クロドン
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第一章
ワロドン
西郷吉之助はこの時自分の家にいつもの様に来て共に学問に励んでいた大久保一蔵に対してこんな話をした。
「一蔵どん、何でも串木野の方にでごわす」
「あちらにでごわすか」
「そう、クロドンとかいうのが出るでごわす」
「ああ、クロドンでごわすか」
大久保はその名前を聞いてすぐにこう返した。
「あれでごわすか」
「一蔵どん知ってるでごわすか」
「見たことはないでごわすが」
それでもというのだ。
「けれどでごわす」
「それでもでごわすな」
「知ってはいるでごわす」
「そうでごわすか、流石一蔵どんでごわす」
西郷は大久保の学識に素直に唸った。
「おいも学ばんといかんでごわすか」
「ははは、吉どんはもう学問は備わっちょります」
大久保はその西郷のことを知って言う。
「これは学問の横道」
「クロドンのことは」
「妖怪のことは。それでそのクロドンが何か」
「何でも黒木の方に出て」
西郷はあらためてそのクロドンのことを話した。
「畑の胡瓜ば食う、子供に水をかける、寝てる人の耳元で音を立てて起こす」
「悪さばするでござるか」
「そうして困らせているでごわす」
「そうでごわすか」
「それで怒った人が袈裟斬りにしても」
薩摩藩のお家芸の示現流でというのだ。
「それでもすぐにくっついて」
「死なんでごわすな」
「それでどうしたもんかとでごわす」
「余計に困っているでごわすな」
「そうでごわす」
こう大久保に話した。
「おいが聞いた話だと」
「クロドンは切っても死なんでごわす」
大久保はここでこのことを言った。
「全く」
「そうでごわすか」
「例え首は斬り落としても」
「普通それで死ぬでごわすな」
「それでも死なんでごわす」
クロドンはというのだ。
「全く」
「では不死身でごわすか」
「クロドンは仙人じゃなかと」
大久保は笑ってこうも言った。
「だから不死身ではないでごわす」
「なら死ぬでごわすか」
「確かに」
「それでどうしたらクロドンは死ぬでごわすか」
西郷は身を乗り出しその大きな目を余計に大きく見開いてそのうえで大久保に問うた、鋭い目の大久保と好対象だ。
「一体」
「それは串木野でわかるでごわす」
「なら一蔵どんは」
「吉どん暇でごわすか」
「最近暇で学問ばかりしているでごわす」
これが西郷の返事だった。
「何しろおいは武芸が出来んでごわす」
「腕ば痛めてから」
「そうなってるでごわすからな」
学問をしないならというのだ。
「暇でごわす」
「ならそっちの学問に行くでごわす」
串木野まで行ってというのだ。
「そうしようでごわす」
「ならでごわすな」
「二人で行くでごわす」
「わかったでごわす」
西郷は大久保の言葉に笑顔で応えた、そうしてだった。
二人で串木野まで向かった、そのうえで。
クロドンの話を聞くと西郷が言った通りだった、それで大久保は西郷に共に弁当を食いながら真剣な顔で述べた。
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