カーク・ターナーの憂鬱
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第19話 青春
前書き
【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件
宇宙暦728 フォルセティ会戦
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業
宇宙暦738 ファイアザード会戦
宇宙暦742 ドラゴニア会戦
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています
宇宙暦724年 帝国暦414年 10月末
惑星テルヌーゼン ウーラント農場
カーク・ターナー
「社長、収穫の報も問題なく。牧場の方も順調です。帝国風の加工食品の売れ行きも順調ですから、事業としては一先ず、軌道に乗ったと言えるでしょう」
「予定よりも早く黒字化できそうで良かった。ボルスキーさんにも多方面で色々と動いて頂きましたし、カネッティさんも営業に駈けずり回ってくれました。本当に感謝しています」
「事業の立ち上げ経験は、それだけで経歴に箔が尽きます。動き出して1年で黒字化ともなれば、いざと言うときに出資して頂きやすくなります。お礼を言いたいのはこちらの方で」
人事部門担当のボルスキーさんが嬉しそうに声をかけてくる。人事部門担当と言っても、実質事務系のすべてを担当している形だ。採用に関しても、亡命系から人材を受け入れる必要もあって、慣れないことが多かったと思う。でもそれすら楽しむかのようにサクサクと業務をこなし、体制を整えてくれた。同盟語での会話が厳しいウーラント卿に、財務系の業務をレクチャーしてくれているのも彼だ。
俺はウォーリック商会との折衝や、ベルティーニ家への事業説明、帝国風の食材職人の紹介をお願いする傍ら、営業責任者のカネッティさんと、毎日14時には、帝国風の食材に興味を持ちそうな『ここぞ』という店舗に、遅めのランチ兼商談で回った。カネッティさんはテルヌーゼン市内の飲食店をほとんど把握しており、名物料理が重ならないように手配してくれた。
ランチがうまい店は、ディナーももちろんうまい。週末にウーラント家としての来店を予約すると、向こうも少量とは言え、帝国風の食材を使った料理を出してくれる。そうなれば、良さも分かってもらえるというものだ。売れ行きは順調に伸びたし、テルヌーゼンに友人の少ないウーラント家にとっては数少ない外出。毎回違う店舗で味も良いという事で、クリスティンとユルゲンの中で俺の株はまた上がっているようだ。
「今日の燻製も出来が良いそうです。見繕ってくれたそうなので、ローザス様にお持ちください」
そう言いながら俺のデスクにバスケットを置き、自分のデスクに戻っていく。もうそんな時間か。俺はバスケットを手にとり、駐車場の社用車に乗り込み、ローザス邸に向かう。駐車場には少なくない車が止まっている。併設したレストランは今日も繁盛している様だ。
当初は帝国風の食材を試食してもらう場として考えていたが、付き合いが出来た料理店の若手から帝国風のレストランをやってみたいという声があがり、亡命系の伝統料理とバーラト系の料理をうまくアレンジしたメニューを出している。俺も試食しているが、かなり旨い。今ではテルヌーゼンの自称食通たちに言わせると、注目の店舗のひとつだそうだ。
レストランの灯りを横目に、車はローザス邸に向けて進んでいく。カネッティさんは今頃、少量ながら生産が始まった帝国風の黒ビールを売り込むべく、歓楽街で汗をかいているはずだ。不思議なことに、仕事も趣味も食べ飲み歩きのカネッティさんは、かなり細身だ。その体格のどこに入るのかと不思議な位、うまそうに飲み食いする。一方で、ボルスキーさんは、平均より少食だし、酒も強くはないのに小太りだ。歓楽街の主と言っても良いカネッティさんはモテると思うが独身。一方で、オフィスに閉じこもっているボルスキーさんは妻子持ちだ。人間って本当に色々だと思う。
「それにしてもトーマス。あんたは早すぎたよ」
車は幹線道路を進み、住宅街に入る。もう少し進むとローザス邸があるメープルヒルになる辺りで、俺はため息をついた。兄貴分のトーマスがウーラント商会にいてくれれば、俺はもっと楽が出来ただろう。誠実で人当たりが良いトーマスなら、亡命系の社員もすぐに心を開いただろう。営業面でも成人していたから、夜の歓楽街への営業もできたはずだ。ウーラント商会でなくても良い、あのまま井上商会にいれば、誠実で面倒見の良いトーマスは、それなりの成功をおさめていたはずだ。周囲が気にするので飲み込んだ態をしているが、調べれば調べるほど、俺の兄貴分の戦死が意味のないことに思えてならない。
