キリトである必要なくね?~UW編~
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第三話 ルーリッド村
その後、ユージオはもう一度きっかり五十回叩き終えると、その場にドカっと座り込んだ。午前中が終わるまでにもう一セットやっておきたかったらしい。
彼が五十回叩いている間に色々な情報を聞きだした。
このデカイ樹の名前が《ギガスシダー》で、村の人々は悪魔の樹と呼んでいること。
彼の天職が木こりで、もう七年間もここで斧を振っていること。
彼の前に六人の前任者がいて、彼らがルーリッドの村が出来てから三百年、毎日欠かさずこの樹を叩いて四分の一までしか刻み進めなかったこと。
それらの話を聞いて俺は度肝を抜かれた。
話を聞く限り、この世界では三百年というあまりに長大な時間が流れているらしい。それはただの舞台設定だろうが、気になるのは彼が七年間斧を振っていた記憶があるという点だ。ユージオがその記憶を脳に刻みこむためには、少なくとも本当に七年間この世界でテストプレイをしていなければならない。
だが、七年前というと《STL》はおろか、《ナーヴギア》でさえまだ存在していなかったはずだ。ならば彼の記憶は一体―――。
「じゃあ、ちょっと休憩にします」
そう言ってユージオは布包みを開き、取り出した丸パンの片方を俺に差し出した。
「お腹空いてませんか? 何も食べてないんですよね?」
「実を言うと結構腹減ってた。でも、いいのか?」
「いいんです、あげておいて言うのもなんですけど、僕、あんまりこれが好きじゃなくて」
「それなら、有難く頂くけど…………あ、それと俺に敬語をつかうなよ。そんなに歳離れてないだろ」
ユージオはキョトンとした顔になる。
「でも、目上の人には敬語を……」
「俺にはいいよ、恩人に敬語を使われたらこっちも気を遣う」
「分かり……分かったよ、カガト」
俺は満足げに頷いた。
そしてそのまま大口を開けてかぶりつくと、パンの硬さに思わず目を見開く。そのまま強引に噛み千切ると、今度は歯がぐらつく。
同じように顔をしかめてパンに噛み付いていたユージオが苦笑混じりに言った。
「おいしくないでしょ、これ」
「いや、味は悪くない。でも触感がどうもなぁ……」
「出掛けに村のパン屋で買ってくるんだけど、朝が早いから前の日の残りものしか売ってくれなくて。昼にここから村まで戻るような時間もないしね……」
「なら、弁当を持ってくればいいんじゃないか?」
ユージオはパンを持ったまま眼を伏せた。しまった、地雷だったかと後悔していると、幸い彼はすぐに顔を上げ小さく笑った。
「昔はね……昼休みにお弁当を持ってきてくれる人がいたんだ……でも、今はもう……」
若葉色の、深い喪失感を湛えた瞳に、一瞬ここが仮想世界であることを忘れてしまった。
「……その人は……?」
「………幼馴染だったんだ。同い年の、女の子で……小さい頃は、朝から夕方までいつも一緒に遊んでた。天職を与えられてからも。毎日お弁当を持ってきてくれて……。でも、六年前……僕が十一の夏に、村に整合騎士がやってきて……央都に、連れて行かれちゃったんだ……」
整合騎士っていうのが、所謂法の番人というヤツなのだろう。
「僕の……せいなんだ。安息日に、二人で北の洞窟を探検しに出かけて……帰り道を間違えて、果ての山脈の向こう側に抜けちゃったんだ。彼女がそこでつまずいて、外の地面に掌を突いてしまって。禁忌目録で闇の国には足を踏み入っちゃいけなかったから、そのあとすぐ整合騎士が村にやってきて……。たったそれだけのことで、みんなの前で彼女を鎖で縛り上げた……」
ユージオの手の中で、食べかけのパンがくしゃりと潰れた。
「……助けようとしたんだ。僕も一緒に捕まってもいいから、騎士に斧で打ちかかろうと……でも、手も、足も、動かなかった。僕はただ、あの子が連れていかれるのを、黙って見てた……」
まるで、かつての自分を見ているようだ。大切に想っていた存在を理不尽に奪われ、何も出来なかった自分を嫌悪する。
ユージオは今、かつての俺と同じ場所に居るんだろう。そして、悩み、もがき、苦しんでいるのが痛いほどわかる。
けれど俺にはユージオに共感できるなんて言葉を、口が裂けても言えなかった。何故なら俺は、そこから最悪ともいえる選択肢を選んでしまったのだから。
「……その子は、どうなったんだ………?」
「整合騎士は、審問ののちに処刑する、って言ってた……。でもね、カガト、僕は信じてるよ。きっと生きてるって」
一拍置いて。
「アリスは、央都のどこかで、必ず生きてる……」
『アリス』。俺はその名を心に刻み込ませる。
「ごめんね、なんか暗い話聞かせちゃって……」
「いや、いいさ。ユージオが彼女のことを大事に想ってたのが、伝わったからな」
「……ちょっと恥ずかしいな」
そこでユージオは少し照れたように笑う。
「ああ、あとパンありがとな。ユージオがいなきゃ、餓死するところだった」
「そんな大げさな。じゃあ僕は、午後の分を終わらせないといけないから」
そう言いながら身軽な動作で立ち上がるユージオに向かって、俺は尋ねた。
