星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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疾走編
第三十一話 帝国領潜入
宇宙暦791年5月20日 フェザーン回廊(同盟側)、フェザーン商船「マレフィキウム」
ヤマト・ウィンチェスター
もうすぐフェザーンに到着だ。俺とエリカはともかく、作戦参加者の顔ぶれがかなりヤバい。
仕方なくだが、マイク。ローゼンリッターとはいえ、奴は同盟生まれだから俺はダメだって言ったんだけど…。『推薦だけさせといて参加させないなんてあるか!連れていかないならこの話断るぞ』なんて言いやがった…。奴の推薦はシェーンコップ少佐、リンツ中尉、ブルームハルト少尉、デア・デッケン少尉、クリューネカー曹長だった。いやあ、ドリームチームだな。人選はマイクがやってくれたが、ローゼンリッターへの依頼はキャゼルヌ大佐がやってくれた。ローゼンリッターには出動予定があったようだけど、連隊長のリューネブルク大佐は恩を売るいい機会だと思ったのだろう、任務内容には何も触れずに快く了承してくれたらしい。
しかし…この頃はまだリューネブルクが連隊長だったんだな。よくも何も言わずに彼等を貸してくれたもんだ。
「何をさせるのかと思ったら、帝国潜入とは…驚いたな。帰って来ないかもしれないぞ?勿論、死ぬという事ではないがね」
「構いませんよ。その代わりバーゼル夫人の命だけは必ず守って下さい」
「構いません、か。中々言ってくれるな。了解しよう」
「…マイクはどうですか?」
「勢いはあるな。だが中隊長としてはまだまだ、だな」
「そうですか。…ワルター・フォン・シェーンコップを越える日は来ますかね」
「来るさ」
「本当ですか?」
「俺が死ねば、の話だけどな」
「……」
うーん!シェーンコップはこうじゃないとな!
「ウィンチェスター大尉、まもなく入港だ」
「急な航海でしたが、本当にありがとうございました、コーネフ船長」
「いやいや、有難かったよ。あんた等のお陰で首にならずに済んだからな」
「失礼ですが、首になる寸前だったのですか…?」
「そうなんだよ、この船の賃貸料がたまってたんだ。しかし、同盟軍も太っ腹だな。契約満了は満了日までだろ?あんた達の仕事がずっと終わらなかったら、えらい額になるぜ」
「我々の懐が痛む訳ではないですからね」
「はは、そりゃそうだ。…じゃあ、俺たちはあんたからの連絡を待っていればいいんだよな?」
「そうなりますね」
「それで、あんた等の仕事はどれくらいかかるんだ?」
「全てが手筈通りに進んでいれば、一週間。長くても…二週間くらいじゃないでしょうか」
「一週間?たった一週間でハイネセンまでとんぼ返りとは…大尉、同盟専用の係留口でいいんだよな?」
「はい。この船の事は連絡済みな筈ですから、最優先で補給が受けられると思います。…タダですが、それをいいことに余分に積み込もうとするのは止めてくださいね」
「お、おう…」
791年5月20日19:00 フェザーン星系、フェザーン、フェザーン宇宙港 「ホテル・マグダフ」
マイケル・ダグラス
「中々普通のホテルじゃないか。宇宙港に隣接っていうから、もっとひでえ宿を想像してたんだけどな」
「中央街区は遠いけどな。せっかくフェザーンまで来たってのに、フェザーン女にもお目にかかれねえんじゃ来た意味がありませんよ。大隊長、当然行きますよね?中央街」
「お前らだけで行ってこい。俺は用事が出来た。何か、なんて聞くんじゃないぞ」
全く、少佐は手が早え。しかし、お相手は誰なんだ?入管にはババアしか居なかったし……あ!このホテルの受付嬢か!確かに少佐の好きそうなタイプだったな…
「皆さん…好き勝手するのは構いませんが、とりあえず部屋に荷物を置いたら、一九一五時に私の部屋に集合してください」
ヤマトの奴、真面目か!
