魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Saga6-D遭遇~Huckebein 3~
フッケバイン一家の本拠地である“飛翔戦艇フッケバイン”は普段自動で航行していて、その本来の能力も機能していない。しかし“フッケバイン”の操舵手兼管制責任者のステラが管制室でエンゲージワイヤーを用いて機能中枢と接続――リアクトすることで、その機能を十全に扱えるようになる。
「どうしよう、フォルティス、アル! このままじゃみんなが!」
管制室の中央にある円いステージ上で浮き、ステージから伸びる何本ものエンゲージワイヤーと繋がっているステラは、自分の周囲に展開しているモニターを見て焦りを見せている。“フッケバイン”とリアクトしていない普段の彼女は、思考能力や計算機能の大半を犠牲にして自動操縦を行っているため、言葉を発せず身振り手振りでコミュニケーションを取っているが、リアクトすることで彼女本来の地の部分が復活する。フォルティスと言葉を交わせているのもそのおかげだ。
「管理局の奴らがこんなに強ぇなんて知らねぇぞ! どうすりゃいい!?」
「ええ、判っています、考えています! ですが・・・!」
リアクト中は身動きの取れないステラの側に付いてフォローする役目を任されているフォルティスは、ステラと管制室に呼び出したアルナージにそう問われながらもモニターに映るヴェイロン達を助けるべく必死に作戦を考える。
管理局など所詮は組織のしがらみや界境線に縛られ、戦う術を魔法に頼っているため、分断という力を持っている自分たちには触れることすら出来ない弱い存在と決めつけていた。だがその根底を覆す局員が現れたことで混乱中だ。
「カレン達はもうダーハに着いたでしょうか・・・?」
現状を打破できるのはカレン達だけと理解しているフォルティスは、ダーハに到着していることを願いながらカレン達に連絡を入れようとした時・・・
『もしもーし。フォルティス~? ダーハに着いたから、ヴェイ達の居る座標送ってもらえる~?』
ここでカレンより通信が入り、フォルティスは「カレン!」と声を弾ませた。フォルティスのそんな声を今まで聞いたことのないカレンはすぐに何かを察し、『何があったの?』と聞いた。そして語られるのは、ヴェイロン達が管理局の特務零課と遭遇して交戦したのはいいが劣勢な状態という、にわかには信じられない内容だった。
『『特務零課ってアレだよな?』』
『Sクラス以上の騎士を前線に置いた、荒事専門の精鋭部隊だったはず』
『何やってんだ。ヴェイロンのようにリアクターの無い雑魚ならまだしも、サイファーとドゥビルが一緒なんだろうが』
『ちょっと静かに。フォルティス、座標を教えて。すぐそっちに向かうから』
大して深刻に考えていない4人とは違い、カレンはエクリプスウィルス感染者である自分たちが劣勢に立たされているという状況がすでに危ないと考えていた。フォルティスから座標を伝えられたカレン達はすぐに飛翔術で現場へ向かった。その間、フォルティスはカレン達に交戦映像を見せた。それで深刻に考えていなかった4人も顔色を悪くした。
「見てくれたかよ、カイ兄たち! 局の奴ら絶対におかしいんだって!」
「ディバイダーの攻撃を防ぐし、分断で魔法を無力化できないし!」
『大丈夫だから泣かないのステラ。ちゃんとみんなで帰ってくるから。・・・フォルティスはそのままステラに付いてて。アル、いつでも出撃できるように準備。最悪フッケバインの主砲を撃ち込むことも視野に入れておいて』
「う、うん」
「判りました」
「オーライ!」
エンゲージケーブルが絡んでいるため自分の手で涙を拭えないステラに代わりフォルティスがハンカチで彼女の涙を拭い、アルナージはビシッと敬礼して管制室から飛び出していった。
ヴェイロンとサイファーとドゥビルの危機を知り、首領のカレン、ライカンとカイエンの双子兄弟、スキンヘッドのグランダム、清楚な装いの女性ロンシャンは、ダーハの広い空を飛んでいた。
