カーク・ターナーの憂鬱
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第25話 現実を知る漢
前書き
【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件
宇宙暦728 フォルセティ会戦
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業
宇宙暦738 ファイアザード会戦
宇宙暦742 ドラゴニア会戦
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています
宇宙暦728年 帝国暦417年 8月末
同盟軍士官学校 戦術シミュレーター棟
ファン・チューリン
「帝国軍も大したことはないな。これでは負ける為に出てきたようなものだ。検討しても学ぶべきところがあるとは思えんな」
「捕虜の数もかなりの数だと聞く。フェザーンとの航路を断つという観点ではアスターテ辺りに直進してくるより工夫したとは思うが、補給線が伸びすぎてリスクも大きい。投機的作戦だったのだろうか?」
呆れた様子で辛めの評価をくだしたアッシュビー。それでは議論が進まない。私はあえて論点になりそうな部分を指摘したが、検討するにはどうもちぐはぐだ。まるで帝国軍に勝つ気がなかったかのように感じるのは、同席している面々も同じだろう。
「帝国軍の首脳部は、もしかしたら自国の経済を理解していないのかもしれないな」
そんなターナーの言葉に、同席しているメンバーの視線が集まった。この場にいるのはアッシュビーを始め、ターナー、ジャスパー、ウォーリック、ベルティーニ、コープ、ローザス、そして私の8名だ。なんだかんだランチを一緒にしたり、戦術シミュレーターで切磋琢磨したり、ダンスパーティーで羽目を外したりする中で、一年目はそうでもなかったが、自然につるむ事が多くなった面々だ。フォルセティ星域の戦闘詳報がデータベースに上げられたのを機に、検討会をしようと言う話になり、現在に至る。
「ふぅ。どうやらこちら側の自称未来の艦隊司令達も把握していないようだな」
そう呟きながら、ターナーがフェザーンを中心とした交易の内容を簡単に解説し始めた。
「金額ベースで言えば、帝国からは各種嗜好・工芸品や希少鉱石。同盟からは民需用の消耗品・各種機械製品が主力なんだ。ただ、重量ベースで置き換えると、同盟の主力輸出品は穀物になる。フェザーンにでも行けばもっと詳細な分析ができるだろうが、貴族領では鉱山開発は積極的でも、農業は後回しなんだろう。不作に備えて政府備蓄に輸入された穀物が周り、最悪餓死するような事が無いようにしているんだろうな」
「ならフェザーンに穀物を供給している同盟との航路が遮断されれば、むしろ帝国が困る事になる。なぜこんな作戦が実行されたんでしょう」
「その点には心当たりがあるぞ。帝国には軍部・政府・在地領主の3派閥に分かれている。余程の事でなければ、それぞれの領分に口出しはしないからな。それに粗が目立つ作戦案だ。実施しても失敗の可能性が高いと判断して無視した可能性もあり得る」
誰もが思う疑問を提起した私に、貴族に詳しいジャスパーが答えた。
「言われてみれば、同盟も似た所があるだろう?派閥の件じゃないぞ?国防委員会と財務委員会は毎年予算のせめぎ合いをしている。必要性は理解するが、国防費が膨大過ぎると面識のある財務委員が漏らしていたからな」
アッシュビーが不愉快そうに続ける。彼の父上は軍需産業の役員だし、母上は代議員だ。政治家との面識もあるのだろう。年々要求額が増える国防費は国庫にとって大きな負担になっている。国防族と財務族の関係は、不倶戴天の敵と言っても過言ではないだろう。帝国でも似たような状況なのだろうか?それでも、国民を危険にさらし、リスクを承知しながら無謀な作戦案を実施させることなどあり得るのだろうか?
