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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第50話 第四四九〇編成部隊

 
前書き
これでストックはなくなりました。
来週以降の更新はちょっと難しそうです。 

 
宇宙歴七八九年一月二二日~ ハイネセン 宇宙艦隊司令部

 キャゼルヌの新居を訪れた三日後の一月二二日。予想通り、統合作戦本部人事部第六分室への出頭を命じられ、俺は少佐への昇進と辞令を課長の一人から交付された。新たな配属先は『宇宙艦隊司令部隷下第四四九〇編成部隊司令部幕僚』である。そして既に司令官は着任し、宇宙艦隊司令部内の一室に司令部を構えているそうで……

「モテモテで結構なことじゃな、ジュニア」

 マーロヴィア司令部の時よりも少しばかりグレードの上がったオフィスチェアに、爺様はドッカリと腰を下ろして俺にキツイ一撃を吹っ飛ばして来た。爺様の左には同じく昇進したモンシャルマン准将、右には残念ながら昇進しなかったファイフェルが立っている。俺がしっかりと踵をそろえて直立不動の敬礼をすると、爺様はいかにも面倒くさいといった表情で答礼する。

「政治屋どもめ。エル・ファシルを奪回しろとか、イゼルローンを攻略しろとか、言いたい放題のわりには邪魔ばかりしおる。ジュニアは骨休めできたか?」
「お陰様をもちまして。それと閣下。少将へのご昇進、おめでとうございます」
「なになに、ジュニアのおすそ分けってとこじゃ。ありがたいことに定年が三年さらに伸びてしまったわい」
「はははは……」

 あっさりとイゼルローン攻略の話を暴露し皮肉をぶつける爺様に、俺は視線を動かしてモンシャルマン准将を見るとこちらは珍しく肩を竦めて苦笑していた。勿論ファイフェルの顔色はあまり良くない。
「我々は少佐の着任を待っていた。才気渙発・縦横無尽の作戦参謀がいなければ、どうにも話が進みそうになかったのでね」
「准将閣下まで……」
「閣下はよしてくれ少佐。言われると背中がかゆくなってどうにも心地が悪い。参謀長で頼む」
「承知しました」
「どうやらファイフェルも貴官の着任を、首を長くして待っていたようじゃからの。早速話を進めるとしようか」

 軽い咳払いの後に爺様がそう言うと、短い返事と共にファイフェルの背筋がピンと伸び、運動信号伝達機能が壊れかけ始めた自動歩行人形のような動きで、部屋の照明を落とし、部屋の中央に設置されている三次元投影機を作動させる。動きがキビキビしているようで何となくテンポが遅いのは、俺が「不在にしていた」一週間の間に、俺に代わって資料を集めて分析などをして、相当爺様に絞られたからかもしれない。

 本来副官と参謀を兼務するというのはよほど小さな組織でもない限りまずありえない。俺が三年前ケリムにいた頃、リンチの下で慣れていたというのもあるだろうが、ファイフェルにしてみればありえないと思う経験だっただろう。それが分かるだけに申し訳ないなと思うとともに、ずいぶんと爺様に期待されているんだなと感心した。ようやく調整が済んで、同盟全域とイゼルローン方面の航路図が投影されると、ファイフェルが俺をチラッと見たので、軽く頷いてやる。

「正式には二月一日を持って編成されることになる第四四九〇編成部隊は、艦艇約二四〇〇隻、兵員約二八万を規模とし、宇宙艦隊司令部より今後二週間内に機動集団としての部隊編制と戦闘序列の決定を行うようにとの命令を受けております」

 部隊編制は文字通り宇宙艦隊司令部が、ビュコック爺様の指揮下に入れる為に掻き集めた幾つかの独立部隊や戦隊・小戦隊を、機動集団→独立部隊→戦隊→隊→分隊と各規模に整列させることだ。辺境警備の哨戒隊は別として、基本的には戦隊までが同一艦種で編成される。宇宙艦隊司令部から手渡されたそれぞれの部隊は規模も戦力も大抵はぐちゃぐちゃなので切った貼ったして、司令官が戦力として動かしやすいようにしなければならない。
 戦闘序列は部隊編制が終わった段階で行われる隷下部隊の隷属関係を明確にすることだ。部隊指揮官が戦死した場合、次は誰が指揮権を引き継ぐかなどの取り決めも行われる。
 いずれにしても司令部の戦術指揮能力と人事管理能力が問われる仕事で、ここで下手を打つと部隊としての能力を十全に発揮することができない。