「しっかしよぉ。局の連中、どういう手品を使っているんだ?」
「「普通のデバイスと魔法にしか見えなかったが・・・」」
「局員のデータバンクでも覗ければいいんだけど。その手のハッキングが出来るアイツは今バカンス中だし・・・」
「・・・」
戦闘は避けられないと判断していることでライカン達はイリス達が感染者である自分たちにどうやってダメージを与えているか、その方法を考えているが答えは出ない。感染者である自分たちとそれ以外。そんな物差しでしか計ってこなかった弊害もあるが、イリス達があまりにも特殊過ぎた。
(さてさて。一体どうしたものか・・・)
それはカレンも同じで、ヴェイロン達と一緒に帰るとステラに約束はしたが、内心では焦りが生まれていた。ヴェイロン達も抱いていた、エクリプスウィルス感染によって得た能力が全く通用しないイリス達を相手にどう動けばいいか迷っていた。
「何かいい案出た?」
「「カレン姉さん。俺らが時間を稼ぐから、その間にヴェイ達を救出してくれ」」
あーだこーだと話し合っていた4人の話し声が途切れたことで、カレンが4人の方へと目をやって尋ねると、カイエンとライカンがそう提案した。さらにグランダムも「ケンカ仲間が居なくなるのも寂しいしな」と、ルシリオンの魔法で拘束されているヴェイロンを見、ロンシャンも「酒飲み仲間は大事だものね」とサイファーを見た。
「・・・そうね。相手は何度も殺せるチャンスはあったのに、それでも殺さないのはやっぱり管理局員だからね。ま、殺されないにしても逮捕されるわけにはいかない。戦わずして救出して見せるわ。そのために、あなた達の力を貸してもらうわよ」
「「了解!」」「おう!」「ええ!」
カレンの言葉にメンバーは頷いた。そうして始まるヴェイロン、サイファー、ドゥビルの救出作戦。ヴェイロンとサイファーはルシリオンの磔刑術式ザドキエルに拘束され、腹と両手首と両足首に魔力槍を穿たれて行動不能で、ドゥビルはまだ捕まってはいないが多勢に無勢という状況で、いつ倒れてもおかしくないほどのダメージを負い続けている。
「おぉぉぉらぁぁぁぁぁぁ!!!」
まずは“フッケバイン”より飛び降りたアルナージが、リアクトを行った“ディバイダー718”による空からの爆撃。彼女の“ディバイダー”は二挺一対のガングリップナイフ型で、“リアクター”とは同一化している。リアクトした“ディバイダー”はその都度グリップ下部にいろいろな銃火器を接続でき、今は両方とも六連装の筒型ミサイルランチャーが接続されている。
「お前ら! ヴェイ兄とサイ姉とビル兄に何してんだぁぁぁぁぁ!!」
アルナージが両方のトリガーを引くとミサイルが一斉に発射されて、イリス達へ目掛けて飛んでいく。それを確認した彼女は「次ぃ!」と、ミサイルランチャーを解除すると二連装のガトリングガンを接続した。
――凍て砕け汝の氷槍――
ルシリオンの放った冷気砲3発によって計12発のミサイルが凍結。宙で粉々になった自慢のミサイルにアルナージは「くそっ!」と悪態を吐きながらもトリガーを引いて、無数の弾丸を撃ち放つ。
――ハルトリーゲル・シルト――
その弾幕にはイリスが防御を担当し、四重の六角形シールドが展開されて弾幕を防御する。その様子に「マジかよ、ちくしょう!」と苛立つが、囮としては十分な動きをしているからと冷静を努める。
「姉貴、みんな、任せるぜ!」
ドゥビルは拘束されたヴェイロンとサイファーを救出しようと試みているが、ミヤビとルシリオンの連携で近付くこともままならずボロボロにされ続けている。そんな様子を見るアルナージは別動隊のカレン達が動くのを待った。
カレン達は、アルナージの空からの奇襲を合図に行動を開始した。
「ディバイダー964ハーム・リアクテッド」
