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神機楼戦記オクトメディウム

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第6話 千影と決闘士:前編

 そこは、人通りの少ない小道。そして、そこにか細い声が聞こえる。
「にゃー……にゃー……」
 その声は今にも消え入りそうな声をしているのであった。だが、千影はその声の主を見ているだけしか出来なかったのである。
 そして、心が苦痛に苛まれるのを引きずりながら、彼女はその場を後にし──そこで意識が覚醒した。
 現へと舞い戻った千影は、自分の体が汗ばみ、息が切れ切れなのを認識しながら呟く。
「また……あの夢なのね……」
 その夢は今でも幾度となく千影の心に忍び寄り続けていたのであった。

◇ ◇ ◇

 そして、千影は姫子と一緒に普段通りに穂村宮高校での学生生活に身を投じていた。
 本当なら、大邪衆の一人である『夕陽かぐら』を姫子がその呪縛から解放した事を本格的に和希に会って話し合うべきだろう。
 だが、二人の学園生活の妨げとなるような事はしたくないという和希の意向で、本格的には会ってはいないのである。
 本格的に会うのは、休日を利用しての形になるだろう。それも、羽根を休める為の憩いの時である休日を台無しにしないように、割くのは適度な時間で以てである。
 だが、和希にはかぐらが使用していた、イワトノカイヒの媒体となっていたペンライトを受け渡しているのである。勿論、かぐらの承諾を得た上で、である。
 この事は和希からの提案なのであった。彼曰く、『これで必要なものは揃った』との事である。
 一体どういう事か分からない二人であったが、今はその事を気にする事なく学園生活を満喫する所が和希の望む形でもあろう。
 しかし、その理想の時間をこの日千影は満足に味わえていないのであった。今日も『あの事』を思い出してしまったからである。

◇ ◇ ◇

 ここはこの世界ならざる場所に存在する『黄泉比良坂』。そう、大邪の本拠地であるそこである。
 かぐらの事後に、再び彼女らは集まり、今後の方針について話を進めていたのであった。
 そして、ここでもまず口を開いていたのは、例の修道女のシスター・ミヤコである。そんな彼女の表情は芳しくはない。
 それも無理からぬ事であろう。何故なら……。
「そう……、かぐらが巫女の力で大邪から解放されたというのね……」
 当然その話題が挙がるであろう。一般的な倫理観から見れば邪悪な力に取り込まれていた人間がそこから解放されたとなれば喜ばしい事であろう。
 だが、生憎この場に集まった者達は、その『邪悪に取り込まれて眷属となった者達』なのである。それが意味する事は、彼女らの仲間が減った……それ以上の意味合いは存在しないという事だ。
 同志を一人失った事は喜ばしい事ではない。だが、彼女達とて、それで引く訳にはいかないのである。
 その意思を胸に秘めながら、ミヤコは再度口を開く。
「それでは、次に『出て』くれる者は誰ですか?」
 そう、彼女は第二派を送り込むべく、次の担い手が名乗り出る事を望んでいるのであった。
 これは強制ではなかった。彼女は元来決して力による支配を望むような人ではなかったからだ。
 だが、彼女は確信していた。この場に集まっている者は皆深い事情を抱えている者だからである。そういう者達を彼女は集めたのだから。
 そして、どうやら事はミヤコの思う通りに進むようであった。
「今度はあたいが行くよ」
 そう一人称としては少々珍しいものに乗せながら名乗りを挙げたのは、着物姿の『猫耳』少女であった。
 やはり、その耳に接合部らしき物は垣間見る事は出来ない。
 そして、立ち上がった彼女には更に尻尾と思しきものまで備え付けられていたのであった。加えて、それと同じ位に目を引く要素もあった。
 彼女が立ち上がった事で、身に纏っているその着物の丈がスカートのように短くなっているというものであった。つまり、着物でありながら脚線美が見えるという妖艶な出で立ちなのであった。
 だが悲しいかな。この場にいるのは一人を除き皆女性なのだ。しかも、肝心のその男性も軟派な印象など皆無の生真面目そうな人物であるのだ。
 それがもたらした結果は、ミニスカ着物というその手の者には非常に美味しいシチュエーションでありながら、誰もそれに興味を示す事がないという惨状なのであった。
 その事に世の理不尽さを感じつつも、その猫少女は次に自分が出るという事に意欲を示しているのであった。そんな彼女に満足しつつ、ミヤコは彼女に言葉を投げ掛ける。
「それでは頼みましたよ。大邪三の首『たま』……」

