魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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無印編
第34話:青春の華
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。
「はぁ~……」
その日、響の親友である小日向 未来は公園で大きく溜め息を吐いていた。
彼女が意気消沈した様子を見せる最大の理由は、彼女の親友である響が原因である。
ここ最近、響の様子が明らかにおかしいのだ。休日は朝から修行とか言って一日の殆どを外出していることもザラだし、平日にしたって学校が終わってすぐにどこかへ行ってしまい、共に過ごす時間が少し前に比べて格段に減ってしまっていた。
しかもその理由を訊ねても、なんやかんや言ってはぐらかしてしまう。現に今日も、本当は響と共に下校する筈だったのに肝心の響は突然用事が出来たとか言って1人で何処かへ行ってしまった。どこへ行くのかと訊ねても、その理由を説明してはくれなかった。
訳も分からず親友との間に開いてしまった距離に、未来は大きな寂しさと小さな苛立ちを感じずにはいられなかった。
「はぁ……もう、響ったら」
改善の余地が見えない響との仲を思って、再び大きく溜め息を吐く。
その時、未来に声を掛ける者達が居た。
「どしたの、未来?」
「あ……」
不意に、横から声を掛けられる。顔を上げると、そこには彼女の事を少し心配した様子の友人・板場 弓美の姿があった。
自分の事を心配してくれる友人に、未来は慌てて何でもない風を装う。
「う、ううん! 何でもない、大丈夫だよ!」
「そう? ならいいんだけど」
「ヒナ、最近元気ないけど大丈夫?」
「何か、悩みごとですか?」
弓美に続いて安藤 創世、寺島 詩織も未来を心配して声を掛けてくる。どうやら気付かぬ内に暗い雰囲気を醸し出してしまっていたらしい。
3人から向けられる自分を心配する視線に、未来は両手を振って笑顔を顔に張り付けた。
「本当に何でもないって。それよりほら! また何か見せてくれるみたいだよ!」
未来が指差した先では、青年がマジシャン――颯人が次の手品を披露しているところだった。
実は颯人、二課に協力してからもこうして不定期ながら路上パフォーマンスをしているのだ。目的は単純に手品の腕を鈍らせない為であり、練習の一環なので見物客から料金は取っていない。
その彼は愛用のチロリアンハットを裏返し、何も入っていない事を未来を含めた観客達に見せて証明してから白いハンカチを被せる。帽子を片手で持ち、もう片方の手の指を1本、2本、3本順番に立ててからサッとハンカチを取り払うと、帽子の中から一匹の猫が身を乗り出し一声鳴いた。
確かに何も入っていなかった筈の帽子の中に現れた愛くるしい猫の姿に、未来も憂いを一時忘れ純粋に驚きと称賛の笑みを浮かべるのだった。
***
翌日――――――
「――――と言う訳なんです」
「う~ん、そりゃ確かに、ちょっと困ったねぇ」
響は二課本部内にある休憩所で奏に悩みを打ち明けていた。
彼女は彼女で親友である未来に全てを語れず、徐々に距離が開きつつあることに悩みを抱えていたのだ。
本当は彼女も、未来に全てを伝えたかった。親友に嘘を吐くような真似はしたくなかった。だが全てを告げるとシンフォギアの情報などを狙う他国のエージェントに狙われるリスクが生じるので、止む無く口を噤むしかできなかったのだ。
しかしいい加減それにも限界が来つつあった。出来る言い訳にも限りがある。
これ以上はまずいと考え、響は堪らず奏に助けを求めたのだった。
「とは言え、機密の事とかその未来って子の安全の事も考えると、全部話す訳にはいかないしねぇ」