ライカンは左手に持つ十字杭の形をした“リアクター”を右手の平に突き刺した。そして起こるエネルギーの奔流。それが治まると、彼の両手にはL96A1をベースにした、銃身が上下二連、スコープの代わりにギザギザした刃が付けられたスナイパーライフルが握られていた。
「ディバイダー957カイエン・リアクテッドぉ!!」
弟のカイロンは兄ライカンとは逆で、右手に持つ十字杭の“リアクター”を左手の平に突き刺した。リアクトした彼の両手にはコルト・パイソンをベースに、銃身先端からグリップ下部へと繋がる刃のあるナックルガードが付けられている。
「行くぞ、カイロン」
「行こう、ライカン」
――アクセラレートフォース――
2人は手を繋ぎ、共にグッと腰を落としたかと思えば同時に地を蹴った。すると地面が大きく抉れ、ライカンとカイロンの姿が消えた。それはライカンの病化特性・加速によるもの。思考や身体の機動力を常時加速させることが出来る。2人は先にヴェイロン達の救出に向かっているカレンの元へと急いだ。
「ディバイダー918スパイダー・リアクテッドだオラ!!」
グランダムは様々な形状の刃を有する十徳ナイフ型の“ディバイダー”で左前腕を斬った。“リアクター”と一体化しているため、その動作でリアクト出来た彼の姿は変容していた。元よりあった2本の腕の他に、両肩から1本ずつ、肩甲骨から1本ずつ、脇腹から1本ずつ、太もも横から1本ずつ、計10本の腕を生やした蜘蛛のような姿。そして手に持つ10本の様々な形をした凶器は、十徳ナイフに納められたものを巨大化させたものだ。
彼の病化特性は増殖。脳のある頭部以外の体の部位をいくらでも増やすことが出来る。それゆえに彼は自分の“ディバイダー”をフルに活用するために腕を増殖することが多く、心臓も4つほど増やしている。
「ディバイダー550グルックナー・リアクテッド!」
ロンシャンは何かしらの巨大生物の牙のようなもので額を引っ掻いた。ロンシャンを飲み込むエネルギーの奔流。治まるとその姿は人のものではなく、後ろ足で立つ3m級の翼竜へと変容していた。太く長い尻尾をビターン!と地面に打ち付け、大きな翼を羽ばたかせ、「オオオオオ!」と咆哮した。
彼女の病化特性は変態。攻防速すべてに優れたドラゴン形態を始め、狼や鳥や人魚といった様々な姿に変身できる。
「今行くぜ!」「行くわよ!」
グランダムとロンシャンは、その姿を大きく晒しながらイリス達の元へと駆け出した。
「ごふっ・・・! あ・・・あのドラゴンは、ロンシャンか・・・!」
イリスの刺突を左腕で受け、ミヤビの上段蹴りを右腕で受け、ルシリオンの地面から生やした石槍で腹部を貫かれたドゥビルが、遠くに現れたドラゴンを見てすぐに救援が来たのだと察した。残念ながらヴェイロンとサイファーは度重なるダメージで意識を手放しているため、援軍が来たことは判っていない。
「お前たちを助けに来た援軍と言ったところか」
「わたし達、今日は運が良いかも♪ このまま纏めて逮捕ね」
「はいっ! 頑張ります!」
イリスとミヤビは援軍の方へ向き直り、ルシリオンも迎撃に入るためにドゥビルを拘束しようと磔刑ザドキエルを発動しかけたその時。
――茨姫――
どこからともなく出現したのは金属質の太く長い十数本の茨。それらがイリス達とドゥビル達を隔てるように伸びてきた。イリスは「逃げられる! ルシル!」と指示を出して、再開されたアルナージの銃撃を「鬱陶しい!」と、風圧の壁を叩き付ける「風牙烈風刃!」を放ち、跳ね返し始めた。
「ミヤビ、援軍に注意だ!」
「了解です!」
ミヤビはこちらに向かってくる援軍にのみ意識を向け、そしてルシリオンは茨を排除するために魔術を発動させる。
――邪神の狂炎――
四肢に2~3mの炎の腕と脚を装着したルシリオンは、轟々と燃える炎の手で茨を鷲掴んでドロドロに溶かし始める。その様子に茨の頂上に立つカレンは小さく「うっわ。マジ? 結構な魔力遮断能力なのに」と漏らした。しかしその姿をルシリオン達は認識できていないため、カレンの独り言も聞こえなかった。