「まぁ、同盟も一定の時期に出兵する事が多いからな。あまりよそ様の事は言えないかな。それに今の皇帝陛下は大の女好きなんだ。俺がフェザーンに行った5年前でも数千人を後宮に納めさせていたらしい。そのお相手が忙しくて、統制がとれていないのもあるんだろうな」
ターナーが揶揄する様に続けた。確かに選挙が近くなると支持率向上のために出兵案が出されるのは事実だろう。それにしても数千人?私はファネッサひとりに四苦八苦しているのにすごいものだ。敵国の頭目とは言え、畏敬を感じてしまう。いや、頭を切り替えよう。
「ターナー。という事は出来る皇帝が即位すれば危険だということか?」
「ああ、実際コルネリアス1世の例もある。元帥杖を乱発するおちゃめな所を除けば、十分に同盟を追い詰めただろ?そもそも計算してみたが、俺達の時代に帝国との戦争で勝つのは不可能だ。同盟軍全将兵がブルースレベルに優秀なら可能性があるかもしれないが......」
「全将兵がブルース?それこそ悪夢だな。命令を聞かんから軍組織が崩壊しかねんぞ」
ウォーリックが冗談で返すが、ターナーの発言は笑って流せる内容ではなかった。
「そんな怖い顔で見つめるなよ。同盟の戦力は8個艦隊、今期の予算で艦隊整備費が計上されたから来期には9個艦隊。各種星間警備隊をかき集めれば2個艦隊はできる。つまり持ち駒は11個艦隊だ。ここまでは良いか?」
反応を確かめながらターナーは話を続ける。
「一方で、帝国は正規艦隊が18個艦隊、貴族の私兵や各種星間警備隊を含めれば25艦隊は持ち駒にできる。2倍以上の戦力を持ってるのに押し切れないのはなぜだと思う?俺たちは士官候補生なんだから、士気の差とか司令官たちの能力とか、そういう兵卒みたいな答えは言うなよ」
「距離の防壁か?グエン・キム・ホアの言葉だったな」
「そうだブルース。補給線が短くて済む分、同盟は補給を含めた再戦力化が早くできる。行ってみればイゼルローンとフェザーンの両回廊を挟んでそれぞれ要塞を攻め合っている感じだな。拠点攻撃の基本は攻勢3倍論だ。現状の同盟の戦力から、帝国が攻め込んで勝ちきるには33個艦隊必要だ。だから一時的に押されることはあっても俺達は押し返せてる」
「それを逆に当てはめれば、戦争に勝ちきるには、75個艦隊必要なことになる。とてもじゃないが今の同盟にそんな経済力はないな」
「それだけじゃないぞ。帝国の250億近い人口のうち、半分はまともな教育を受けていないだろう。同盟の戦争の勝利条件は皇帝の首を取ってお仕舞じゃない。彼らが経済的に自立するまで援助し、教育を施し、地方自治組織を立ち上げ少なくとも星系単位で民主制の運営が出来るようにすることだろう?計算しなくても天文学的な予算が必要になるのはイメージできる。今の同盟の財布じゃとても無理だ。最低でも同盟の人口が500億、贅沢を言えば800億は欲しいな。そこまでいけば現実的な侵攻計画が立てられるはずだ」
静まり返った部屋に誰かが生唾を飲んだのだろう音が『ゴクリ』と響いた。まともに教育を受けていない民衆を地方自治可能な所まで支援する。それこそ数十年単位で継続的な支援が必要になるだろう。ターナー風に言えば、採算が何時とれるか分からない案件だ。経済的には検討の土台にすら上がらない案件だろう。
「俺が任官10年で退役してビジネスに力を入れたがる気持ちもわかっただろ?戦争に勝つには同盟の財布を少しでも大きくしないと無理だ。しいて言うなら、帝国から50億人くらい生産人口が亡命してくれたらとかも考えたが、そこまで行くと夢想のレベルだしなあ......」
義弟の徴兵リスト順位を下げる為に任官したと公言して憚らないターナーに思う所がある候補生も少なからずいた。ただ、確かに戦争に勝ちきるには、それこそ数世紀単位で同盟が発展しないと難しそうだ。
「話し過ぎたかな?ただ、軍のお偉いさんになるんだからこれ位は認識しておかないとな。んじゃ、ターナーの経済講座はここまでだ。そろそろ失礼するぞ?」
肩をすくめる所作をした後、ターナーは席を立って廊下につながる通路に向かう。
「ターナー。軍にはお前のような人材が必要だ。退役は40歳にしろ。それまでに俺は宇宙艦隊司令長官になる。俺の職権の及ぶ範囲でウーラント商会を優遇してやる。どうだ?」
部屋を出ていくターナーの背中に向かってアッシュビーが言い放った。
「うーん。俺の10年で軍の利権が買えるなら安いもんだ。期待しないで待っておくとするか。頼むぜ、アッシュビー司令長官殿」
そう言って、敬礼するとターナーは部屋を出て行った。ターナーもターナーだが、アッシュビーもアッシュビーだ。ターナーが出て行った扉に視線を向けたまま満更でもない表情のアッシュビーを横目に、私を含めたほかの面々はなんとなく肩をすくめるしかできなかった。
宇宙暦728年 帝国暦417年 8月末
惑星ハイネセン 統合作戦本部
マルティン・オットー・フォン・ジークマイスター