「そうなんです。そこは分かってるんですけど…………」
「ん~……颯人はどう思う?」
響に悩みを打ち明けられた奏は、運良くこの場に居た颯人に意見を求めた。こう言う対人関係に関しては、颯人の方が適任だ。
そして問い掛けられた颯人は――――
「~♪ ~♪ ~~♪」
イヤホンでポータブルオーディオプレイヤーの音楽を聴いて、上機嫌で鼻歌を歌いながらトランプをシャッフルし広げては纏め、一瞬で消したりしていた。
2人の話は微塵も耳に入っていないらしい。
「こいつ――!?」
あまりにもお気楽な颯人の様子に奏は青筋を立てる。その時彼女の目に彼のオーディオプレイヤーが映った。
瞬間、彼女はオーディオプレイヤーに手を伸ばし、一切の容赦なくそれの音量を最大にまで上げた。
「のわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
突然大音量になったイヤホンからの音楽に、颯人は悲鳴を上げて飛び上がると慌ててイヤホンを耳から引っこ抜く。
抜けたイヤホンからは奏のソロ曲『逆光のリゾルヴ』が流れている事に響は気付いた。
一方御機嫌な歌を聴きながら寛いでいたところを邪魔された颯人は、未だ耳鳴りのする両耳を抑えながら奏に猛然と抗議した。
「何しやがんだ、バ奏ッ!?」
「うっさい馬鹿ッ!? 暢気に人の歌聞いて鼻歌歌ってる場合かッ!?」
「いいだろ、ここに居たの俺が先なんだからッ!?」
「何でもいいから響に何かアドバイスしてやれ! こう言うの得意だろ?」
「ったく、もう。それで? 何だっけ?」
一頻り文句を言うだけ言って、怒りも冷めたのか相談に乗り始めた颯人。
また喧嘩かとちょっと身構えていた響は、思っていた以上にあっさり颯人が引き下がった事に胸を撫で下ろした。
「だから、響が――」
「あぁ、お友達に嘘吐いて秘密守り続けるのが難しくなってきたって話だったな」
「――聞いてたんならどうして何も言わなかった?」
「おいおい、響ちゃんは奏の後輩だろ? なら面倒はしっかり見てやれって」
別に、颯人としては響にアドバイスをする事は吝かではなかった。ただ颯人の言う通り響は奏を慕っており、奏も響を後輩として可愛がっている。
単純に、先輩である奏に華を持たせてやろうとしただけであった。
奏にとっては颯人が誰よりも頼れる存在であるように、響にとって奏が頼れる存在で真っ先に相談する相手なのだ。颯人はそれを察したが故に、まずは奏に何とかしてもらおうと敢えて何もしなかったのである。
勿論、颯人とて奏に頼られる事は別に嫌ではなかった。単純に、奏の彼に対する信頼が想定以上だっただけの話だった。
「それが思い浮かばないから聞いてんだよ」
「しゃーねーなぁ」
観念した颯人は、オーディオプレイヤーを止めるとトランプを仕舞い、代わりに何故か帽子から缶コーヒーを取り出し一口飲んでから口を開いた。
「あ~……一つ、思い付いたことあるけど……聞く?」
何故か奏の顔色を窺うように訊ねてくる颯人に、不穏なものを感じつつ彼女は先を促した。彼の事だから、何だかんだで荒唐無稽な事は言わないだろう。
「とりあえず聞かせて」
「んじゃ、俺の考えだけど…………全部バラしちゃえ」
しかし颯人の意見は、奏の予想の斜め上をいっていた。まさかの意見に、奏は勿論響も驚愕に目を見開く。
当然奏が黙っている訳が無かった。
「馬鹿かお前はッ!? それが出来ないからどうしようって話をしてたんだろうがッ!?」
「そ、そうですよッ!? シンフォギアの事とかバラしちゃったら、未来が悪い人たちに狙われちゃうッ!?」
奏のみならず響までもが颯人に抗議するが、そんな反応は彼も予想していたのか特に取り乱す事も無く言葉を続けた。