(攻撃や防御、結界系は通用しないようだけど、今使ってる千匹皮の効果は見破れてないみたいね)
千匹皮というカレンの扱う技は、書物型の“ディバイダー”から切り離した複数枚のページで体を覆って、他者の認識力を阻害するというもの。全身にページを張り付けなければならないため、激しい動きが出来ないのが欠点。
(まっ、勝てなくても負けなければいいんだし。もうちょっとお姉さんに付き合ってね、特務のお嬢さん達♪)
閉じられていた“ディバイダー”を開くと、カレンを覆っていたページが全て剥がれて、“ディバイダー”の中へと戻っていった。が、すぐに再びバサバサとページが数十枚と飛び出し、イリス達に殺到していく。
「へ?」
「いつの間に・・・!?」
「小賢しい真似を! シャル、ミヤビ、俺の側へ!」
イリスとミヤビがルシリオンの元に集い、それを確認した彼は炎の両腕を地面に付いた。すると彼らを中心に炎の渦が地面を這い、ルシリオンが「コード・プシエル!」と術式名を唱えた。
――無慈悲たれ汝の聖火――
炎の渦の至る所から炎の龍が何十頭と出現し、カレンがばら撒いたページを喰らっていく。すべてのページが食われる前にカレンが「灰被り!」と告げると、舞っていたページが一斉に爆破された。だがルシリオンの炎龍によってその数が少なくなり、その威力は3割にも満たない。
「(追加の目くらましは成功ね)もう1回、茨姫!」
黒煙で視界不良になるとカレンは新たに茨を召喚し、黒煙とイリス達、ヴェイロン達を隔てる壁とした。カレンはルシリオンによって溶かされ崩れゆく茨から飛び降り、磔にされているヴェイロンとサイファーの救出を行っているライカンとカイロンに「どう? どうにかなりそう?」と尋ねる。
「分断の効果が発揮できないから、解放は難しそうだ。腹や手足に刺さっている槍も抜けない」
「でも持ち運びは・・・よっと。出来る」
人ひとりが磔にされた十字架を軽々持ち上げるライカンとカイロン。カレンは「じゃあドゥビル。2人をお願い」と言うと、2人は再び十字架を地面に下ろした。
「ドゥビルはサイファーとヴェイロンを連れて一足先にフッケバインに帰艦ね。特務の連中は私たちでしっかり抑えておくから」
「待て。ならば俺も共に・・・!」
「私たちの体はあくまで死に難いだけで不死身じゃないの。それを、再生できると言ってもあれだけ連続で致命傷を負ってるのに、さらに攻撃を受け続けたらどんな弊害が出るか判らないわ」
自分たちだけ先に逃げろ、と言われたドゥビルはそう言うが、カレンは“ディバイダー”の背表紙で彼の胸をトンっと優しく打ってそう注意した。茨の壁の向こうから聞こえてくるグランダムとロンシャンがイリス達と交戦を開始した音に聞き耳を立てながらカレンは「だから今は引いて」と有無を言わさぬ声色で告げた。
「・・・判った。あとは任せよう」
それでドゥビルは頷き、リアクトを解いた。“ディバイダー”の片手斧の柄を腰のベルトに挟み込み、右手でサイファーの十字架を、左手でヴェイロンの十字架を持ち上げて肩に担いだ。その直後、茨の壁が一気に燃え上がって崩落し始めた。
「退散の相談か? ダメだぞ、フッケバイン一家。お前たちは逃がさない」
ルシリオンの冷たい声と共にカレン達の目の前に放り投げられてきたのは、「アル、グラン、ロンシャン!」の3人だった。アルナージ、グランダムはすべての腕と両をもぎ取られ、再生できないように傷口が凍結されている。ロンシャンも人間の姿に戻っており、グランダムやアルナージと同じように四肢を斬り落とされ、傷口も凍結済み。
「本物のドラゴンならいざ知らず、エクリプスウィルスの影響で変化できるだけの紛いものに負けるはずがないだろう?」
「一応ガチなドラゴンと戦ったことがあるからさ、わたしとうちの副隊長。だからデカいだけのドラゴン程度なら勝てるわけ」
「特騎隊を少しばかり侮りましたね」
