やはり俺達の青春ラブコメは間違っている。
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第一章
なかなか雪ノ下 雪乃に話を聞いてもらえない俺は中身が歪んでいる。
―嫌な予感しかねぇ。
俺達は未だに奉仕活動の内容を聞かされていない。
だが『奉仕』なんて言葉は日常生活ではまず出てこない。この言葉を使用するのは限られた状況でのみ許されるものだ。
例えば『可愛いメイドさんがご主人様にご奉仕♪』とか。
そんな状況ならウェルカムだし、レッツパーリーだ。
...しかしそれは全て嘘だ。
現実には何も起こらない。つまらない日常がただひたすらに長く続くだけだ。
まぁ、とにかく俺が言いたいことは『奉仕活動』なんてのはろくなものじゃないだろうということだ。
このように奉仕活動の内容を想像し、嫌気がさしていると比企谷が口を開いた。
「俺、腰に持病がありましてね...あの、ヘル、ヘル、ヘルペス?あれなんですよ...」
嘘をつくのならもう少し考えてからつこうか。
まぁ、これから力仕事でもさせられると踏んで予防線を張っておこうとしたんだろうが腰に持病があるといったらヘルペスじゃなくてヘルニアだ。
ヘルペスは、あれだよ...口とかにできるヤツだろ。...違う?
「ヘルニアと言いたいんだろうが、その心配は無用だ。君達に頼むのは力仕事ではない」
力仕事ではない?...となると調べ物とかのデスクワークか。
それはそれで力仕事よりもつらい場合もあるが俺はそういった物は苦手ではない。
しかしそれを拷問に近いものだと思う人間がいた。
「俺、教室に入ると死んでしまう病が」
「どこのながっぱな狙撃手だ。麦○ら海賊団か」
...平塚先生。あんた少年漫画読んでんのかよ。
つーかスムーズにツッコミすぎだ! どんだけ好きなんだよ○NE PIECE。
「着いたぞ」
...何の変哲もない教室だ。ってかプレートにもなんも書いとらん。俺...そして比企谷も不思議に思って、何も書いていないプレートを眺めていると先生がからりと戸を開けた。
その教室の端には机と椅子が無造作に積まれていた。 ...倉庫か何かだろうか?
しかし、それ以外特に変わったものは無し。まったくもって普通の教室だ。当然だが。
だが、そのいたって普通な教室がなぜか異質な空間じみていたのは一人の少女がそこにいたからだろう。
その少女は本を読んでいた。
俺にはこの教室が周りの世界から切り離されてしまった小さな空間のように感じられた。
きっと世界が壊れ朽ち果てても、この教室の中にだけは今と変わらず斜陽が射し込み続ける。...確かにそう思ってしまうほどこの景色は神秘的なものだったと思う。
不思議な気持ち。
その少女を見た瞬間俺の身体は役目を忘れて動かなくなり、少し...、ほんの少しの間だったが俺のなかで時が止まった。...などと感じたのかもしれない。もっとも、それは中学一年の時までの話だが。
彼女は来訪者に気づくと本に栞を挟み、顔をあげた。
「平塚先生。入るときにはノックを、とお願いしていたはずですが」
彼女は端正な顔立ち。流れる黒髪。...かなりの美少女だ。
だが、それでも俺は彼女に見惚れてしまうことはなかった。
隣にいる比企谷は不覚を取ってしまったようだが俺は興味の無いことにはとことん無関心な性格だ。
勿論、中学生のときだったら俺も眼を奪われていただろう。だが高校生にもなると気づくのだ。期待することには何の意味も無いと。
だから俺はいつの間にか何事にも期待しないようになっていた。そして、そのうちに物事に対する興味も薄れていったというわけだ。
そう考えると俺はやはり異常な感性を持っているのだろう。
「ノックをしても君は返事をした試しがないじゃないか」
「返事をする間もなく、先生が入ってくるんですよ」
彼女は不満げな視線を俺と比企谷に送る。
「それで、そこのぬぼーっとした人と凄く面倒くさそうな顔をしている人は?」
彼女の名前は雪ノ下雪乃。名前と顔は知っているが当然会話をしたことは無い。言っちゃうとそれ以外の人との会話も無い。
それと俺は面倒くさそうな顔をしてるんじゃない、面倒くさいんだ!
ついでに言うと彼女はかなりの、そう学校一と言っても良いくらいの美少女。まぁ、女子の顔なんて覚えてないから学校一という表現をしていいのか迷うが。
「彼は比企谷。で隣が桐山。入部希望者だ」
平塚先生に促されて、俺と比企谷は会釈をする。まぁ、この流れで自己紹介タイムに入るのだろう。
「二年F組 比企谷 八幡です。えっーと、おい入部ってなんだよ!」
「同じく二年F組 桐山 霧夜と言います。そうだぞ比企谷もっと言うんだ!」
まったく入部希望だと!たまったもんじゃないよ、俺の快適帰宅ライフになにをするつもりだ!
つーか、そもそも入部って何処へ?
