遊戯王BV~摩天楼の四方山話~
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ターン31 新世代の蕾、育むは水源
前書き
イベント的にはちょっと箸休め回。
前回のあらすじ:東奔西走、事件の全貌を掴むため家紋町を駆けまわる糸巻。やがて彼女が辿り着いたのは、かつての同志が待ち受ける実体なき架空企業だった。
「おう、さっきは悪かったな。アタシの方はこのまま別件だ。ああ、ちょいと面倒なことになってな。仕事だよ仕事、薄給激務なデュエルポリス様のお仕事だ。いつも通り、そっちの方で口裏合わせといてくれると助かる……悪い、恩に着る。んじゃな」
オフィスの電話を切った糸巻が振り返ると、先ほど入れた茶を飲みながら冷静な目でこちらを窺う本源氏と目が合った。先ほどのデュエルの後で彼を保護するとは言ったものの処置に困り、とりあえず彼女のホームであるこの場所に連れてきたのだ。問うような視線に肩をすくめ、言い訳がましく口にする。
「警察だよ。元々アタシは今日、兜建設の現場検証に駆り出されてたのを放り投げて爺さんとこに来たわけだからな……ああわかってる、別にチクったりはしねえよ」
警察、と口にした瞬間からみるみる険しくなっていく目つきに閉口し、慌てて最後の一言をぼそっと付け加える。だが当の本人は、そうではないと首を横に振る。
「先ほども言ったと思ったがな、まだ老人扱いはやめてくれ」
「そりゃ悪かったな、爺さん?」
間髪入れぬ返答は、無論わざとである。期待した通りの反応、苦虫を噛み潰したような表情を見て、くっくっと低く笑みがこぼれる。我ながら意地の悪いことをしていると少し自分でも驚いたが、すぐに思い直した。いくら自分から招き入れたこととはいえ、とんでもない爆弾を抱えることになったのだから、その留飲を多少下げたところで、罰は当たらないだろう。
糸巻も自分の分の茶を注ぎながら、そんな本源氏の正面に座りこんだ。
「さて、ぼちぼち無駄話はしまいにしよう。アンタの身の安全はアタシが手を回して保証してやるが、その代わりにいくつか聞きたいことがある。まず、」
「お姉様!お願いがあります!」
「えっと、し、失礼します」
しかし珍しく糸巻が自分から仕事をしようとした最初の言葉は、バーンとドアを勢いよく開けながら雪崩れ込んできた少女の声によって中断された。さらにその後ろからおずおずと顔を出す丸眼鏡に茶髪の少女。今更ながらに鍵を閉めていなかったことを思い出しあちゃーとこめかみに手を当てる糸巻とは対照的に、突然の小さな乱入者に奇異と好奇の目を向ける本源氏と、先ほどまで静かだったオフィスの中では一斉に視線が交差する。
一方でその場に固まったのが、飛び込んできた当の少女……八卦である。このオフィスが普段客人や来訪者などまずやってこない場所であることは、これまで毎日のように入り浸ってきた少女はよく知っている。先日までここにいた鼓もフランスへと帰り、部下である鳥居も長期の研修に出た、少なくともそう聞いている。当然今日も、この場所にいるのはお姉様こと糸巻だけだろうと最初から思い込んでいたのだ。だからこそ、勝手知ったるこの場所へと今日は友人を連れてきたのだが。
「え、えっと、失礼しました!仕事中だったんですね、お姉様!」
「いやいや、楽にしていてくれ。邪魔しているのは俺の方だからな」
くるりと踵を返した少女の背中を、本源氏が呼び止める。口調こそ気さくだがその彫りの深い顔にざっくりと走った古傷は、笑っていてもその迫力が薄れるわけではない。振り返って即座に表情を強張らせた少女を見て、糸巻はかつての現役時代に聞いた笑い話を思い出していた。彼のデュエルがテレビ中継された時には、嘘か本当か彼の顔がアップになるたびに「子供が泣いた」という趣旨の苦情の電話が入ったという……。
もちろん、これが噂話に過ぎないことは糸巻も承知している。プロデュエリストは単なる実力だけでは生き残れない世界、少なくとも試合のたびに苦情が来るようではスポンサーが寄り付くわけがない。それでもそんな冗談が成立するほどに、若かりし頃から本源氏の強面っぷりには定評があったのだ。そしてあれから幾星霜、その顔つきは柔和になるどころかますます凄みを増していた。それこそ、過去の笑い話が笑っていいものかどうか判別が難しくなる程度には。
「……まあ楽にしてくれ、八卦ちゃん。それからそっちの、竹丸ちゃんだっけか。外は寒いだろ、入っておいで」
「「は、はい」」
いつもの活発さはどこへやら、借りてきた猫のようにそろそろと糸巻の隣に座る少女。それを見て、まだ玄関から様子を窺っていたもう1人の少女も慌てて寄ってきて親友の隣の席をキープする。
「……」
「……」
興味深そうに机を挟んだ向かい側の3人を見つめる本源氏に、いまだに表情硬く糸巻の隣にぴったりとひっつく八卦、その八卦にさらに身を寄せる竹丸。なんとなく誰も話し出さないままの空気に耐えかね、糸巻がその場の口火を切った。
「それで、八卦ちゃん。今日はどうしたんだ、友達まで連れてきて」
「え、ええと……」
歯切れも悪く、ちらりと本源氏へと視線を向ける。本人はいいと言っているものの、本当に自分たちの存在が迷惑になっていないかと不安になっているのだろう。
「この人はな、あー、アタシの……」
歯切れが悪いのは、立場の違いが脳裏にちらついたからだった。かつての糸巻と本源氏ならば、自信をもってこの男は同業者であり、年の離れた友人であると言い切れただろう。しかし今の彼女はデュエルポリスであり、いまだ社会に対して戦いを続ける彼とは対極に位置する関係だ。
そんな自分に、彼を友と呼ぶ資格などあるのだろうか。そんな逡巡だらけのセリフの後半を引き取ったのは、ほかならぬ本源氏だった。
「古い友人、だよ。もう何年も会ってはいなかったが、糸巻の話は何度も耳にしていた」
「爺さん……」
「年寄り扱いはよしてくれ。まあそんなわけで、色々あったが久しぶりにこうして顔を見ているわけさ」
「お姉様のお友達、ですか。お初にお目にかかります、不肖お姉様の妹分を務めております、八卦九々乃と申します」
「た、竹丸夢です。八卦ちゃんの友達です」
ようやく緊張が少し溶けたところで、そろそろ本題に入る頃合いかと判断した糸巻が、なぜか引っ付いたままの姿勢からは動こうとしない隣の少女の背中をポンと叩いて促してやる。
少女の側もそれで自分がここに来た目的を思い出したのか、ようやくその口が開いた。
「実は、竹丸さんが最近、デュエルモンスターズをはじめまして」