5月20日19:10 フェザーン宇宙港 「ホテル・マグダフ」 ヤマト・ウィンチェスター
今回集まってくれたローゼンリッターの連中って、仕事の出来る人達なんだよな。でも仕事の出来る人達ってアクが強いんだよな。連隊長のリューネブルクからしてアクいが強い男だし、部下も同類だ。板挟みのヴァーンシャッフェも苦労するよな…
「エリカ、皆とちょっと仕事の話をするから。済まないね」
「済まないなんてそんな…。でも私も聞いてしまって構わないんですか?」
「構わないよ。君には俺がどんな仕事をしているのか、ちゃんと知っていて貰いたいしね」
「船の中でも少し話して下さったけど、本当に危険はないの?」
「多分、大丈夫だと思うよ。マイク達はちょっと危ないかもしれないけど。彼奴等は危ない事が大好きだから、ちょうどいい」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんだよ。考えてもみてごらん?フェザーンはまだいい、彼等は明日帝国内に出発するんだよ?そんな任務に『楽しそうだな』なんて言って手を挙げる連中なんだ、頭オカシイだろ?まあ俺は助かるけどさ」
「た、確かにそうですね…」
5月20日19:20 フェザーン宇宙港 「ホテル・マグダフ」 ワルター・フォン・シェーンコップ
ヤマト・ウィンチェスター。マイクの同期。
“俺の命を預けられる奴です”
と、奴は言っていた。
ウィンチェスター大尉は例の『エル・ファシルの英雄』を助けて一緒にエル・ファシルを脱出している、とも聞いている。確かに連隊長の言った通り、英雄の与党に恩を売るのも悪くない、そう思って今回の任務に参加したが、果たしてどんな事になるやら…。しかし、俺はてっきり連隊長が自ら参加するのでは、と思ったが、当てが外れたな。
”シェーンコップ、面白そうな任務だ。ダグラス大尉同様、俺も貴様を推薦するが、どうだ?“
“面白そうと言われるなら、連隊長自ら参加されてはどうです?無論、私も着いていきますが”
”…フン、俺が行ったら…お前達が困る事になるぞ“
“何故です?”
”戻る保証が出来ないからな…フフ、冗談だ“
”…中々笑えない冗談ですな“
ヘルマン・フォン・リューネブルク。俺は奴に命を預けられるだろうか。
「…聞いていますか?シェーンコップ少佐」
「…ああ、聞いている。明朝〇八二〇時の便でアイゼンヘルツに向かうのだろう?」
「そうです。高速旅客船を予約しましたから、二十三日の昼にはアイゼンヘルツに着く筈です。宇宙港でバーゼル夫人と合流したらフェザーンにとんぼ返りですよ、いいですね?」
「了解した、ウィンチェスター大尉」
俺が返事をすると、ウィンチェスターが写真を差し出した。…ほう、中々の美人だな。だが俺のタイプではないな。
「合言葉があった筈だが」
「ええ。”やっと会えた、姉さん“です」
「夫人側は何と答えるんだ?」
「”アイゼンヘルツは遠かったでしょう?“です」
「…当たり障りのない合言葉だな」
「当たり障りのないのが一番ですよ、シェーンコップ少佐。間違っても口説いてはダメですからね」
「…マイクから何を聞いているかは知らんが、俺は誰でもいい訳じゃあない。マイクとは違う」
「フフ、そういう事にしておきましょう。当然と言えば当然ですが、指揮はシェーンコップ少佐に一任します。私はフェザーンに残らねばなりませんので」
「それは判るが…いいのか?」
「何がです?」
「…帝国が懐かしくなって、本当に逆亡命するかもしれんぞ?」
「大丈夫です。あなたは過去の他の方やリューネブルク大佐とは違う。それに私はマイクを信頼していますから、彼の推薦したあなた方の事も信用しています」
…リューネブルクとは違う?どういう意味だ?