 そんな面倒なことは司令部ではなくどこかの部署に一括外注すればいいという発想もないわけではない。だが仮に司令部以外で編制された部隊が功績を上げた場合の功績について、あるいは敗北した時の責任の所在が不明確になる。功績処理において不確定要素が増えるのは、軍という組織の健全性を保つ上で非常に危険なことだ。だからこそ司令官には司令部の人事権がある。勿論統合作戦本部の人事部が介入することもあるが、司令官が能力において信頼できる幕僚を集め、入念に部隊編制を行えるようにしているのだ。

「部隊編制と戦闘序列が宇宙艦隊司令部の承認を受け次第、編成部隊は「第四四高速機動集団」となります。そして戦力化後一ヶ月を目途に、現在編制中の四つの独立部隊と共にエル・ファシル星系奪回に赴くことが指示されております。その中で当部隊は星系奪回作戦の基幹部隊として、他の独立部隊の最上位となります」

 これはキャゼルヌ宅で予想していた通りの結果だ。四つの独立部隊と言えば約二五〇〇隻。これに地上軍や後方支援部隊が加わるから、ビュコックの爺様は『半個艦隊』を率いることになる。帝国軍の増派がない限り、約二倍の戦力比だ。原作末期の同盟では考えられないほどまともな作戦で、勝算は大いにあるといえる。

「現在、当司令部には情報・後方の参謀は配備されておりませんが、宇宙艦隊司令部より人員の充足は早急に手配すると打診されております。地上戦部隊に関しては陸戦総監部より装甲機動歩兵二個師団と大気圏内空中戦隊四個を派遣可能できると連絡を受けております。後方支援本部も工兵・通信・管制・医療の分野である程度の部隊を用意できる、とのことです」
 ファイフェルがそこまで言い切ると、爺様がその後を引き継ぐ。
「そういうわけでジュニアには部隊編制をやってもらう。儂とモンシャルマンは独立部隊の指揮官達との顔合わせと戦力把握、それと宇宙艦隊司令部作戦課と統合作戦本部査閲部へ挨拶に行ってくる。五日で編成を終わらせること。戦闘序列は編成表を見て儂が決定する。ジュニアには判断資料としてモンシャルマンと同じ閲覧権限を与える。オフィスは隣の部屋じゃ。席はファイフェルが用意しておる」
「承知しました。では二八日午後に提出でよろしいでしょうか?」
「今日も入れるんじゃから、二七日の午後三時じゃ」
「……了解しました」
「一週間ズル休みしたんじゃから、それなりに働くんじゃぞ。わかったな?」
 ドンと机を右拳で叩く爺様の、マーロヴィアから変わらぬブラックぶりに、心の中で苦笑せざるを得なかった。





 司令官公室のすぐ横にある司令部幕僚オフィスの広さは約八〇平米。そこにモンシャルマン准将と俺、それに未赴任の情報・後方参謀、ほかに四つの空席と副官のファイフェルの席がある。他に三次元投影機と小さな応接セットがあるので、前世中企業の総務オフィス(投影機があって書庫がない)を少し大きくしたような造りだ。
 もっともモンシャルマン大佐は結構忙しく各所を回っているので、実際ここを使っているのは俺一人だけなのだが、広くなったとはいえ個別のオフィスを持っていたマーロヴィアの頃に比べると若干居心地が悪い。

 そして俺にとっても最も居心地を悪くする要因は従卒の存在だ。仮にも二〇万将兵の司令部であるのだから、場末の不動産屋みたいに成績を上げられない若手の営業マンが、机に菓子をこぼして留守番しているような状態では流石にまずいのはわかる。宇宙艦隊司令部のタワーの中にあるオフィスとはいえ、機密と高官(笑)の巣窟である幕僚オフィスに外注のビル管理業者を易々と入れるわけにはいかない。故に各艦隊司令部には直属の従卒がいて、それら維持業務を担ってくれている。その為に幕僚オフィス内に狭いながらも従卒専用のスペースもある。必要な存在だとは分かっているが。

「コーヒーをお入れいたしましょうか、少佐殿」

 なんでこの子がここにいるんだよと、出会ってから俺は何度自分に問いかけただろうか。彼女は従卒ではあるが、正式な軍人ではなく兵長待遇の軍属である。故に人事権は統合作戦本部人事部の管掌するところではあるが、この人事の意味が分からない。

「いや、紅茶にしてくれるかな。ミス・r……ブライトウェル」
「かしこまりました」

 デザインは一緒だが、正式な軍人と色違いのジャケットをピシッと伸ばし、文句のつけようのない敬礼をして、踵を鳴らして回れ右で給湯室へと向かう赤毛の彼女、ジェイニー・ブライトウェル……旧姓リンチの後姿を、俺はまともに見ることができない。