「ほう……!こんな若い子がこのご時世に、ああいや、すまない。悪かった悪かった、おじさんが悪かったから続けてくれ、な?」
「おじさんだぁ?こんな子供の話の腰折っといた挙句なーにサバ読んでやがる、お・じ・い・さ・ん?」
急に鋭くなった視線と飛び掛からんばかりの勢いで急に口を挟まれ、またしても口をつぐんでしまった少女。本源氏も無論悪気があったわけではないが、糸巻から結構本気で睨みつけられたうえに今のは完全に自分が悪かったという自覚もあるためすっかり小さく縮こまってしまう。
それでもなお震える少女がまた口を開いたのは、よしよしとその頭を糸巻がたっぷりと撫でてなだめてやってからのことだった。
「そ、それで、せっかくだからお姉様にデュエルの指南をしてもらおうと……」
「アタシに?七宝寺の爺さんとか、一段落ちて清明とかじゃなくてか?どうせどっちも暇してるだろ」
七宝寺……かつて伝説と謳われたデュエリストの名に、またしても本源氏の目が興味深げに細まる。しかしそこで口を挟まないのは、さすがに彼も学習したからだ。
「それなんですけど、実は……」
「私のこのデッキを作るときに、清明さんと葵ちゃんの大叔父さんに色々教えてもらったんです。それで、最初に強い相手と戦って勉強するのがいいって教えられたので」
「それで私が相談されて、最初にお姉様のことを思いついたんです。やっぱりお姉様が私にとって、最強のデュエリストですから!」
「そ、そうか……」
キラキラと輝く目でまっすぐに敬愛するお姉様の顔を見つめる少女に、いつものこととはいえその視線を直視できず居心地悪そうに目を逸らす糸巻。そして、普段学校で見ていた姿とはまるで違う子犬のような一面を見せる親友の様子にどうしたものかとおろおろする眼鏡少女。
「愛されてるな、糸巻。では、こういうのはどうだろう」
そこでポン、と手を叩いたのが本源氏である。また泣かせたら承知しないぞ、という冷たい視線もどこ吹く風に、しかし先ほどのように急に距離を詰め、無駄に怖がらせたりはしない。
「……で、なーんでアタシがこんな?自分で言い出したんだから自分でやりゃーいいじゃねえか」
「なに、せっかく4人もデュエリストがいるんだからな。子供の相手なんて10数年ぶりなんだ、たまには昔を思い出させてくれてもいいだろう」
「爺さん、アンタほんっと裏稼業向いてないよなあ。その顔で」
「顔も年も余計なお世話だ」
「お二方、よろしくお願いします!負けませんよ、ねっ、竹丸さん!」
「え、えぇ……う、うん、そうだね……」
数分後。気楽に軽口を叩きあう大人2人のタッグとそれに対し元気いっぱいに胸を張る少女、そしてそんな3人とは対照的に遠目からでもわかるほどガチガチに緊張したもう1人の少女は、机や椅子を隅によせて無理矢理オフィス内に作りだされたスペースで向かい合っていた。
『タッグデュエルだ。タッグはいいぞ、必ず役に立つ時がくる』
そんな言葉に乗せられて、あれよあれよという間に気づいたときにはこの状況。デュエリストという人種がいかにアグレッシブなのかを知らなかった、竹丸の迂闊であった。どこか隣に立つ親友が遠くの存在に見えてきた少女にそれにしても、と糸巻がふと顔を向けた。
「竹丸ちゃん、よくデュエリストになろうだなんて思ったな。いや、もちろん歓迎はするさ。ただアタシが言うのもなんだけど、これまでロクな目にあってなかったんだろ?」
その言葉は身も蓋もないが、それでも真実ではある。竹丸のデュエルモンスターズとの関わりが始まったのはごく最近、それもファーストコンタクトは学校への不法侵入者からの人質というトラウマ待ったなしの役どころである。その言葉に、八卦も少し浮かれた気分を抑えて横目で親友の顔を見る。少女自身その点は気になっていたのだが、下手なことを言ってトラウマを刺激する可能性を恐れてなかなか聞き出せなかったのだ。
しかし当の本人は意外なことに、その言葉に表情が曇るどころかむしろその顔を赤らめた。
「それは、その……確かに今も、本当はちょっと怖いんですけど。でもこのカードたちを持っていると怖くないと言いますか、むしろ勇気が湧いてきて……」
「ふーん?まあいいさ、よくわからんがその様子なら大丈夫そうだな。それと八卦ちゃん」
「はい、お姉様!」
「覚悟しなよ?初心者とのタッグだからって、アタシは一切遠慮しないぜ?」
「はい、お姉様!」
「大人気ないな」
寸分の迷いなくいい返事をする少女とは逆に、子供の初心者相手だぞ?と目で諫めてくる本源氏。しかし糸巻は何を頓珍漢なこと言ってやがる、と言いたいのを、あえてぐっと飲みこんだ。竹丸の実力は未知数だが、少なくとも八卦はすでに元プロとも互角以上に渡り合うだけの力をつけてきている。初めて出会った時から糸巻ですら一目置かざるを得なかった天性のセンスとドロー運に、唯一足りなかった場数もこのところ急速にこなしている。すぐに本源氏も、子ども扱いして舐めてかかってはそのまま押し切られることに気づくだろう。
その瞬間が見たい、という若干意地の悪い欲望にかられたせいで反論もせず黙ったままのパートナーを今の一言のせいで拗ねてしまったのかと解釈し、当の本源氏がやれやれと息を吐く。
「では、先攻1ターン目は俺から行こう。ルールは通常通りライフ、場、墓地の共有、攻撃できるのは2ターン目以降、手札誘発が使えるのは直前のターンプレイヤー。構わないな?」
「えっと、これとこれが私と八卦ちゃんで共有で……?」
「大丈夫ですよ、竹丸さん。ルールは大丈夫ですね?私も、タッグデュエルはまだ2回目なんです。お互い、楽しんでデュエルしましょう!」
「八卦ちゃん……うん、そうだね」
仲睦まじい友情に、なぜかダメージを受けた気分になる汚れ仕事の大人2人。気を取り直し、元プロ同士対学生コンビのタッグデュエルが幕を開けた。
「俺のターン。魔法カード、融合を発動。手札の光属性戦士族、天遊星カイキとそれとは属性の異なる闇属性戦士族、幻影騎士団ステンドグリーブを素材とし、融合召喚。堅牢なる盾、そして頑強なる矛。2つの力宿りし鋼鉄の闘士よ、最終防衛ラインより敵を通さず切り伏せろ!鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード!」
鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード 攻2700
