性暴力が星を滅ぼす
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第4話 絶滅犯罪
自分を消したいと思ったことは何度もあった。痛みを伴う具体的な自殺までは考えなかったが、消えてしまいたい思いはしょっちゅうだった。被害を受けている間の記憶は痛みと重さ。強い力で押さえつけられ、圧しかかられ、激痛が走る。一瞬、重さがなくなったかと思うと、また別の重さで押し潰されそうになる。小学校低学年の頃、プールで遊んでいるとき、従兄弟の少年の悪ふざけで水中に沈められ、水面に顔を出した直後にまた沈められることを繰り返しやられた。抵抗できない恐ろしさだった。それに近い恐怖を、あの男たちからも与えられた。事件の記憶を、痛みを忘れない日はない。どんなに忙しい日であっても、起きてから寝るまでの間に必ず一度は思い出す。慢性的にお腹に痛みがあり、感情が高ぶると、あの白黒のメリーゴーラウンドだ。いまでは学校を卒業して仕事もし、日常生活を送れるようになった。だが、カウンセリングと保健室登校の日々だったあの頃は、まともな日常などやってくるとは思えず、もうどうにもならないと絶望していた。痛い思いをせずにふっと消えることができたら……当時は何度もそう考えた。
×××
道路を挟んだ向かい側には潰れたコンビニ。背後にはコインランドリー。商店街の外れに位置するこの辺りは夜になると、人通りがめっきり減る。住宅街に近い場所に新しいランドリーができたこともあり、こちらの古いランドリーにわざわざ来る人は少ない。私はなるべく人がいないほうが気が楽だから、こっちを選んだ。周囲を見渡しても、誰もいない。彼の言うとおり、なんらかの力で人が来ないようになっているのか。私は冬の冷えた空気を取り入れようと深呼吸をした。気のせいかもしれないが、不思議と空気の味がいつもと違う。心が休まったことを確認してから、私は意を決してランドリーへ戻った。
「動揺させてしまったようだ。申し訳ない」
「いいよ、話を続けて。気遣わなくていい」
「感謝する」
これから、もっとつらい話が続くだろう。思い出したくない自身の記憶にもさらに触れることになるかもしれない。大丈夫だ、私には覚悟ができている。拳をぎゅっと握った。
「先にも言ったように、我らは戦争や貧困、難病を克服した。死亡につながる事故もめったに起きない。殺害に至る犯罪も稀だ。どれも防ぐ術がある。だが、性暴力を止める手立てがない。被害者は死を選び、加害者にも極刑を下す。被害者の遺族が命を絶つケースもある。つまり、我々の種において、死亡原因の第一位は性暴力絡みということだ」
「なにそれ……悪い冗談はやめてよ」
新鮮な空気を取り入れたばかりの肺が黒く淀んでいく気がした。当然ながら、彼がジョークなど言わないことはわかっている。
「真剣な話だ。我々の繁殖数は人間に比べれば、非常に少ない。だからこそ、死に打ち勝つことに力を注いできた。性犯罪が殺害に等しい悪辣な罪であることは誰しもわかっているはずなのに、減らないんだ。いまの状態が続けば、近い将来、我らは性暴力が原因で滅びてしまうかもしれない」
「いくらなんでもそれは……」
「ありえないと思うのか?」と彼から言われた私は返す言葉が見つからず、口をつぐんだ。
「研究は続けている。だが、被害者を救えず、加害者は止められない。どうすればいい? クソっ」
悪態をついた彼は拳を握りしめ、テーブルを強く叩いた。それが彼自身の意志なのか、猿の本能に依るものなのかは判断できない。
「あなたでも『クソっ』なんて言うんだね。もっと、ロボットみたいな性格かと思ってた」
「みっともないところを見せてしまったようだ」
「もう『すまない』はいいから」
「君は他者の気持ちがわかる人だな。私の相手が君でよかった」
「ありがと。でも、私なんかで役に立てることはないかもよ。専門的なことはよくわからないし」
「君が生きてきた上で感じたこと、考えたことを教えてくれればいい。無論、事件の詳細を語る必要はない。知りたいのは君の強さだ」
「強さって言っても。いまだって薬に頼ってるし、乗り越えたわけじゃないよ。確かに昔よりはよくなったけど、何かきっかけがあったわけでもなければ、支えになる信念だってなかった」
「ならば、より一層、君が強いということなんじゃないのか」
「ごめん、『強い』って何度も言われるとあまりいい気分がしなくて」
「わかった。もう言わない。とにかく、私は君の話が聞きたいんだ。そこから、解決の糸口が見つけられるのではないかと期待している」
「私の話か。そこまで言うなら。でも、ちょっと気が重いな」と私は視線を床に落としながら言う。続けて、「やっぱり、何かお礼もらおうかな」と、エイリアンに対してか、ただの独り言かわからない小ささでポツリと言った。
(続く)
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