Fate/WizarDragonknight
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コエムシ
「疲れた……」
祭りの後には、どっと疲労感が体に押し寄せてくるもの。
祭りではなく宴のようなものだったが、ハルトはマジックショーのあとの疲労で、足がふらふらになっていた。
「ね、可奈美ちゃん。疲れてない?」
「ん? 私?」
一方、可奈美はケロッとしていた。
観客なので当然なのだろうが、ハルトはどことなく理不尽さを感じていた。
「私は全然。皆と一緒に盛り上がるの結構楽しかったけどね」
「うわ。すっごい笑顔、なんか理不尽」
「ごめんね。でも、私よりも元気なのがあっちに」
可奈美が背後を指差す。そちらには、
「うえええええん! まどかちゃああああああん!」
まどかの腰にしがみつきながら泣き喚く、ココアがいた。
まどかは困っていながらも、無理矢理ココアを振りほどけないでいる。
「帰っちゃいやだよおおおおお! 夜も遅いから、一緒にいようよおおおお!」
「だあああ! おい、安心しろ! まどかちゃんは、オレたちが送ってやるから」
「そうだよ。落ち着いて。ね、まどかちゃん。家教えて?」
そんなココアを、コウスケと響がなだめていた。
すでに青山さんは帰宅しており、ラビットハウスが夜のバータイムへシフトするところで、ココアが雰囲気にそぐわない奇声を上げていた。
「ねえ、ココアちゃん……私、明日も来るから。ね?」
「不安だよおお‼ 私の可愛い妹が、色んな野獣に誘拐されちゃうよおおおお!」
「オレの送迎が信用ならねえのか! よし、なら分かった。ココア、お前も着いてこい! んでオレがキッチリお前をここまでUターンさせてやる!」
「余計にややこしくなってないそれ⁉ あ、ココアちゃん落ち着いて。コウスケさんが言ってるのは狼的なアレじゃなくて……えっと……あの……その……」
響が手をロボットのようにカクカク動かして、何やら面白いポーズになっている。その傍らで、チノが盆を抱きながら、こう呟いているのが聞こえた。
「ココアさん……本当に節操なしです。ココアさんにとってはやっぱり年下なら誰でもいいんですね」
「行かなくていいの?」
さっきからずっと続いているこの大騒ぎ。しかし、可奈美は、目を一の字にして首を振った。
「うん……ちょっと、私も疲れてるから」
「若いんだから、もうちょっと頑張ろうよ。青春時代なんてあっという間だよ」
「……時々ハルトさんっておっさんくさい言い方するけど、実際はまだ未成年だよね?」
「わしはもう年寄じゃよ若いの」
「十九歳でしょ⁉ 私と五つしか変わらないのに!」
そう言いあっているうちに、二階の階段を登り終える。
ラビットハウスの一階は、店と厨房、そしてリビングがある。個室は全て二階に設置されており、ハルトの部屋は奥から二番目、その隣が可奈美の部屋だった。
「それじゃ、おやすみ」
「うん。おやすみなさい」
ハルトが自室のドアを開けながら言う。
可奈美が細めで通り過ぎた後で部屋を潜り、
『よう。おかえり。松菜ハルト』
不信な生物に、疲れが吹き飛ぶ。
「誰だ⁉」
ハルトの鋭い声に、可奈美も慌ててハルトの部屋にやってくる。その時警戒のために御刀、千鳥を携えていた。
「なに……あれ……? ハルトさん、あんな部屋にいた?」
「いないよ! あんな悪趣味な奴!」
『おいゴラァ! 人の見かけを悪趣味とは失礼な奴らだな!』
その不信生物は、ぷんすかと跳ねながら怒鳴る。
大きさは、キュウべえとおおよそ同じくらい。危険と感じて近づくガルーダと比較すると、ガルーダの二倍くらいの大きさだった。
某夢の国のネズミの耳のような頭と、その下には適当なイラストレーターがデザインしたような小さな四肢。ニタリとギザギザな歯を見せた笑みと、これまた有名な電気ネズミのような頬をしている。頬以外は白一色のその生物は、ガルーダを無視してハルトに近寄ってくる。
『ったくよぉ。テメエは折角お帰りを言ってくれた奴をまず警戒すんのかよ。まずはただいまを言うところじゃねえのかよええ? テメエの親はそんなことも教えてくれなかったのかよ?』
「少なくとも、見慣れない変な生き物に最初から愛想よくしろとは教えてもらってないね。俺の名前を知ってるみたいだけど、何者?」