初手から本源氏が呼び出したのは、魔法使いのローブの上から戦士が使う鋼鉄の分厚い防具を組み合わせるという独自の格好をした魔導戦士。斧と剣を組み合わせたような格好の巨大な武器を地面に突き立て、まだ自分1人しかいないフィールドを睥睨する。
「まずは小手調べ。カードを2枚伏せ、ターンエンドだ」
おい、コラ爺さん。アンタ今のターン、絶対もっと展開できたろうが……このターンの動きをじっと見ていた糸巻はそんな言葉を辛うじて飲み込み、次のターンプレイヤーになったらしい八卦の方へと視線を向ける。これで後攻ワンキル決めてくるようならもうその時はその時だ、アタシは悪くないと腹を決めたのだ。
「私のターン、ドロー!魔法カード、成金ゴブリンを発動。相手ライフを1000回復させ、カードを1枚ドローします」
「そのデッキで成金?なかなか思い切ったもの入れたな八卦ちゃん、キーカードを早く集めたい気持ちはよく分かるがな」
本源氏&糸巻 LP4000→5000
冷静な糸巻の分析の横で、彼女らのライフが増えていく。その引き換えに手にした1枚のカードを見て、少女の表情がほころんだ。
「では、行きますよ。E・HERO ソリッドマンを召喚、そして効果を使います。手札からレベル4以下の仲間を特殊召喚です……来てください、私のエースモンスター!E・HERO クノスぺ!」
E・HERO ソリッドマン 攻1200
E・HERO クノスぺ 攻600
八卦の得意とする戦法、大地のHEROであるソリッドマンから同じく大地の力を持ち、植物の蕾を擬人化したかのようなHEROであるクノスぺの展開。となると、すでにあのカードは手札に握っていることになる。相変わらず自身のコンボを通すという意味では絶好調の引きの良さに内心舌を巻く糸巻……そして案の定、彼女の予想通りのカードが勢いよく場に出された。
「そして相手フィールドにモンスターが存在し、私のフィールドに攻撃力1500以下のモンスター1体のみが特殊召喚されたこの瞬間。速攻魔法、地獄の暴走召喚を発動します!私はこのクノスぺを、更に可能な限り除外以外のあらゆる箇所から特殊召喚し……」
「本来なら俺も、俺のフィールドのモンスターの同名カードを可能な限り特殊召喚できる。だが俺のフィールドにいるのはエクストラデッキにしか2枚目のいないギルティギア・フリードのみ、よって特殊召喚は不可能か」
「さすが、お姉様のご友人。その通りです、そして行きますよ、私のクノスぺたち!」
E・HERO クノスぺ 攻600
E・HERO クノスぺ 攻600
「さあ、ここからです!私も魔法カード、融合を発動!手札の闇属性HEROであるシャドー・ミスト、そして場の地属性HEROであるソリッドマンを素材とし、融合召喚。英雄の蕾、今ここに開花する。天照らす英雄よ咲き誇れ!融合召喚、E・HERO サンライザー!」
今まさに地平線から現れて闇を裂く、燃え盛る太陽のように赤い鎧のHERO。その力は味方の指揮を向上させ、さらに戦線を拡大させる。
「融合召喚に成功したサンライザーの効果にチェーンして、フィールドから魔法の効果によって墓地に送られたソリッドマンの効果を発動です。墓地からレベル4以下のHERO、シャドー・ミストを守備表示で蘇生し、デッキからミラクル・フュージョンのカードを手札に加えます。そしてシャドー・ミストが特殊召喚に成功した時、デッキからチェンジ速攻魔法1枚を手札に加えられます。マスク・チェンジを私の手札に!」
「……っ、ちょっと待て糸巻、最近の子供ってのはみんなこうなのか!?」
「言わんこっちゃない……ま、今の表情はなかなか傑作だったがな。考えてもみろよ本源氏さんよお、この子は七宝の爺さんの姪っ子だぜ?わかってて甘く見てたんならどう考えてもアンタのミスだぜ。だから言ったろ、アタシは遠慮しないって」
「次からはもう少しわかりやすいヒントをだな。ああすまない、俺からすることは何もない」
「では、サンライザーの効果です。このカードが存在する限り、私の全モンスターの攻撃力は私のフィールドの属性1種類につき200アップします。サンライズ・スクラメイジ!」
「八卦ちゃんのフィールドには、地、光、闇の3種類……!」
E・HERO サンライザー 攻2700→3300
E・HERO クノスぺ 攻600→1200
E・HERO クノスぺ 攻600→1200
E・HERO クノスぺ 攻600→1200
E・HERO シャドー・ミスト 攻1000→1600
「八卦ちゃん、凄い!」
「ありがとうございます、竹丸さん。さあ、バトルですよ!クノスぺは自分以外のE・HEROの仲間がいる場合、相手プレイヤーにダイレクトアタックが可能になります。3体のクノスぺで連続ダイレクトアタック、必殺クノスペシャル!」
左右、そして空中の3か所にばらけて飛んだ蕾の英雄たちが、ギルティギア・フリードをすり抜けてその奥の本源氏へと一斉に飛び掛かる。そしてその背後からは、サンライザーがその金色の角から鋭い光線を放ち援護する。
「さらにサンライザーは、自身以外のHEROが戦闘を行う攻撃宣言時にフィールドのカード1枚を破壊できます。この効果でその伏せカードを……」
「ははは、ここまでやるか?もう笑うしかないな。なるほど、これは糸巻が警戒するわけだ。だがここからは、俺も本気を出させてもらう。トラップ発動、幻影翼。この効果によって俺のギルティギア・フリードはこのターン攻撃力が500アップし、さらに1度だけ破壊されない」
「攻撃力上昇と破壊耐性……ですが、クノスぺの真価は直接攻撃。どれだけ相手モンスターが強大でも、プレイヤーを狙えば問題ありません」
「それが、問題あるのさ」
そう低く笑うと同時に、ギルティギア・フリードが動いた。自身の周囲を羽衣のように渦を巻いて包もうとしていた幻影の翼はその重たい得物の一振りによってあっさりと断ち切られ、その衝撃波は先ほどのビームのお返しとばかりにサンライザーへと向かう。回避など間に合うはずもなく、太陽の戦士が地に倒れ伏した。
「い、一体……!?」
「惜しかったな。ギルティギア・フリードは1ターンに1度自身を対象に取る効果を無効にし、さらにフィールドのカード1枚を選んで破壊できる。そしてサンライザーが破壊されたことにより、当然その効果による強化も消える」
大型融合モンスターの攻防の裏で、クノスぺ3体による連撃が本源氏の体を打ち据える……しかしその勢いは、飛び掛かった瞬間に比べると明らかに勢いが落ちている。事実、与えられたダメージもその半分にすぎなかった。
