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神機楼戦記オクトメディウム

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第9話 八雲の怪:後編

『敵』の仕掛けてきた『攻撃』により現実とは違う空間に誘われた姫子。そして、その『第二ステージ』を目の当たりにした姫子は驚愕してしまう。
「ほええ~……」
 そのようなリアクションを彼女が取ってしまったのも無理はない事であろう。何せ、彼女の眼前に飛び込んで来たのは、民家の敷地などではなかったからである。
 姫子が今いるのは、山道のまっただ中であるのだった。当然このような展開は、民家の隙間から入って辿り着くような光景ではないだろう。
 これにより、改めて今自分が異空間にいる事を再認識する姫子であった。しかし、それと同時に彼女は歓喜もしていたのであった。
「つまり、『正解』って事だよねこれは?」
 そう、一見行き止まりの場所で抜け道を入った結果が、全く別の空間へと繋がる扉だったのだから。ゲーム的に考えると、こういうのは先に進んだ証拠そのものであるのだ。
「よし、順調って事だね♪」
 そう自分の心をポジティブに奮い立たせながら姫子はこの『第二ラウンド』の攻略を開始していくのであった。
 だが、その流れは少々雲行きが怪しくなってくるのであった。
 それは何度も言うが、姫子は運動音痴なのである。故に、舗装された道路のような歩きやすさのない山道では、彼女の体力は些か消耗されてしまう所であるのだった。
「う~ん、敵さんはやっぱりそう易々とは私に攻略させてくれないって事みたいだねぇ……」
 そう独り、愚痴めいた呟きをごちる姫子であったが、そこまで彼女は疲弊している訳ではなかったのであった。
 それは、体育の授業などでは身体捌きが嫌という程要求されるのであるが、この『山中探索』ではただ歩いているだけでいいのだから。故に、多少道なりが困難でも、運動能力が要求されないそれは姫子には有り難かったのであった。
 寧ろ、山道の綺麗な空気を味わいながら歩ける今の状況は、運動が苦手な姫子にとってうってつけの運動になって心地良いものがあるのであった。
 そのようにして姫子は順調に歩を進めて行くのだった。しかし、今のこの状況は敵の手中にあるという事を忘れてはいけないだろう。その事が今証明されようとしていた。
「うっ……これはねぇ……」
 思わず姫子がだじろぐその理由。それは山中では当然出くわす事態であるのだった。
 そう、山道という自然の中をかいくぐって作られた道ではどうしても必要となる手段であり、否応にもスリルと恐怖心を行く者に味合わせてしまう産物たる──吊り橋がそこにはあったのである。
「渡らなきゃ……ダメだよね?」
 誰にともなく自問する姫子であったが、当然彼女はその答えが返って来ないだろう事は分かっていたのであった。何せ、今は敵の手の内にあるのだから。
 なので、姫子は意を決してその文字通り危なげな橋を渡る事にしたのであった。と言うより、それしか彼女には選択肢がないのであるが。
「ええい、ままよ!」
 姫子はその意味を深く考えずに自分の胸に向けて宙で十字架を描くのであった。やっぱり何故十字架なのかは分からなかったが。
 だが、意味はよく分からないまでも、彼女は自分の気持ちを鼓舞する事は出来たのであった。彼女にとっては意味よりも気持ちの方が大切なのである。
 そして、姫子は意を決して吊り橋へと第一歩を進めた。すると、案の定ギィィィと頼りなげな木の軋む音が奏でられるのであった。
 そんな無生物の洗礼に若干やるせない心持ちにされつつも、姫子は第二歩、第三歩と吊り橋へとその足を運んで行った。
 そうこうして姫子は吊り橋を歩いて行く事で、彼女の気持ちはどんどん晴れやかになっていくのであった。
 それは、吊り橋は山と山の中間に架けられる物である。故に、その途中からは見渡す限りの空が堪能出来たからであった。