彼が散った戦場はダゴン星域の惑星カプチェランカ。年の半分はブリザードが吹き荒れる極寒の惑星だ。戦略的に価値がないかと言えばそうとも言い切れない。希少鉱石の鉱山が確かにある。ただ、そんなものは他の辺境星域でも採掘可能だ。極寒の気象条件、シャトルの発着も年に半分はままならない事を考えると、採算をとるのは正直厳しいだろう。同盟が初めて帝国に大勝利をおさめたダゴン星域を放棄はできない。そんな面子もあるのかもしれない。
もしそうなら猶更、地上戦に付き合う必要はない。艦隊を派遣して制宙権を奪う。そして補給線を断ち切ってしまう。半年もすれば、地上の帝国軍は戦闘力を失うだろう。それから降伏勧告をするなりすれば、こちらの損害はないのだ。陸戦部門の存在感を示すために地上戦が行われているとすれば、尚更無駄な事だ。
制宙権の有無が重要な以上、陸戦部門は主役足りえない。そして主役である宇宙艦隊の戦力が、帝国に比して劣っている以上、無駄にマンパワーを消費する地上戦を行うなど、そもそも愚の骨頂でしかない。士官学校を卒業すらしていない素人が言っても仕方がないかもしれないが......。
トーマスの遺族年金はシーハン嬢にも受け取る権利があったが、彼女は固辞した。でもミラー家でもそうですかと全額受け取る気にはならなかった。何とか間を取り持って、シーハン嬢には俺から多少だが養育費みたいな物を出させてもらっている。いずれはエルファシルにも進出して、シーハン嬢にも事業に関わって貰えれば、彼女の変な呵責も落ち着くだろう。
こういうことはちゃんとしたほうが良いと思ったので、雇い主兼、将来の義父のウーラント卿に、ちゃんと説明した。持つべきものは誠実で善良な義父だ。二つ返事で、『出来る事はしてあげなさい』と言ってくれた。たださ、隣にいたクリスティンは少し黙ったまま、変に迫力がある視線をこっちに向けて来た。面白く思わないのは分かる。ただな、シーハン嬢とは会ったこともないんだ。忙しくしていてあまり時間が取れずにいるのも分かっているけど、浮気を疑うなよ。あの時は正直少し怖かった。
ローザス邸が見えてきた。あいつらも俺がイラついていると変に気にするし、せっかくの士官学校対策の時間が、効率の悪いものになるのも不本意だ。そろそろ気を静めるか。敷地内にある駐車場に車を止め、助手席に置いておいたバスケットを手に取り、玄関に向かう。これから数時間は勉強に集中だ。余計なことは考えないようにしよう。
宇宙暦724年 帝国暦414年 10月末
惑星テルヌーゼン ローザス邸
ヴィットリオ・ディ・ベルティーニ
「こんばんは、フラウローザス。つまらないものですが、ご賞味いただければ幸いです」
「あら、ターナー君。いつもありがとう。夫も最近はウーラント商会のベーコンの大ファンなの。ゆっくりして行ってね」
挨拶を交わす声が玄関の方から聞こえてくる。しばらくすると足音が、俺達の学習室に近づいてきてターナーが入って来た。俺たちは昼間はメープルヒル校に通っているが、こいつはウーラント商会で働いている。それなのに疲れた素振は見せたことがない。それだけでも大した奴だが、同い年にも関わらず、ウーラント商会のトップで、婚約者のクリスティン嬢の実家、ウーラント家の将来も背負っている。
もともと顔見知りだった事と、俺がジャスパーと親しいこともあって、ウーラント商会への出資話にも参加する事が出来た。亡命派上層部の意向もあって、バーラト系とのパイプが作れずにいた親父からすると、ウォーリック商会という大資本につながりが持て、飼い殺し状態だった職人たちの就職先が増えるウーラント商会からの投資話は渡りに船だったようだ。何かと貴族様方に献金を求められる事もあり、金にうるさい親父が、ポンっと500万ディナール出した事にも驚いた。
ジャスパー家も出資した兼ね合いで、フレデリックと一緒に、投資話の解説を聞くこともできた。フレデリックはあれ以来、経済誌にも目を通している。士官学校に入学して、立場を作ることも勿論だが、亡命融和派を支援する意味で、資金も必要だし、事業に参画する事も必要だ。目指すべき姿が明確になったのか、ジャスパーの表情も明るい。
「やってるな。アルフレッド、今日も差し入れを持ってきた。また感想を聞かせてくれ」
そう言いながらいつもの定位置に座ると、タブレットを取り出し、俺達に続くように学習を始めた。こいつは要点を押さえるのがうまい。学習時間は明らかに俺達より少ないはずなのに、直近の模試で合格判定はA。むらっけのあるフレデリックは不得意科目があるし、俺は身体系は強いが、教養系はそこそこ。合格はできるだろうが、まだまだ励まないといけないだろう。