E・HERO クノスぺ 攻1200→600→本源氏&糸巻(直接攻撃)
本源氏&糸巻 LP5000→4400
E・HERO クノスぺ 攻1200→600→本源氏&糸巻(直接攻撃)
本源氏&糸巻 LP4400→3800
E・HERO クノスぺ 攻1200→600→本源氏&糸巻(直接攻撃)
本源氏&糸巻 LP3800→3200
「そんな……で、ですがクノスぺは相手に戦闘ダメージを与えた時、攻撃力が100アップし、守備力が100ダウンします」
E・HERO クノスぺ 攻600→700 守1000→900
E・HERO クノスぺ 攻600→700 守1000→900
E・HERO クノスぺ 攻600→700 守1000→900
「なら、せめてもう一太刀。今のサンライザーの破壊によって、私たちの確保していたエクストラモンスターゾーンには空きができました。速攻魔法、マスク・チェンジを発動です!」
期待しただけのダメージを与え損ねた少女の手が、手札の1枚……先ほどサーチしたマスク・チェンジへと伸びる。守備の姿勢をとったまま戦況を窺っていたシャドー・ミストが、その恰好と同じく漆黒の光を放つマスクを自らの顔に装着した。
「英雄の蕾、今ここに開花する。暗黒の大輪よ咲き誇れ。変身召喚、レベル8……M・HERO 闇鬼!」
M・HERO 闇鬼 攻2800
「バトルフェイズ中に特殊召喚されたこの闇鬼は、このターンこのまま攻撃が可能です。ここは闇鬼の効果により、戦闘ダメージが半分となる代わりにダイレクトアタックをします」
M・HERO 闇鬼 攻2800→本源氏&糸巻(直接攻撃)
本源氏&糸巻 LP3200→1800
闇鬼がその漆黒の鉤爪をふりかざし、ギルティギアの反応よりも素早くその背後に回り込む。そして振るわれたその右腕が、無防備な魔導騎士の背中ではなくその背後の本源氏を切り裂いた。
「あれ?でも八卦ちゃん、ギルティギア・フリードの攻撃力は2700。闇鬼の方が上だから、そっちに攻撃してもよかったんじゃない?」
「ああ、それは……」
首を傾げる竹丸に、答えようとした八卦。だがそれよりも早く、ギルティギア・フリードの使い手である本源氏がにやりと笑った。
「その様子だと、闇鬼とギルティギアのもうひとつの効果はどちらも知らずに言ったな?初心者でライフアドよりボードアドの重視、それができるなら大したものだ。なかなか見込みがある……だが、今の場面においては俺でもああするだろうな。ギルティギア・フリードは自身が戦闘を行う際に1度、墓地の魔法1枚を除外することでその守備力の半分だけ攻撃力を強化する効果がある。そして、ギルティギア・フリードの守備力は1600だ」
「ええ。今の私の手には、残念ですが闇鬼の攻撃力を上げるカードはありません。ですから攻撃はできなかったんですよね。私はこれで、ターンエンドです」
「自分の使わないカードの効果まで……八卦ちゃん、凄いなあ」
素直に目を丸くする親友に、そのうち慣れるのでゆっくりでいいですよ、と苦笑する八卦。今すぐにもカードを引きそうな初心者少女を押し止めて、糸巻が一歩前に出る。
「ま、次はアタシのターンだがな。しっかし爺さん、こりゃひでえな。もうガンマンラインまで割りやがって」
「……すまん。確かにお前の言うとおりだったな、なかなかどうして手は抜けない」
「だろー?さて、どうすっかね……ドロー!」
鋭い眼光で手札と今引いたカード、さらに本源氏の残した伏せカードを一瞥して、そこから可能な最善手を模索する。
「うし、決めた。覚悟しな八卦ちゃん、アタシ相手に防御札なしでターンを回したこと、後悔させてやるよ」
「お姉様……で、ですが、私のフィールドにはクノスペシャルの布陣が完成しています。他のE・HEROが存在する限り自身への攻撃を許さないこのカードが3体並んだことで、お姉様は闇鬼にしか攻撃できませんよ」
「ああ、だから全部ぶっ潰してやるよ。まずは下準備からだ、召喚条件はエクストラモンスターゾーンのモンスター1体、ギルティギア・フリードを左下のリンクマーカーにセット。リンク召喚、グラビティ・コントローラー!」
重装備の魔導騎士の姿が消えて現れたのは、重力を操る近未来的な白い全身スーツに身を包んだ軽装の戦士。これで糸巻は、そのマーカーの向く中央のメインモンスターゾーンにカードを置くことが可能となった。
「不知火の宮司を召喚、そしてその効果を発動!手札から別の不知火1体、妖刀-不知火を特殊召喚する」
不知火の宮司 攻1500
妖刀-不知火 守0
明るいオレンジ色の清掃に身を包む宮司が目の前の虚空に向かった真言を唱えると、どこからともなく浮かび揺らめいた明るい炎の塊から一振りの刀が生み出される。この効果によって呼び出された妖刀にはフィールドを離れた際の除外デメリットが発生するものの、今から糸巻のやろうとしていることに支障はない。
「カード借りるぜ爺さん、幻影騎士団ロスト・ヴァンブレイズ発動!宮司の攻撃力を800下げてレベルを2にし、さらにこのカードをレベル2の通常モンスターとして特殊召喚する」
「レベル2が、3体……!」
不知火の宮司 攻1500→700 ☆4→2
幻影騎士団ロスト・ヴァンブレイズ 守0
妖刀を呼び出した宮司がさらに真言を唱え続けると、先ほど輝いた明るいオレンジ色とはうってかわって青白い炎の塊がもうひとつ燃え上がる。その炎から呼び出されたのは、喪われもはや顧みる者もなくなった名もなき戦士の鎧。
「3体のレベル2モンスター、不知火の宮司、妖刀-不知火、幻影騎士団ロスト・ヴァンブレイズの3体でオーバーレイ!戦場呑み込む妖の海よ、太古の覇者の記憶を覚ませ。エクシーズ召喚、バージェストマ・アノマロカリス!」
☆2+☆2+☆2=★2
バージェストマ・アノマロカリス 攻2400
青い甲殻に巨大な鋏を持つ古代生物の海の覇者、糸巻のエースモンスターの一角。その1ターン目からの召喚に改めて本人の宣言通り一切の手加減をする気がないことを感じた八卦が、ごくりと小さく唾をのんだ。
「まずは1体、アノマロカリスの効果発動。オーバーレイ・ユニット1つを使い、カード1枚を破壊する。まずはクノスぺ、お前からだ」
バージェストマ・アノマロカリス(3)→(2)
アノマロカリスの周囲を漂う3つの光球のうち1つがその口元へと軌道を変えて吸い込まれ、力を解放したアノマロカリスが交差させた鋏をひと振りしてX字型の青い衝撃波を放つ。右端にいたクノスぺにその一撃が直撃し、寸断されたその姿が消えていった。
