Fate/WizarDragonknight
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変質した中学校
「せいやっ!」
可奈美の千鳥が閃く。
犬の怪物が、縦に両断された。
猟犬の姿形をしているものの、左右非対称に、機械や骨など、とても普通の犬とは思えない。生身が足りない部分は機械のようなパーツで補っており、生物と機械のハイブリッドという印象を抱かせた。
続く、新たな猟犬の猛攻。その鋭い牙が、可奈美へ食らいつこうとする。
「くっ!」
千鳥では間に合わず、可奈美は右手に犬を噛ませる。主力である右手から千鳥を取り落とし、左手でキャッチ。犬の首を刎ね飛ばす。
犬の死骸を次に迫ろうとした犬に投げ飛ばした可奈美は、全身を回転させ、射程内にいる猟犬たちを一気に斬り伏せた。
赤と黒の結界を破って突入した可奈美を出迎えたのは、この犬たちの咆哮だった。
統率の取れた猟犬たちの第一陣を、太阿之剣で一網打尽。その時に多くが消し飛んだが、さらに溢れてきた犬たちの猛攻により一体一体に対応し、今に至る。
絶望的な状況で、可奈美は視界に、一筋の希望を見つけた。
「ガルちゃん!」
犬たちを飛び越えて、可奈美のもとへやってきた赤い鳥、ガルーダ。
「どう? リーダーみたいな犬ってどれか分かる?」
その問いへ、ガルーダは甲高く頷いた。
ガルーダが嘴で指し示す、猟犬たちの頭。それは、群れの最後尾より、ゆっくりと距離を縮めてくるものだった。
額に『10』と書かれた、男性的なシルエットの怪物。立派な体格と、切り刻まれた髭がしっかりとあったら、きっとダンディなんだろうなと感じた。肉体があちこち刻まれ、骨が剥き出しになっており、死霊のようだった。
「あれだね」
可奈美の写シが赤く染まり、薄く、短くなる。
「迅位斬!」
それは、一気に押し寄せる犬たちを斬り裂き、主である『10』を一刀両断する。
可奈美の耳に「ひなた……」という、声と呻きの中間らしき音を発し、その怪物は爆散した。
統率者がいなくなったことが原因だろう。犬たちは、次々に糸の切れた人形のようにバタバタと倒れていく。
「……」
体力温存のため、写シを解除するも、可奈美は千鳥を決して納刀することはなかった。
つんつん。つんつん。
千鳥の刃先でつついても、まるで人形のような犬たちが、再び動き出すことはなかった。
「私、今どこに向かっているんだろう?」
ガルーダが、『さあ?』と横に揺れる。
猟犬の群れを撃退してから、可奈美はずっともと見滝原中学校のこの空間を走っていた。
もう何時間、変質した空間を彷徨っていたのか分からない。怪獣の胃袋の中、としか言えない空間は、無人で自分一人が取り残されている感覚に襲われる。
「生徒とか、先生とか、きっとどこかにいるはずなのに……どうして?」
可奈美が顎に手を当てたその時。
突如として、上のフロアが爆発した。
「何⁉」
警戒した可奈美の前に落ちてきたのは、二つの目立つシルエットをした人型の怪物と、それを取り囲む無数の人型だった。
『6』と『8』。長い髪が特徴の『6』と、巨大な四肢の『8』が、傷だらけの体をおこし、それぞれを守ろうとする無数の表情無き人々。
だが、盾となった彼らを、『6』と『8』ごと焼き尽くすのは、黒い光線だった。彼らが飛んできたところから来たそれは、二人を守ろうとする人の化け物を一瞬で蒸発させ、狙いの二人にも重症を負わせる。
爆炎から現れた、黒衣の女性。銀髪と赤目、四つの黒翼を生やした彼女は、静かに二体の怪物のもとへ降りてきた。
「……」
可奈美を一瞬だけ視界に入れた彼女は、そのまま二人の敵へ向き合う。
傍らに浮かぶ本がパラパラとめくられる。赤い瞳だけでその内容に目を走らせる彼女は、右手を掲げる。
「サンダーレイジ」
彼女の言葉が引き金となり、黄色い閃光が迸る。放たれた小さな雷が発展し、二人の体を貫いた。
霧散した二人を見届けた黒衣の天使は、そのまま可奈美へ視線を動かす。
「っ!」
可奈美は反射的に千鳥を構える。だが黒衣の天使は、千鳥の刃先ではなく、その持ち手部分……令呪を凝視していた。
「マスター……」
「ということは、貴女も?」
だが、黒衣の天使は問いに答えるより先に、攻撃に出た。
再び放たれる、黒い光線。怪物たちを焼き尽くす威力を誇るそれへ、写シで対抗する。剣術の使い手である可奈美は、光線の中心をじっと見つめ、縦に両断した。