◇ ◇ ◇

「千影ちゃんってば!」
 そう強く呼び止められた事により、おぼろげだった千影の意識は現実に引き戻される事となった。
 その声の主は、彼女の掛け替えのないパートナーである姫子その人であった。
 そのように自分に対して気を遣ってくれた姫子に対して、千影はお礼の言葉を述べる。
「ありがとう姫子。ちょっと考え事をしていたみたい」
 言って千影は姫子に対して微笑んで見せるのであった。その仕草だけで見る者を魅了してしまう程のポテンシャルは彼女にはあったのだ。
 そんな千影の演出する効果に安堵しつつも、姫子は尚も千影の事に気を遣っていた。
「千影ちゃん、そういう事たまにあるけど、何かあったら一人で抱え込まないでね? 私に出来る事なら力になるからね♪」
 そう言って姫子ははにかんで見せる。千影に包み込むような妖艶さがあるなら、姫子には見る者を安心させる人懐っこさがあり、それが彼女の武器でもあるのであった。
 そんな姫子の振る舞いに心安らぐ気持ちを抱きながら、千影は言葉を返す。
「ありがとう、姫子。お陰で少し元気が出たわ」
 千影はそのように言葉を選んでおいたのである。
 何故なら、彼女が今抱えている心の重しは、既に過ぎ去った事なのであるから。幾ら気の持ちようを変えようとも、過去をやり直す事など出来ないのだから。
 そして、姫子はその千影の言葉に多少引っ掛かるものを感じつつも、彼女に言う。
「そう、良かったよ。でも無理しないでね?」
「ありがとう」
 そのようなやり取りを行った二人は、ここで次なる話題に切り替えるのであった。
「それで姫子。その話は本当なのよね?」
「うん、それが大邪のやり方だってはっきりしたからね」
 そう、二人が今話題にすべき事は、他でもなく自分達の敵である大邪の存在であるのだ。
 そして、その内容は大邪に取り込まれたかぐらを騙して都合のいい手駒として利用していたという事なのである。
 人の心の隙を付いて利用して事を運ぶ。そのような非道なやり方を二人は許す訳にはいかなかったのであった。
「それなら、早く大邪に取り込まれた人達をすぐにでも解放しないと」
 そうもっともな解決策を千影は口にする。それは姫子も同意の所であるのだが、現実はそうはうまくいかないようである。
「でも、千影ちゃん。私達、大邪の本拠地がどこにあるか知らないんだよ?」
「そういう事よね……」
 その事実に歯噛みする千影であった。
「だから、今は敵が出撃してきた所を待ち受けて戦っていくしか方法がないって事だよ」
「ええ……」
 そうして二人は現実を受け止めるのであった。こうして今は特撮ヒーロー作品の序盤のように次々と出現する敵を迎え撃つしか出来ないのだと。
 そういう番組では見る者がその作品の世界観に入り込みやすくする為の、謂わば『慣らし運転』のような演出であるのだ。
 だが、現実ではそのような悠長な事などやってはいたくないだろう。実際に起こっているのは娯楽の為のパフォーマンスなどではなく、本気で破壊を世にもたらそうとする行為なのだから。
 しかし、それでも今の巫女二人は敵からの攻撃に対して動くという能動的かつ消極的なやり方をするしかないのである。
 なので、姫子はここでこう締め括るのであった。
「ここは……暫くの辛抱だよ、千影ちゃん」
「姫子、ありがとう」
 千影は姫子のこういう所が心強いのだとつくづく思う所であった。おちゃらけているようでいて、根はしっかり者という姫子がパートナーだというのは自分にも勇気が分け与えられる心持ちとなるのだ。
 そんな最高の相方である稲田姫子という存在に感謝しつつ、今日も屋上での憩いの昼食時間を終えるのであった。