「クノスぺ……!」
「おろかな埋葬を発動。この効果でデッキのモンスター1体、牛頭鬼を墓地に。そして墓地に送られた牛頭鬼は墓地のアンデットモンスター1体を除外することで、手札からアンデットを特殊召喚できる。たった今オーバーレイ・ユニットとして墓地に送られた不知火の宮司を除外し、手札の馬頭鬼を特殊召喚だ」
馬頭鬼 攻1700
いまだロック効果の生きているクノスぺには攻撃できず、唯一攻撃できる闇鬼には肝心の攻撃力が届かない。一見何の意味もないような特殊召喚に竹丸が首を傾げるが、今何が起きたのかを理解した八卦の顔は強張った。はじめからその狙いは、馬頭鬼の方ではない。
「このカードがゲームから除外された時、不知火の宮司の効果を発動。表側のカード1枚を破壊する、2体目のクノスぺも破壊!」
「ああっ!」
クノスぺの守りが失われ、もはや残ったのは効果を封じられたに等しい最後のクノスぺと闇鬼のみ。ペロリ、と糸巻が捕食者の舌なめずりをした。
「だから言ったろ、後悔させてやるってよ。バトルだ、グラビティ・コントローラーで闇鬼に攻撃!」
上空に重力を向けて垂直に飛び上がったグラビティ・コントローラーが、たっぷりと飛んだ後に闇鬼の位置に次の重力を向けて自由落下によるハイキックをまっすぐに敢行する。上空を見上げてそれを迎え撃とうとする闇鬼だったが……両者が接触する寸前、2体のモンスターの姿はともに跡形もなく消え失せた。
「グラビティ・コントローラーがエクストラモンスターゾーンのカードと戦闘を行う時、その戦闘を行う2体をデッキに戻す。これで邪魔者は消えた、やれ、馬頭鬼!アノマロカリス!切り裂け、抜刀乱舞カンブリア!」
斧を手にした馬の頭を持つ筋骨隆々の鬼と、太古の海の覇者による連携攻撃。重たい斧の一撃がクノスぺの体を両断し、間髪入れず振るわれた鋏の一撃が邪魔されることもなく通った。
「きゃあああーっ!?」
馬頭鬼 攻1700→E・HERO クノスぺ 攻700(破壊)
八卦&竹丸 LP4000→3000
バージェストマ・アノマロカリス 攻2400→八卦&竹丸(直接攻撃)
八卦&竹丸 LP3000→600
「大逆転、だな。それに……いや、なんでもない。残りの手札2枚を全部伏せて、アタシはこれでターンエンドだ」
糸巻が若干謎めいた言葉と共にエンド宣言をしたことで怒涛の逆転を受けたターンが終わり、次のターンプレイヤーは竹丸。すでにライフはお互いに風前の灯火という初心者少女にはいささか厳しい状況で、恐る恐るカードを引く。
「わ、私のターン、です」
「竹丸さん!お姉様のバージェストマ・アノマロカリスはトラップカードをオーバーレイ・ユニットに持っているとき、あの破壊効果を相手ターンでも使うことができるようになります。ますはそれをどうにかして、自由に動けるようにしましょう」
「う、うん。装備魔法、リビング・フォッシルを発動します。私たちの墓地からレベル4以下のモンスター……えっと、八卦ちゃんのシャドー・ミストを選んで特殊召喚し、このカードを装備です」
注目の中で縮こまりながら、親友のアドバイスを受けて最初に竹丸が手に取ったカードは効果無効、攻撃力ダウン、除外デメリットと三重苦を抱えながらも貴重な装備魔法による蘇生ができるリビング・フォッシルのカード。それにより、先ほど墓地に送られたシャドー・ミストが場に蘇る。
E・HERO シャドー・ミスト 攻1000→0
「……しゃーないな、アノマロカリスの効果発動。オーバーレイ・ユニットを1つ使って、蘇生前にリビング・フォッシルを破壊する」
「ならリビング・フォッシルのデメリット効果で、シャドー・ミストは除外されます」
バージェストマ・アノマロカリス(2)→(1)
誘導されていることは糸巻としても重々承知だったが、ここで効果を使わないという選択肢もない。融合、シンクロ、エクシーズ、リンク、あるいはアドバンス召喚や儀式のためのリリース。蘇生されたシャドー・ミストをどのように使うのかわからない以上、先手を打って潰すしかない。
しかしその時、竹丸がかすかに微笑んだ。眼鏡の奥の目に光るのは、安堵と同時に成功への喜色。
「魔法カード、三戦の才を発動します!相手が私のメインフェイズにモンスター効果を発動したターン、3つの効果から1つを選びますよ。私が選ぶのは、バージェストマ・アノマロカリスのコントロールをエンドフェイズまで得る効果です」
「……っ、案外やるじゃねえか」
アノマロカリスが向きを変え、その鋏を自らの主へと向ける。馬頭鬼との攻撃力の差は、700。
「バトルです。アノマロカリスで馬頭鬼に攻撃!」
バージェストマ・アノマロカリス 攻2400→馬頭鬼 攻1700(破壊)
本源氏&糸巻 LP1800→1100
「最初の成金ゴブリンがなければ、もう残りライフは100……アタシも別に手を抜いた覚えはないんだが、それでもここまで追い込まれるとはねえ。アノマロカリスの効果を撃たせたうえでのコントロール奪取、いい戦術だ。仮にもアタシら元プロ相手に食らい付いてくるとは、初心者にしちゃたいしたもんだよ……だが、三戦の才の効果はエンドフェイズまで。処理できないなら、アタシのアノマロカリスは返してもらうぜ。さあ、何かその手のカードはあるのかい?」
「う……カードを1枚伏せます。それとモンスターも1体セットして、ターンエンドです」
この状況で召喚できるようなリンクモンスター、あるいは上級モンスターは手元にないのか。何もせずターンを終えたことで三戦の才の効果は消え、アノマロカリスが空中を泳ぎ再び主の元へと戻る。
「俺のターンだな。まずはアノマロカリスの最後のオーバーレイ・ユニットを使い、伏せカードを破壊する」
バージェストマ・アノマロカリス(1)→(0)
三度放たれた斬撃の衝撃波が伏せられたカードを破壊する。しかし墓地に送られたそのカードの情報に目を通した時、本源氏が目を見開いた。
「サルベージ、だと?」
通常魔法、サルベージ。効果は単純明快、墓地に存在する攻撃力1500以下の水属性モンスター2体の回収。そんなものを相手ターンに伏せる意味があるとすれば、それはただひとつ。
「ブラフか……!」
糸巻が悔し気に吐き捨てる。彼女も本源氏も、元プロと遜色ない実力を誇る八卦ならばまだしも、よもやまだ初心者であるこの気弱そうな眼鏡の少女がいきなりブラフなどという高等戦術を使いこなすとは思ってもいなかったのだ。