巨大な太い柱が左右に分かれ、それぞれの方角に飛んでいく。赤黒の壁を抉ったそれが、その威力を物語る。
「貴女も、マスター? それとも、サーヴァント⁇」
「サーヴァント、キャスター。我々の願いのために、消えてもらう」
そのサーヴァントは、そのまま身構える。
「キャスター……?」
ハルトからもその名を耳にし、昨日ハルトやランサー陣営と戦った最強のサーヴァント。
可奈美は、口角が吊り上がった。
「キャスター」
そして、そんな彼女の頭上より、降ってきた声。
白と紫の衣装をした、ロングヘアーの少女。無表情を絵にしたような彼女は、ひらりと地面に着地した。
ラビットハウスで見たような顔だが、その少女は可奈美を……その令呪を視線で捉えていた。
「っ!」
可奈美の千鳥が、銃弾を弾く。
「危ない! 何するの⁉」
「マスターならば殺す。そういうものでしょう?」
「……思い出した。暁美ほむらちゃん……だっけ? ハルトさんから聞いたことあるよ」
「貴女もマスターなら、聖杯戦争のルールだって分かっているはずよ。それとも……貴女がこのパーティーの主催者かしら?」
「どうしてそう思うかな……」
可奈美は気まずそうに視線を逸らす。中学校だったこの場所と、キャスター、ほむら。
「ねえ。それじゃ、ほむらちゃんもこの事態とは関係ないんでしょ? だったら、協力し合えないかな?」
「バカを言わないで」
ほむらが発砲した。打ち落とした銃弾が、熱い煙を発している。それでもほむらは、銃を降ろさない。
「私たちは敵同士よ。協力なんてありえないわ」
「そんなこと……っ!」
ほむらとの会話中だというのに、可奈美は背後からの殺気に気付き、振り向きざまに千鳥でガード。剣同士の独特の金切り音を上げる中、迫ってきた赤い瞳を、可奈美はじっと見返した。
「黒い髪……赤い瞳……」
「アサシン!」
ほむらの言葉で、可奈美は彼女こそが、サーヴァント、アサシンだと理解した。
「葬る!」
アサシンは、さらに体を回転させ、その妖刀、村雨の刃を可奈美へ穿つ。可奈美は体を反らし、がら空きになったアサシンへ、ドロップキックを叩きこむ。
「……」
アサシンは受け流して着地、可奈美とほむら、キャスターを見据えている。
「今の剣……」
可奈美は、彼女の村雨を受け止めた手を見下ろしていた。カタカタと震える手が、彼女の剣の重さを証明している。
「本気の殺意!」
「お前もマスターか。ならば……葬る!」
再びアサシンが、可奈美に肉薄する。
可奈美とアサシンは、何度も何度も火花を散らす。どんどん回数を重ねていくごとに、可奈美の表情から強張りが消えていき、明るくなっていく。
「すごい!」
やがて可奈美は、アサシンの刃を鍔で受ける。ずっしりとした刃の重さが、可奈美を揺らした。
だが、そこで可奈美が感じたのは、恐怖ではなく高揚。強力な敵への、嬉しさだった。
「本気の立ち合い! 本気の勝負! 久しぶりに、こんな剣の達人に出会えた!」
「……?」
アサシンの表情に、少しばかり困惑が混じる。だが、可奈美がそんなことに構いはしない。アサシンのサーヴァントへ、千鳥が斬りこむ。
アサシンも無論応戦する。もはや彼女以外が何も見えない。赤黒に変質した世界も、立ち去るキャスターたちももう見えない。
ただ、可奈美は、アサシンとの立ち合いを___楽しんでいた。
「どうしたの? まだ戦えるでしょ? アサシン!」
「お前……」
口数の少ないアサシンに、やがて嫌悪感のような表情が現れた。
少しばかり動きが鈍くなってきているアサシンとは対照的に、可奈美はどんどん動きが素早くなる。
「お前も戦いを楽しむ輩か」
「私は、剣が好きなだけだよ! だから、もっと楽しもうよ! この立ち合いを!」
可奈美の横凪を、アサシンはしゃがんでよける。舞い上がった長髪が少し切られる。
そのままアサシンは、バックステップで可奈美から離れる。
「私、衛藤可奈美! 美濃関学院中等部所属の刀使! ねえ、アサシンじゃなくてさ! 貴女の名前を教えて!」
「……なぜ?」
「楽しいからだよ! 本気の相手と本気の立ち合いをする! それ以外には、何もないよ!」
「……理解できないわね」
ほむらの呆れ声が聞こえた。ほむらが髪をかき上げる仕草を横目で見ながら、可奈美は続ける。
