戦闘携帯のラストリゾート
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怪盗たちに、アローラ
ホウエンでの犯行を終えたことは、即座にアローラにも伝わったらしい。というか、スズがライヴ中継までしていた。
空港に着くなり義姉さん達が出迎えてくれたり、いつもは敵対する島キャプテンが褒めてくれたり。手厚い歓待を受けて、ゆっくりと帰路につく。
……クルルクの姿はそこになかった。変装道具を借りるためにリゾートでの犯行計画を伝えた時に「もう心配はいらないね」と言って。消えるようにいなくなってから一度も見ていない。スズにも行方がわからないし、義姉さん達も知らないと言っていた。
クルルクは、チュニンに負けて泣きはらしたわたしを励ましてくれた。僕にはできない事をラディはしたんだと。
犯行を終えた今なら、そうかもしれないと思える。だけど、まだクルルクに追いつけたとは思わない。
もしかして、どこか遠いところに行ってしまったんじゃないか。そんな想像が頭をよぎる。
考えていると、いつの間にか自分の家に着いていた。なんだかすごく久しぶりに帰ってきた気がする。そう思ってドアを開ける。
「お疲れ様、本当によく頑張ったねラディ」
そこにはいつかのように模犯怪盗・クルルクがテーブルにティーセットを用意して寛いでいた。ライチュウとカプ・テテフも傍らでお菓子や果物を囓っている。
「……人の部屋に勝手に入るなって言ってるでしょ?」
「ああ、そうだったそうだった。気をつけないとね」
「ライライ」
不法侵入を咎めるわたしの声は、びっくりするくらいほっとしていた。
ティーカップを置いて、わたしの分の紅茶を入れてくれるクルルク。隣のライチュウが、どうせやめる気ないから気をつけろよ、みたいな目でわたしを見る。
わかってる。やっぱり彼は変わらない。どんな時でも模範的で、同じ年頃の男子とは比べものにならないほど紳士的で。何よりどんな場所でも悪びれず涼しい顔で入り込む怪盗そのものだ。
わたしはスーツケースと帽子を玄関において、クルルクに向かい合うように座る。彼が入れる紅茶は、わたしが入れるよりも遙かに香りがいい。
「君の犯行は全て見させてもらったよ。僕には出来ない、怪盗乱麻の在り方を。その上で聞きたい。結局サフィール君とキュービさんはどうなったんだい?」
「……うん、帰る日に聞いたんだけどね」
怪盗としてやるべきことは間違いなく果たした。でもわたしはそれだけじゃなくて、自分に関わったサフィールとキュービ、ラティアスのことも助けようとした。
「これからは、少しずつ話す時間を作るんだって。サフィール、話し合うのかと思ったらあの場でポケモンカードゲームを挑んだって言うんだから……びっくりしちゃった」
曰く、どんなに会いたかった人でもサフィールにとっては幼少のころの朧気な記憶しない相手だ。百の言葉を交わすより、キュービが開発して、サフィールがチャンピオンまで上り詰めたゲームで一回勝負して。自分が勝ったらこれから家族として認めてもらうと持ちかけたらしい。
「それはすごいね。カードゲーム自体は昔からあったとはいえ、リゾートでのポケモンカードを開発したのはキュービだろう? 彼はゲームの創造者に打ち勝ったわけだ。その様子が中継されたらすごく盛り上がっただろうに」
「もう、そういうところだからねクルルク。『親子』の久しぶりの再会を、外野がのぞき見るのはプライバシーの侵害よ」
驚きだったのは。キュービとサフィールは姉弟ではなく母親と子供の関係だったということだ。
わたしが見た過去の映像をサフィールも見て、彼は確信したらしい。ずっとキュービを姉さんと呼ぶのは違和感があったそうだ。確信に至った理由はわからない。聞いても教えてくれなかったし。
「じゃあ、本当にやりきったんだね。君は犯行を成し遂げ、自分を騙したリゾートの支配者さえ救ったわけだ」
「キュービにとっては、迷惑だったかもしれないけど。そう信じてる」
「間違いないよ。あとは……おっと」
わたしのスマホが鳴る。画面を見ると、サフィールからの電話だった。クルルクが頷いてくれたので、通話を押す。
画面の向こうでは、なんだか落ち着かない様子のサフィールと、オッドアイの小さな女の子──ラティアスがいる。
「ラディ! アローラにはもう着いた!? 少し話をしてもいい!?」
「家にいるから、落ち着いて? 何かあったの?」
サフィールの、深呼吸する息づかいが聞こえる。しばらくすると、少し震えた声で話し始めた。
「母さん、いやキュービックがオレを──カードゲームのチャンピオンとしての実力を見込んでリゾートの運営に関わらせてくれることになったんだ!」
「本当!? よかった、じゃあこれからは……一緒に居られるのね」
「うん、チュニンはオレのこと嫌ってるけどルビア姐さんが間に入ってくれるし、キュービの決定なら仕方ないって納得してくれたんだ」
