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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第47話 草刈りの終わり

 
前書き
少し短いです。
書いていて自分の筆力の低下を実感しました。豆腐メンタルなので、手心をお願いします。 

 
 宇宙暦七八八年八月 マーロヴィア星域 メスラム星系惑星メスラム

 トルリアーニ逮捕以降の事後処理の速度はというと、型にはめたように圧倒的というべきものだった。

 予定通りハイネセンにおいて軍と中央法務局連名によるマーロヴィア星域における治安維持活動が報道陣に公開される。計画立案から実行までほとんどが軍部と経済産業庁によるもので、中央法務局は捜査員すら派遣しなかったが、治安維持作戦の主導的立場として発表される。功績のただ乗りであるが、これについてはマーロヴィア軍管区司令部に大きな不満はない。

 次にド辺境とはいえ星域行政府の高官、それも治安維持を担当するトップであるトルリアーニの逮捕が発表される。この星域で海賊が跳梁跋扈したのはトルリアーニが海賊と繋がりがあった為であり、辺境を軽視する治安維持機構全体の責任ではなくトルリアーニ個人の問題である、と強弁したのだ。一理ある話ではあるが、政府に批判的なマスコミやジャーナリストはこれを糾弾する。個人の問題であるにしても、行政官僚の腐敗は政権自体の問題であり、ひいては最高評議会の管理能力に疑念がある。そう批判された。

 そして最後に宇宙海賊『ブラックバート』の首領であるロバート=バーソンズ元准将の逮捕と、その戦力の降伏が発表されると、記者発表の席は困惑と興奮で溢れかえったようだった。ケリムで歴戦の第一艦隊が総動員されたにもかかわらず逃してしまった名うての海賊の壊滅と逮捕。それもマーロヴィア星域管区という実働戦力にも行政府にも問題のある場所で成功したというのだから、まぁ驚くのも無理はない話だ。どうやってそれに成功したのか、質問が相次いだがそれに応えたのがよりにもよって若手の国防委員だった。

「中央法務局の皆さんの長年の捜査の蓄積と、老練な軍管区司令官の堅実で果断な指揮、それに経済産業庁長官をはじめとした勤勉で実直でそして何より正義を愛する行政府の諸氏が協力し合い、大きな腐敗と悪徳を打破することに成功したわけです。法務、軍部、行政の緊密な連携こそ国家の安全と市民の自由、そして自由経済を救ったのです」

 まるで舞台俳優のように通る声で、そして長いセリフを短く感じさせるよう、大仰にはならないアクションで、軍作戦内容や微妙なところに届きそうな質問を的確にはぐらかしていく。巧みな話術というべきだ。背景も裏側もわからない人間が聞けば、まず間違いなく気分が高揚し、今回の作戦を、そして実行しそれに助力したであろう若手の国防委員を褒めたたえるだろう。そしてド辺境星域の治安に興味がある人間は圧倒的少数だし、背景を探りに行こうという気を失わせるに十分すぎるほどの絶対的な距離がある。

 超光速通信で送られてきた記者会見映像を、半ば義務的に見ていた星域軍管区司令部の気圧は、当然ながら極限まで低下している。コクラン大尉もライガール星域管区から戻ってきて、バグダッシュと俺も加わって久々に司令部全員が集合したにもかかわらず。

「……いったいなんなんです、アレ」
 映像が終わり真っ暗になったスクリーンを前にして、最初に不満の煙を漏らしたのはファイフェルだった。年長者たちには聞こえない声で、俺に囁いた。
「トリューニヒト国防委員でしたっけ。彼はこの作戦で何か仕事したんですか?」
「機雷の手配への口利き。コクラン大尉をここに配属させる口利き。中央法務局から憲兵隊へ業務委託させた口利き。まぁ実にフィクサーらしい仕事をした……らしい」
「……小官はトリューニヒト国防委員の口利きでここに来たつもりはないんですが」

 俺の声が思いのほか大きかったのか、これにコクラン大尉が乗ってくる。まぁ彼はそう思うだろうし、勘繰られるのも迷惑な話だろう。爺様とモンシャルマン大佐の少し冷めた視線がこちらに向いているのを確認し、俺個人の想像と断ったうえで、昨年末バグダッシュに話したことを話した。そして程度の差こそあれ、露骨に不満の表情を浮かべる。

