| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

提督はBarにいる。

作者:ごません
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

提督と早霜のこっそり賄いメシ・1

「ごちそうさま~」

「毎度」

「ありがとうございました」

 時刻はもうすぐ午前0時。ウチの店『Bar Admiral』としては客が途切れがちな時間帯だ。ウチの鎮守府は定時上がりで、遠征などで外に出ている奴や夜間の見廻りがメインの警備班の面々を除いて17時には業務終了が基本。そこから30分ほどで準備を整えて店を開ける。仕事終わりに一杯、からガッツリ飲む奴まで様々いるが、総員起こしの時間に備えて0時は跨がない様に切り上げる奴が殆どだ。そして午前1時を回ってくると深夜着の遠征帰りの奴等が夜食や寝酒を求めてやって来る。なので午前0時を回った辺りからの空白の1時間ってのは貴重な休憩時間だったりする。

「ふぅ……漸く一段落ってトコだな」

「そうですね、この時間はお客様もいませんし」

 居ない事は無いのだが、カウンターの端の席で酔い潰れてすぅすぅと寝息を立てている。アレはまぁカウントしなくてもいいだろう。さて、後半戦のお通しはどうするか……と思案を始めた所で隣からくうぅ……と可愛らしい腹の鳴る音が聞こえる。そっちを向くと、かあぁっと顔を赤くした早霜がわたわたと慌てていた。

「いや、店長、違うんです、これは……!」

「照れなくてもいいだろ?別に。俺らも休憩にすっか」

 早霜は勤勉な奴だ。本当は朝から姉妹達と同じタイムスケジュールで動くべき所を、店の助手を務めている為に基本夜勤扱いなんだ。だから総員起こしのタイミングで就寝し、昼飯のタイミングで起床。昼飯を朝飯替わりに摂り、午後は軽く業務や訓練に勤しむ。そうして時間が来たら朝まで店の助手として働く。ぶっちゃけ、駆逐艦の中ではトップクラスに忙しい人物だろう。一応、開店前に俺が準備しておく軽食を食わしてはいるんだが、時間感覚的に昼飯を朝飯とするならば今がちょうど晩飯時って所だろう。

「さ~て、今日は何が余ってたかな……と」

 こういう手空きの時間で作る賄いは、チャチャっと短時間で簡単に作れて尚且つ美味いというのが理想的だ。後は食材を無駄にしないために、余り気味の食材を使うとかな。

「お、ホウレン草に……豚バラか」

 こいつで炒め物といこう。

《3分で出来る!?ホウレン草と豚バラの炒め物》※分量2人前

・ホウレン草:300g

・豚バラ:200g

・にんにく:1片(チューブでもOK)

・しょうが:1片(こちらもチューブでOK)

・ごま油:大さじ1強

・塩:ひとつまみ

・醤油:小さじ2

・みりん:小さじ1


 さて、作っていくぞ。まずは材料の下拵え。にんにくは皮を剥いて包丁の腹を使って潰し、芽を取り除いておく。しょうがら千切りに、豚バラは食べやすい大きさに切り、ホウレン草は食べやすい大きさにちぎっておく。

 準備が出来たらこっからは早いぞ。フライパンにごま油を引いて熱し、しょうがとにんにくを入れて炒める。香りが立ってきたら塩をひとつまみ振り、そこに豚バラを投入して炒める。豚バラに火が通ったら鍋肌に沿わせるようにみりんを投入。そうしたらすかさずホウレン草を加えて更に炒める。ホウレン草の食感を活かすためにホウレン草を入れて1分も炒めずに仕上げの醤油を入れる。醤油もみりんと同様、鍋肌に沿わせるんように入れて少し焦がすのがポイントだ。これで完成。




「ホレ出来たぞ~、『豚バラとホウレン草の炒め物』だ」

 そこに白飯と味噌汁、それから俺特製の糠漬けのキュウリとナスを付ければ立派な定食の出来上がりだ。

「味噌汁はインスタントだがな」

「お夜食としては十分なボリュームだと思いますが……では、いただきます」

 と、まずは早霜味噌汁を一口啜って口を湿らせて、白飯を頬張る。味噌汁は市販品だが、米はウチの鎮守府産。そう、山雲の趣味の家庭菜園だったハズの『山雲農園』はついに、田んぼを拵えて米まで生産するようになったんだ。いよいよもって籠城した時の備えが万全になりつつある。