「君等にはペナルティとしてここでの部活動を命じる。異論反論抗議質問口答えは認めない」
質問もしちゃいけないの?
「しばらく頭を冷やせ。反省しろ。」
どうやら本当に俺達に抗弁の余地はないみたいだ。平塚先生は怒濤の勢いで判決を申し渡す。
「というわけで、見ればわかると思うが彼等は相当根性が腐っている。そのせいでいつも孤独な憐れむべき奴等だ」
前々から気にはなってたけど見ればわかるのか? それと、憐れんで貰わずとも結構!余計なお世話だ。
「人との付き合い方を学ばせてやれば少しはまともになるだろう。こいつらをおいてやってくれるか。彼等の孤独体質の更生が私の依頼だ」
先生が雪ノ下に向き直って言うと、彼女はとても面倒くさそうに口を開いた。
「それなら、先生が殴るなり蹴るなりして躾ればいいと思うんですけど」
...なんて怖い女なんだ。
「私だって本当はそうしたいんだ。だが最近は小うるさくてな。肉体への暴力は許されていないんだ」
おい教師っ!それでいいのか? 出来たとしても暴力はダメだろ!
しかも職員室で年齢の話題にふれたとき『次は当てるぞ』って言ってたよね!...駄目だろっ!
それと精神への暴力なら許されてるみたいに言うな。
「お断りします。そこの男の下心に満ちた下卑た目を見ていると身の危険を感じます」
間違いなく比企谷のことだ...。
俺はどんなに相手が美少女でも気を取られることはない。興味が無いから。比企谷の奴は雪ノ下の慎ましい胸元や、きめ細かい綺麗な肌なんかに気を取られてしまったのだろう。
え、俺も結構見てるじゃないかだって?...しかたないだろ。興味がある、ない以前に目の前にあるんだから。嫌じゃなくても視界に入ってしまう。
「安心したまえ、雪ノ下。その比企谷という男は目と根性が腐っているだけあってリスクリターンの計算と自己保身に関してだけはなかなかのものだ。隣の桐山もあらゆることに興味を示さない無害な奴だ。刑事罰に問われるような真似だけは決してしない。彼等の小悪党ぶりは信用していい」
彼等ってことは俺も小悪党扱いか?
「何一つ褒められてねぇ...。リスクリターンの計算とか自己保身とかじゃなくて、ただ常識的な判断ができるって言ってほしいんですが」
「先生。比企谷のことは確かに否定できないですけど、俺が小悪党というのは違くないですか?」
「おい、桐山。お前は俺の敵なのか?」
「小悪党...。なるほど」
「聞いてない上に納得しちゃったしよ」
「待て、雪ノ下さん。俺は小悪党じゃない」
比企谷と共に小悪党呼ばわりされるなんて気にくわない。
「まぁ、先生からの依頼であれば無碍にはできませんし...。承りました」
えっ、俺の「待て」はスルーなの?俺ここにいるよね?なに完全に納得してんの。俺、小悪党?
てか、すっげぇ嫌そうな顔だな。こっちだって入部なんかしたくねぇよ。
先生は雪ノ下の返事を聞くと満足げに微笑み、
「そうか。なら、後のことは頼む」
とだけ言い、そのままさっさと帰ってしまった。
...取り残される俺と比企谷。
何これどういう状況? 正直独りぼっちの方がずっと楽だよ。
カチ、カチ、カチと時計の秒針がやけにゆっくり、やたら大きく聞こえる。
おいおい男が一人余計にいるとしてもこの緊張感ははっきり言ってきついぜ。比企谷が何かしゃべってくれねぇかな。隣で立ち尽くしている比企谷の方に目を向けると、彼は何かを思い出すように目を閉じていた。
...たぶん今のような女子と教室で二人きり(まぁ、俺もいるのだが)のシチュエーションに置かれたことで中学生のころの甘酸っぱい思い出でも思いだしているのだろう。
だが、その後すぐに落ち込んだ顔になったのはそれがダメな思い出だったことを物語っている。
ちなみに俺は比企谷と違って、そういったことに興味を持たなかったから掘り起こすトラウマも無い。まぁ、それはそれで悲しいことのような気がする。
だからたまに興味も無い。期待もしない。何もしないから思い出せるトラウマすらない自分には(がるる)一体何があるのだろうと柄にもなく考えてしm(がるるるる―っ) ...さっきからうるせぇよ! 誰だよ! 人が真面目に話してるのに! ...って比企谷かよっ! なに雪ノ下に向かって唸ってんだ。アホかっ!
すると雪ノ下は唸り声を上げている比企谷の方を向くと、その大きな瞳を薄目にするように細くし、冷たい吐息を漏らすと清流のせせらぎのような声で言った。
「そんなところで気持ち悪い唸り声をあげてないで座ったら?」
うっわ、なんだ今の目、野生の獣?
五~六人は殺してるって! 覇○色の覇気かよ!比企谷が無意識の内に謝っちゃったじゃねぇか!
てか、俺も○NE PIECE好きだなっ!