5月20日19:40 フェザーン宇宙港 「ホテル・マグダフ」 ヤマト・ウィンチェスター
任務の説明が終わった。任務自体は簡単だ。アイゼンヘルツまで出向いて、夫人と合流して、フェザーンに戻る。計画の最初の段階ではオーディンまで出向く、となっていたけど、俺が反対した。任務終了が何時になるか見通しが立たないし、長期間の潜入は帝国にバレる危険性も高くなる。夫人だって、こちらに来るのに単身で来る事もないだろうし用心もしてる筈だ、アイゼンヘルツまで迎えに行けば大丈夫だろう。そもそもがだ、一つ隣なだけとはいえアイゼンヘルツに行くのだって危険なんだ、それに俺自身がフェザーンから離れられないのにマイク達だけ行かせる、というのも本当は納得がいかないんだよ。
こんなどうでもいい任務に付き合ってもらう以上、彼等は無事に同盟に帰してあげたい。当の本人達は息抜きくらいにしか考えてないけれども。
しかし、つい口が滑ってしまった、リューネブルクの名前が出た途端、シェーンコップだけでなくエリカ以外の皆の視線が鋭くなったからなあ…。
「皆さん、この任務中に使うIDです。まあ、帝国の官憲に目に止まるような事をしなければ使う事もないでしょうが…皆さんは帝国の高等弁務官府所属という事になってますので」
「かぁー!ミヒャエル・ダグラスになってる。いいね、潜入って実感が沸いてきたぜ」
「茶化すなよマイク。…あと、これも渡しておきます。帝国軍の制服です」
皆からオーというざわめきが起きた。まあ、中々お目にかかれるもんじゃないからな。
「着る機会がありますか?これ」
リンツ中尉が制服を手に取りながら疑問を口にした。
「使う使わないの判断は皆さんにお任せします。多分一番怪しまれない格好だと思いますので」
「確かにそうですね、帝国軍の格好ならここフェザーンでも帝国内でも怪しまれない。そもそも目を引くような事をしなければいいだけなのですが。ねえ、ダグラス大尉」
そう言うブルームハルト少尉の目はマイクだけでなくシェーンコップにも注がれている。
「俺はマイクとは違うと言ったろう…ウィンチェスター大尉、他には」
「私からはありません。皆さんも質問がないようなら、説明は以上です。一応ペーパーがありますから、渡しておきます。明日の出発前迄には破棄してください。では、別れ」
皆ため息をつきながらそれぞれの部屋に戻って行く。
「指揮官、って感じでした!惚れ直しちゃう」
「やめてくれ、恥ずかしいよ」
「とてもカッコよかったです」
エリカが抱きついてくる。コーネフ船長は道中俺が女連れなのが気に食わなかったらしく、「女性専用の個室はこちらです、キンスキー家のご令嬢をむさい大部屋になんてとんでもない」なんて言ってエリカだけ特別扱いしてたからな。やっと二人きりになれたのが嬉しかったんだろう…まあ、俺だって嬉しい…なんて思っていると、部屋の入口のドアが鳴った。マイクだった。
「どうだ?似合うか?エリカちゃん、どお?」
「…ああ、似合ってるよ、ミヒャエル」
「とても素敵ですよ、大尉」
「かーっ!ミヒャエルねえ。こそばゆいな」
「似合ってるのはいいんだけどさ。お前、それ着てフェザーンの女の子を口説こうとか思ってないか?」
「やっぱりバレたか?」
「そりゃバレるよ。…シェーンコップ少佐達はともかく、お前はダメだよ」
「え?なんでだよ?」
「なんでってお前…なあエリカ」
「そ、そうですね…はい。大尉、ダメですよ?」
「だからなんでだよ?」
「だって…お前帝国公用語喋れるか?」
「あ」
「士官学校の時も、お前帝国語の試験ダメだっただろ?」
「う…」
「エリカは実家の家業が家業だからな、フェザーンからも客は来るし喋れる。俺も少しは喋れる。エリカにも習ってるからな」
「そ、そうなの?」
「そうだよ」
「まさか、俺を今回の任務に呼びたくなかった理由って…」
「今頃気づいたのか。そうだよ、お前が帝国語がヘタだからだ」
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