「なぁ、天職って他の人が手伝っても良いのか?」
「天職を誰かに手伝ってもらっちゃいけない、なんて掟はないけど……」
「なら、俺も手伝うよ。パンのお礼だ」
「ええ? でも、案外、難しいんだよ、これ。僕も始めたばっかりの頃は、まともに当てることさえ出来なかったんだから」
「じゃあ、俺がまともに当てられるように、ユージオが教えてくれよ」
そこまで食い下がった俺に、彼は溜息を吐きながら頷いた。
「わかったよカガト。でも、僕の教えは厳しいから覚悟するんだぞ」
「了解です。ユージオ先生!」
二人でひとしきり笑った後、午後の仕事にとりかかった。
◆
今日の分の天職を終え、教会へと向かう道すがらユージオに話しかけた。
「なぁ、ユージオ」
「どうしたの?」
「ここに来る途中、村を襲う人間はいないっていってたよな。禁忌目録に反するから」
ユージオは怪訝な顔をする。
「ならなんで衛士なんて天職があるんだ?」
「決まってるじゃないか。闇の軍勢から村を守るためだよ」
「闇の軍勢?」
「ほら、見えるだろう、あそこ」
ユージオの指差す方向に眼を凝らす。遥か彼方にうっすらと連なる純白の山脈が存在していた。鋸のように険峻な稜線が、視線の届く限り左から右へと続いている。
「あれが、《果ての山脈》。あの向こう側に、ソルスの光も届かない闇の国があるんだ。闇の国には、ゴブリンとかオークみたいな呪われた亜人や、いろいろな恐ろしい怪物……それに、暗黒騎士たちが住んでいる。もちろん、山脈を守る整合騎士がそいつらの侵入を防いでいるけど、ごくたまに地下の洞窟を抜けて忍び込んでくる奴がいるらしい。僕は見たことはないけどね」
「ホォ」
「それに、公理教会の言い伝えによれば……千年に一度、ソルスの光が弱まった時、暗黒騎士に率いられた闇の軍勢が、山脈を越えて一斉に攻めてくるんだって。その大戦では、村の衛士たちや、少し大きい街の衛兵隊、それに央都の帝国軍までが整合騎士に率いられて怪物たちと戦うんだ」
「なるほどな。衛士っていうのが素晴らしい仕事なのは分かった。だが、さっきのジンクとかいう衛士の態度は無いんじゃないか? ユージオのことを見下して、嘲笑して。あれが衛士のやることだとは思いたくないね」
「まぁ、彼は昔からあんな感じだからね。もうどうしょうもないんじゃないかな」
「だが、あれはさすがにやりすぎ……」
「ほらほら、着いたよカガト」
促された通りに前を見ると、かなり大きめの建物が目の前に現れた。古びたその建物はレンガを使っているらしく、所々欠けているところもある。
細長い塔の先端に、十字と円を組み合わせたようなシンボルが見て取れることからここが教会なのだろう。
少し大きめの扉の前に立つと、ユージオは遠慮がちにノックをした。
すると、中から返事がしたのと同時に扉が開く。
「何か、御用?」
出てきたのは、厳格な印象を受ける一人の老婦だった。
修道服らしき衣服を纏っていることから、おそらくこの人がシスター・アザリアなのだろう。
「失礼します、シスター・アザリア。ユージオです」
どうやら老婦の目にユージオは入っていなかったらしい。
訪ねてきたのがユージオだと分かったからか、シスターの目元が幾分か穏やかになる。
「お久しぶりですね、ユージオ。とても、大きくなりましたね」
「シスターも、お元気そうで何よりです」
同じ村に住んでいるのに久しぶりとはどいうことなのか。
気にはなったが口には出さず胸に留めておく。
「それで、今日はどうしたのですか?」
「……実は彼と森で出会ったのですが、ベクタの迷子で記憶がないんです」
シスターの眼鏡の奥の瞳が少しばかり鋭くなった。
そして俺に顔を向ける。
「名前は、何と言うのですか?」
鋭い眼から威圧を感じながら、なんとか声を絞り出す。
「カガトです」
シスターは俺の前に立ち、言葉をつむぐ。
「辛かったでしょう、カガト。何もわからず、森の中で一人ぼっちで。安心してください、私達はあなたを家族として迎え入れる用意があります」
そしてシスター・アザリアは気難しげな顔を少し緩ませる。
自分の目頭が熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます、シスター」
「よかったね、カガト」
「ああ お前のおかげだ。ユージオ」
もしユージオが居なかったら、俺は今頃森の中でぶっ倒れていただろう。本当にユージオには頭が上がらない。
少し談笑した後、ユージオが帰り支度を始めた。
「それでは、僕は帰ります」
「ユージオ。彼をここに連れてきてくれてありがとう。また昔のように、教会に遊びに来てください」
「……はい、シスター。それじゃあ僕は帰るね、カガト。明日の朝、出来たら中央広場に来てね」
「わかった。明日の朝に中央広場な」
「失礼しました」と最後に告げ、ユージオは足早に帰って行った。
「ではカガト。もうすぐ夕食の時間です、食堂に向かうとしましょう」
そう言われ、シスターの後に続いて食堂に向かうのだった。
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