『はっ!』
不信生物は吐き捨てる。天井近くへ浮かび上がり、
『自己紹介しねえと挨拶すらしねえのか? ケッ! 今時の若者はなってねえな!』
「……それで、誰なの? 貴方は」
可奈美も警戒の色を示す。すると不信生物は、可奈美にぐいっと顔を近づける。
『うるせえよ衛藤可奈美。先輩から聞いたぜ。『大切な人を取り戻す~』とか言っておきながら、全然聖杯戦争にやる気がねえみてえじゃねえか』
聖杯戦争。その名前を聞いた途端、ハルトはコネクトからウィザーソードガンを掴み、可奈美は御刀の抜刀の構えを取る。
『おうおう。面白えくらいに警戒してくれんな』
「お前……キュウべえの関係者か?」
『ああ。コエムシってんだ。よろしくな』
コエムシ。そんな奇妙な名前の生物は、けらけらと笑い声をあげる。
『先輩から、自衛くらいしか戦わねえ腰抜けがいるって聞いてな。活入れに来た』
「……余計なことを……」
『ケケケ……』
コエムシがせせら笑うと、その背後の景色が揺らめく。
「な、何だ⁉」
普段、外の景色が見える部屋。そこに出現したのは、銀色の壁。
震える光が、まるでオーロラのようだった。
そんな摩訶不思議なオーロラをバックに、コエムシが語る。
『先輩は戦わねえテメエらも、それはそれで尊重してるがよ。オレは嫌なんだよ。ただの傍観者なんざ』
コエムシがケラケラと笑い声を上げながらその体を震わせる。
オーロラがぐんぐんと近づいてくる。ハルトの部屋の物を無視しながら、ハルトと可奈美を飲み込むように迫る。
視界が銀一色に染まる中、コエムシの声がした。
『戦わねえマスターに用はねえ。消えろ』
「……ここは?」
オーロラが晴れると、そこはラビットハウスではなかった。
古い木製の匂いは消失し、代わりにハルトの鼻腔を染めるのは、潮の香り。
海に面し、ボコボコの地形である岩石海岸。潮の浸食により、最悪の足場になっているところだった。
そして、夜に慣れた眼を、空の太陽が傷つける。
「太陽? 今、昼なのか? どうなっているんだ? 夜だったはずなのに……?」
「時間も違う……? さっきのオーロラって、場所だけでなく、時間も越えられるのかな?」
「便利すぎるどこでもドアってことか……なんでそんなのが」
『違えよ』
その答えを、コエムシが伝えてくれた。
彼は、その背後に新たなオーロラを発生させており、ニタリとした笑みを崩さない。
『どこでもドアじゃ、テメエら逃げ帰るだろうが。ここは別世界。テメエらを処刑するために用意した世界だ』
「なんだと?」
『キキキ……せいぜい覚えておけよ。最期の景色がこの海岸なんだからよ』
すると、コエムシの背後に、銀色のオーロラが発生する。
それは次に、コエムシに近づいていく。
『んで、その処刑人もオレ様が用意した』
オーロラがコエムシを通過する。
すると、その岩場には、先ほどまではいない人影がいた。
『名前は……悪ぃ。忘れちまった』
その人物の特徴。
まるでカブトムシのような頭部の仮面をしていた。漆黒のボディにはところどころに赤い電子線が走り、その目に当たる部分は黄色のバイザーになっていた。ウィザードと同様にベルトが特徴だが、バックルにあるのは掌ではなく、黒いカブトムシ型の機械。
『えっと……おい。お前、名前なんだっけ?』
「壊してやる……君たちを!」
小声ながら、絞り出すような声の処刑人。彼は、岩場から飛び降り、ハルト、可奈美と同じ地平に立つ。
コエムシはその大きな頭を振る。
『だめだ。話通じねえ』
コエムシはやれやれと体を振る。そして、何だったかと考えるように『うーん』と頭をひねらせている。
『ああ! 思い出した! ダブトだダブト! コイツの名前はダークカブト! 略してダブトだ!』
「ダークカブト?」
『ああ。思い人を自分と同じ姿の奴に寝取られて死んじまった奴をオレ様が復活させてやったのよ。ああ、オレ様って慈悲深い良い奴』
ダークカブトと紹介されたその処刑人は、現れた岩場から飛び降りる。ハルトと可奈美と同じ地平で、ゆったりと歩いてくる。
彼は静かに、こちらを指差す。
「行くよ」
彼はそのままこちらへ突撃、ハルトに殴りかかる。
ハルトはそれを避けて、ドライバーオンの指輪で銀のベルトを出現させる。
「可奈美ちゃん!」
「分かってる!」
可奈美はすでに抜刀し、全身を写シの光で纏わせる。