全くの無傷なイリス達の姿にカレンは「十二猟師!」と、“ディバイダー”を開いた。開かれたページより光の玉が12個と飛び出し、イリス達を包囲するかのような位置で停止。そして光はカレンと同じ姿へと変化した。
「「ドゥビル、行け!!」」
ドゥビルが駆け出すのを見送ることもせずにライカンとカイロンは“ディバイダーの銃口をイリス達に向け、即座に発砲。しかしその銃弾はルシルが自分たちの周囲に14枚と横列に並べて展開したシールド、「ラケーテン・パンツァーシルト」によって防がれた。同時にカレンの分身体がシールドの隙間から突っ込もうとしたが、シールドがスッと位置を調整して砲弾みたく射出された。
「むお!?」
直撃を受けたカレンの全分身体とカイロンは後方に十数mと弾き飛ばされたが、カレンはライカンの加速によってギリギリだが回避できていた。
「ドゥビル、ヴェイロン、サイファー。お前たちも逃がしはしない」
――天地に架かれ荒れる汝の明星――
直径100mの円を描くように何百発という暴風の砲撃が地面から空へと向かって持続放射され、十字架を抱えたドゥビルの行く手を遮った。ヴェイロンの十字架を下ろしたドゥビルはそっと砲撃の壁に手を伸ばした。
「ぅぐ・・・」
中指の第一関節が一瞬で削り取られたが、ドゥビルの病化特性である高速再生によって瞬時に再生した。無理やり通り抜けようとも考えていたが、問答無用な攻撃力を前に無理な考えだと切り捨てる。なら、と空を見上げれば曇天が拡がってはいるが脱出は可能だと判断。
「闇よ誘え汝の宵手」
ルシリオンの詠唱によって発動したカムエル。カレンたち自身の影より伸びる触手によって、彼女たちは「なによ、これ!?」一切身動きが取れないように拘束された。しかもカレンの“ディバイダー”も、開けないようにグルグル巻きにされた。
「魔導書型のディバイダー。いろいろと召喚できるようじゃないか。観させてもらうぞ」
「ここまで私たちを追い詰めたお礼に1つ良いことを教えてあげる。エクリプスウィルスに感染する原因にはリアクターとの接触というものがあるの。基本的にディバイダーとリアクターは別だけど、稀に同一化しているものがあって、間違って触れたらさぁ大変、感染しちゃうわ。さて。その書はどちらかな?」
そう言ってウィンクするカレンにルシリオンは「心配ない」と答えてから、カノンの左手が持っている“ディバイダー”を手に取るため、まずフッケバイン一家によって殺害された局員や民間人の復讐として彼女の左肘を拘束している触手を操る。ギリギリと締める力が強くなり、カレンの腕の骨をへし折った。
「っぐ・・・!」
ルシリオンはさらに触手に力を入れさせて、カレンの左腕を引き千切らせた。悲鳴を上げないように懸命に唇を噛み締めるカレンの様子に、ライカンは「カレン姉さん!!」と叫んだ。ルシリオンは地面に落ちたカレンの左腕を拾い上げて、「さすがに感染者の肌に触れての感染はないだろ?」と問うた。
「はぁ、はぁ、はぁ、まあね。・・・それにしても綺麗な顔をしてやることがえげつないわ、君」
「君こそ、綺麗な顔をしながらフッケバイン一家のリーダーで、これまでに何人もの人を殺しているんだろ。お互い様だ」
「あら、ありがと」
「リーダーであることは否定しないんだな」
「事実だしね。・・・あのさ、私の容姿を褒めたついでに逃がしてくれない? もちろんタダとは言わないわ。全部とは言わないけど私たちが独占してる情報をいくつか話すわ」
「いや結構。どうせ当局で取り調べをする。そのときに包み隠さず教え――」
「待って、ルシル。じゃあ1つだけ。7年前、ヴァイゼンはユヴェーレン地区の遺跡鉱山で、あなた達フッケバイン一家の特徴である刺青を彫った男女2人組によって街の民間人が殺戮されるという事件があったの。それについて簡単に教えてもらえる?」
イリスの問いにカレンを始めとして意識のあるメンバーが僅かに反応を示した。アタリだ、と確信するイリスとルシリオン。