◇ ◇ ◇

「それじゃあね、千影ちゃん♪」
「ええ、また明日ね、姫子」
 二人はそう言い合った後、放課後となった学校にて解散をするのであった。
 と、言うのも姫子の家は『稲田財閥』という立派な名家、つまり彼女はお金持ちのお嬢様であったりしちゃったのである。
 無論、それにより楽ばかり出来るかというとそうではなく、財閥令嬢としてのスキルを磨く為にお稽古などをさせられているのが彼女の日常だったりするのだ。
 ぶっちゃけた話、姫子はそのお稽古が余り好きではなかったのである。胸を張って得意と言えるのは射撃くらいな彼女は、どうもそれ以外の事に馴染める程の適応力というものに恵まれてはいないようだからだ。
 しかし、それでも幸いにも『嫌い』というレベルにまでは達してはいないようであった。
 と言うのも、そのお稽古を教える姫子の専属のメイド長である『如月アリア(日本人とイタリア人のハーフ)』の人柄に尽きるのであった。
 それは、厳しくも優しいという、人にものを教える上で理想的な人格を持っていたからだ。そう、大神和希と同じタイプの人であるのだ。
 そもそも、姫子が和希の下で進んで戦う事を選んだ一因に、彼がアリアのような性格をしていたから好感が持てたという事が背景にあるのだから。
 故に、姫子は今までそのお稽古事をさぼる事なく真面目にこなす事が出来てきたという訳であるのだった。なので、今日も彼女は進んでその行事へと打ち込む為に千影と解散したという事なのだ。
 ともあれ、自分の責務の為に暫し姫子と分かれた千影は、これから一人での行動時間となるのだ。
「さて……これからどうしたものかな?」
 そう独りごちる千影。それだけでその憂いを含んだ姿に周りの生徒は釘付けになってしまっていた。全くを以て自分のこの過剰なカリスマ性はどうにかならないものかと一人心の中で頭を抱えてしまうのだった。
 しかし、そんなギャラリーもそれぞれに自分の生活がある為に徐々に去っていき、それにより千影は漸く一人の時間というものが出来そうになるのであった。
 そう思い至ると、千影はふうと一息置く。
 確かに、姫子は最高のパートナーにして愛しの人である(同性にも関わらず)。
 しかし、思い人であっても、いや、そういう人だからこそずっと一緒ではなく、自由な時間というものが必要だと千影は思っていたのであった。例えるなら、ケーキが好物でもいつも食べていてはその喜びが削り取られていってしまうのと同じ、と言っておけばいいだろうか。
 そう言った感情は普通の人にもある事もあるだろう。そして、千影の場合は忍者という単独行動を得意とする役職上、一人の時が落ち着くという感性が人一倍あるようだ。
 そういう訳で、千影は一人のこの時間を大切にすべく行動を開始するのであった。
 そして、彼女はその艶やかな紺色の長髪を翻しながら歩を刻み始める。それだけで無駄に魅了のオーラを出してしまうのだから、いい加減自分の『歩くカルト』というべき構成要素には嫌気が指す所である。
『これって絶対忍者には足枷でしかない魅力よね』という踏み入れてはいけない理論に陥るか陥らないかの瀬戸際の所で、千影は漸く自分の目的の地へと辿り着くに至っていたのであった。
 そこは、普通の店では同じような物を探すと高確率でそれ以上の価格になるものが、一つ100円+物品なら10円、食品ならば8円で手に入る聖地。
 人それを『100円ショップ』と呼ぶのだった。
「うん、やっぱりここは落ち着くわね」
 普通の人でも愛用する者が決して少なくない100円ショップ。故に千影ともなればその意味合いは一入であるのだ。