比企谷が雪ノ下にビビりつつ、空いていた椅子に座ったところで俺も近くにあった椅子に腰掛けた。
...それきり雪ノ下は俺たちに対し一切関心を示さずいつの間にか文庫本を開いていた。教室が静かなため雪ノ下がめくる本のページの音だけが耳に入ってくる。
どんな本を読んでいるのか気になったがカバーをつけていて分からなかった。
読書といえば俺と比企谷も何もする事がない休み時間に本を読んでいる。だがそれはラノベだ。雪ノ下はもっと文学的なものを読んでらっしゃるのだろう。ちなみに比企谷は邪神がでるラノベ。俺は『儂ゃあ歯が少ない』。通称『歯がない』を読んでいる。
雪ノ下はお嬢様然としていかにも優等生と言った感じでおまけに美少女の完璧超人。
俺のような人間ではまず関わり合いの無い人種だ。その名の如く雪の下の雪。今まで通り過ごしていたら俺はその美しい雪に気付かず、知ることすらも無かっただろう。
まぁ、それを知ったからといって俺はその雪に触れようとも思えないが。
それにしても、いったい俺と比企谷はこの美少女サマとここで何をしてればいいんだか...。俺はそう考えているのも疲れるので目を閉じた。比企谷が何か話し出したがもう知らん。
比企谷と雪ノ下の会話が聞こえる...。
「そうね、ならゲームをしましょう」
「ゲーム?」
「そう。ここが何部か当てるゲーム。さて、ここは何部でしょう?」
...ほうほう、美少女 と密室で ゲームとな。
もはやエロ要素しか感じられない。
だが目を開けなくても分かる。雪ノ下の放っているであろう雰囲気はそんな甘いものでは無く、研ぎ澄まされた刃物のようなものだと。だから覇○色の覇気かっつーの。さっきまでのラブコメ空気どこ行った。これじゃ賭博黙示録になるじゃねぇか。
ここで起きないと俺の人生が終了し、二度と起きれなくなる恐れがあるので仕方なく目を開ける。
「他に部員っていないのか?」
そう尋ねたのは比企谷だ。
「いないわ」
えぇっ、それって部として存続できるのか?かなり疑問なとこだが。
...と、いうわけで現在まったくのノーヒント状態。正直全然わからん。
いや、待てよ、部員が全然いなくても廃部になっていないということは...。
―ここは小さい頃から友達の少ない比企谷に答えて貰おう。アイツ一人でやるゲームなんかには詳しそうだからな。
決して考えるのが面倒になったから比企谷に全部丸投げしたわけではない。
「文芸部か」
おっと比企谷。早くも正解きたんじゃないか。
「へぇ...。その心は?」
「特殊な環境、機器を必要とせず、人数がいなくても廃部にならない。つまり、部費なんて必要としない部活だ。加えて、あんた本を読んでいた。答えは最初から示されていたのさ」
いつもより饒舌だな。まぁ、確かに完璧だった。でも、そのドヤ顔はやめろ。
さすがの雪ノ嬢も比企谷の完璧な推理に感心したと見え、ふむと小さく息をつく。
「はずれ」
フッ...。
あっ、いま雪ノ下、比企谷のことすっごいバカにした感じで笑った。比企谷もあれだ...。多分だけど今、イラッ☆ ときてるな。
つーか雪ノ下性格めっちゃ悪いな。さっきは完璧超人とか言っちゃったけど、悪魔超人だこれ。
「それじゃ何部なんだよ?」
「比企谷。気持ちは分かるがおちつくんだ」
比企谷の声に苛立ちが混じっていた。だが、雪ノ下は気にするそぶりも見せずゲーム続行を告げる。
「では、最大のヒント。私がここでこうしていることが活動内容よ」
やっとヒントが出たけど全然わからない。やっぱり答え比企谷が言った文芸部なんじゃないの?
...比企谷。頑張れ。 俺のためにも。
「オカルト研究会っ!」
「部って言ったんだけど」
もう駄目だ。ついに比企谷も迷走してしまった...。
「オ、オカルト研究部!」
「はずれ。...はっ、幽霊だなんて馬鹿馬鹿しい。そんなのいないわ」
ほ、ほんとに幽霊なんていないんだからねっ! べ、別に怖いからそう言ってるんじゃないんだからっ! などと彼女が隠れた可愛さを発揮する様子は欠片もなく、心底俺と比企谷を蔑んだ目で見てくる。
バカは死ねという目をしていた。
「降参だ。さっぱりわからん」
「いや、十分だ比企谷。お前は頑張った...、頑張ったよ」
だいたいこんなん分かるわけがない。クイズを出すならもっと簡単な問題にしてほしい。「家が大火事、涙が洪水、なぁんだ」みたいな。それただの火事だ! しかもクイズじゃなくてなぞなぞだし。
「比企谷くん。桐山くん。女子と話したのは何年ぶり?」
なんだ突然。俺の経絡をぶち壊すようなことを言いやがって。ぶち壊すのは幻想だけにしておけ。
それと『何年ぶり』とか年単位で聞くなよ! 失礼なやつだな。
二年ぶりだよっ!