「いや、多分だけど俺の考えが正しければ現状その、未来ちゃんだっけ? その子に何も伝えないのは逆に危ないと思うぞ」
「どういう事だ?」
実は、響には本人の性格や戦闘力とは別に大きな弱点があったのだ。奏と響はそれに気付いていないらしかったので、颯人はそこら辺も踏まえて2人に説明した。
「一つ聞くけど響ちゃん。その未来ちゃんって子とはよく一緒に居る?」
「え? はい。最近は、修行とかで一緒に居られない事も多いですけど……」
「学校じゃ仲良くしてる?」
「勿論!」
既に述べたが、響にとって未来は唯一無二の親友なのだ。それは未来にとっても同様である。仲良くしない理由などない。
だがそれこそが颯人の意見の肝であった。
「つまり、本気でシンフォギアとかの事を調べたり掻っ攫ったりしようとしてる連中にすれば、響ちゃんと仲が良い未来ちゃんを抑えちまえば響ちゃんに首輪を付けれるって訳だ」
「えっ!?」
「な、何でッ!? 未来は何も知らないのにッ!?」
「関係ないんだよ。他国のエージェントからしてみれば、未来ちゃんって子がシンフォギアの事を知っていようがいまいが。何しろ未来ちゃんを押さえちまえば芋づる式に響ちゃんが釣れる訳だからな」
これは奏には思い付かなかった危険性である。
奏にも、二課に所属して以降の学友は存在していた。ただし、当時の奏はノイズとウィズに対する憎悪なんかがあり学友との関係はそこまで深いものではなかった。交友は浅く、登下校は勿論休み時間に教室を跨いでまで交流する相手は存在しなかったのだ。
翼もそれは同様である。彼女の場合は奏とは勝手が違うが、それでも深く交流を持つ友人と言うものは存在しない。加えて彼女は奏と共にツヴァイウィングと言うアーティスト活動をしている為、それが更に奏以外の友人が出来ない事に拍車を掛けている。
ついでに言えば、奏は家族がすでに全員他界しており翼も親類はおいそれと手出しできない者ばかりなので、精神的な枷となる人物が2人には存在しない。
「でも響ちゃんは違う。例えば、何も知らない今の未来ちゃんを人質に捕られて、その事を誰にも知らせずに1人で何処かの倉庫に来い……って言われたら、響ちゃんどうする?」
颯人の問い掛けに、響は顔を青くして視線を泳がせた。飽く迄もIFの話なので、この場で答えを出す必要はないが実際にその時が来たら多分彼女は相手の要求通り1人で行動してしまうだろう。
ここで漸く奏も颯人が未来に全てを明かすべきという発言をした意味に気付いた。つまり、守られる側の人間にも守られていると言う自覚を多少なりとも持ってもらって、もしもと言う時に備えようと言う話なのだ。
「……でも、流石に響の周りは旦那がしっかり守らせるんじゃないのか?」
「そりゃそうだろ。寧ろそれ怠ってたら流石の俺も黙っちゃいないよ。当然やってはいるだろうけども、誰から見ても分かるくらいのアキレス腱なら本人にそれなりの自覚は持ってもらわんとって話」
その理屈で言うならば、響の親族も狙われる対象となり得るだろう。血縁である以上、未来と同等かそれ以上に可能性が高い。
颯人は後で弦十郎に確認を取っておくべきかと頭の中でメモしておいた。
「それじゃあ、やっぱり未来に全部話した方が……でも信じてくれるかな――?」
話すなら話すで、問題となるのはそこだろう。
普通に考えて、国家機密の対ノイズ兵器の使用者になってしまいました、なんて話を素直に信じるのは難しい。荒唐無稽に過ぎる。下手をすれば、出鱈目な作り話で誤魔化そうとしていると思われて逆に怒らせる危険性すらあった。
「そんなら、おっちゃんに一筆書いてもらうとかどうだ? 若しくは本人に話を付けに行ってもらうとか」
「……旦那を説得に行かせる気か?」
「それくらいの時間はとっても良いんじゃねえの? 響ちゃんに協力してもらってる立場なんだし」