 無理もないだろう。彼女の家は貧乏であるが為に、千影自らが小遣い稼ぎの為にアルバイト(学校から許可申請済み)をしている位であるのだから。
 つまり、他の店では中々ありつけない100円+税という低価格で商品を買えるこの場所は、千影にとって理想郷以外の何物でもないという事だ。
 ちなみに、普通の店では100円以下で売っている物もあるため、そこは忍者故に臨機応変な千影は問題なくやっているようであった。
 とどのつまり、今この姫宮千影は極めて充実した時を過ごしている真っ最中なのであった。これは、忍者としての成長を実感出来る時や姫子といる時間に匹敵するものがあるのだった。
「ああ~、ごくらく~☆」
 思わず喜びのため息が出てしまう程であった。無論、彼女のその仕草が他の100円ショップの客の目を惹いてしまっていたが、今このリッチな一時の事を思えば些細なものである。
 そして、彼女は今日は何かめぼしいものはないかという考えに至っていた。
 この100円ショップというもの。ただ安いだけではなく、普通の店では取り扱わないような代物とも出会える可能性を秘めた聖域なのである。
 この前に千影が買った小銭ケースなんか非常に魅惑的だと思う所であった。これを使って余った小銭を1円から500円と存在するそれを種類毎にケースの中に収められるというスグレモノであるのだ。
 これのお陰で小銭の管理がしやすくなったものだと千影は歓喜していた。
 更に整理しておいて貯めた小銭を集めて一気に銀行で通帳を用いて入金し、貯金の一部へと取り込むこの時、その瞬間の甘美な事といったらなかったのである。ちなみに小銭入金の際は一度に100枚まででないと機械が読み取ってくれないので注意しましょう。
 そして、そのような素晴らしい出会いがまたないかと店内を練り歩いていた千影であったが、どうやらその至福の時に招かれざる客が乱入したようであった。
「……やれやれ、私に100均もゆっくりさせてくれないというのかしら?」
 そう突如として千影は呟くように言うのであった。勿論、この店にいる客にではない。
 そして、どうやら自分の事がばれてしまったようだと悟った『その者』は、開き直って口を開くのであった。
「さすがは『紅月の巫女』といった所みたいだね。はたまたその忍として洗練された技量って所かな?」
「それらは関係ないわ」
 巫女としても、忍者としても驕るつもりはない千影はそう答えるのだった。いや、この場合はもっと根本的な事があるのだった。
「そうも『天井に張り付いていては』ばれるのも当然でしょう?」
 そう、その者は本業の千影も真っ青な天井張り付きという忍者顔負けの芸当をこなしていたのであった。
 しかし、当のその者は心外といった様子で反論する。
「え……でも他のお客さんは気付いていないみたいだけど……?」
「現実を見なさい、今まではたまたま運が良かっただけで、すぐに気付かれたと思うわ」
 そうたまたまである。千影は忍者といういう役職上、天井にも意識を向ける癖があるからすぐに気付いただけで、普通の人でも不意に天井に目をやれば普通に気付くというものであろう。
 ともあれ、今の状況を整理すると、千影の前に刺客が現れたという事は紛れもない事実なのであった。こんな仕様もない惨状な参上ではあるが。
 なので、千影は手っ取り早くこう提案するのであった。
「あなた……一応確認しておくと大邪衆ね。それなら場所を変えましょう? あなたも一般人に手を出さずに私だけを狙ってきたのでしょうから」
「話が早くていいね。そんなあなたには名乗っておく価値はあるわね。私は『たま』よ」
 そう猫耳和服少女の『たま』は潔く名乗りをあげたのであった。──天井にはりついたままで。