それと同時に、ハンドオーサーを操作し、変身待機状態にする。
『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』
「変身!」
『フレイム プリーズ』
いつものように、左手を横に真っ直ぐ伸ばす。炎の魔法陣が通過し、火のウィザードとなる。
「やるしかない!」
ウィザーソードガンを構えた瞬間、ダークカブトが躍り出る。
ダークカブトは、ウィザーソードガンと千鳥、二つの刃物をその短刀だけで防いでいた。ソードガンを受け止めた直後、千鳥を空いた左手で受け流し、そのまま可奈美の肩へチョップ。即座にその右手で、ウィザードを殴り飛ばす。
「っ!」
すぐに立ち上がったウィザードは、膝で体を支える。
『ルパッチマジックタッチゴー ルパッチマジックタッチゴー』
新たな指輪を取り、読み込ませた。
『コネクト プリーズ』
コネクトとは、空間の彎曲。普段物を取り出しているのは、その副産物に過ぎない。
つまり、コネクトを攻撃に転用すれば、
ダークカブトの背後から、ソードガンの刃だけを出現させ、攻撃させることもできる。
ダークカブトは怯む。だが、それを繰り返すうちに、だんだん順応し、どこからの攻撃も防げるようになっていった。
「もうだめか……」
ウィザードはコネクトリングを外す。
『バインド プリーズ』
次の出し物は、無数の鎖。常日頃よりウィザードが主力として使う魔法だが、ダークカブトはその全てを見切り、斬り落としていた。
「こいつ……強い!」
さらにダークカブトは、ウィザードに肉薄してくる。
ウィザードはサラサラと音を鳴らすソードガンを振り回しながら、その刃をダークカブトへ突き立てる。
そのまま、ウィザードとダークカブトは並走しながら斬り合う。
だが、ダークカブトの動きはウィザードのそれよりも大きく離されている。
フレイムのままではスピードが大きく劣る。
ウィザードはハンドオーサーを操作し、指輪をルビーからエメラルドへ取り換える。
だが、ダークカブトの速度はだんだんウィザードでは追いつけないほどになっていった。横凪の斬撃、不意打ちの突き、全体重を乗せた突き刺し。
「速い!」
ぐんぐん加速し、すぐにハリケーンでも追いつけない速度になっていく。
スピードだけでは決して勝てない。ハリケーンでのスピード対決を諦めたウィザードは、エメラルドではなくサファイアを取り付ける。
『ウォーター プリーズ』
頭上にかざした手より、青の魔法陣が生成。
『スイ~スイ~スイ~』
ウォータースタイルのウィザードの登場とともに、潮だまりの水たちは飛びはねる。
「まだ大して使ったことないけど、止む無し!」
即座にウィザードは、新しい指輪を中指に入れる。
『チョーイイネ ブリザード サイコー』
発生した魔法陣が帯びるのは冷気。それを地面に押し当てると、岩礁が氷河となった。
「可奈美ちゃんごめん! ちょっと足場悪くなるよ! ちょっと離れて!」
「これはちょっととは言わないよ!」
氷の足場に足を取られ、しりもちをついている可奈美が怒鳴っている。
だが、同じことがダークカブトにも起こっている。
彼の足場が凍り付いており、身動きを取れないでいた。
「今だ!」
『ウォーター スラッシュストライク』
ソードガンに青い魔法が集っていく。水を凝縮したその刃で、ダークカブトへ斬りかかる。
だが、足元だけしか凍っていないことが、ダークカブトの行動を許してしまった。
ダークカブトは、丁度凍った部分の境。ベルトの上の部分のボタンを押す。ベルトのカブトムシの右足部分のボタンを、順番に押していく。
『123』
「ライダーキック」
『ライダーキック』
カブトムシから、ダークカブトの言葉が復唱された。カブトムシから放出されたタキオンエネルギーがその黒い角に登り、右足に降りていく。
瞬間、ダークカブトの足元の氷が粉々になる。
だが、すでに刃はダークカブトの目と鼻の先。
勝った。ウィザードが仮面の下で確信したその時。
『クロック アップ』
ダークカブトの右腰。そこのスイッチを押すことにより、無情な音声が流れた。
刹那。
全身を襲う痛みとともに、ウィザードは……ハルトは、潮だまりの中に落下した。
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