ルビアは、やることはどうあれサフィールの味方でありたいみたいだった。チュニンのサフィールに対する強烈な嫌悪は不安だったけど、悪いようにはならないと思う。
「それにね、これは君のおかげなんだ」
「どういうこと?」
「君がオレに捕まったフリをして潜入して、オレがキュービにカードゲームを挑んで足止めしたことはホウエンにも伝わってる。だから、オレをリゾートの一員に組み込むことで、最初からそういうシナリオだった……そういうことにしたいのもあるみたいなんだ」
そっか。どんな事情があろうとも、リゾートの支配人が自分の家族を冷遇していたなんて公にはしたくない。
だったらサフィールをリゾート側に取り込んで、わたしの犯行も含めてそういう舞台だったことにしてしまえば、チュニンの凶行も含めて一つの演技ということにしてしまえる。
「おめでとう、サフィール。じゃあこれからは……あなたはシャトレーヌの一員なのね」
「うん! また遊びに来た時は、オレが運営する施設に案内するよ!」
「怪盗として盗みにいくかもね」
冗談めかして言ってみる。サフィールはちょっとぽかんとしたけど、にやりと口角を上げて笑ってくれた。
「そのときは、今度こそ君を捕まえてみせるよ。怪盗乱麻。本当に感謝してる! ラティアスも、また君と直接話すのを楽しみにしてるってさ! それじゃあ、また今度!」
「うん、いつでもまた! アローラ!」
サフィールとラティアスが、満開の笑顔で手を振ってくれる。わたしもカメラに映る範囲で強く振り替えした。十秒くらいそうしてから、通話が切れる。
テレパシーで意思を伝えるあの子は、電話だとサフィールか誰かに代弁してもらわないといけない。いつかまた、会いに行って今度は散歩をしたりするんだ。
「いい友達が出来たね、ラディ」
「……うん、離れていても自慢の友達」
話す時間は決して多くなかったけど、心からそう思える。
喉の渇きを覚えて口に付けた紅茶は、とっても温かかった。
「ちなみにシャトレーヌって言うのは女城主の意味だから、あれだとサフィール君を女の子扱いしてることになるよ」
「あ! いやでも、サフィールも頷いてたし」
「きっと彼もサーナイトあたりに指摘されて今頃恥ずかしがってるんじゃないかな?」
「……そうかも」
想像に難くない。なんだから想像したら笑えてきた。
しばらく紅茶とお菓子を堪能していると、クルルクが真面目な顔になる。
「──さて、ここからは今後の話。君を怪盗の道に進ませた人間として、君に確認することがある」
「どうしたの? 改まって……」
「君はもう、自分で好きな服を着て堂々と振る舞えて、僕とも違う立派な怪盗になった。だからこそ聞くよ。……これからも、怪盗を続けるのかい?」
きょとんとするわたしに、彼は驚くことを言った。でも、今のわたしには……クルルクの言いたいことが、スズの説明なしでも理解出来る。
「もちろん。わたし、怪盗として振る舞うのが楽しい。本気で勝負して、その上で勝っても負けてもみんなが喜んでくれて、宝をこの手にするのが好き。失敗したら泣くほど悔しい。……怪盗になれて、良かった。ありがとう、クルルク。わたし、あなたと一緒に過ごせてよかった」
今のわたしは、クルルクに拘らなくても生きていける。自分を傷つける相手にも立ち向かえる。だから、怪盗というクルルクの道を追いかける必要はない。他の生き方だってできるはずだ。
それでもわたしは、怪盗乱麻として生きていたい。いつかアローラで、怪盗というエンターテイメントが終わる日まで。もしかしたら新しい自分の生き方を見つけるかもしれないけど、それはそれ。
「そう。なら僕も──普段のお客さんを楽しませるのとは別の意味で。ずっと怪盗をしてきてよかったし、これからも『模犯怪盗』であり続けるよ」
「わたしだって、『怪盗乱麻』としてクルルクに負けないわ! これからだって、また何回も勝負するんだから!」
【……では、そんなやる気満々のラディと、久しぶりに楽しそうなクルルクに次のお仕事のご案内です! ホウエンで大成功した以上、やめたいと言ってもやってもらいますからね!】
「あはは! いいよ、今の僕ならどんな大がかりな仕掛けだって出来そうだ!!」
「うわぁ! いきなり出てこないでよスズ! というかやめたいと言ってもやらせるって何!? 騙してリゾートに連れてったの全然反省してない!」
これで、アローラを離れたわたしのバトルリゾートでの日々は終わり。どんな犯行だって、成功しても失敗しても必ず終わりはある。
だけど、わたしの人生はずっと続く。ヒーローから怪盗に変わったみたいに心ややることは変わるかもしれない。悲しいこともある。それでも、誰かのためじゃないわたしの人生を楽しめる。
今なら、そう信じられる。
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