非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第88話『雨宿り』
「うわぁぁぁ!!!!」
重力に従い、雨と共に晴登と優菜の身体はドンドンと地に向かって落ちていく。内蔵が浮く感覚を味わい、気持ち悪さを感じた。
最悪だ。まさか崖から落ちる羽目になるなんて。見渡す限り森林で隠れていて正確には測れないが、地面まではかなりの距離がある。バンジージャンプで飛ぶのも願い下げな高さだ。このまま落ちれば、当然即死は免れない。
「させるかよ…!」
晴登は右手で掴んでいた優菜の手を引き寄せ、左腕で抱き抱える。どうやら彼女は気絶してしまったらしく、何の反応も見せない。好都合だ。その方が動きやすい。
常人ならば、この高さはどうしようもできまい。待ち受けている死を、間もなく来たる終わりを受け入れるくらいしか。だが、晴登は魔術師だ。2人とも助かる方法を、一応持ち合わせている。
──やるしか、ない。
「くそっ、まだ高い…!」
晴登は右手を地面に向かってかざし、いつでも魔術を放てるよう準備する。この高さを飛び降りたことはないが、着地の要領はいつもと変わらないはず。ただ少し、勢いが強いだけだ。
「…ここだ!」
森林が目前に迫った時、晴登は掌から怒涛の暴風を放った。着地するに当たって、この木々は邪魔でしかない。だからまず、ここに風穴を空ける。
「はぁぁぁ!!!!」
手加減はしない。本気も本気だ。全力で"鎌鼬"を叩き込む。枝の1本、葉の1枚すら残さない。完全な生存ルートをここに創り出す。
こんな理不尽な死に方、納得できるものか。運命を、この手で覆すのだ。
「あぁぁぁぁ!!!!」
地面が見えた。本来は着地に当たって風量を微調節するところだが、高空からの人間2人の自由落下だ。その勢いは並大抵なものではない。器用に調節する余裕なんてなかった。
「頼む、止まってくれぇ!!!」
猛スピードで走る車が急ブレーキをかけたとて、すぐに止まる訳ではない。それと同じだ。晴登の風は地面に直撃して、反作用の力で勢いこそ弱まっているが、まだ落下が停止してはいない。このままいけば頭から地面に落ちて、やはり即死ルートだ。
「うおぉぉぉ!!!!」
地面にぶつからない。それだけを考えて、ありったけの風を放つ。さっきから急激に魔力を消費したせいか、右腕から先がだんだんと痺れてきたが・・・構うものか。
絶対に優菜を助け、そして自分も助かってやる。
地面まで残り3m、2m、1m、そして──
*
「嘘…優菜ちゃん…」
「晴登…」
「そんな…」
奈落を見下ろしながら、絶望に暮れる莉奈と大地と狐太郎。何せ、不幸にも友達がかなりの高さの崖から落ちてしまったのだ。最悪の事態が頭を過ぎってしまうのも無理はない。
「ハルト! ハルト!」
「落ち着け結月! お前まで取り乱してどうする!」
「でもハルトが!」
「アイツならきっと大丈夫だ。確かにお前ならこの崖も平気かもしれないが、ここで行ってもコイツらを混乱させちまう」
「う…」
伸太郎は冷静に事態を把握し、崖を降りようと早まる結月を留まらせる。晴登は風の魔術師。なら、生きている可能性もまだ残されているというもの。
「ひとまず、先生たちに知らせる。けど、この大雨で全員が動くのはかえって危険だ。だから結月、そっちに行ってくれるか?」
「おい待てよ、結月ちゃんを1人で行かせる方が危ないだろ! 俺が・・・」
「大丈夫だよダイチ。ボクが行く」
「……っ」
伸太郎の提案に大地が食ってかかるが、結月自身がそれを止めた。その真剣な表情を見て、大地は言葉に詰まる。
「いいか結月、"全力"で麓まで戻るんだ。それか旅館でもいい。とにかく大人を三浦たちの元へ向かわせるんだ」
「うん、わかった」
「あと、くれぐれも人目には気をつけろ」
「もちろん」
「全力」を強調して、伸太郎は結月に指示を出す。そしてその意図に気づいたのか、結月は力強く頷いた。伸太郎の思いつく限り、今はこれが最善手だ。
「それじゃ、行ってくる!」
「気をつけて、結月ちゃん!」
「うん!」
莉奈に手を振り返しながら、結月は山道を駆け下りていく。
そして、誰の視界にも映らなくなったであろう瞬間、結月の足元から冷気が溢れ出した。
「待ってて、ハルト」
たちまち地面は氷結していき、結月はその氷の上を滑り始めた。山下りなら、こっちの方が走るよりも何倍も速い。これが伸太郎の意図だ。
もちろん、氷はすぐ溶けるように配慮している。雨の中ならば目立つこともない。
山道を滑り下り、時には森の中を突っ切って、結月は直線的に麓を目指す。雨に打たれようが、枝が頬を掠めようが構わない。晴登を助けるためなら、何だってやってやる。