「いつもありがとう。ターナー。そういえばウォリスもこの勉強会に参加したいみたいなんだけど良いかな?」
「ん?ウォリスの成績なら合格するだろう?ただ、会長には恩があるからな。ローザス家が良いなら、俺も賛成だ。なんだかんだ出来るやつだ。刺激になるだろうしな」
ウォリス達とはあの一件以来、変な信頼関係が生まれ、友人関係になっている。ウォリスの取り巻きも含め、ウォーリック商会のボディーガード陣を相手に訓練を倒れるまでさせられた。それだけならもしかしたらターナーを恨む奴もいたかもしれない。ただ、奴も訓練に同席したし、ヘロヘロになってぶっ倒れる俺達を横目に、次の予定があるからと、当たり前の事のように仕事に戻って行った。正直かなわないとみんなが思ったはずだ。
手打ちの儀式じゃないが、数日後にウォリスたちと飯を食べた。言うべきか迷ったが、トーマスさんの話をウォリス達にもした。俺たちはガキみたいに英雄たちの活躍に憧れて士官学校に行くかもしれないが、輝かしい英雄の話の裏で、どの位の戦死者がいるか?俺たちは油断すれば案外簡単に戦死するって。今更だけど、つまらない揉め事をしている時間はない。そんなことをしていれば簡単に戦死するって、あの場にいた連中は思ったんだ。
「ジャスパー、ベルティーニ、今期から黒字になりそうだ。やっと良い話ができてホッとした。ベルティーニ、親父さんへは最終決算まで話すのは待ってくれると助かる」
「ターナー。そんなに簡単に黒字になるものなのか?亡命融和派を支援する意味でも資産はほしい。もっと投資すべきだろうか?」
「ジャスパー。テルヌーゼンの顔役みたいなウォーリック商会に資本参加してもらって、優秀な若手を出してもらった。ベルティーニ家からも腕の確かな職人を紹介してもらってる。こんな恵まれた状況はそうそうないんだ。統計的には、起業して一年以内に90%が廃業する。余計なことは考えないで、今は士官学校対策に集中しておけ。投資はそんなに甘いもんじゃない」
フレデリックは悩まし気だった。経済誌の特集で投資で成功した人物の記事を見たせいだろう。焦る気持ちも分かるが、俺もターナーと同意見だ。バーラト融和派のウォーリック商会が亡命派とのパイプを作りたいという意向もあったから、俺達はターナーから投資話をもらえた。ただ、やろうと思えば亡命系の資本を受け入れなくても、多少の面倒事はあっただろうが、このビジネスプランは動かせたと思う。色々な偶然が重なって、当たりの話をたまたま掴めただけだ。
とは言えフレデリックはお調子者でもある。変な投資話につかまって、大損でもしたら、俺までターナーにキレられる。キレたこいつは、本気でやりあったら負けるとは思わないが、後が怖い。一度キレられて以来、ターナーを怒らせないのが、俺とフレデリックの暗黙のルールだ。
「ベルティーニ、ユルゲン様にボクシングを教えてくれたそうだな。だいぶお喜びだった。さすがに収容所仕込みの護身術を教える訳にもいないからな。またよろしく頼む」
「気にするな。少しは恩返ししないとな。誰かさんとの約束があるから、まずは自分の身位、守れるようになりたいそうだ」
ターナーの婚約者であるクリスティン嬢の弟、ユルゲン殿は、ウーラント家の跡取りだ。優秀な義兄の取り巻きとしてだろうが、俺にも尊敬の視線を向けてくれる。多少はそれに応えるのが、男ってもんだ。そんな話をしなががら各々勉強を進めていく、不得意科目の対策をしてくれるのは大抵ターナーだ。参考書と睨めっこしていても解決しない問題が、奴の解説を聞くだけですんなり頭に入る。
フラウローザスが夜食としてウーラント商会製の厚切りベーコンが添えられたカルボナーラを差し入れてくれるのは、もう少ししてからの事だ。あのままシロンにいたらこんなに楽しい日々はなかっただろう。たとえそれが士官学校という戦死の可能性が高い商売の入り口へ向かう道だとしてもだ。
後書き
という訳で、士官学校対策の日々でした。学習塾で他校の友人が出来る感じかなあ?勉強合宿は監視役がいないと効率が落ちそうでしすが、鬼教官のターナーと真面目なローザスがいますからね。環境としては良いでしょう。青春っぽい話を書いていると、烈火が読みたくなります。なんとか再開にならないかなぁ......。
※日間トップ頂いたので一章まで追加投稿しました。(20/7/31)
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