同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~
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閉会~金帰火来には遠すぎる~
796年4月アスターテ共和国同盟弁務官連絡船中にて
さてさて、上院の院内会派、【民主主義の縦深】の名にはそれ相応の意味がある。
イゼルローン要塞が建造されおよそ半世紀、戦闘が起きる地域はほぼ限定されるようになってきた。そうした地域の利益代表者達が集まってできた会派が【民主主義の縦深】である。
【縦深】とは本拠地から最前線までの距離、及びそこに(ある程度)分散して配置される防御戦力を意味する。
つまりは【自由惑星同盟】の国父の一人が唱えた【距離の防壁】に対するカウンターとしての命名である。
彼らが防壁と名付けた地域には人が住まい、戦火に怯えながらも故国の為に暮らしているのであるという冷や水を被せるのが彼らの役目である。
「リヴォフ閣下、まもなくアルビル・コミューン旗艦に到着します」
アスターテ共和国は国民の大半が船団に居住している国家である、当然最初からそうだったわけではない。だからこその【民主主義の縦深】なのだ。
「おぅ!事故らねぇように気をつけろよ!急ぎじゃねぇからな!」
「‥‥‥ふぅ」
リヴォフは元同盟軍人である。最初は素朴に故郷の土地に当然のように住めるようになるだろう、と理想を抱き、将校となった。
そしてその夢は失われた。リヴォフが23歳の時だ。彼は補給艦隊の中尉としてティアマトで『ブルース・アッシュビー司令長官戦死』の報を聞いた。
軍隊生活終盤ではイゼルローン要塞で数多の部下を失った。
退役し『アスターテの船』を護る為に苦闘していた時に後輩であったシトレがレベロとホアン・ルイを連れてやってきたのだ。そして彼らと握手をしてからもう10年が過ぎた。
今年で齢73歳、自分がもしかしたら、と信じた英雄達の最後の一人、ローザスは78歳で死んだ。
自分はどうだろうか?死ぬ前に何か一つでも残せるのだろうか?
「朝から無駄に声がでかいな、朝が早いのは老人の宿痾か?」
「おぅ!アシリアの嬢ちゃんじゃねぇの!」
サンムマラート・アシリア、弁護士であり、ティアマト共和国が上院に派遣する同盟弁務官の一人である。
「嬢ちゃんはよしてくれ」
アシリアは苦笑する。同盟弁務官としては若い方であるが50を越しており、同盟下院議員も経験したベテラン議会政治家だ。
【民主主義の縦深】の国会対策委員長に就いたのもそれゆえである。
同盟下院議員時代には女性軍人地位支援運動の先鋒として活躍し、同盟軍ハラスメント防止審議会の座長を務めたことで全国的に知名度が高い女傑だ。
ティアマト共和国、ティアマト星域は帝国軍と同盟軍の文字通り係争地となって久しい。彼女の国はハイネセンからアスターテまで各地域に『自治区』が散らばっている都合上、下院議員として知名度が高い者が上院へと移ることが多い。
必然的に共和国としての行政は高度に電子化され、広域行政のモデルとして同盟政府からもモデルケースとして支援されている。
「しかしまぁ便乗させてもらっているのだから文句も言えない、か」
チャイを持ってきた給仕に目礼し、シリアルバーをかじりながら応対する。
「おぅ!気にするな!してねぇな!!」
「世話役に世話されるのは恥ずかしくない、そうだろう?」
ふてぶてしく笑うアシリアにリヴォフも違ぇねぇや!と呵々と笑い、シリアルを大皿にぶちまけて掻きこむ。
アシリアは上品にティアマト風のチャイを楽しみながらリヴォフに話しかける。
「リヴォフ世話役、ロムスキー代表にはもう会ったか?」
お互いの議員となる前の敬称をつける時は”非公式”の場であることを示す。逆に政治家としての呼称を使う場合は――そういう事である。
「‥‥‥ホアン執行委員長と話している。何か聞いたか、国対委員長」
リヴォフの声は深く、悟性を伺わせるものであった。
「いや、となると代表と密談しているという事か」
「執行委員長はエル・ファシルの予備選の応援だと言っていたがそれだけとは思えん。
直行便なら幾らでも捕まえられるはずだ。アスターテ共和国にようじがあるわけでもあるまい。なら――」
「代表が我々【縦深】の役員連に声をかけた事には意味があるという事だろう」
六十代前半の理知的な風貌の男が割って入ってきた。
「リッツ政調会長」