...絶望したっ!女子と全く会話がなかった自分自身に絶望したぁっ!
俺も比企谷も女子との会話に関してろくな思い出がなかったようだ。
俺たちがバッドトリップしていると、雪ノ下は高らかに宣言した。
「持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。人はそれをボランティアと呼ぶの。途上国にはODAを、ホームレスには炊き出しを、モテない男子には女子との会話を。困っている人には救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ」
へぇ、モテない男子である俺たちに会話をしてあげたつもりなんだね。そりゃどうも。...って悪口の間違いだろ。
少なくとも俺と比企谷は救われてない。どっちかというと傷つけられた。
誰でも良いから早く俺たちをこの雪ノ下 雪乃の暴言から救ってくれ...。
雪ノ下は立ち上がると自然、俺達を見下ろす形になっていた。
「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ」
...とても歓迎しているとは思えないんですけど。
比企谷なんてちょっと涙目になってるじゃないか。
俺たちの心が思いっきりへこまされたところで、さらなる追い討ちがかかる。
「平塚先生曰く、優れた人間は憐れな者を救う義務がある、のだそうよ。頼まれた以上、責任は果たすわ。あなた達の問題を矯正してあげる。感謝なさい」
ノブレス·オブリージュ、というやつが言いたいのかな。確か意味は貴族の務めとか、なんかそんな感じだ。
今腕を組んでいる雪ノ下の姿はまさに貴族。 実際、雪ノ下の成績やら容姿からして貴族という言い方はあながち間違っていないだろう。
「こんのアマ...」
「調子に乗りやがって」
ほんと調子に乗っていやがる。
俺たちが憐れむべき対象ではないことを今俺が持てる最大限の国語力で説明してやらなければっ!
「...俺はな、自分で言うのもなんだが、そこそこ優秀なんだぞ? 実力テスト文系コース国語学年3位! 顔だっていいほうだ! 友達がいないことと彼女がいないことを除けば基本高スペックなんだ!」
「比企谷の言う通り俺たち頭は悪くない方だと思う。俺だってテストはすべての教科で10位以内をキープしてるし顔もそこまで悪くないと思ってる。友達と彼女がいないこと以外はかなり優秀なんだぞ?」
「二人とも最後に致命的な欠陥が聞こえたのだけれど..。そんなことを自信満々で言えるなんてある意味すごいわね...。変な人たち。もはや気持ち悪いわ」
「うるさいな、あんたも十分変な女だ。」
本当に変な女だ。俺と比企谷の話を聞いてなかったのか? つーか、もう帰って良い?
「ふうん。私が見たところによると、どうやらあなた達がひとりぼっちなのってその腐った根性や捻くれた感性が原因みたいね」
雪ノ下は握り拳に力を込めて熱弁を振るう。
「まずは居た堪れない立場のあなた達に居場所を作ってあげましょう。知ってる? 居場所があるだけで、星となって燃え尽きるような悲惨な最期を迎えずに済むのよ」
「『よだかの星』かよ。マニアックすぎんだろ」
「そうだな。普通以上の学力がないとわかんないと思うぞ今の話」
俺たちの反駁に雪ノ下は驚いたようだった。
「...以外だわ。宮沢賢治なんて普通以下の男子高校生が読むとは思わなかった」
「今、さらりと劣等扱いしたな?」
「さっき俺、俺達には普通以上の学力があるって言っただろ。なんで聞かないんだ?」
人の話はよく聞いておくべきだと思いました。
「ごめんなさい。言い過ぎたわ。普通未満と言うのが正しいのよね」
「よく言い過ぎたという意味か!? 学年三位って聞こえなかったのかよ!」
「三位程度でいい気になっている時点で程度が低いわね。だいたい一科目の試験の点数ごときで、頭脳の明晰さを立証しようという考えがもう低能ね」
...ひどい言われようだな比企谷。それにしても初対面の男子を劣等種扱いするとか、俺にはサイヤ人の王子ぐらいしか心当たりがない。
とにかく比企谷は低能扱いされたけど全科目が平均的に良い俺は劣等種扱いを免れたようだ。頭、悪くなくて良かった。
「でも「よだかの星」はあなたにとってもお似合いよね。よだかの容姿とか」
「そ、それは比企谷の顔面が不自由だと言ってるのか?」
「あら、そんなこと言えないわ。真実は時に人を傷つけるから...」
「「ほぼ言ってるじゃねぇか!」」
すると雪ノ下はひどく深刻そうな顔で比企谷の肩を優しく叩いた。
「真実から目を背けてはいけないわ。現実を、そして鏡を見て」
...ひどいな。比企谷泣くぞ。
―と、思ったのだが、意外にも比企谷は元気だった。
「いやいやいや、自分で言うのもなんだが顔だち自体は整ってる。妹からも『お兄ちゃんずっと喋らなければいいのに...』と言われるほどだ。むしろ顔だけがいいと言ってもいい」
「えっ? 比企谷それ...」
...駄目だ! 大好きな妹に顔がいいと褒められたと思って少し嬉しそうな顔をしてる比企谷に向かって「それ絶対その妹さん、お前に呆れて言ってるよ」なんて真実を告げることは俺にはできない! ってか気づいてくれ!