恐らく、弦十郎ならそれくらいは動いてくれるだろう。彼も内心では響は勿論、奏や翼にも戦いからは離れてほしいと思っているからだ。若く未来もある彼女達に、戦いを強要せざるを得ない己を心の何処かで恥じてすらいた。
「ま、今すぐ答えを出さなくてもいいだろ。響ちゃんにも心の準備は必要だろうし、覚悟が決まったらおっちゃんとかに話付けてみな。難しそうだったら俺らも手伝うから」
「そうそう。ほら、今日はもう帰んな」
「颯人さん、奏さん…………はい! ありがとうございます!」
2人の激励に響は元気を取り戻したのか、憂いの無い笑みを浮かべてその場を立ち去って行った。
その響の後姿を颯人は温かい目で見送り、対照的に奏は少し心配そうに見つめていた。
「響の奴、大丈夫かな?」
「仲違いしないかって事? 大丈夫だって、俺らがそこまで気にする事じゃないよ」
「でもさ――――」
どうしても不安が拭えない奏。もし仮に二課やシンフォギアの事を秘密にしたが為に響が親友と仲違いしてしまったら、それは間違いなく戦いに巻き込んでしまった自分の責任だと考えているのだ。
そんな不安を察した颯人は、奏の前で跪くと彼女の手をそっと取り自身の両手で包み込んだ。
「そう心配すんなって。喧嘩で仲違いなんてのは青春の華さ。喧嘩して仲直りした数だけ、互いの絆は固くなる」
そう言い切った直後、颯人が両手をパッと広げるとそこには奏の手に乗る程度の量のアゲラタムの花があった。
更に彼が手を離すと、何時の間にか奏の指に一本の紐が巻き付けられていた。紐の先端は颯人の手の中にあり、彼が手を離しながら一定間隔で紐に何かを結びつけるような動作をするとその度に色々な国の国旗が繋がれていく。
その手品に奏は覚えがあった。
まだ颯人も手品のレパートリーが少なかった子供の頃、奏が気分を落ち込ませたり機嫌を悪くした時によくやってくれた手品がこれだったのだ。
その頃の事を思い出し、懐かしさに笑みを浮かべた。
「青春の華、ねぇ」
「俺達がもう、絶対手に出来ない得難い宝だ。大事にしてもらわないとな」
しみじみ言う颯人に、奏はふと気付いた。
彼がしょっちゅう悪戯を仕掛けて揶揄ってくるのは、もしや失われた青春時代を少しでも取り戻そうとしているのではないか?
もしそうだとするならば――――――
「颯人ってさ……結構馬鹿だよね?」
一見すると何時も通り、先程と同じように罵倒しているようにも聞こえるが、今度の“馬鹿”にはいろいろな意味が込められていた。
そして颯人は、それに気付いていた。2人が子供の頃から繰り広げてきた喧嘩は、両手の指では足りないのだ。喧嘩と仲直りの数だけ絆が固くなるなら、2人の絆は鋼なんて目ではない。
故に彼は特に反撃するようなことはせず、笑みと共に気障なウィンクを返したのだ。
「あれ? 今更気付いた?」
「プフッ! ば~か」
堪らず噴出す奏に釣られるように、颯人も声を上げて笑い始める。
周囲に誰も居ないリディアン地下の二課本部の一画。
そこに、失われた青春時代を取り戻そうとするかのような颯人と奏の無邪気な笑い声が響き渡るのだった。
後書き
と言う訳で第34話でした。
今回颯人が考えた危険は私の個人的解釈ですので、違う考えの方もいらっしゃると思いますがそこはご了承ください。
奏の交友関係に関しても同様です。彼女の性格なら戦いとは無縁の友人が居ても違和感ないとは思いますが、本作ではこういうスタンスで描いていきますのでよろしくお願いします。
執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録などよろしくお願いします。
次回の更新もお楽しみに。それでは。
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