 ケリム星系第七一警備艦隊で副官をしていた時、ブラックバート掃討戦以前に二回、エジリ大佐逮捕後には一〇回ほどリンチ司令官の家に呼ばれて顔を合わせている。当時はまだ一一歳か一二歳で、ようやく母親と一緒に料理を作り始めたという歳だった。個人的にも妹らしきものが一人増えた(実はアントニナやフレデリカと同い年)くらいにしか思っていなかった。

 リンチがトリプラ星系の偵察戦隊司令官に転属になった時、ハイネセンに戻っていった記憶がある。エル・ファシルの一件の時、彼女はどこにいたかまではわからない。だが少なくともエル・ファシルの一件で人生が五四〇°ぐらいは変わってしまったのは間違いない。星系防衛司令官のお嬢さんから民間人を見捨てた卑怯者の娘へ。大量にジャンバラヤを作って喜んでいた少女は、顔に大人ぶり以上の冷気と厭世感を漂わせた軍属に生まれかわっていた。

 そんな彼女が淹れたPXで売ってる二流茶葉のダージリンを傾けつつ、俺は机に備え付けられた端末で、宇宙艦隊司令部から送られてきた二四五四隻分の艦長と艦自体のデータをざっと眺めていき、前部隊の戦歴も含めて簡単に頭の中で整理する。俺は士官学校を出てまだ四年。艦隊戦闘など経験したことのない一介の少佐にできることは、基本に則って編成を組むことだろう。爺様もそれ以上のことを望んではいるだろうが、期待はしていない。

 指揮官はどのように兵力を運用するか。基準とすべきはビュコックの爺様の戦術構想だ。爺様がマーロヴィアに行く前の経歴は何度も漁ったことがある。二等兵として徴兵されて以降、艦隊規模の会戦だけで二九回参加。分隊指揮官としては数知れず、隊指揮官として五〇回、戦隊指揮官として一二回、任務部隊指揮官として五回指揮を執っている。

 幸いというべきか、当然というべきか、爺様はまだ生きているのでその大半の戦闘報告書はデータとして残されている。近々は勿論任務部隊のもので、第四艦隊と第七艦隊でそれぞれ六〇〇隻程度の指揮を執っていた。五回とも艦隊規模の会戦であるので、部屋にブライトウェル嬢しかいないことをいいことに三次元投影装置でその会戦のシミュレートを見る。爺様の部隊だけ表示色を変え、その動きと戦果を指揮官からの命令と時系リンクさせてみると、なかなか面白いものが見れる。

 誤解を招く言い方だが爺様は『時折上官の命令に忠実には従っていない』が『上官が望む結果を確実に得ている』。例えばあそこに行って火線を引いて敵の勢力侵犯を阻止せよ、という命令に、移動を殆どせずに三斉射しただけで敵部隊を追い散らし、その後で悠然と指示された座標に移動しているので、見る人間の立場と視野からしたら小憎たらしいことこの上ない。

 これは扱いにくい部下だったんだろうなと、俺は当時の上官たちに同情した。逆に言えば鈍感で鷹揚な指揮官程、爺様は重宝されたかもしれない。上官の望む結果を推測し、敵の動きと戦列、自部隊の火力を冷静に把握して、より効率的で損害が少なくなるよう戦果をあげる。ほかの会戦も同じように早回しで見てみたがだいたい同じだ。指揮下の戦力も爺様の命令を忠実に過不足なく運用できているし、火力投射に関してみれば見事というしかない。だが第三艦隊の査閲時の部隊運用速度に比べると個々の艦艇の動きは相当遅い。敵の砲撃下で運用速度が遅くなるのは当然だが、それでも遅すぎる。

「爺様は練度を火力統制で補うという思考なんだな」

 俺は査閲部時代の上官であるフィッシャー中佐開祖の、機動戦術教の狂信者であったので、各艦のあまりにもトロい動きにイラッとした。だが爺様の部隊は命令通り動かして移動中に損害を受けるよりは、自分の目を信じて火力統制をして着実に勢力圏を広げていく方を選んでいる。砲撃の名手という経歴が影響しているのか、ダイナミックではないが効率的に戦果を挙げることに徹している。

 となれば求められる編成は大胆な機動戦術をとるようなものではなく、安定性と均一性の高いものであるべきだろう。俺が照明を戻して改めて自分の席に戻ると、再びリストに向き合う。今与えられている二四五四隻の中から、まず艦齢が四〇年を超しているものを別枠とする。その中で既存の独立部隊編制がある事実上の副司令官部隊七一六隻はそのままに、それ以外を規模ごとに並べ替える。そこから巡航艦を二個隊(五〇隻)ばかり抜き出して副司令官部隊に付け替え、残りの一五〇〇隻を二つに分ける。そのうちの一つを最先任艦長の大佐を代昇進させて率いさせ、残りを爺様直卒の部隊とする。