もちろん、敗北を前に足掻く初心者が苦し紛れで適当に伏せただけという可能性もある。だがプロの目線からすれば、それはまずありえないことだった。なぜなら竹丸は前のターン、まずサルベージを真っ先に伏せたうえで思い出したようにモンスターを出したのだ。だからこそ、彼らは油断した。初心者が何よりも優先して伏せたカードならそちらが本命だろう、そう無意識のうちに思い込まされたのだ。
「一杯食わされた、か。だが、まだこちらの手が尽きたわけではない。糸巻、カードを借りるぞ」
「おうよ、アタシもそのつもりでわざわざ伏せてやったんだからな。これでさっきの借りは返してやるから、感涙にむせびアタシに感謝して使うこったな」
「凄く使いたくなくなってきたんだが?まあいい、リバースカード、強欲で貪欲な壺を発動。デッキトップ10枚を除外し、カードを2枚ドローする。墓地に存在するステンドグリーブを除外することで手札の幻影騎士団を特殊召喚し、さらにそのレベルを1つ上げることができる。ラギッドグローブを特殊召喚し、さらにレベル4の幻影騎士団フラジャイルアーマーを通常召喚」
「レベル4のモンスターが、2体……」
幻影騎士団ラギッドグローブ 攻800 ☆3→4
幻影騎士団フラジャイルアーマー 攻1000
「レベル4の闇属性モンスター、ラギッドグローブとフラジャイルアーマーでオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚。堅牢なる門を閉ざす盾、頑強なる扉守る矛。最終防衛ラインの守護神よ、絶対防御の鍵となれ。No.66!覇鍵甲虫マスター・キー・ビートル!」
巨大な手袋と破れた鎧によって生み出されるエクシーズモンスターは、つい先ほどの戦いにおいて使用されたレイダーズ・ナイトとはまた別のカード。黄金の外殻と鍵のような角を持つ、人間よりも巨大なカブトムシだった。
「そしてこのエクシーズ召喚時、ラギッドグローブの効果を発動。このカードを素材として呼び出された闇属性のエクシーズモンスターは、召喚成功時に攻撃力が1000アップする効果を得る」
No.66 覇鍵甲虫マスター・キー・ビートル 攻2500→3500
「マスター・キー・ビートルの効果を発動。オーバーレイ・ユニット1つを使い、俺のフィールドからバージェストマ・アノマロカリスを選択。このカードがフィールドに存在する限り選択したカードは効果によって破壊されず、さらにマスター・キー・ビートルが破壊される場合にはその代わりに選んだカードを墓地に送ることができる」
No.66 覇鍵甲虫マスター・キー・ビートル(2)→(1)
黄金のカブトムシが角の先から金の光線を放ち、それを浴びたアノマロカリスもまた黄金のオーラを全身から立ち上らせる。火力と物量で一気に押し潰しに来た本源氏に対し、相対する竹丸の表情は読み切れない。かなり緊張していることは隣の八卦から見ても明らかだったが、かといって絶望しているわけでもない。そもそも八卦自身竹丸のデッキ内容も、この伏せられているモンスターの正体も知らないのだ。少なくとも後者に関してはタッグを組んでいる彼女ならばその中身を見ることも容易なのだが、この追い込まれつつある状況ではそれを知るのが怖い気がして、どうも手を伸ばす気になれなかった。無論このまま負けてしまったとしても、それで親友を責めるつもりは全くないのだが。
「バトル。バージェストマ・アノマロカリスで攻撃!」
黄金のオーラを纏ったアノマロカリスが、凶悪な鋏を伏せカードの上から勢いよく叩きつける。
バージェストマ・アノマロカリス 攻2400→??? 守1500(破壊)
確かな手ごたえと共に、爆発。そして重い爆砕音の瞬間飛び散ったのは、緑がかった銀色の飛沫だった。壁といわず天井といわず飛び散ったそれは、意志を持つかのようにひとりでにマスター・キー・ビートルの足元へと結集していく。その光景に、八卦だけは既視感があった。
「まさか竹丸さん、あの伏せてたモンスターって……」
驚きのあまり目を丸くして親友の方へと向き直る八卦に、大人しい彼女にしては珍しい大輪の笑みで竹丸が首を縦に振った。
「はい!私のセットモンスター、グレイドル・アリゲーターの効果を発動します!私のフィールドのこのカードが戦闘か魔法の効果で破壊された時、相手モンスター1体の装備カードとなってそのコントロールを貰いますよ。私のところに来てください、マスター・キー・ビートル!」
すっかり甲虫の体の下に潜り込んだ銀の液体が、殻に守られておらず柔らかい腹やその関節からその体の中へと入り込んでいく。がくがくと小刻みに全身を震わせた後、その黄金の目の色がぐるりと銀色に塗り替えられた。その様子を誇らしげに見つめながら竹丸は、あの日このカードの元の持ち主、遊野清明と交わした話を思い出していた。
あれは彼が退院したほんの少し後、ケーキを買うためと理由をつけて様子を見に行った時だったか。自分もデュエルがしたいということや、そのための心構えについてはお見舞い中にも何度か話をして……1度はちょうど糸巻さんと鉢合わせて、悪いことをしているわけでもないのに思わずパニックになってしまったこともあった。ともかく、もう少し突っ込んだ話を聞いて貰ったのだ。
『なるほど……グレイドルの使い方を教えて欲しい、と』
『は、はい』
『いやー、僕が言うのもなんだけど……本当にこのテーマでいいの?割とやってることは正義の味方どころか、どー見ても悪魔の化身とか地獄の使者方面だよ?』
腕組みしてそんなことを、しかしその内容とは裏腹に自分のカードへの愛情のこもった声音で言う彼に、珍しく一生懸命になって自説をぶつけたときのことを思い出すと今でも顔が赤くなる。あの学校でのタッグデュエルの時、自分を助けてくれたのは他ならぬ彼とグレイドルカードだったこと。そしてそれを見たことが、デュエルモンスターズのプレイヤーに一歩を踏み出してみようと思ったきっかけであったこと。相手モンスターの力を利用して戦うのは立派な戦術であり、自分の目には理知的で格好いいものに映ったこと。
今になって思い返しても、なぜあそこまで自他ともに認める内気な自分があそこまで必死になったのかは彼女自身にも分からない。グレイドルの動きがそれだけ気に入ったのかもしれないし、あるいは冗談交じりとはいえ自分を助けてくれたヒーローの自虐的な言葉に、それを否定したいという衝動がこみ上げてきたのかもしれない。いずれにせよしばらく何か悩んだ後で、おもむろに彼は自分のデッキを取り出した。その中から何枚ものカードを1枚ずつ丁寧に抜き出し、最後にそっと親指で撫でてからそのカードの束を差し出した。
