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カーク・ターナーの憂鬱

作者:ノーマン
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第6話 イーセンブルク校

 
前書き
     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています 

 
宇宙暦723年 帝国暦414年 3月末
惑星シロン 宇宙港
カーク・ターナー

「ふう、やっとこさ到着か。まあ、同盟流のマナー講座の予習は終わったし、暇ではなかったけど船室で缶詰だったからなぁ」

宇宙港で入星手続きを終え、エントランスを出た所で、俺は船室生活の閉塞感を吹き飛ばすかのように大きく伸びをした。人目がなければラジオ体操の第一でもしたかもしれない。着替えの入った13歳の身体には少し大きめのショルダーバックを抱えて、タクシー乗り場まで向かう。

これが所謂バーラト系の惑星なら、自動運転対応のレンタカーシステムがあるらしいが、亡命系の惑星では何でもかんでも自動化するのは下賤という価値観の下、インフラ整備が行われているらしい。船内で学んだ予備知識だが、銀河帝国の建国者であるルドルフ大帝の

『自動化できる事を敢えて人力で行う事がむしろ貴族的』

と言う価値観の下、詳細まではわからないが、帝室が置かれている新無憂宮は文字通り星間国家が成立しているこの時代ですら、人力で運営されているらしい。それをバーラト風の価値観の下、愚かな無駄だとか、圧政の象徴みたいに考える連中の気持ちも判らないではない。
ただ、貴族社会にも当然落伍者はいるわけで、新無憂宮のような大規模施設を人力で運営するにはかなりの雇用が生まれる。皇帝の住まいに平民を置くようなことはないだろう。貴族階級に属する者限定のセーフティネットのような役割を果たしているのかもしれなかった。

「おっちゃん、イーセンブルク校までよろしく!」

「あいよ。お若いのに帝国語が堪能だね。大したもんだ」

タクシーにバックを抱えながら乗り込み、運転手のおっちゃんに行き先を告げる。収容所仕込みの帝国語はちゃんと通じるようだ。若しくは、宇宙港を起点にするタクシー運転手たちにとって半分ご挨拶なのかもしれなかった。
俺が着ている服は安物とは言え完全に同盟風だが、シロンを始めとした亡命系の惑星では、帝国風の服を着るのがスタンダードだ。おっちゃんからすれば、俺が行き先を告げた時点で、大体の事情を理解できたのだろう。

そして、タクシーを始めとした日常生活を支えるサービスを自動化しないのも、亡命系ならではの理由がある。亡命の際に多額の資産を持ち込み、シロンを中心に同盟ではそれまで乏しかった貴族風の嗜好品の生産で経済力をつけた亡命系だが、彼らの社会はある意味、完全な階級社会だ。
亡命するにあたって、当然庭師などの専門職を連れてきた者もいたが、専門職の枠は当然限られる。そこで敢えて自動化を進めず、就職先を担保する政策でもあったりする。実際増加傾向の亡命者だが、平民などの高等教育を受けていない層は、自動化の進んだ星系では就職が困難だ。

意図通りなのかは不明だが、亡命後もある意味貴族的価値観の下、庶民の生活にも配慮している訳だ。ただ、これもバーラト系からすると軍備増強に振り切った政策を進める中で、消極的な非協力に映り、論点にもなっている。もっとも、亡命初期に強硬派の暴走があったのも事実で、強く出られずにいるようだ。

そんなこと考えながら、帝国風の街並みに目を向ける。帝国本土の映像は同盟内に出回ってはいない。ただ、亡命系はここでも故国風を貫いたようだ。前世で言う欧州風の街並みが続く。前世でも海外視察で何か国も訪問したが、飯は和食が一番だ。ただ、この街並みを見る限り、和食はなさそうだな。そうこうしているうちに目的地であるイーセンブルク校にタクシーが到着する。

俺は銀行口座とリンクした身分証をリーダーにかざし、料金を支払う。

「そういえばおっちゃん、亡命系ではチップ制ってあるの?」

「大丈夫だ。平民の間でチップのやり取りはねえ。もっとも貴族様にはお抱えの運転手がいるからな。通常はそちらを使うし、緊急で人手がいる時に要請が来たりするんだ。そういう時は多めにお足を頂けたりするけどな」