 しかも、この異空間は現実の世界の時間帯とリンクしている為だろうか、今ここから見えるのは余す事なく空に広がる夕陽のビジョンであるのだった。
 このような絶景には人生の中でもそうありつけるものではないだろうと姫子は思い、今のこの瞬間を目に焼き付けようとするのであった。
 そして、時折流れていくそよ風も心躍らされるものがあったのだ。
 加えて、割と重要な事ではないがと姫子は思うのであった。それは、今の巫女装束の袴がズボン型であった事である。これがスカート型だったら、この吊り橋で『そこ』を抜けていく風がかなり恐怖心を煽ってしまったのではないかと思ったからである。こういう時ガードの固い服というのは有り難いものだ。
 そのような結構くだらない事を考えつつも、姫子は今の状況が『敵の攻撃』である事は決して忘れてはいなかったのであった。
「……折角刺激的な吊り橋の冒険なんだから、邪魔はしないで欲しかったなあ」
 そう姫子は言うと、姫子は懐から銃を引き抜いたのである。
 無論、それは『敵』の攻撃に備えて、である。そして、その敵は彼女の遙か下から襲い掛かってきたのであった。
 突如として、姫子の歩く吊り橋の下に流れる川の水が数ヶ所でポコポコと泡立ったのが分かったのだ。
 吊り橋を歩く時は下を見るのは御法度であるが、咄嗟に敵の攻撃を察した姫子はその例外処置を取り、攻撃を目視して備えたのであった。
 次の瞬間、それは起こった。数ヶ所で泡立った所から、水の塊が上空にいる姫子目掛けて飛び掛かってきたのであった。
 それは、文字通りの意味である事は姫子には分かったのであった。何故なら、彼女の動体視力にてそこに生物の類いは存在しない事が見受けられたからである。
 その瞬間、姫子は判断する。──これは生き物ではないなら、と。
 瞬時に迷いを振り切った姫子は、その水の弾丸目掛け銃の引き金を引いたのであった。そして、彼女の放った光弾に射貫かれて水の塊は四散してしまったのだった。
 その要領で姫子は二発、三発と次々と水弾を打ち抜き、ただの水飛沫へと還していったのであった。
 しかも、そんな芸当を彼女は吊り橋に立ったままでやり抜いてしまったのである。この辺り、彼女のバランス感覚が尋常ではない事が窺えるだろう。なのに彼女は運動音痴なのであるが。
「ふぅ……絶景くらい落ち着いて見させて欲しいってものだよね……」
 そう呟きながら、姫子は手に持った銃の銃口を口で吹く仕草をする。この銃から放たれるのはエネルギー弾である為に煙など断じて出はしないのであるが、これは気分の問題である。
 余談であるが『念能力』なる力が統制された世界ではそう言った気持ち、覚悟、制約が力を増すようなシステムが成り立ってはいるのだが、この姫子の場合は完全にただの気分であった。
 まあ、本人が満足ならそれでいいだろう。そして、幸いにも吊り橋ではこれ以上の敵襲は起こらなかったので、難なく姫子はこれを無事にこなす事に成功したのである。
「久しぶりの地面だぜぇ~☆」
 そうおどけて見せながら、姫子は空中の足場という産物の吊り橋から降りると、再び山中の足場へと戻る事が出来たのであった。そのまま姫子は山中の森の中へと入って行く。
 行ったのであるが、どうやらここは謂わば『第二ステージ』の終着点だったようだ。つまり、姫子の目の前に現れたのは、木々の生い茂る山林の中ではなかったのである。

◇ ◇ ◇

「どうやら今のでステージクリアって感じだったみたいだね♪」
 そう課題達成の喜びを噛み締めようとする姫子であったが、ここで彼女は驚いてしまうのであった。
 何故なら、次に彼女の眼前に飛び込んで来たのは、実に見慣れた風景であったからだ。
 そこは、紛れもなく……。
「あれ? 私、『大神家』に来ちゃったんだ……?」
 そう姫子が言う通り、そこは由緒正しき和の様相であしらわれた荘厳な屋敷たる、現在長男の和希が統率する大神家であるのだった。
 その見慣れた光景に姫子は少し胸の内が軽くなるようであった。今のような異空間において、馴染みのある場所というのは安堵を誘うからである。