「閣下は中将待遇で、情報部の分室をお任せする事となります。亡命が帝国に露見する事を防ぐため、統合作戦本部の特命班と言う扱いになります。情報部部長は少将を当てることに事になっており、お互いにやりにくいだろうとの判断がありました。それだけ軍上層部も期待をしているという事でしょう。ご理解頂ければ幸いです」
「ありがたいことだ。もちろん私達の亡命に当たって、大佐の尽力があった事は忘れていない。今後の私に期待される役割も踏まえれば、亡命の事実もなるべく秘匿されるべきだ。当然私の生存を知る者は少ない方が良いだろう。情報部への報告は大佐に窓口をお願いできればと思うが。どうかな?」
「ありがとうございます。そうしたお気遣いを頂ければ、情報部も色々とお役に立てるでしょう。人員の方も、統合作戦本部と情報部から身元の確かな者を、少数ではありますが提供できるでしょう。予算も機密費から出せます。今後もよろしくお願いします」
そう言って敬礼すると、大佐は私に割り当てられた分室を後にした。亡命時に提出した旗艦から情報を抜き出した光ディスクも彼の功績になっているはずだ。近いうちに昇進し准将になるだろう。情報部長が少将であるなら、彼の情報部内の影響力もかなりの物になるはずだ。お互い良い関係を続ける価値はあるだろう。
地下駐車場からセキュリティゲートを通り、情報部専用のエレベーターを使い、さらに情報部独自のセキュリティゲートを通過した先に、この分室は存在する。中将待遇で予算もついた。同盟の期待の表れと言ってもよいだろう。
「ふぅ」
待遇面では不満はないが、大佐の気配が消えると同時にため息をついた。光ディスクの存在もあり、亡命希望者として保護されてから、同盟の情報には簡単に触れることが出来た。正直、私が思い描いていた理想の国とは残念ながら言えないだろう。ダゴン星域会戦の同盟軍の勝利をきっかけに流入した帝国からの亡命者は、必ずしも同化しているとは言えない。帝国の軍部系と政府系貴族の争いを見るようだった。
建国の地であるバーラト星系は、全人口の30%に満たないにも関わらず、税負担額を理由に代議士の議席枠の過半数を押さえている。結果として、増え続ける国防費を差し引いた予算の多くは、バーラト系のインフラ維持に費やされ、地方星系の平均収入は、ギリギリ貧困層とは言えないレベルだ。これも既視感を覚えた。予算を理由に、帝国でも辺境星域の開発を切り捨てていた。役者は違うが同じ劇を見ているようで、私の中の理想の国への憧憬は、既に色褪せつつあった。
「何のことはない。知らなくてよいことを更に知ってしまっただけか」
シロン産の紅茶を飲みながら、私はまたため息をつく。自分の中で勝手に理想国家を夢見、夢が覚めれば現実に引き戻される。既に経験済みの事だった。とは言え、組織の同志の為にも、自身の役目を投げ出す訳にはいかないだろう。必須なのはミヒャールゼン達との連絡手段の確立だが、それは既に動き出している。一緒に亡命した二名の同志は、少佐待遇で特命担当となり、フェザーンにむかっている。こちらは待ちの状況だ。既に同盟には幻滅しつつある。ただ、今更情報の流し役に徹するのもつまらなかった。情報部を通じて提供された詳細なデータを閲覧していく。機密アクセス権を得た事もあり、閲覧できるデータは膨大だ。
「ん?これはどういうことだ?」
紅茶を片手に数日かけて諸々のデータを閲覧する中で、私が引っかかったのは捕虜収容所のデータだった。数ある収容所の中で、惑星エコニアの収容所だけが捕虜から住人になる傾向が高かった。よくよく詳細を確認すると、エコニアには、少額ながら開発支援金が付き、インフラ開発を捕虜たちが主導して行っている様だ。感謝の気持ちもあるのか?開発の主幹をする井上商会はわざわざ帝国風の食材を差し入れていた。
捕虜となってまで帝国に尽くす元同胞達への哀れみや、負け戦に引き込んだ元部下たちへの謝罪の念もあったのだろうか?フォルセティ星域会戦で捕虜となった10万人の捕虜の収容先をエコニアにし、収容所を15万人規模にする旨を上申した。『部下たちも一刻も早く帝国の悪夢から解放したい』と添えれば、同意を得るのは簡単だった。
情報部が所有する亡命系資本に偽装したダミー会社を通じて、帝国風の食材を井上商会に提供する事も始めるのだが、それは数週間先の話になる。帝国と言えば貴族的な文化が代表的だが、帝国の平民と同盟の開拓者たちが融合した、新しい文化が花開く可能性も考えた。もっとも私の存命の間には難しい事だろう。
だからこそ、結果を知らずに済む新しい夢が見つかったようで、私は変な喜びを感じていた。もっと大きな夢を私は見つける事になるのだが、そうなるまでにもう少し時間が必要となる。
後書き
この辺から色々ご意見が出てくるかなぁと思ってます。とりあえず27話まで確認頂いてから、コメント頂けると幸いです。
※日間トップ頂いたので一章まで追加投稿しました。(20/7/31)
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