「なるほどね。勉強になったよ。ありがとう」

俺の返事に、おっちゃんはにやりと笑うと、ドアを閉めて走り去っていった。走り去るタクシーを横目に、俺は受付に向かい、メイド見習いであろう受付嬢に来校の旨を伝えた。

「カーク・ターナー様ですね。当校への短期入校との旨、受け賜っております。担当講師が参りますので、あちらのお席でお待ちください」

形式だけなら満点だが、どこか一線を置く雰囲気で受付嬢の対応を受けると、俺は指示された通り待合用のソファーに腰かけた。おお、さすが亡命系。待合室のソファーも結構いいものだ。どうせなら寮もこんな感じなら......。なんてことを考えながら担当講師とやらの到着を待つことにした。
受付嬢の態度に関しては特に言うつもりはない。彼女たちはあくまで帝国風の階級社会に生きているんだ。平民の若造に心からの敬意を払うのはそもそも無理だろうし、そういう部分を見透かされるレベルだから、メイド見習いなんだから。
 

宇宙暦723年 帝国暦414年 3月末
惑星シロン イーセンブルク校
マナー講師 フラウベッカー

「分かりました。待合室に迎えに参りますので、そちらで待たせるように。対応感謝します」

受付から私が担当する短期入学者、カーク・ターナーが到着した旨の連絡に回答し、講師陣に与えられた控室からエントランスへ向かう。ここで短慮な講師なら嫌がらせで待たせたりするのだろうけど、亡命系の立ち位置も踏まえ、対応に配慮してほしい旨のご指示を頂いていた事もあり、足早に待合室に向かった。

「はぁ。厄介な事にならなければ良いけど......」

年に数名、このイーセンブルク校にもマナー学習の為に短期入学者が訪れる。そして大抵爵位持ちの貴族の子弟と何かしら揉め事が起こるのがマナー講師の悩みの種でもある。問題が起こるなら亡命系以外の生徒の受け入れを止めてしまえば良いとも思うのだが、亡命派の置かれた政治的な事情から、そうも言っていられない。

と言うのも、同盟に帝国からの亡命者が増えることは、すなわち我々亡命派の増加につながる。本来なら亡命者の受け入れ対応に全面的に協力すべきなのだろう。ただ、亡命初期にいわゆるバーラト系の強硬派が暴走した事。仲介窓口となるフェザーンが商売敵であること。そして何より、シロンを始めとした亡命系の商会は同盟内への販路を維持するので精いっぱいで、フェザーンを仲介した帝国との貿易に割ける輸送船が捻出できていない。

結果として亡命者の受け入れに関しては、その多くがフェザーン系とバーラト系の商船が担っている。ならせめて人材面での協力をしても良いのだろうが、そもそもフェザーン系はバイリンガルなので助力を必要とせず、バーラト系にはよく言って冷戦という関係から、亡命系の人材は就職先として希望しなかった。

とは言え、亡命系が全く寄与しないと言うのは、メンツの面でも道理の面でもあり得ないことだ。なので、亡命受け入れに関わる人材限定で、帝国でのマナーを講義している教育機関が短期入校を受け入れていると言うのが妥協点だった。

帝国風の階級社会で育ってきた子供たちにとって、短期入学者は異物でしかないし、同盟風の社会で育った子供にとって、短期間とは言え育ってきた環境とは全く違う環境に置かれる。揉め事が起こるのはむしろ当然だろう。
最も、亡命派の子供たちにもメリットはある。一部を除けば、将来、同盟の価値観で育った人材と接点を持つことになるのだ。その際に、事前にそういうことを認識しているかで、だいぶ関係性は変わる。亡命系の子弟が同盟軍の士官学校に入学し始めた時代には、決闘騒ぎも起こっていたと聞く。

「色々とわきまえてくれている子なら良いけど、13歳じゃ思春期真っただ中だものねえ」

待合室が近づき、私は覚悟を決めるように気持ちを切り替えた。部屋の中心に置いてあるソファーには、オレンジの髪とエメラルドの瞳をもった少年が、タブレットを片手に深く腰掛けて、寛いでいるのが目に入った。良くも悪くも存在感がある。揉め事が起こる将来を確信した私は、不躾とはわかりつつも小さくため息をついた。
 
 

 
後書き
暁さんでは13話までの公開とさせていただきます。毎日投稿はハーメルンさんで予定しています。感想欄もハーメルンでログインなしで書き込めますので、お気軽にお願いできれば嬉しいです。 
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