動いてくれた。
そして足元には、地下へと続く階段があったのだ。
「もしかしてこの先にユウリがいるんじゃない?」
「ああ、たぶんな。この先も罠とかあるかもしれないから、気をつけて進もうぜ」
そういうとナギは先陣を切って階段を下り始めた。私たちもあとに続いてゆっくりと下りていく。
ぐしゃっ。
「ふぇっ?」
固い木の枝のようなものを踏んだ感触に、私は言い知れぬ不安がよぎった。こんなところに木の枝なんかあるはずがない。恐る恐る下を見る。するとそこには────。
「うぎゃああああああっっっっ!!!!」
無造作に転がっていたのは、なんと人の骨だった。
断末魔のような叫び声を上げた私はバランスを崩し、先に二、三段下を下りているナギにぶつかった。そのまま私たち二人は揉んどりうって転がり、下の階まで一気に落ちてしまった。
「いってえ……」
「ごっ、ごめんナギ! 大丈夫!?」
幸い私はナギがクッションになってくれたお陰で怪我はしてなかったが、ナギは私を受け止めてくれたからか、あちこち打撲をしてしまったようだ。
「ったく、骨くらいで大袈裟だろ」
「うぅ、ごめん……。でもまさか、あんなところに骨があるなんて……」
「ひょっとしたら、落とし穴から落ちてきた人が出口近くまで来て、そこで力尽きたのかもな」
「ああ、そっか……。あの外にある石、内側からは動かせなさそうだもんね」
出口に続く階段まで来て出られないなんて、なんて残酷なんだろう。そんなにまでして侵入者を排除したいのだろうか。
けど取り敢えず今は、先に進むことが先決だ。
階段から下りたあと、一応周囲を見回してみるが、見事にまっ暗闇。松明がなければ何も見えないので、早速ナギは松明に火をつける。
砂漠にいたときとはうって変わって、地下の体感温度は物凄く低く感じる。まるで冬の洞窟にいるような寒さだった。
こんな状況の中、ユウリは一人で穴に落ちてしまったんだ……。
もし自分がこうなったらを考え、私は思わず恐怖で身震いした。
本当は彼の名を呼んで探したいが、どこに魔物が潜んでいるかわからない。ここは我慢して、視覚のみに頼って探すことにした。
確かユウリも松明を持っているはず。だったら、炎の灯りで見つけられるかもしれない。
などと考えていると、ナギが小声で私たちに話しかけてきた。
「念のため、『しのびあし』使ってみるぞ」
もちろん、否定する理由などない。私たちは小さく頷いた。
ほどなくナギが、魔物避けの呪文を使った……はずだったのだが。
「ナギ! 前!!」
魔物の気配を感じた瞬間、私は先頭にいるナギに向かって叫んだ。ナギも気づいていたらしく、私が声を発すると同時にその場に跳び退いた。すると、いきなり白い大きな何かがこちらへ倒れ込んできたではないか。
うつ伏せの状態のそれは、包帯でぐるぐる巻きになった人間のようだった。ロズさんの話では、『ミイラ男』という魔物を見たようだが、恐らくこいつのことだろう。
ミイラ男はゆっくりと起き上がると、首を180度あり得ない方向へ動かし、包帯の隙間から見えるギョロっとした目玉をこちらに向けながら勢いよく突進してきたではないか。
「ぎゃああああああっっ!!!!」
「いやああああああっっ!!!!」
そのあまりの気持ち悪さに、私は女の子らしからぬ叫び声をあげながら、その魔物に向かって回し蹴りを放った。シーラも魔物に驚いたのか、それとも私の形相を見たからなのか、半泣き状態で手近な石を投げまくる。
「ちょっ、お前ら、落ち着けって! あんまり騒ぐと他の魔物が……いてっ!!」
ナギが私たちを落ち着かせようと宥めるが、シーラの放った石が顔に当たったらしく、沈黙してしまった。
それでもまだ魔物は起き上がると、今度はシーラに向かって倒れ込んできた。シーラは間一髪避けることができたが、その際尻餅をついてしまい、すぐに起き上がることが出来ない。
「危ない、シーラ!!」
私が叫ぶが、魔物の次の攻撃が繰り出される。もう間に合わない!! そう思った瞬間、見覚えのある白刃の太刀筋が見えた。
これって、もしかして────!
「お前らはなんでいつもそんなに騒がしいんだ?」
ミイラ男の胴が真っ二つに裂け、そこから現れたのはユウリだった。
松明で多少明るくはなっているが、ほんの数メートル離れるだけでも真っ暗なこの場所で、ユウリは的確に魔物を仕留めたのだ。
「ユウリ!! 無事だったんだね!!」
私は喜びのあまりつい大声をあげてしまい、慌てて口元を手で抑える。
「おい間抜け女。あれだけ騒いどいて何今さら音なんぞ気にしてるんだ。もうここ一帯の魔物はあらかた片付けたぞ」
「ええ?! そうなの?!」
そう言われてみれば、あの魔物を倒したあと、すっかり魔物の気配はなくなっている。まさか、本当に一人でこの辺りにいた魔物を倒してしまったんだろうか?
「ユウリちゃーん!! ありがとう~!!」
がばっとユウリに抱きつくシーラ。もしユウリがいなかったら、今頃シーラはどうなっていたかわからない。私はほっと胸を撫で下ろした。
三人のうち呪文が一人でも使えてたらまだ多少は余裕もあったのだろうが、薬草でしか回復手段のない私たちには一つのミスが命取りになってしまう。その事を今身をもって体験して、私は心の中で猛省した。
「……ったく、これじゃどっちが助けにきたかわかんねえな」
「た、確かに……」
嘆息したナギの呟きに、私は思わず頷いてしまった。
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