雪ノ下は比企谷に呆れて、頭痛でもするかのようにこめかみに手を当てた。
「あなた、馬鹿なの? 美的感覚なんて主観でしかないのよ? つまり、あなたと私の二人しかいないこの場では私の言うことだけが正しいのよ」
ん~? 俺がナチュラルにいないことにされてるぞ。俺が不思議がっていると比企谷が悔しそうに言った。
「め、滅茶苦茶な理論な筈なのになぜか筋が通ってる...」
「いや比企谷、全然筋通ってないからね? 第三者である俺がいるから!」
何なのコイツら? 俺のこと虐めてるの?
ほんとはお前ら仲良しなんじゃないの? 俺のこと嫌いなの? ...いや、まぁ好きと言われるのも嫌だけど。
「そもそも、造作はともかく、あなたのように腐った魚の目をしていれば必然、印象は悪くなるわ。目鼻立ちなどのパーツうんぬんではなく、あなたは表情が醜い。心根が歪んでいる証拠ね。...それと隣の桐山くんだったかしら? あなたは表情に出てないだけで中身は相当歪んでいるわ。だってあなたも目が腐っているもの」
只今、驚愕の事実が発覚! 俺の目が腐っていることが判明した。...嘘だよ。最初の時から薄々気づいてたよ。
あと、雪ノ下。お前も俺と比企谷のこと言えないだろ。
顔はよくても中身相当アレな感じだと思う。だって目つきとか完全に犯罪者だぞ。顔は可愛いのに全然可愛いげがない。
...それと比企谷、勘違いするな。お前は可愛いげがないんじゃない。普通に「可愛くない」んだ。
あれ? なんで俺、比企谷(男)の可愛いげがどうのこうの言い出してるんだろう。...っ、気持ち悪い。
...と俺が猛烈な吐き気に襲われていると雪ノ下は肩にかかった髪を払いながら勝ち誇ったように言った。...おえっ。
「だいたい成績だの顔だの表層的な部分に自信を持っているところが気に入らないわ。あと、腐った目も」
「「もう目のことはいいだろ!」」
ほんとこの話題はもういい...。反論出来ないだけに心へのダメージも大きい。
「そうね、今さら言ってもどうしようもないものね」
桐山 霧夜の心に9999のダメージ。しかし霧夜は歯を食い縛った!
桐山霧夜の攻撃!流石に頭にきた。
「そろそろ俺達の両親に謝らないか?」
すると雪ノ下もさすがに反省したのかしゅんとした顔つきになる。
「確かに桐山くんの言うようにひどいことを言ってしまったわ。つらいのはきっとご両親でしょうに」
雪ノ下の攻撃! ...ハルマゲドン!!! 急所に当たったぁ! 桐山 霧夜の心に計り知れないダメージ!
しかしそれでも霧夜は口を開こうとする...。
―だが、味方の八幡がそれを遮った。
「桐山、もういい俺たちが悪かった。いや、俺の顔が悪かった」
いや、比企谷の顔はともかく俺達はなにも悪くない。
比企谷が瞳を潤ませながら懇願すると雪ノ下はようやくその邪悪な舌刀を納める。
もはや何を言っても無理だ。コイツは倒せない。比企谷なんてもはや悟りの境地に達してしまっている。...何でっ?
俺が比企谷の様子を見て驚いていると雪ノ下は会話を続行する。
「さて、これで人との会話シュミレーションは完了ね。私のような女の子と会話ができたら、たいていの人間とは会話できるはずよ」
えっ、俺達会話できてた? しかも、それ以前にこれ会話じゃねぇだろ! 一方的な悪口の間違いでしょ?
「これからはこの素敵な思い出を胸に一人でも強く生きていけるわね」
「解決法が斜め上過ぎるだろ」
「比企谷、これ何も解決してないよね? 最初、居た堪れない立場の俺達に居場所を作ってやるとか言われた気がするんだけど、これじゃあただ心に傷を負っただけじゃないか」
「確かにそれじゃあ先生の依頼を解決できてない...。もっと根本的なところをどうにかしないと...。例えばあなた達が学校をやめるとか」
「それは解決じゃない。臭いものに蓋理論だ」
「おいおい、俺の話聞いてた? 俺たちを学校から追い出すとか本格的に俺達の立場がなくなるだろ! だったらぼっちのままでいいよ!」
流石に学校から追放されたくはない。あと、俺まで臭いもの扱いされてるって何なの?
追い出される前にこの学校から逃げ出したくなるよ!