 だが、それでも姫子は油断してはいなかったのであった。これも、まだ敵の用意した異空間の一部の可能性もあるからだ。
 故に、気を引き締め直すと姫子であったが、そんな彼女の今の複雑な心境に刺激を与える展開が催されるのであった。
 それは、この場にある人物が現れたからである。そう、大神家において、存在していて当然のその人だ。
「和希……さん?」
 紛れもなく姫子がそう呟いた通り、その人物は大神家を取り仕切る大神和希その人であったのだから。
 そして、姫子の前へと現れた和希は彼女にこう言うのであった。
「姫子さん。巫女の姿になっているという事は敵と戦っているという事ですね?」
「はい」
 その質問に姫子は素直に答える。今のこの状況で、この上ない頼りになる人から掛けられた言葉には安心感があるからだ。
 そんな姫子を見ながら微笑むと、和希は続ける。
「でも、僕の所まで来たからには安心です。後は僕に任せて、姫子さんは逃げて、もう戦わなくていいですよ」
 そう言いながら和希は腰に差した鞘へと手を向ける。彼は神機楼は扱えないものの、自身の鍛錬は欠かしておらず、肉弾戦をそつなくこなす事が出来るのだ。
 そんな和希を目の当たりにしながら姫子は言う。
「ありがとうございます、分かりました」
 そう言いながら姫子は彼の言葉に従い大神家に避難……する事なく銃口を何とその和希へと向けていたのであった。
「あなたの負けだって事がこれで分かりましたよ……」
「何を……?」
 この状況で姫子の言っている事は支離滅裂であろう。故に和希は疑問を口にするのだが、既に姫子に『ごまかし』は通用しないでいた。
「面白い戦い方するんですね、『八雲泉美』さん?」
「……」
 その一言に和希……の姿を模した人物は一瞬無言となるが、どうやら観念してこの場に相応しい言葉を選ぶのであった。
「参りましたよ稲田さん。あなたの言う通り、これでこの私、『大邪衆八の首 八雲泉美』の負けです」
 そう言うと和希の姿を取った者はパチンと指を鳴らす。
 すると、大神家だと思われていたその光景はガラスが割れるように砕け散り、辺りは一気に変貌を遂げるのであった。
 そして、この場所は元の住宅街へと戻っていたのであった。空の様子は黄昏時からほぼ夕陽が沈んだ群青色の夜を迎え入れようとしている時間帯だった。
 それに続いて、後は自分が元の姿に戻らないといけないだろう。根が真面目なその人は、いつまでも相手が敬愛する人物の姿のままでいるという無礼な行為は控えたかったのである。
 その者の思いを大邪の力が受け取ったのか、目の前で展開されていたその和希の姿もドロドロと溶け出して形を変えていったのであった。
 その後そこに存在していたのは、水色のドリルツインテールに穂村宮高校女生徒の制服に身を包み、人並みの背丈と人並みではないボリュームの胸元を備えた少女だったのである。だが、以前会った時と比べて、何かが引っ掛かる所がある。
 そして、遂に正体を現した大邪の一人は、開口一番に姫子にこう言うのであった。
「謝って済む問題ではないのは分かっていますが……ごめんなさい!」
 そのまま、彼女──泉美は姫子の前で頭を垂れ、謝罪の言葉を投げ掛けたのである。
 敵からそのように謝られては当然困惑してしまう姫子であったが、その事を受け止めつつ泉美は続ける。
「こんな事しても何にもならないと分かっていたのに……、でも、これが人の心に付け入って潜在意識レベルから意のままに操るのが大邪のやり方なのよ……その大邪に荷担していた私が言えた立場じゃないのだけれど」
 そう必至に弁明になってしまうような説明をする泉美であったが、どうやら当の姫子の態度は寛容であったのだ。
「でも、八雲さん。あなたは完全には大邪の力に取り込まれていなかった、そうだど私は思うんですよね」
「それって……?」
 思い掛けない姫子の物言いに、頭の切れる筈の泉美ですら呆気に取られてしまい、聞き返してしまう。