「──絶対に助けるから」
*
「う、ん…?」
「あ、目覚めたんですか三浦君! 良かったぁ…」
「戸部さん…? ここは…?」
「近くにあった洞窟です。雨宿りするために入ったんです」
目を覚ますと、晴登の顔を心配そうに覗き込む優菜の顔が見えた。そして彼女の私物なのか、身体にはタオルがかけられている。いつの間に寝てしまっていたのだろうか。まだスタンプラリーの途中だというのに・・・。
石の硬い感触を背中に感じながら、晴登は身体を──起こせなかった。
「無理をしちゃダメですよ。まだ寝ていて下さい」
「えっと、何でこうなったんだっけ…?」
「覚えてないんですか? また、私が助けられたんですよ」
「あっ…!」
優菜の言葉を聞いて、晴登はようやく先程の顛末を思い出す。
確かスタンプラリーの途中で大雨が降って、崖から足を踏み外した優菜を助けようと一緒に落ち、そして地面に当たる寸前で何とか風で落下の軌道を横にずらして、転がるように着地したのだった。その後のことはよく覚えていないのだが、恐らく魔力切れで気絶したのだろう。それで先に目覚めた優菜が洞窟を探し、晴登を運び込んだ、といったところか。
「最後だせぇな俺…」
「そんなことありませんよ! 三浦君がいなかったら、そもそも私は助かってなかったでしょうし…。以前熊に襲われた時もですけど、やっぱり三浦君は私の命の恩人ですよ」
「そ、そんなこと…」
ない、とまでは言い切れない。だって実際助けたのだから。でも、面と向かって命の恩人呼ばわりされるのは、かなり恥ずかしい。まして相手が学年屈指の美少女ともなれば、なおさら意識してしまう。というか、雨に濡れたせいで服とか直視できない状況なんだが…。
「…どうしたんですか? 顔が赤いですけど…」
「い、いや何でもないよ! 雨に濡れたし、熱でもあるのかな〜なんて!」
「それなら大変です! おでこ失礼しますね」
「あっ…」
優菜の柔らかい手が晴登のおでこに当てられる。雨で冷えたとはいえ、結月と比べるとやはり温かい。なんだか新鮮な気持ちだ。
「確かに、少し熱いような気も・・・」
「たぶん休めば良くなるよ! 心配かけてごめんね!」
「いえ、ゆっくり休んで下さいね」
そこで会話は一旦途切れる。優菜は晴登の体調に配慮しているのだろうが、ごめんなさい仮病なんです。だからすごく気まずい。
「皆も心配してるよね…」
「そうですね…。あの高さから落ちて生きてるなんて、正直今でも信じられません。早く戻って、安心させないとですね」
「ごめん、俺がこんな状態なばっかりに…」
「いえいえ! 三浦君が元気になってから動きましょう」
何とか会話を続けようと晴登は話題を振るも、これはさすがに雑だった。優菜に気を遣わせてどうする。もっと別の話題をだな・・・
「あの…1つ訊いてもいいですか?」
「うん? いいけど…」
そう考えていた時、優菜の方から声をかけてくる。訊きたいことか…何だろう。
「結月ちゃんとは、本当はどこで出会ったのですか? ホームステイって話は嘘ですよね?」
「え!? な、何を言ってるのかな…?」
あまりに脈絡のない質問だが、晴登は困惑するより先に狼狽える。なぜそのことを知っているのだ。魔術部以外は知らないはずなのに。
「彼女、三浦君と一緒に魔術部に所属していると聞きました。でもいくら三浦君に懐いているとはいえ、あの部活に簡単に勧誘するとは思えないんです。何か、事情があるんじゃないんですか?」
「……っ」
鋭い。まさかそこに目をつけるなんて。
優菜には以前、魔術のことを話したと終夜から聞いた。だからこそ彼女は、もし結月が本当にホームステイしているだけの外国人だとすれば、晴登がわざわざ結月に謎だらけの魔術部のことを伝えるとは思えなかったのだろう。
「大丈夫です。言いふらしたりしませんよ」
「もう見抜かれてるってことね…。わかった、戸部さんには話すよ。実は──」
乗りかかった船だ。彼女には知る権利がある。晴登は結月と出会った経緯を一から話すことにした。
異世界に行って、氷の魔法を操る彼女に出会ったこと。そこで危険な目にあったこと。誤って彼女を現実世界に連れて来てしまったこと。念のため鬼関係のことは伏せたが、それ以外のことはありのままに伝えた。
「そんなことがあったんですね…」
「話しといて何だけど、信じてくれるの?」
「にわかに信じ難い不思議な話ですけど、でもそんな私の知らない世界があるってことは、既にこの目で見ていますから。それに、三浦君が嘘をつく理由もありません」
「そりゃそうだ」
晴登は軽く笑みを零した。何だか、肩の荷が降りた気がする。