エドヴァルド・フォン・リッツ、亡命者系が集うアルレスハイム帝冠共和国出身の同盟弁務官だ。アルレスハイム医科大学で公衆衛生学を学び、同盟軍軍医中佐まで勤務した後はアルレスハイム医科大学で労働安全衛生政策を研究し、フリープラネッツ労働組合総連合政策研究センター安全衛生学顧問としてホアン・ルイのブレーン役を担ったこともある政策通である。
軍との伝手も深く【縦深】においても政策の纏め役、政調会長として活躍している。
「政調会長は何か知らないのかね」
「いいや知らん、私は例のルンビーニ船団事故の調査委員会に引っ張り出させることが決まっているからな」
同盟政府の星間サービスステーション工事用の資材を運んでいた船団が大事故を起こしたのである。
400名近くの死傷者を出し、航路の要所に資材である液体ラジウムが流出している。
流通へのダメージは無視できないレベルに達している。
「まぁ予想はつかないでもないが、確証ないうえにもう本人たちがでてくるだろう。
あぁエオウィン女史が来たらよんでくれないかね、確認したいことがある」
「おはようございます、すみません。遅れました!」
エオウィン・イシリアン、40歳になったばかりの若手同盟弁務官である。1年前の半数改選選挙で当選した新人議員だ。
パランティア最大の企業グループIIDCグループ(星間情報通信開発企業連合)が運営するサジタリウス産業労働研究所に主席研究員として勤務していた才女である。
議員経験は共和国議会1期のみだがパランティア共和国中道右派かつ最大勢力を誇る政党、パランティア穏健党から出馬しており、同盟議会における第一与党である国民共和党の推薦を受けている。
そうした経歴の通り資金集めや経済政策に長けており事務局長の座を先代から引き継いでいる。
「時間通りだよ、気にしなさんな」
「すみません先生!!‥‥‥例の件の確認急報が届きました、こちらに」
リッツは早いな、とつぶやき送られたデータを見るとピクリ、と眉を跳ね上げた。
「わかった……うむ、やはりそうか」
リッツは直ぐにポーカーフェイスに戻り、コーヒーを啜る。
「おはようみんな」
「おはようございます、代表、執行委員長」
【縦深】代表世話役のサウリュス・ロムスキー医師、70を前にしており、リヴォフに次ぐ高齢の同盟弁務官だ。エル・ファシル医師会理事長、自由惑星同盟戦災対応医療ネットワーク理事を歴任し、医師として戦災復興支援に良く携わってきた。エル・ファシル共和国議会議員を2期務め。保健福祉長官を経験したのちにエル・ファシル共和国同盟弁務官に当選と申し分ない経歴を持つ政治家である。
「おいおい、堅苦しいな。今は皆、同じ居候の身だろう」
労農連帯党中央執行委員長、ホアン・ルイである。連立与党のトップであり政策マン以上に政界の寝技師として大連立『民主共和連盟』政権の黒幕の一人としてロイヤル・サンフォード総裁、国務委員長で上院の長老、ウィリアム・カーティスと並んで囁かれている。
「だが話があるのは事実なんじゃねぇのか!執行委員長殿」
ロムスキー、リヴォフ、リッツは労農連帯党に所属している。
出馬するときは各共和国の政党名であるがそれぞれ同盟下院政党から推薦をもらうのが慣しである。
「まぁそれはそうだ」
「そうなりますと、同じ居候の身ではありますが、委員長」
エオウィン・イシリアンはそういってからわずかに眉をひそめた。
「私は貴方の党から公認も推薦も受けておりませんがよろしいので?」
また一方でアシリアとイシリアンはそれぞれ国民共和党に党籍を置いている。
サンフォード最高評議会議長が総裁を務め、党の行事ではヨブ・トリューニヒトと肩を並べる事も珍しくない。
ホアンは新人の政治家に対して鷹揚に応じる。
「ロムスキー先生と同じ会派だ。否とはいえぬさ。それに同盟下院でも労農連帯と国民共和党は連立している」
間髪を入れずロムスキーも鷹揚に笑って見せた。
「ハハハッ、まぁいいではないか。【縦深】の役員が皆揃っているんだ」
「異議なし」「異議なし」
選挙の際にはさんざん叩き合った癖に、という人間はここにはいない。必要不可欠ではあるが党派的な対立が厄介な支持者達の目が届かぬところであればこうした話し合いは不可欠だ。
「私も席を外すつもりはないし、異議はないわよ」
アシリアがニヤリと笑って最後の一票を入れると、エオウィンも微笑を浮かべ、義理は果たしたといわんばかりに席に着いた。
「イロンシの奴もいれば良かったんだがな!ヴァンフリートは身内の結束が強いから仕方ねぇか!