「・・・信じてもらえるか判らないけど、私たちの名前を騙ったり、刺青を真似たりして、半端な殺しをしてる偽者がいるのよ。私たちもそいつらを追ってるの。そういうわけで、私たち、協力しない? 私たちは放っておいて、偽者を捕まえることだけに集中――」
「しない♪ あなた達が殺しや盗みをしているのは事実だし」
「そろそろ首長の元へ参上しないとまずいぞ」
「判ってる。・・・ルシル、ミヤビ、行こう」
「ああ」「はい!」
――我を運べ汝の蒼翼――
――真紅の両翼――
ルシリオンは背中より12枚の剣の形をした翼を、イリスは一対の翼を展開。イリスはミヤビを抱きしめ、ルシリオンと一緒に空へと徐々に上がっていく。カレンが「どこ行くの?」と尋ねると、イリスが「いや~、巻き込まれたくないし」と答えたことで、これから行われることが危険なものだと彼女は察した。
――撒き散らせ汝の疫病――
「その明らかに体に悪そうな色をした煙はなに?」
「こいつはコード・ハダルニエル。病原体の集合霧で、この霧を吸い込んだ者に致死性はないがキツ目の病気を感染させる。こいつの良いところは人から人に感染しないことなんだ。だから感染後に潰れたお前たちを本局に連行しようが問題ないわけだ」
ルシリオンが霧をカレン達に撒くために腕を払おうとしたその時・・・
――エンシェントドラゴンブレス――
ネツァッハ首長国の首都より放たれてきた一条の閃光。古代より生き続ける正真正銘のドラゴンより放たれた砲撃は、イリス達のすぐ側に着弾して大爆発。誰も声を上げることも出来ずに方々に吹き飛ばされた。
・―・―・―・―・
“飛翔戦艇フッケバイン”のリビングは今、全員帰艦したことを祝うパーティが開かれていた。首領であるカレンをはじめ、ヴェイロン、サイファー、ドゥビル、アルナージ、ライカン、カイロン、グランダム、ロンシャン、そしてステラとフォルティスが思い思いに料理を食べ、酒を飲んでいる。
「いや~、まさかネツァッハのドラゴンに助けられるとわね~」
「助かった要因はそれですが、ただ運が良かったということだけはしっかり覚えていてくださいね、カレン」
ステラから差し出された料理をひょいひょいと食べるカレンがそう言って笑うと、フォルティスが頭を抱えて注意した。カレン達は、ドラゴン・イツァムナ首長のブレス攻撃のおかげでイリス達から辛くも逃げ果せることが出来ていた。それは本当に偶然で、フォルティスの言うように運が良かっただけ。何かが違えばブレス攻撃によって塵も残らず消滅させられていたかもしれなかった。それをモニターで見ていたフォルティスの心労は計り知れない。
「まあまあ良いじゃない。こうして誰ひとり欠けることなく帰ってこれたのだから」
ロンシャンはフォルティスの空いたコップに酒を注ぎながら笑う。
「しかしよ姉貴。特務のあの3人、殺しといた方が良かったんじゃね? あたしらよかダメージ受けてたし、いいチャンスだったじゃねぇか」
「「俺もそう思ったぞ、カレン姉さん」」
アルナージに続いてライカンとカイロンもイリス達を殺しておけばよかったと言うが、カレンより先にサイファーが「無理だな」と一蹴した。あのヴェイロンでさえ「俺もこんなこと言いたかねぇが、アイツらにゃ勝てねぇよ」と言って、コップの酒を一気に呷った。
「そうね。確かにあのドラゴンの攻撃で、特務のお嬢さん達は私たちよりダメージを受けていて、簡単に殺せそうだった。でも、3人とも意識はあった。そこに変に手を出して、シャレにならない反撃とかされたくなかったの」
カレンとてイリス達を見逃すことに葛藤していた。しかし殺しきれるのかどうかが判らず、あの場に居なかった他のメンバーが増援として来るかもしれないという状況の中、下手に留まることを良しと思えなかった。
「ま、生きているんだからいいじゃないの。ほらほら、みんな飲んで食べて!」
こうして特務零課・特殊機動戦闘騎隊とフッケバイン一家の初遭遇事件は終わった。
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