◇ ◇ ◇

「危ない所だったわ……」
「ええ、もしあのままあなたが気付かなければあたいに倒されていたものね?」
 そう得意気にたまは千影に挑発的に言う。しかし、これも根本的な所から違うのであった。
「いや、私が言いたいのは、そんなミニ丈の和服で天井に張り付いてて、よく『見えず』に済んだって事よ……」
「大丈夫だよ、和服だけど、穿いてますから☆」
「……」
 千影は絶句するしかなかった。確かそんな持ちネタの芸人が昔いたなあと思いながら。
 そして、ぱんつ穿いているからそれでいいのかと。女子として余り見られたくない聖域でしょうにとも思うのだった。世の中には勝負下着というものはあれど。
 そんな浮ついた内容のやり取りをしつつも、千影はある事を見逃してはいなかった。そう、たまの頭に備え付けられている立派な猫耳である。
 そして、洞察力に優れた彼女は確信するに至っていたのであった。──この猫耳はたまの『本物』であるという事を。
 猫耳がアクセサリーによる付け耳ではなく、れっきとした実物……。そのようなファンタジーやメルヘンの産物のような内容が、今正に千影に突き付けられているのであった。
 そして、和服に穴を開けて露出させているのだろう、尻尾までも本物であるようだった。断じてよく出来た内蔵機械により動くアクセサリーの類いでない事も、機械と生物の動きの違いを見破る事に長けた千影には造作もなく分かる事だ。
 その得体の知れない『現実』に、何故か千影は背筋に嫌な汗を感じずにはいられなかったのであった。──何か、捨て置けない事実がそこに転がっている気がするからだ。 
 ともあれ、千影はこの『たま』を大邪の魔手から救い出すべく戦いに集中する事にする。この者も、何かを大邪の手によって利用されているのだろうと踏んで。
 そう考えると、ますます千影には言いようのない不安が苛んでくるのであった。これが一体何から来るのか分からない彼女は困惑するしかない。
 だが、戦いにおいて迷いは命取りであるのだ。姫子の場合、こういう時は金髪、サングラス、ノースリーブの大尉を持ち出すだろうが、生憎千影はそういうオタクのタイプの人間ではないし、そもそもそんな余裕はないのである。
 そして、否応にも今はサシの戦いに気を向けなければならないだろう。
 何せ、ここは人気のない森の中であるからだ。
 ここを決闘の場に選んだのは、千影とたまの二人が共に承諾した事なのであった。
 それは、身のこなしに優れた二人の特性を共に活かす為の選択なのであった。二人とも、遮蔽物や障害物がある方が、より自身の身体能力を活かせるが故に。
 この取り決めは、千影に不利というものであろう。大邪に属するたまは人ならざる力を持っている為に仲間の助けがなくても一人で戦えるだろうが、それを人間たる千影にも当てはめるのは酷と言えよう。
 だが、千影は敢えてその不利な条件の戦いに身を投じたのであった。
 それは、優れた実力を持つだろう敵への経緯であるのが一つ。そして、もう一つは『この問題は千影自身の手で解決しなければならないだろう』という漠然とした定義があるのだった。
 そして、いよいよ二人の決闘が始まろうとしていた。
「それじゃあ始めましょうか、千影」
「ええ、私はいつでもいいわよ、たま」
 そう言い合いながら、互いにアイコンタクトを取る。二人ともそこから相手の心情を読み取ろうとしているのだ。
 そして、互いにその瞳から真摯なものを感じ取りあった二人は、一斉に掛け声を上げるのであった。
「「いざっ!」」
 これにて忍者と猫少女の戦いの火蓋は落とされた。ちなみに、千影はこの時既に鏡神の力で緋袴の巫女装束(戦闘服)へとコスチュームチェンジ済みであった。やはり便利である。