‥‥そういう話なんだろ?」
イロンシが代表するヴァンフリート民主共和国は良くも悪くも独立性が強い。成り立ちからして銀河連邦軍の軍閥から革命が起きて成り立った国であり、元首は将官の中から国民投票で選出され、『サジタリウス準州知事』と『銀河連邦軍元帥』の二つの称号を兼任し、人民元帥を自称する国だ。本来であれば入植が困難な宙域に押し込められた『アスカリの持ちたる国』である。
小惑星を連結した要塞に住まい、鉱工業と兵役で暮らす人々は同盟の中でも異彩を放っている。
「まあそういう事だね。あくまで国防部内の噂なのだが――シトレ本部長の任期は6月までなのは知っているかね?」
「はい」「そうだったな!!」
最高評議会指名人事の任命には上院の承認が必要である、当然ながら統合作戦本部長もそれに含まれる。
「シトレ本部長とドーソン次長が酒を飲んだらしい」
「ふむ」「ほう」「‥‥‥なるほど」「‥‥‥それはそれは」
ドーソンは管理担当次長で部内の人事、管理業務、そして国防委員会情報部と一体運用される統合作戦情報部、統合運用計画、情報システム、議会に提出する戦力整備計画などを管掌している。
序列としては艦隊総司令部総参謀長、地上軍総参謀長に続く第三席であるが議会との窓口であり、軍官僚としては実質的にトップクラスの地位である。
そしてドーソンは憲兵隊司令官と情報部部長を経験した諜報畑のトップである。
「おい!第13艦隊設立案の指名人事はヤン・ウェンリーだったな!?アレの発案者はトリューニヒトか!!?」
「あぁそうだが、いや、待てアレの交渉にレベロが同席していた」
「【自由の同志達】からも支持の打診が来ていました。シトレ本部長が出した案です」
自由党が裏で動いていたのならばレベロを後ろ盾にしているシトレに違いない、という事だ。
「ホー、ホー、ホー」
アシリアが楽しそうに笑った。リッツはやれやれ、と頭を振る。
「ドーソンは兵站と諜報畑だったな‥‥任期間近に何を企んでいるのかな」
「イゼルローン絡みね、おそらく、ここで戦果を挙げれば3期目の資格を得られる」
「攻略作戦でもするというのかね?だが半個艦隊では火力もたかが知れているだろう?私は素人だができるものかい?」
リヴォフも軍人としての頭脳を久々に回しながら話す。
「イゼルローンの後方基地を制圧するとか、輸送艦隊を叩くとかじゃねぇか!?」
「あぁなるほど‥‥」「シドニー・シトレは3期目を欲している、か。サンフォードが議長となるのは来年の頭までだ、下院と議長の同時選挙がある」
「これはまたロボス元帥はマンゴーナイカク、かしら」
「なんだマンゴーナイカクって」「知らないの?トップの席が手に入りそうなのに、手に入らない事よ」
「地球時代のコトワザってやつだな!」
「……なんでマンゴーなんだ?」「さぁ?昔は御馳走だったんじゃない?」
興奮して会話を交わす弁務官たちをホアン・ルイは満足そうに眺めていた。
「‥‥‥ふむ」
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それから半日ほどが過ぎ【アルビル・コミューン分船団】の中、個室のカフェにイシリアンはリッツを呼び出した。
「ご相談があるのです、先生。まずは朝の件についてですが――」
「軍の話はあくまで噂話、ですがアスターテの追求に関する妥協案と併せてレベロ財務委員長とシトレ元帥の関係を強調しました」
「あぁ」
「そしてその後に本部長任期の話をし、実績作りへの期待を煽った……不思議でした、【縦深】は国防が活動の主軸ですが今はまだ話してもさほど意味はありません。確かに作戦本部長人事は重要ですが」
「それで?」
「ホアン執行委員長は、【縦深】の動きをコントロールしたかったのでは?」
「……別の話ですがルンビーニの件、私は出発前から例の調査を行うことを先生に話しました。この案件は労働災害としてはホアン・ルイ人的資源委員長も携わるはずです、そして情報交通委員会の案件ですが事前に調べる伝手は幾らでもある」
リッツは同盟労働組合総連合の政策顧問でホアン・ルイは同盟労働組合総連合の役員から出馬した男である。
二人が旧知の中なのは同盟議会のまともな議員ならば誰でも知っている。
リッツはニヤリ、と笑った。
「なるほど、別の話だね」
「えぇ別の話ですが、この事故を起こした会社、入札に不審な点がある事は事実です」
イシリアンは艶やかに微笑した。
「この件は私を正式に調査担当に任命していただければ先生の監督の下でキチンとお仕事をさせていただきます」
イシリアンは同盟議会においては新顔である。任期もまだ5年ある。それでもなぜ調査担当になりたがるのか。下院への影響力を求めているからだ。
同盟弁務官の任期は6年、だが下院は任期2年、であるからにはイシリアンが次の議席を狙うのであれば……パーランティアを選挙区とした下院議員と関係を築くことには大きな意義がある。それも可能な限り自身が優位に。
そして彼らは実績を求めており、格好の餌を撒く立場が目の前にある。
うまくすれば、下院の国民共和党へも恩を売り、場合によっては自浄作用のアピールにもつながる。
何故ならば最高評議会の席は公選された議長とは別に、評議員たちの大半は下院より選出されるのだから。
リッツは予想以上に踏み込まれた事に内心驚愕しながらもポーカーフェイスを保ち、重々しい口調で返答する。
「……その件についてはまた話をしよう。調査委員会の立ち上げは5月の会期からになる。
それまでには軍の方もルンビーニの方も動きかあるだろう、お互い、地元の情勢も判断せねばならないからね」
半年後に選挙が迫る、5月には政治が動く、同盟政界の耳敏い者達の予想は正しかった。
半分は、の話であるが。
後書き
同盟上院は任期6年3年半数改選
同盟下院は任期2年です。
ちなみに第5時、第6次、第7次イゼルローン要塞攻防戦も2年ごとです
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