どんなに小さなことでも、人に話せない隠し事は持っているだけで息苦しさを生むものだ。だからこんな風に魔術のことを皆に話して、そして信じて貰えたら、もっと気を張らずに生活できるようになるんだろうか。
「なら、私の方が先だったのに…」
「え、何?」
「いえ、何でもありません。話してくれてありがとうございました。ずっと気になっていたので」
「あ、うん。どういたしまして」
優菜が何かを呟いた気がしたが、声が小さくてよく聞こえなかった。何と言ったのだろう。…考えても無駄か。
それよりも、そろそろここからどうやって帰るかを考えたい。話して時間を潰すのもいいが、帰る手段が無いままなのはマズい。今どこにいるのかわからないのだから、当然帰り道もわからない。そもそも、スタンプラリーの範囲に入ってるかも疑わしい。せめて落ちてきた場所がわかればいいのだが、地図なんてものは持ち合わせておらず、持っているのは雨でずぶ濡れになったスタンプラリーの用紙・・・
「あ、濡れてる!? どうしよう戸部さんこれ?!」
「そこまで濡れてしまってはどうしようもできませんね…。スタンプラリーは諦めるしかないようです」
「そっか…。確かに、崖から落ちてる時点で続行なんてできないしね…」
「ごめんなさい、私のせいで…」
「あ、いや、責めてる訳じゃないんだ! スタンプラリーなんかより、戸部さんの無事の方が大事だよ」
「…ありがとうございます」
残念だけど、背に腹は代えられないというもの。スタンプラリーの賞品とか気になるけど、今回は諦めるしかない。
「あの…1つお願いしてもいいですか?」
「何?」
「その…晴登君って呼んでもいいですか?」
「え!? い、いいけど…」
優菜はもじもじとしながら、それでいてハッキリと言った。いきなりの提案に、晴登は驚きながらも承諾する。にしても、どうしてこのタイミングに…?
「もっと、晴登君と仲良くなりたいんです」
「そ、そっか。うん、俺も戸部さんと仲良くしていきたいかな──」
「優菜」
「え?」
「私は晴登君って呼びますから、晴登君も私のことを優菜って呼んでください」
「えぇ!?」
何てことだ。確かに仲良くなるに当たって名前呼びは効果的と言うが、相手が女子なら男子にとってそのハードルは高い。莉奈や結月は自然とそうなっていたが、こうして改まって言い直すのは照れくさいというもの。加えて晴登のことを名前で呼んでくれる人はあまりいないから、呼ばれるのも余計にくすぐったく感じてしまう。
「えっと…優菜、さん…」
「ちゃん付けの方が仲良さそうじゃないですか?」
「えぇ!? じゃあ…優菜、ちゃん…」
「はい、ありがとうございます、晴登君」
恥ずかしい。今絶対耳まで赤くなってる。女子をちゃん付けで、しかも名前で呼ぶなんて何年ぶりだろう。昔はコミュ障で、女子と話すことすらロクにしてなかった訳だし、余計に緊張してしまう。
「そういえば、身体の調子はどうですか?」
「そ、そうだね。かなり回復してきたかな」
唐突な話題変換に戸惑いつつも、晴登はもう身体を起こせることに気づいた。まだ倦怠感は残っているが、歩くこともできそうだ。
「ではそろそろ移動しましょうか。雨も止んできたようですし」
「ここで待ってたら助けが来ないかな?」
「恐らく皆が救助を呼んでくれているとは思いますが、辺りは森ですし、開けた場所に出た方が見つけて貰いやすいかもしれません」
「なるほど」
優菜の意見に納得し、晴登はタオルを彼女に返して立ち上がる。崖の上から見た感じ、ここら一帯は森林だったはずだが、それでも行くしかない。
「準備はいい? 戸部さ・・・」
「……」
「優菜、ちゃん…」
「はい、大丈夫です」
…何だろう、凄くやりにくい。
戸惑う晴登とは対照的に、優菜は満足そうに微笑んだ。
後書き
超ハイスピード更新とか何年ぶりでしょうか。異世界編の始めもこのくらいのペースだったように思います。やっぱり書きたいものがあると、自然と執筆も早くなってしまうようですね。
さて、崖から落ちて何とか無事だった2人ですが、察しのいい方は伏線に気づいた頃でしょうか。では、次回かその次ぐらいで回収していくとしましょう。
早く続きが書きたいので、後書きはこの辺にしておきましょう。というか、こんなに後書き書く人そうそういないと思うんですが? 今度から1文くらいにしようかな?
ともあれ、今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もよろしくお願いします! では!
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