 単純に同規模戦力を三つにする形だが、これであればピーキーな機動戦術は無理でも、満遍なく安定した火力投射と一定の艦隊運動を取ることができる。この場合の問題点は、代将(大佐だが准将クラスの戦力を扱うための一時的な昇進状態)に誰を指名するかだが、これは流石に爺様や参謀長と相談する必要があるだろう。

 進むべき方針が決まった段階でリストを見つめなおしてみたが、その中に艦種が不揃いな二〇隻ばかりの奇妙な部隊があった。二〇隻といえば規模からすれば『隊』で、辺境の哨戒隊などを別とすれば通常は単一艦種で構成される。なのにこの部隊は戦艦が一隻、巡航艦三隻、ミサイル艦二隻、駆逐艦一四隻と独立した哨戒隊にしてはやや火力が控えめな構成。だがそれらに共通する前歴を見れば宇宙艦隊司令部の意図は明白で、流石に気分が悪くなった。

 俺はその『第八七〇九哨戒隊』の艦データを一隻ずつ開いていく。戦艦アラミノス、嚮導巡航艦エル・セラト、巡航艦ボアール九三号……原作ではリンチの戦線逃亡後、エル・ファシル星域防衛艦隊のうち生き残った半数が自主的に退路を探り、残り半分の二〇〇隻がリンチと運命を共にした。詳しいところは軍機で検索できないが、リンチとは別の意味で『民主主義の軍隊として』許されざる存在ということか。

 いつの間にか時間が過ぎ、時計を見ると一八時を回っていた。ハイネセンにおける定時ではあるが、次席参謀という無駄飯喰らいに定時は存在しない。しかし軍属には厳格に定時がある。重要な会議等でお茶出しが必要な時を除いて、彼らは軍の評判もかかった労働者だ。故に彼女が俺に敬礼して退出の挨拶をするのは、規則であり、礼儀である。礼儀ではあるが……

「ミス・ブライトウェル」
「……なんでしょう? ボロディン少佐殿」
 一度敬礼して、回れ右した彼女は、もう半回転して俺に正対する。背筋が伸びたきれいなアイスダンスのような動きであったが、表情は真逆の氷河期そのものだ。
 何か言わなくてはいけない。その一心で俺は声をかけたが、何を言おうか、気の利いたセリフすら思いつかない。時間が経つにつれ、氷河期にクレバスが寄り始めた顔を見て、俺は思いついたことをそのまま口にした。
「ジャンバラヤ」
「え?」
「明日でなくても構わないので、司令部の昼食を作ってくれないか? ケリムで食べたあのジャンバラヤ、実に美味かったんだ」
「……は?」
「司令部のキッチンは狭いから準備は大変かもしれないが、君に頼みたい。材料費が必要なら出すし、何なら俺が買ってくる」
「……はい?」
「とにかくこれは命令だ。俺の端末のアドレスと電話番号を教えておくから、夜までに材料の詳細を送ってくれ。爺様と参謀長と副官のファイフェルと俺だから四人分。文句言う奴がいたら俺が命じたと言ってくれ」

 自分でも何言っているんだかよくわからないが、氷河期がプチ氷河期になったのはわかった。俺が小さなメモに番号とアドレスを書き込み、それを細い彼女の手に握りしめさせる。これはセクハラかなとも思ったが彼女が無表情で再び敬礼し、俺がそれに答礼し、彼女の姿が司令部から消えると、俺は大きく天井に向かって溜息をつくと自分の席に深く腰を落とした。

 エル・ファシルは呪いだ。消し去るにはあまりに大きな汚点とそれをかき消す為に作られた英雄。英雄の放つ光が強ければ強い程、影もまた深くなる。これからヤンが脚光を浴びるたびにより強い呪いとなる。直接の責任がゼロではないにしても司令官の命令に従った第八七〇九哨戒隊、そして親の罪が何の責任もない子供に伝染することが、自由と民主主義と法治主義であるこの国ではあってはならない。

 自分の権力で防げるものであるのなら防ぎたい。俺はそう思うとかろうじて頭に残っていた軍用ベレーを顔に移動させるのだった。
 
 

 
後書き
2020.06.18 投稿
2020.01.02 独立艦隊の数字を変更(5個→4個 4000隻→2500隻) 
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