『あの、これは……?』
『昔、僕の親友は1枚のカードをある人に貰って、こんなことを言われたらしいんだ。ラッキーカードだ、これが君の所に行きたがっている……そしてそいつはそのカードと一緒に戦い続けて、いろいろ辛いこともあっただろうけど、それでも最後には世界でも指折りの実力を持つヒーローになった。もしかしたら僕も同じことを、今まさに生まれようとしているデュエリストの背中を押すためにこの場所に来た……いや、この場所自体に引き寄せられたのかもね』
かすかに微笑んで昔を懐かしむような声に背中を押されるように、そっとそのカードをひっくり返す。
『グレイドル、カード……』
『光の結社とわーわーやってた時だから、もう6年ぐらいの付き合いだっけ?これまでありがとう、皆。今日からは、この新しいデュエリストの力になってあげて……それと、竹丸ちゃん。使い方とか動かし方の前に、まずこれだけは覚えておいて。デュエリストがカードを、そしてカードがデュエリストを互いに最後まで信じきることができれば、必ずデッキは応えてくれるってことを、ね』
『はい!ありがとうございます、ずっとずっと大事にします!』
そして、今である。せっかくだからとちょっとしたいたずら心が芽生え、この出来事については八卦にも黙っていた。目を丸くして驚いたその顔を見ていると、どうやらそんな努力も無駄ではなかったらしい。
「……魔法カード、モンスターゲートを発動。俺のフィールドからアノマロカリスをリリースしてデッキをめくり、最初に出た通常召喚可能なモンスターを特殊召喚する。1枚目、幻影騎士団シャドーベイル。2枚目、闇の誘惑。3枚目、置換融合。4枚目……沼地の魔神王。よってこれを場に出す」
沼地の魔神王 守1100
「そして、今墓地に送られた置換融合の効果を発動。墓地のこのカードを除外して同じく墓地の融合モンスター、ギルティギア・フリードをエクストラデッキに戻し、カードを1枚ドローする」
マスター・キー・ビートルとアノマロカリスの攻撃力には、ラギッドグローブによる増強込みで1100もの差が開いていた。ほぼ確定していたかに思われた敗北の盤面を首の皮1枚で変化させ、最後の抵抗とばかりにドローまで行う。この土壇場の異様な粘り強さ、どんな状況にあってもただ負けることなどなく、ぎりぎりまで制を次のターンに託すため戦い続ける力。これこそが、彼を長年「最終防衛団長」との二つ名をほしいままにさせてきた理由である。
そして引き抜かれた最後のドローカードを、表情ひとつ動かさず場に伏せる。
「カードを伏せ、ターンエンド」
誰も口にはしないが、たったひとつの明確な事実だけは初心者の竹丸ですら痛いほどに理解していた。次のターンで、全てが決まる。
「ありがとうございます竹丸さん、後は私にお任せください。私のターン、ドローです」
このデュエル大詰めの場面においては、ほんのわずかな読み違いすらも死を招く。心配そうな親友に虚勢を張り、カードを引く……今のドローでハーピィの羽根帚カードを引きたかったのだが、あいにくその願いも届かなかった。
しかし少女の手には、先ほどのターンで倒れたサンライザーが最後に遺した1枚がある。
「魔法カード、ミラクル・フュージョンを発動!」
「チェーンして永続トラップ発動。召喚制限-パワーフィルター!」
パワーフィルター……このカードが存在する状態で特殊召喚されたモンスターがすべて攻撃表示となり、そのターンの攻撃を強要されるカード。このタイミングでの発動に嫌な予感が八卦の胸をよぎるも、発動されたミラクル・フュージョンは止まらない。
「やるしかないなら、やってやりましょう!墓地に存在するクノスぺ2体を素材として除外し、融合召喚!英雄の蕾、今ここに開花する。龍脈の大輪よ咲き誇れ!来てください、E・HERO ガイア!」
大地の名を持つ黒い巨体の英雄が、金色の甲虫と並び立つ。その足元から鋭い地割れが沼地の魔神王の元へと走り、大地を通じてそのエネルギーが吸収されていく。
「ガイアが融合召喚に成功した時、相手モンスターの攻撃力の半分を自分のものとして吸収します」
沼地の魔神王 攻500→250
E・HERO ガイア 攻2200→2450
「そして、マスター・キービートルの効果発動!最後のオーバーレイ・ユニットを使い、ガイアに効果破壊耐性を与えます」
No.66 覇鍵甲虫マスター・キー・ビートル(1)→(0)
再び放たれた黄金の光線が、ガイアの全身を金のオーラで包む。本当はこれでもまだ不安は残るが、パワーフィルターが存在し手札にアドバンス召喚できるモンスターが存在しない以上、どこかで腹をくくって攻撃しなければいけないのも確か。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。きっと正面を向いたときには、すでに少女の顔から躊躇いは消えていた。
「バトルです!ガイアで沼地の魔神王に攻撃!」
「糸巻、もう1枚も使わせてもらうぞ。トラップ発動、戦線復帰。俺の墓地のモンスターを守備表示で特殊召喚する、甦れ天融星カイキ」
1ターン目に融合素材として墓地に送られていた、体中に矢を突き立たせ、それでもなお戦場へと繰り出す修羅の渇望を持った荒武者。
天融星カイキ 守2100
「そしてカイキの特殊召喚に成功した時、500のライフを支払うことで戦士族の融合召喚が可能となる。俺が選ぶのはこのカイキ自身、そして融合素材の代用モンスターとして扱える沼地の魔神王!」
「おっ、爺さん本気だね。ついにあのカードを出すのかい?」
「確かにまだ粗削りだが、ここまでの素質を持つ相手だからな。それぐらいしないと失礼というものだろう?」
そう言っている間にもカイキ、そしてドロドロに溶けてまったく別のモンスター……中華風の出で立ちをした偉丈夫の形を模していく沼地の魔神王がさらに空中で混じりあい、異形の人型へと変貌していく。
「戦場に轟け、修羅の咆哮。天地を下し冥府を裁く、三面六臂の軍神よ。最終防衛ラインより、覇者たる頂へ軍を導け!融合召喚、覇道星シュラ!」
それは紛れもなく人型、しかし明らかに異形の存在。首のあるべき場所には逆三角形を形作るように位置する3つもの面がそれぞれ2つずつの目で戦場を見下ろし、その体からは左右2本、計4本もの太い腕が伸びる。手にした武器もまた大まかにはかつての得物たる槍の形こそしているものの、ずっしりと重量のある膨らんだ両端を持つその形状はむしろ棍のそれに近いという歪なバランスを保っている。
