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提督はBarにいる。

作者:ごません
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舌戦、舌戦、また舌戦・3

「立ち話もなんだ、座りたまえ」

「そんじゃあ、失礼して」

 提督は来客対応用に置かれているであろうソファに腰掛ける。提督の体重をしっかりと支えつつも沈み込むほどの柔らかさに目を瞠る。大臣も執務机の椅子から降りて、提督に向かい合う形で座る。

「初対面ではあるが、互いに互いの顔は良く知っている……というのは、何とも面映ゆい物だ」

「そうですなぁ、しかし私なんぞ大臣に比べれば大した物でもないでしょう」

「ほほぅ」

「深海棲艦の出現した当初、混乱する政府機関を纏めて現在の内務省の雛形を作り上げた初期メンバー。そこから議員へと転身し、あっという間に内務大臣へと就任。以来何度か組閣が行われるも、内務大臣はずっと貴方だ。優秀であるからこそ歴代の総理は貴方を重用した……そうでしょう?」

「いやはや、『南方の英雄』にそこまで褒め称えられると、誇らしいを通り越して気恥ずかしいな」

 まずは小手調べ。おだてられて調子に乗るタイプならば、これ程御しやすい相手もない。担ぎ上げる御輿の頭は軽い方が楽だからな。まぁ、この手の狸がそんなタイプな訳がねぇが。

「しかし、我々の穏やかに見えるこの生活は艦娘をはじめ数多の陸海軍の将兵の努力に依るものだ。その事に関して、私は素直に感謝を述べたい」

「いやいや、軍が十全に動けるのは銃後の皆様の忍耐と協力があってこそ。我々の本質は金食い虫ですよ」

「命と安全を君達から買っていると思えば、金だけで済ませられるのなら安いものだと思うがね?」

「そう言って頂けると職業軍人としては有り難い事です」

 互いにヨイショをしている。それは互いにひしひしと感じている。何故かって?2人共同じことを考えているからさ。

『何処で相手を落として粉砕してやろうか』

 ってな。持ち上げて落とした方が衝撃は強い、それは物でも人の心でも一緒だ。その仕掛けるタイミングが、このタイマンの本当の開始のゴングだろう。

「そういえば、君の所は動画配信をしているんだったか?」

「えぇまぁ。広報活動の一環でして、鎮守府の中の勤務の様子や艦娘達のプライベートな部分などを多少」

「秘密のヴェールに隠された鎮守府の内情を知ってもらうにはいい機会だろう。私も楽しませて貰っているよ……例えば、この間の米国大使との会談の様子など大変興味深く視聴させてもらった」

 ほら来たぞ、挨拶代わりの軽いジャブが。

「ははは、あんな茶番でも楽しんで頂けたなら何よりですなぁ」

「だが、鎮守府……ひいては海軍とは日本国を守るための暴力装置であり、国の方針を無視して暴走するのはどうかと思うがね?」





「大臣、ウチは海軍に数多ある鎮守府の中でも独特な独立独歩の運営方針で動いている鎮守府です」

「無論、存じ上げているとも」

「何故そのような形になったか、わかりますか?」

「何故って、簡単な話だろう。軍部が将来的に行政から独立しようとーー」

 大臣がそう言うと、提督は呆れたように盛大な溜め息を漏らした。

「ダメだなぁ、全然ダメだ。まぁ……政治家のダニ共の陳腐な想像力じゃあそこが限界か」

「なっ……!?」

 提督の豹変した態度に、思わず鼻白む大臣。

「ウチが独立独歩の独立採算形式にしたのはな……金がなかったからだ」

 俺だって着任当初は、国から定期的に送られてくる運営資金で鎮守府を回していたんだぜ?だが、ウチはブルネイ。その立地から北方・太平洋中部海域方面の戦線以外の出入り口になっている。当然長距離を移動してきた艦隊の連中は休息と補給を求めて来るし、後の作戦行動にも影響が出かねんからNOとは言えん。すぐに備蓄資源は枯渇し、日常的な艦隊運用すら覚束なくなった。そこで俺は当時既に元帥だったジジィに直訴。

『国からの運営資金とか要らんから、俺に稼がせろ』ってな。

 当然ながらお偉いさんからは反発の嵐だったらしい。だが、ジジィは独立採算形式の鎮守府のテストケースにするという事にして無理矢理GOサインを出してくれた。この時ばかりはあのジジィにも感謝したぜ。後は知っての通り、通常の遠征だけでなく企業からの護衛依頼なんかもこなして金を稼ぐようになり、運転資金と足りない資材を買うための資金とを稼ぎ出すのがウチのやり方となって現在に至るってワケさ。

「ふん、だがあの鹵獲した深海棲艦はーー」

「鹵獲ぅ?アレは沈没船を引き揚げただけですぜ?大臣。アレの撃沈はニライカナイ艦隊も確認済み、つまりアレは損傷艦ではなく沈没船。わかります?」

 そう、軍として鹵獲した艦は確かに国の物かも知れない。だが、アレは海中に没した時点で艦としての機能を失っていた沈没船ーーつまりは鉄屑も同然だ。それを有効活用しようと、『たまたま』あの海域にいたウチの潜水艦の艦隊が回収しただけの事。船舶のサルベージに関しては国がその仕事を企業に発注しない限りは企業が仕事としてやるか、富豪だとかトレジャーハンターなんかが私費を投入してやる個人事業なんだよな。そこには何ら違法性も無く、寧ろ経済活動を邪魔するなんて自由を掲げる資本主義国家としてはあってはならない事だろう。