「あら臭いものだって自覚はあるのね」
いや、俺は自分が臭いものだって思ってない。比企谷が勝手に言っただけだ。
「ああ、鼻つまみものだけにな、ってやかましいわ!」
「...うざ」
「ごめん比企谷。これだけは雪ノ下の言う通りかもしれない」
うまいこと言ったと思ってにやっと笑う比企谷は面識がある俺も多少イラッときた。
「き、桐山まで...?」
俺は比企谷を冷めた目で見据える。ちなみに雪ノ下は「なんで生きてるの?」という目で比企谷を睨み付けていた。俺にはあんな目はできない。すっごい怖い。
...それからは逃げ出したくなるような静けさだった。実際、雪ノ下の悪口で傷ついた俺の心が痛んで家でゆっくり休みたかったのもあるだろう。
その静寂を打ち破るようにドアを引く無遠慮な音が教室に響いた。
「雪ノ下。邪魔するぞ」
「ノックを...」
「悪い悪い。まぁ気にせず続けてくれ。様子を見に寄っただけなのでな」
溜め息交じりの雪ノ下に微笑みかけると、平塚先生は教室の壁に寄り掛かった。そして俺と比企谷それから雪ノ下の三人を眺めるように見る。
「仲がよさそうで結構なことだ」
どこをどう見てどう解釈すればそんな的外れな結論になるんだ...。さっきまで物凄い暴言吐かれてたんですけど。
「比企谷と桐山もこの調子で捻くれた根性の更生と腐った目の矯正に努めたまえ。では、私は戻る。君たちも下校時刻までには帰りたまえ」
なにか聞き忘れてる気が...。あっ、この部活って何部なんだ?
「あのちょっと待ってください」
平塚先生を引き留めようと先生の手を取った。その瞬間、
「えっ? 痛っ、いたたたたたっ! 比企谷たすっ、...助けてくれ!」
腕が捻られていた。必死で比企谷に助けを求めているとようやく解放された。
「なんだ桐山か。不用意に私の後ろに立つな。しっかり技をかけてしまうだろう」
「先生っ! あなたはゴルゴか何かですかっ! あと技をかける時点でアウトですけどせめてうっかりにしてください。しっかりすんなよっ」
先生に対してはなるべく敬語を使う俺でも最後は言動が綻んでしまった。
「注文が多いな...。それで、どうかしたのか?」
「どうかしてるのはあなたの方だと...。あー、なんですか更生とか矯正って。俺は歯の噛み合わせか?それと、ここ何部なんですか」
俺が聞くと比企谷も気になるのか真剣になる。俺達の話を聞く用意が整うと平塚先生はしばし思案顔になる。
「雪ノ下は君たちに説明してなかったのか。この部の目的は端的に言ってしまえば自己変革を促し、悩みを解決することだ。私は改革が必要だと判断した生徒をここへ導くことにしている。精神と時の部屋だと思ってもらえればいい。それとも少女革命ウテナといったほうがわかりやすいか?」
「余計わかりづらくなりました」
というかついていけない。でもそれを言うと射殺されかねないので言わないことにした。...のだが。
「そうですね。それに例えで年齢がばれますよ...」
「...なぁっ! 比企谷バカ野郎!」
比企谷ぁぁ! それは「名前をいってはいけないあの人」の名前以上に言ってはいけない(著作権的に)...いや、振ってはいけないあの例の話題だろ!
「...何か言ったか?」
「「...なんでも(ないっす)ないです」」
―はい、銃殺。
とんでもなく冷ややかな視線に俺たちはあっけなく射殺され小声で呟きながら肩を縮こまらせる。
そんな俺達を見て平塚先生はため息をついた。
「どうやら彼らの更生にはてこずっているようだな」
「本人たちが問題点を自覚していないせいです」
先生の苦い顔に雪ノ下は冷然と答えた。
...なんなんだ、この居た堪れない感じ。ふと横を見ると比企谷はどこか懐かしそうな顔をしていた。
まだ自分に期待していた少し昔の懐かしい思い出でも思い出しているのか...、それとも小六のときにエロ本の所持がばれて両親の前で懇々とお説教されているときに今の状況は似ているなぁ...、とでも思っているのだろうか、どっちだろう。...たぶん後者。
いや、今はそんなこと思い出している時じゃあないだろ比企谷。
「あの、さっきから俺達の更生だの変革だの改革だの少女革命だのと好き勝手盛り上がってくれてますけど、俺達、別に変化なんて求めてないですよ」
俺がそういうと、平塚先生は小首を傾げた。
「ふむ? 比企谷も、それは本当なのか?」
「ええ、まぁ桐山が言った通り、別に求めてないんすけど...」
「何を言っているの? あなた達は変わらないと社会的にまずいレベルよ?」
雪ノ下はまるで「戦争反対。核武装を放棄せよ」くらいの正論を言うような顔で俺と比企谷を見た。
「傍から見ればあなた達の人間性は余人に比べて著しく劣っていると思うのだけれど。そんな自分を変えたいと思わないの?向上心が皆無なのかしら」
「そうじゃねぇよ。...なんだ、その、変わるだの変われだの他人に『自分』を語られたくないんだっつの。だいたい人に言われたくらいで変わる自分が『自分』なわけねぇだろ。そもそも自己というのはだな...」
「自分を客観視できないだけでしょう」
雪ノ下が比企谷に割って入った。せっかく比企谷の深イイ話を聞けると思ったのに。
「あなた達のそれはただ逃げているだけ。変わらなければ前には進めないわ」
少し腹が立った。
「前に進めないとか言われても俺は何もしたくないし、前とやらに進めなくても結構ですよ?」
その「前」とやらは一体なんのことを指しているんだろうね? なんにもなくて、つまらない社会や現実のことかな?