「だから! 教えて! 名前!」
「……はあ」
アサシンはため息をついて、答えた。
「アカメだ」
「……! アカメちゃん! 立ち合い! やろう!」
そのまま、アカメへ一歩踏み出す。
アカメも、当然のごとく、こちらの剣に応えた。
達人を目指す剣と、殺し専門の剣。二つの刃が、幾重にも重なり、火花を散らす。
「すごい……アカメちゃんの剣、すごい重くて信念がある! どうやって鍛えたの?」
「答える理由はない」
言葉少なく、アカメの剣が千鳥の側面を撫でる。可奈美はそのまま、アカメの剣を受けては、打ち込む。
やがて、可奈美とアカメは、戦いの場を一フロアのみならず、二階の踊り場、壁にも広がっていく。互いに跳び回りながら、斬り合い、赤黒の空間を傷つけ、ほむらもキャスターの盾を必要としていた。
「楽しいね! アカメちゃん!」
「楽しい? そんなわけがない……」
可奈美の剣を受け流し、アカメが鋭い眼差しで可奈美を睨む。
「命の奪い合いが、楽しいはずがない……!」
「違うよ! これは、剣の戦い! 命の奪い合いなんかじゃない!」
「訳が分からない……剣は、殺しのための道具だ……平和な世界に、私たちの居場所はない!」
アカメの村雨が閃き、千鳥が宙を舞う。強制的に解除された写シにより、可奈美の体が生身となる。
そこに振り下ろされる、即死の刃。
だが、可奈美はそれを白刃取りで受け止める。
「⁉」
「そうかもね……でも、それでも私は、剣と平和は一緒にいられるって訴えるよ!」
「……」
白刃取りの体勢のまま、可奈美は動きを止めた。
村雨にかかる重さが抜けていったのだ。アカメは納刀し、可奈美を見つめていた。
「……お前は、本気なのか?」
「本気だよ! 私はこの剣を、人を守っているために使っているから!」
「……」
アカメの殺意がなくなっていく。可奈美はようやく、胸をなでおろした。
「だからさ。やろう! 立ち合い」
「断る」
「ええ……」
残念がる可奈美は、膝に両手を乗せた。
ピ ピ ピ ピ
するとその時、足元より無機質なリズムが刻まれる。
「何?」
「……?」
可奈美は、周囲を見渡す。何もない赤黒の空間に、発生源と思われるものはない。アカメも、疑問を抱いていた。
その中、唯一確信を持っていたのは、ほむらだった。
「爆弾!」
それが、忠告のためか、思わず口から出てきたのか。
可奈美とアカメは、同時にその場よりジャンプ。同時に床を破壊した、大爆発。
「何これ⁉」
可奈美は、目前の惨状に言葉を失う。
赤と黒の世界に、大きな黒い穴が開いていた。
「……ここまでの威力か」
隣では、警戒しているアカメが呟いていた。
彼女の目線は、頭上へ向けられていた。
彼女の視線を追いかけると、犯人らしき人影が上の階で見下ろしていた。
「また……人の怪物!」
可奈美は苦虫を噛み潰したような顔をした。
額に『9』と書かれた怪物。これまで通り、半分が白骨化した死体のような人物だった。
長い髪を揺らし、左目に眼帯をしている。膨らんだ胸元からも、それが女性だということは可奈美にも分かった。
「_______」
声にもならない声。声帯の破壊されたゾンビ『9』は、手に持ったコンバットナイフを武器に、こちらへ飛び降りてきた。
カウンター。可奈美の得意とする技を、そのまま実行する。
だが、手練れた動きの『9』は、可奈美の千鳥を掻い潜り、胸元にナイフを突き立てた。
「っ!」
胸を刺す痛みと同時に、写シが解かれる。
「何⁉」
さらに、『9』は手に持ったショットガンで発砲。可奈美は、千鳥の体で受ける。
再び写シを張った可奈美は、目の前に飛んできた緑の物体を斬り裂いた。
それが手榴弾だと気付いたのは、その割れ目から、火薬の匂いがしてからだった。
「うわっ!」
その爆風で、可奈美は背中から壁に激突する。
またしても生身になった可奈美は、『9』を見上げる。
彼女は、次にほむらに狙いを定め、銃撃戦を繰り広げていた。互いに走りながら、ハンドガンが火を打ち合っている。
「アカメちゃん! あれは……何なの?」
「所有者……マスターはそう言っていた」
アカメは微動だにせずに答える。
「マスターが想い描いた、宿敵たち。合計十人いるらしい」
十。その数字は、可奈美を青ざめさせるには十分すぎた。
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