「む、むぅ」

 かなりの暴論な気がするが、的確な反論が出来ずに黙り込む大臣。トドメを指すには頃合いだ、こっちの『ジョーカー』を切らせてもらおう。

「とは言え、内務省のアテにしていた定期預金口座を潰してしまったのも事実。その埋め合わせになるかは解りませんが……此方をどうぞ」

「…………これは?」

「読めば解りますよ」

 大臣に手渡したのは大きめの茶封筒。赤いインクで『部外秘』と『classified』の判が捺されている。中身は数枚のA4サイズの書類。綴じられたそれらを1枚、また1枚と捲っていく度に大臣の顔が驚愕に歪んでいく。






「まさか。まさかこんな……!」

「お気に召していただけましたかねぇ?」

 提督は厭らしさを微塵も隠さない笑顔を大臣に向けた。大臣の手から書類の束が落ちる。その表題には『ブルネイ近海の海底資源の調査結果及びその採掘権に関する覚書』とある。

「こんな、こんな馬鹿げた物をどうやって」

「おや、ご存知でない?こう見えても俺ぁブルネイの国王陛下と個人的に懇意にしてましてねぇ」

 現在人類の利用している金属や石油などの化石燃料といった資源は、陸上で採掘できる物のみとなっている。深海棲艦との戦争が始まった当初に海上に存在した資源採掘プラントはその悉くが破壊され、逆に深海棲艦の資源基地となっている物まである。そんな中、ウチはブルネイ政府からの要請を受けて海底資源の埋蔵量の調査を実施。その結果、ブルネイの近海には中東の産油国を優に越える量の石油やLNG(液化天然ガス)が眠っている事が判明。その採掘権をブルネイ鎮守府の提督・金城零次に譲渡する事を内密に決定していた。

「莫大な国益をもたらす海底資源の採掘権を、個人に譲渡だと!?馬鹿な、ありえん!」

「それが有り得るんですよ、これが。まぁ持つべき物は国王の友人って事ですかね?」

 種明かしをすれば海底資源の調査を依頼してくる様に国王に頼んだのも俺なんだけどね~。はいはい、マッチポンプマッチポンプ。

「大体、今のご時世資源採掘プラントを海上に建てようったって防衛用の戦力が無いとどうにもならんでしょうが。絵に描いた餅にする位ならばそれを成し遂げられそうな奴に売って、税金取った方がマシだって奴も言ってましたよ」

「実現可能なのか?」

「何処からも何も妨害を受けなければ、恒常的に防衛用の艦隊を派遣する事は可能ですよ?なんだったら、プラントに隣接してメガフロートを増設してそこに鎮守府を設営すればいい」

 人員は俺の息の掛かった奴を潜り込ませてもらうがね。

「……何が目的だ?」

「だからさっきも言ったでしょう?この計画を成功させるには、『何処からも』『誰からも』『何の』邪魔もされない事が重要だって」

 アメリカとウチが勝手にナシを着けて以来、急激に増えた書類仕事の山。これのせいでウチの事務処理能力はパンク寸前、日常的な艦隊運用すら覚束なくなっている。その妨害工作の大元が内務省であると嗅ぎ付けた辺りから準備を開始。最終的な目的は『内務省に妨害を止めさせる事』、それに尽きる。

「防衛圏構想、読みましたよ。悪くはないが……維持する資源の目処が立たないのがネックなんでしょう?アレは」

 大臣のめがカッと開かれる。顔にでかでかと『何故知っている!?』と書かれているが、建設予定の鎮守府の数と国内に備蓄されている資源の量さえ知っていれば簡単な計算だ。もし仮に計画通りの数の鎮守府を設営した場合、日本の石油は5年以内に枯渇するだろうってのがウチの経理部門の試算だ。しかもこの5年以内という数字は、今の石油の輸入量を維持しつつ民間の分を全て軍部に回した場合の計算だ。当然そんな真似が出来る筈も無く、石油の枯渇はもっと早い時期になるだろう事は明白だ。

「……………………」

 暫し黙り込む大臣。この古狸が本物の『政治家』ならば、間違いなくこの提案は飲む。幾ら目の前の相手が腸が煮えくり返る程に嫌いな相手でも、国益の為ならば笑顔で握手する。本物の政治家ならばそれくらいの腹芸と顔芸は持っているだろう。やがてふぅ~っと長い溜め息を漏らし、大臣が顔を上げた。その顔には諦観の色が窺える。

「やられたよ、金城君。大した政治屋だ」

「では、あの嫌がらせの様な書類の絨毯爆撃は止めて頂けますね?」

「あぁ。ところで君は、政治家に興味はないかね?ん?」

「…………はい?」

「君の様な悪どい人間こそ、このような国難の際にはトップに立つに相応しいと私は考えている。どうかね?」

「それはつまり……私に総理大臣をやれと?」

「そう話したつもりだが?」

「有り得ませんね」

「そうか……残念だ」

 どうせ良いように利用して、最後にゃその悪どい部分を追求して総理の椅子から降ろそうなんて考えてやがるんだろうな、この狸爺めは。

「では、今日の会話が互いに実りある物である事を切に願います」

「あぁ、お互いにな」

 俺と大臣は握手を交わし、何事も無かったかのように内務省を後にする。

「さぁて、晩飯は何にすっかな~」

 糞真面目な話してたら、腹が減った。 
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