だとしたら無駄な努力も甚だしいね。そんな空っぽなモノのために無駄な努力も活動も呼吸すらもしたくないんですけど。
俺がつまらないことを思い出していると比企谷が言う。
「逃げて何が悪いんだよ。変われ変われってアホの一つ覚えみたいに言いやがって。じゃあ、お前はあれか、太陽に向かって『西日がきつくてみんな困っているから今日から東に沈みなさい』とか言うのか」
「詭弁だわ。論点をずらさないでちょうだい。だいたい、太陽が動いてるのではなく地球が動いてるのよ。地動説も知らないの?」
一々ウゼェな。むかつくから言い返えそうかと思ったけどバカ相手にぶちギレて反論すること自体めんどくさくてバカらしいから比企谷にまかせようか...。
「例えに決まってんだろ! 詭弁っつーならお前のも詭弁だ。変わるなんてのは結局、現状から逃げるために変わるんだろうが。逃げてるのはどっちだよ。本当に逃げてないなら変わらないでそこで踏ん張んだよ。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ」
俺は比企谷の頭がいいとか顔がいいとは思わない。でも尊敬はしてる。なんというか、ぼっちであることを否定せず誇ってるところとか。かなり尊敬する。特に「彼」に似てるところとか、な...。
まあ、バカだけど...。
でも比企谷の言葉に雪ノ下は納得いっておらず、むしろ怒らせてしまったようだ。
「...それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」
そんなこと言われても「解決なんてしなきゃいいじゃん」の一言につきる。だいたい悩みなんて個人のものだろ? なんでそれをわざわざ救ってあげる必要があるの? こんな人生すぐに終わってみんな等しく平等に80歳くらいで死ぬんだから、誰か困ってても『見ないふり』して手を『差し伸べない』で『救わない』そして『見捨てる』。見捨てたって自分が困るようなことになっちゃたのが悪いし俺は無関係だから相手も俺が悪いなんて思うことができない。そうやって他人に迷惑をかけずに自分の中だけで生きて、自分の中で自分勝手に生きてればいいんじゃないの?
それが一番楽なのに他人を助けてあげるとか俺にはわからない。
「三人とも落ち着きたまえ」
険悪になりそうな、いや最初から険悪だった空気を和らげたのは平塚先生の落ち着いた声音だった。その平塚先生の顔はにやにやと実に楽しそうで喜悦に満ちていた。
「面白いことになってきたな。私はこういう展開が大好きなんだ。ジャンプっぽくていいじゃないか」
先生が一人でテンションをあげていた。大人の女性なのに目が少年の目になっている。
「古来よりお互いの正義がぶつかったときは勝負で雌雄を決するのが少年マンガの習わしだ」
「いや、ここ現実なんですけど...」
比企谷の言ったことは実に正しい。でもそう言ったところで聞いちゃいない。先生は高らかな笑い声をあげると、俺達に向かって声高に宣言した。
「それではこうしよう。これから君たちの下に悩める子羊を導く。彼らを君たちなりに救ってみたまえ。そしてお互いの正しさを存分に証明するがいい。どちらが人に奉仕できるか!? ガンダムファイト·レディ·ゴー!!」
「嫌です」
「俺も奉仕とかしたくないんですけど」
「くだらねw ペッw」
雪ノ下は比企谷に向けていたのと同質の冷たい視線を平塚先生に向けた。
奉仕活動なんてワケわからんもん面倒くさくてやってらんねぇよ。それに俺ガンダムのことよく知らねぇし。
俺たちの意思を確認すると先生は悔しげに親指の爪を噛む。
「くっ、ロボトルファイトの方が分かりやすかったか...」
「そういう問題じゃねぇだろ...」
「確かに比企谷の言う通りですね。...くだらねw ペッw」
もう正直何のネタかわからない。
「先生。年がいもなくはしゃぐのはやめてください。ひどくみっともないです」
雪ノ下が氷柱のように冷えきった鋭い言葉を投げる。すると先生もクールダウンしたのか一瞬羞恥に顔を染めてから取り繕うように咳払いをした。
「と、とにかくっ!自らの正義を証明するのは己の行動のみ!勝負しろと言ったら勝負しろ。君たちに拒否権はない」
「横暴すぎる...」
この人もう完全にただの子供だ! 大人なのは胸だけだ! ちなみに胸は大人なアレだ!