「これは……今年の新米ですか?」

「あぁ、ブルネイは温かいから米が年2回取れるからな。これは6月頃に獲れた一期作米だ」

 同じ田んぼで年2回米が取れる作り方を二期作ってんだが、日本だと沖縄辺りでやられてるんだよな、確か。

「成る程……何だか新米というだけで美味しい気がしますね」

「まぁ、古い米よりは美味いだろうな」

 と言いつつ、俺はホウレン草炒めをツマミにビールを煽る。俺は朝まで店を開け、昼まで寝たら起きて飯を食い、午後から執務をこなして5時から開店準備。その際に作り置きのおかずやらその日のお通しなんかの味見の為にチョイチョイ摘まむからそんなに腹は減らねぇんだよな、基本的に。だから早霜の賄いを作った残りは休憩時間の俺のツマミに変わる訳さ。

「ん~、やっぱメシのおかずとしては十分だが酒のアテとしてはちと弱いか」 

「そうでしょうか?十分に美味しいと思いますが」

「いや、美味いには美味いよ。だが、酒の肴ってのは何て言うかこう……極端な味を求めたいんだよな」

 塩気や辛味、酸味にしろ、酒の肴に合うのは濃い目の味付けや刺激的な味わいがある物か、或いは豆腐のようにそれ自体が淡白な味で酒の味を引き立てるような物だ。このホウレン草炒めも生姜とにんにくが利いている上に甘辛系のご飯が進む味ではあるが、酒の肴にするにはちとパンチが弱い(個人的には)。

「じゃあどうするんです?」

「そうだなぁ……にんにくと生姜を炒める時に豆板醤も加えて辛味を加えるとか、敢えて炒めてる時は味付けせずに皿に盛ってからおかかとポン酢かけて食べるとか」

「成る程……」

 そう言いながら早霜が手帳を取り出し、何やらメモを取っている。

「ん?何をメモしてんだ?」

「あぁ、いえ!これは、そのぅ……」

「何だ何だ、俺の飯の品評でも書いてあるのか?」

「ち、違いますっ!これは、私でも簡単に作れそうなレシピを個人的に纏めた物です」

 早霜は、真っ赤になって俯きがちにそう言った。




「わ、私の将来の夢は前にお話ししましたよね?」

「あぁ。軍を辞めたら個人的にバーを開きたい……だったか?」

「そうです。そのお店の理想形がこのお店なんです」

「……そうか」

 ぶっきらぼうに返しちまったが、正直凄く嬉しい。嬉しいんだが……それ以上に、照れ臭い。

「ですが、私はあまり料理が得意ではないので……ですから、司令の作る料理の中でも簡単に作れそうなレシピを残しておこうと」

「成る程ねぇ……でも、作り方とかちゃんと解らねぇ部分とかあったろう?」

「そこは……提督がどんな動きをしていたかを、夕雲姉さんや間宮さん、鳳翔さん等に説明して何をしていたのか尋ねていました」

「はぁ」

 思わず溜め息が漏れた。涙ぐましい努力過ぎるっつの。俺は厨房の戸棚のスミに押し込んであった大学ノートの束を、ボンと早霜の目の前に出してやる。

「店長、これは……?」

「レシピノートだ」

 俺は意外とマメな性分でな。作った料理はノートに分量やら作り方を細かく残してあるんだ。まぁ、もしもガキでも出来て、そいつが料理好きだったら親父の味を引き継がせるのもいいかと思って溜め込んでいたんだが……まぁ、写すだけならいいだろう。

「い、いいんですか?」

「おう、ただし持ち出し禁止。読んだり写したりはここだけにしろよ?」

「はい!」

「それと、賄いが冷めちまうからとっとと食え」

「あっ、は、はい」

 慌てたように早霜がガツガツと食べ始めた。丁度その頃、カウンターの端で寝入っていた奴もモゾモゾと動き始めた。

「よう、よく眠れたか?」
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