◇ ◇ ◇

 千影は、まず相手の出方を見るべく後手に回る事を選んだ。忍者というのは隠密に動く存在。故に、自分から余り派手に攻撃に出るのは悪手なのである。
 そんな千影の考えを空気の流れで悟ったのか、先手に出たのはたまであった。彼女はそのミニ丈の和服からスラリと伸びる生足を大地に踏み込むと、その勢いをバネにして一気に千影へと距離を詰めたのであった。
(速い!)
 それが忍である千影に一瞬の内に思わせた結論であった。つまり、彼女にそう言わしめる程の身のこなしをたまは持っていたという事である。
 そして、たまはそのまま攻撃へと転じる。だが、彼女はその手に武器を持っている様子はなかった。
 素手(すてごろ)で殴りに掛かってくる格闘家タイプだというのだろうか? だが、その予想は大きく崩れる事となるのだった。
 たまはその手を振り上げると、彼女の爪が一気に伸び、そのまま即席の武器となったのだ。後はそのまま敵目掛けて振りかざすだけだろう。
「はあっ!」
 そう掛け声を上げて、たまはお手製の武器──爪による攻撃を千影へと繰り出したのであった。
 このままでは千影の柔らかい肉体が傷つけられてしまうだろう。幾ら胸は控えめだろうと、自分のこの体は自慢なので、そう易々と傷物にされる道理はなかったのだ。
 そのような事を一瞬の内に思考した千影は、気付けばその攻撃を迎え入れていたのであった。そして、肉を抉る感触の代わりに、金属がぶつかる感触がたまに走るのであった。
 その感触の正体を、たまはすぐに気付く事となる。
「へえ~、苦無(くない)なんてものをこの現代に持っている人がいるなんてね」
 それは、投擲にも接近戦にも使える忍者特有の刃物である、苦無であるのだった。それを、咄嗟の判断で千影はたまの爪攻撃へと合わせたという事なのであった。
 攻撃を防がれた事を瞬時に察知したたまは、そのまま軽やかなバックステップで再び千影から距離を取るのであった。このままではみすみす敵に反撃のチャンスを与える事はたまもすぐに判断して対処に出たのであった。
 だが、そこを逃す千影ではなかった。
「そこっ!」
 その掛け声と共に千影は懐から手裏剣を出すと、それを避けた後すぐのたま目掛けて投擲したのであった。一瞬の隙も逃がしはしまいという千影の忍としての執念だ。
 しかし、抜け目がないのは敵の方も同じであった。
「甘いよっ!」
 そうたまは言うと、すぐさま宙返りをしてその手裏剣の直進を避けたのである。咄嗟の行動で、こうも見事に対処する辺り、たまの身のこなしは相当なものであろう。
(現代で、忍者たる私にこうも太刀打ち出来る者がいたなんてね……)
 平和な世の中である現代において、そこに安心しきった人が多いが故に戦闘能力な有していないのがほとんどである。格闘技などで自分の肉体を戦いの為に磨きあげたような人は人間全体で言えば多くはなく、そのような技量を持っていればその道で飯を食っていける程なのでから。
 そのような時代で、純粋に戦闘能力で自分に肉薄する者がいる……。その事実に千影は心躍らせるのであった。
 そう、彼女はクール&ビューティーな容姿をしてはいるが、その内面は強い者と戦うのが好きという少年漫画のヒーローやライバルのような成分が含まれているのだ。
 勿論、そんな性格は姫子には隠していた。オタク気質の彼女に知られでもしたら、過剰に持て囃されるのは目に見えているのであるから。
 幸い、クールな立ち振る舞いのお陰で、その事は姫子を含めて余り周りには悟られてはいないようだ。さながらどこかの『古い鉄』のパイロットである。
 ともあれ、今こうして現代において忍たる自分と渡り合う者と出会えたのだ。故に彼女は今この時を余す事なく味わい尽くすよう心に決めたのであった。
(それならば……)
 そう思い至った千影は、この貴重な好敵手との戦いに勝つ為に、より確実な方法を選ぶに至ったのであった。
 それは、今たまと対峙している所から身をくらますというものであった。
「!?」
 当然たまは驚く。今まで目の前で対峙していた者が忽然として姿を消したのだから。
 その展開を目の当たりにしたたまは、驚愕の様子でどこかにいる千影へと言葉を投げ掛ける。
「あなた、逃げる気!?」
 分が悪くなったから敵から逃げる。そのような事は自分の肉体を磨く鍛錬を怠らなかったたまにとって居心地の悪い話題なのだ。だから彼女は憤慨しそうになるが。
「安心しなさい、確かに『逃げた』」けど、『勝負は放棄してはいない』から」
 そのようにどこからともなく千影から声が返ってきたのであった。 
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