...まぁ、勝負なんて適当に済ませばいいや。もうここで負けを宣言してやってもいい。
だが、頭の中が幼女の嫌すぎるロリババア巨乳はなおも妄言を吐き続ける。
「死力を尽くして戦うために、君たちにもメリットを用意しよう。勝った奴が負けた人になんでも命令できる、というのはどうだ?」
「なんでもっ!?...ごくり」
『先生。「なんでも」の範囲を、もっと詳しく』
何でも命令していいのか?...ニヤリ。
がたっと椅子を引く音がして、雪ノ下が二メートルは後ずさり、自分の身体を抱える防御態勢に入っていた。
「この男たちが相手だと貞操の危機を感じるのでお断りします」
「偏見だぁっ! 高二男子が卑猥なことばかり考えてるわけじゃないぞ」
「そうだぁ! 俺たちはまだ何も言ってないぞ」
他にもいろいろ考えてる。例えば世界平和? とか? うん、他には特に考えてないや。言っちゃうと世界平和すら考えてない。
「さしもの雪ノ下雪乃といえど恐れるものがあるか...。そんなに勝つ自信がないかね?」
意地悪そうな顔で平塚先生が言うと、雪ノ下はいささかむっとした表情になる。
「...いいでしょう。その安い挑発に乗るのは少しばかり癪ですが、受けて立ちます。ついでにそこの男たちも処理して差し上げましょう」
うっわー、雪ノ下さん負けず嫌いー。どこが負けず嫌いかって「あなたの意図はお見通しですが」的なセリフがさらに負けず嫌い。ていうか処理ってなに?怖いんだけど。絶対、犯罪的な何かだと思うんだけど。
「決まりだな」
にやりと平塚先生は笑い、雪ノ下の視線を受け流す。
「あれ、俺たちの意思は...?」
「君たちのにやけた表情を見れば聞くまでもあるまい。桐山...。それはそうと、そのにやけた薄気味悪い顔をやめろ。気分が悪くなる」
そうですか...。無意識の内に表情に内面が出て来てしまったみたいだ。でも気分が悪くなるとまで言われるのはショックだな。
「勝負の裁定は私が下す。基準はもちろん私の独断と偏見だ。あまり意識せず、適当に...適切に妥当に頑張りたまえ」
そういい残すと、先生は教室を後にした。残されているのは俺と比企谷と不機嫌そうな表情をした雪ノ下だけ。もちろん会話はない。この状況でいったいどうしろと...。
その静かな教室にじーっと、壊れたラジオの放つような音がした。チャイムがなる前兆だった。
いかにも合成音声っぽいメロディが流れると、雪ノ下はぱたっと本を閉じ、帰り支度を始めた。どうやらこれは完全下校時刻を知らせるチャイムのようだ。
雪ノ下は支度を終えると俺たちの方をちらりと見る。
が、見ただけで「お疲れ様」も「お先に」も言わず颯爽と帰って行きやがった。
あまりの対応の冷たさに声をかけるタイミングがなかった...。
「ゴクッ...」
―斜陽の射し込む教室には比企谷と二人きり...。
オレンジ色の光が溢れ出す教室...。胸が締め付けられるような言い表せない感情...。しかし、不思議なことに、まるで自分の感覚が、優しく狂ったように、それを心地好いと感じてしまう...。
ドキドキと心臓の音が大きくなっていって、夕日に染まった二人の影が―また気持ち悪いいいっ。アンド死ねっ!
悪ふざけが過ぎた。もう帰ろうっ、うえっ。
「じゃ、お疲れ。うっ」
比企谷にそう言って俺は教室を後にした。
× × ×
『つまんねぇ』
俺は独りで昔、口癖のようにいっていた言葉を呟いた。
昔というのは中学生のときのこと。そしてこの言葉は俺に友達がいなくなった原因の一つだ。
どんなときでも、なにをしててもこの言葉を呟いていた。
みんなでわいわい話をしてるところで、そう呟いていたら、そりゃあ友達だっていなくなるだろう。まぁ、いなくなってもなんとも思わなかったけど...。
それにしても今日はめんどくさかった。職員室に呼び出されるわ、奉仕活動をしろと命令されるわ、初対面の雪ノ下 雪乃に暴言吐かれるわ、平塚先生に腕捻られるわ、あげく顔を見ると気分が悪くなるとまで言われて、もう心が折られそうだ。なーんて、嘘嘘。全部嘘。
その上勝負だのとバカなことをさせられることになるとは...。
現実って、特別なものは無いくせに面倒なものはあるんだよなぁ...。
比企谷のいうとおり、青春は擬態で欺瞞で虚偽妄言。 確かにそうだろう。
...でも、そんなことどうだっていいのかもしれない。
努力したってなにも変わらなかった、自分の人生を左右出来るほどの才能もなかった。でも勉強はわりと出来るし、何も考えなくて良いのだろう。
目標なんてなくても適当な職業に就いて、何事も適当に...。そうやってだらだら生きていれば、どうせすぐに人生終わるんだし。
...そう、やはり俺の青春は終わっている。
後書き
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