それこそが軍神、覇道星シュラ……本源氏の持つ、隠し玉たる戦士の姿だった。
覇道星シュラ 攻0
「シュラの効果を発動!バトルフェイズに1度だけ相手の全モンスターの攻撃力を0にする、天地滅星の儀!」
シュラがその棍を掲げるとその先端から目も眩むばかりの光が放たれ、ガイアとマスター・キービートルの力がその光の中へと吸い取られていく。しかしマスター・キー・ビートルはまだしも、パワーフィルターの呪縛を受け続けているガイアはふらつきながらもその両腕を叩きつけることしかできない。
E・HERO ガイア 攻2450→0
No.66 覇鍵甲虫マスター・キー・ビートル 攻3500→0
「……ガイアでシュラに攻撃、コンチネンタルハンマー……!」
そう言うしかない。ミラクル・フュージョンを発動した時点で、その結末はもはや確定していたのだから。そして棍から放つ光を収めたシュラが、改めてガイアの一撃をがっしりと受け止める。
「シュラの更なる効果を発動。モンスター同士が戦闘を行うダメージ計算時、それぞれの攻撃力はレベルの200倍だけアップする。天地凱星の儀!」
お互い攻撃力が0となった関係上、レベルの差がそのまま戦闘の結果に直結する恐るべき効果。ガイアのレベルも6と決して低いわけではなく、この状況下においても1200の数字は確保できる。
しかし、修羅の渇望はその遥か上を行く。最上級レベルを持つ融合モンスター、覇道星シュラ。そのレベルの数値は……12。
E・HERO ガイア 攻0→1200(破壊)→覇道星シュラ 攻0→2400
八卦&竹丸 LP600→0
「うう、すみません竹丸さん……あと一歩のところで、私が軽率だったせいで……」
「そ、そんなことないよ!むしろ、私の方が八卦ちゃんの足を引っ張っちゃって……」
長かったタッグデュエルが終わり、お互いに向かい合ってぺこぺこと頭を下げ続ける少女2人。すたすたと近寄った糸巻が、両者の頭を掴んで無理矢理に直立させる。
「はい、そこまでだ。デュエル歴もアタシらの比にならないぐらい短い、それも即席タッグで10年以上も最前線にいたアタシらをあそこまで追い込めたんだ。いつまでもそんなしみったれた反省会開いてないで、もっと胸張ってドーンと構えてな」
「お姉様……」
「糸巻さん……」
「振り返りは確かに大事だが、それがあら探しになるぐらいならやらない方がマシだ、ってのがアタシの持論でな。まあなんだ、まだまだこれからなんだから、そんなに気負わなくてもいいってことだ」
「はい!」
相変わらずのいい返事に満足したところでふと視線を感じ振り返ると、にやにやと笑う本源氏と目が合った。互いにデッキを引っ張り出してきゃいきゃいとガールズトークを始めた少女たちを残し、煙草に火をつけつつそちらへと距離を詰める。それに合わせて数歩下がりはしたが、笑みを引っ込める気はないらしい。
「……んだよ、文句でもあんのか?」
「いいや。ただ、昔と比べて随分と丸くなったと思ってな」
「アタシが?」
糸巻がしかめっ面で煙を吐くと、対照的に本源氏のにやにや笑いはさらに深くなる。
「とぼけるな。本来ならこのデュエル、お前のターンの時点で終わらせることもできただろう?」
「さて、何のことやら、だ」
口ではとぼけながらも、その目線は鋭く少女2人の方を向いている。しかし当の本人たちはいまだデッキ談議に花を咲かせており、糸巻と本源氏の話が聞こえている様子もない。同じものを確認した本源氏が、ゆっくりと腕を組んで壁によりかかった。
「とぼけるな、俺のカードのことだぞ。アノマロカリスでのダイレクトアタックが通った時、俺たちの墓地にはまだ幻影翼があった。あのカードは一時的な破壊耐性と火力をモンスターに与えるほかに、墓地から除外することで墓地の幻影騎士団1体を蘇生する効果がある。あの時俺たちの墓地には既に、攻撃力1300のステンドグリーブのカードが存在していた。あの流れで蘇生効果を使い、追撃を仕掛けていればそれで終わりだったはずだ」
「……」
図星だった。どことなく気まずい沈黙を、本源氏がまた破る。
「お前ほどのデュエリストが、それを見落とすなんてことがあるはずがない。だがあえてそれを見送り、元々このデュエルを始めるきっかけになったあの4人目のプレイヤーまで順番を回した。そんなまともな感性があったとは、本当に丸くなったものだ」
「……なあ、ちょっと待て。昔のアタシ、そこまで偏屈だったか?」
「ははは、何を言う。俺の記憶の中のお前なら、迷いなく削りきったあげく『悪いなぁ、だけど現実ってもんは厳しいんだよ』などとのたまっていたな」
「うーん、いや、そうか?」
その言葉に糸巻も深く煙を吸い、吐き出し、たっぷり数分間かけて現役時代の自分の言動を思い返してみた。今よりとんがっていたことも、何かと敵を作りやすかったことも否定はできない。しかし、そこまでのことをやるかと問われれば……。
「……ま、アタシもそれだけいい女になったってことにしといてくれ」
ほぼ間違いなく、過去の自分ならそれぐらいのことは平気でやっていただろう。しぶしぶそう結論付け、誤魔化すように携帯灰皿に残り短くなった煙草を突っ込んだ。
「なら、そのいい女にひとつ情報をやろう」
「あー?」
眩しそうに目を細め、少女2人を見つめる本源氏。ちょうどどちらかが冗談でも言ったのか、カードを片手に楽しそうに笑いあっていたところだった。
「俺たちが裏で戦ってる間にも、ちゃんと表の世界でも新世代のデュエリストは育っていた。そう思うと、急に『BV』だなんだとやっていることが馬鹿らしくなってきてな」
「……気づくのが遅いんだよ、爺さんや」
「まあそう言うな、それと、まだそう年でもない」
よほど面白いのか、まだくすくすと笑う少女たちにつられたように微笑を洩らし、本源氏が口を開く。そこからもたらされた情報は、彼女の捜査に極めて有用なものだった。
後書き
前作からの傾向としてうすうす気づいている方もいらっしゃるとは思いますが、私はタッグデュエルが好きなので今回のように隙あらばねじ込みます。
その分だけシングル戦に比べ労力増えるのはわかっていても、ついやりたくなっちゃうのです。
そして新たなデュエリストが誕生すると同時に、清明デッキからは長年愛用してきたグレイドルカードが離脱。彼にとっては寂しい話ですが、これもどこかで挟みたかったイベントだったり。
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