「そもそも、八雲さんは大邪として私を取って喰おうとなんてしていない、そういう事です」
 そう言って姫子は説明をする。本気で大邪衆として巫女を狙うのだったら、怪肢をけしかけるなり、神機楼で襲撃するなりという実力行使を仕掛けてきただろうという事である。
 しかし、泉美はそのような事を決してしなかったとなると、ここで姫子が辿り着いた答えはこうであった。
「八雲さん。あなたはただ、いつも千影ちゃんとべったりしている私に、少し一泡吹かせたかった。ただそれだけの事だと思うんです」
「……」
 その、自分でも気付いていなかった気持ちを姫子に指摘されて、泉美はただ無言になるしかなかった。
 だが、ここで泉美はある事を確認しておかなければならないだろう。その事を言葉に出す。
「でも、何であの人が偽者だと分かったのかしら?」
「それはね、和希さんは優しくて厳しい人なんです。だから、あの時私に戦わなくていいって言った時に確信したのです。本物の和希さんなら『一緒に戦おう』って言うだろうって」
「さすがね、その人は……」
 自分の両親もそういう人だったらと泉美は思うのだった。子に対して利益よりも自身の成長を促してくれるような人が。
 だからこそ、その事で悩んでいる自分に背を押してくれる言葉を掛けてくれた千影の事を愛しく思って仕方なくなってしまったのだ。
 そう泉美が思っている中、姫子はある違和感の正体に気付き、それを口にするのであった。
「ところで八雲さん、その瞳の色……」
 それが違和感の正体であるのだった。確か彼女に以前会った時にはその瞳は茶色であったのだが、今それは妖艶なエメラルドグリーンとなっていたのだ。
 その変貌の答えを、泉美は自ら明かす。
「それは、普段はカラーコンタクトをして周りに私の瞳の色を悟られないようにしていたのよ。それが、大邪衆に入った時には気付いたら無くなっていたという訳」
 彼女がそうしていたのは、日本人とイギリス人のハーフである為に周りとは違うのを引き合いにされたくない為にしていた事なのであった。そして、彼女は自嘲気味に続ける。
「でも、嫉妬に塗れた人の事を『緑の瞳の怪物』って言うでしょ? そんな私にこれはおあつらえ向きだと思わない?」
 そう乾いた笑いで持って泉美はそう自分を嘲るのであった。そうでもしていないと、自己嫌悪で自身の心が押しつぶされそうであったからだ。
 だが、ここで姫子が口にした一言は、泉美が予想だにしなかった事であった。
「ううん、そんな事ないよ。その瞳、とっても綺麗だから、八雲さんは誇りに思っていいよ?」
「えっ?」
 思いも掛けない一言に泉美は驚いた。そして、それは常に不安定だった彼女の心に取って、大きな支えとなったのである。
 そして、そこで泉美は今まで溜め込んでいた気持ちが一気に溢れ、気付けば大粒の涙を流していたのだった。
「ありがとう……稲田さん。そんな言葉を私に掛けてくれるなんて……」
 加えて、こんな良い子を手に掛けようとしていた自分を恥じ、大いに今後の反省材料にしようと彼女は心に誓った。
 そんな泉美を見ながら、今度は自分が謝る番だと思い、姫子は言う。
「私こそごめんね。私は千影ちゃんと小学生の時からずっと学校が一緒でとても仲良しだったから、中々気付けなくて」
 そう思い切って姫子は口にして、そして締め括る。
「千影ちゃんの事好きな人が他にいても当然なのに、その事を余り考えていなかったかもね」
 それが姫子が出した結論であったのだ。そして、最後に彼女の本心からこう泉美に提案するのであった。
「だから、これからは『三人』で一緒にいようね、『泉美ちゃん』♪」
「あ……」
 全く予想していなかった姫子のその案に、泉美は何度目か分からない驚きを感じてしまう。
 だが、断る手は全く無かったのである。こうして大邪に荷担しかけた自分を、受け入れてくれるというのだから。
「ええ、こちらこそよろしくね。『姫子さん』」 
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