「投資先として儂は歳を取りすぎておると思うから、恐らくはジュニア目当てじゃろう」
 両手の上に顎を乗せ、三白目になった爺様は、吐き捨てるように言った。
「まさに寄生虫じゃな。安全で快適な首都におって、危険は全て他人に押し付け、果実の上手いところだけをすべて持っていく」
「貴官の想像が正しければ、この治安維持作戦の評価を大きく上げたブラックバートの捕縛に彼はなんにも関与していない。失敗すれば他人のせい、成功すれば自分の功績か。あの弁舌は盗賊の舌だ。あの舌で自由だの民主主義の勝利だの言われると、気持ちが悪くなる」
 モンシャルマン大佐も全く容赦がない。
「仮にまたガンダルヴァ星域管区に戻って仕事することになっても、あまりいい気分ではできそうにないですね」
 散々機雷やら船舶やらゼッフル粒子やらの調達で苦心したコクラン大尉の心中は複雑そうだ。
「ですが、あれこそ今の政治なのでしょうな」
 そんな中で空気を全く読まず、バグダッシュがボソッと呟いた。醒めた口調がより部屋の温度を低下させる。

 法的な問題点を補正し、軍や機構の動きを潤滑化させる為に表に出さずに各所を調整する。それが政治の仕事だ。それは爺様も大佐も十分すぎるほど理解しているのだろうが、トリューニヒトのように露骨にさも自分が統括して指揮しましたと言わんばかりの態度が気に入らないのだろう。爺様の舌鋒は、当然のごとく俺に向く。

「ジュニア。後始末の方はどうじゃ?」
「刈り切った草は焼却炉に持っていきましたので、次は土を掘り起こす番です」
「よかろう。航路開削と掃宙訓練はやればやるほど上手くなるモノじゃからな」

 そういうと爺様は、すっかりぬるくなったコーヒーを啜るのだった。

 それからというもの俺は司令官代理という形でほぼ毎日、惑星メスラム上の司令部と収容所、惑星軌道上の廃船置き場と機雷をバラまいた小惑星鉱区を行ったり来たりという生活に落ち着いた。収容所で生き残った海賊の中から従順で比較的若い要員を選考し、廃船置き場に蓄積されているゼッフル粒子入りの廃船を引っ張り出し、星系間航行能力のないタグボートで小惑星鉱区まで押し出し、無人操縦で小惑星帯に突っ込ませる。

 熱反応型の自動機雷は慣性航行状態では反応しないが、機関を始動するとその熱源を感知して作動する。それを利用してタグボートで初速を作り、適当なポイントに到達した時点で廃船の機関を始動させる。始動すれば機雷のもつ小さいが高出力の推進機が作動し廃船に勝手に突撃してくれる。そして廃船の内部にはゼッフル粒子が搭載されているので、機雷の爆発熱に煽られ膨大なエネルギーを発して誘爆し……その熱がさらに近くに敷設された機雷を誘引する。地球時代によく使われた自走式機雷処分用弾薬を廃船で置き換えたわけだ。

 これで残った廃船分の機雷は処理できるが、爆破した後の後始末は掃宙艦と特務艦の出番となる。特務艦と言っても帝国の輸送艦を改造したもので、掃宙艦に先導されつつ爆破処理が完了した宙域に侵入し、航行に支障のある破片を掻き集める役目を帯びている。これには専門の航路開削用の機材が複数積み込まれており、民生用の航路開削船とほぼ同等の能力を有していているが、この手の機材はマニュアル操作なので、そこに戦傷者や降伏した海賊などを要員として配置する。

 勿論破壊された廃船は資源として再回収される。小惑星で宇宙船用装甲用材を生産している鉱山船はいくつか残っているから、再び精錬されて用材となる。元々私企業だった鉱山・精錬企業も、海賊との癒着があったことを盾にマーロヴィア星域政府に「収用」という形で公的管理となり、生産された用材も軍が安値一括で購入し、マーロヴィア星域外への軍事輸送船団に資材を積み込み、リオヴェルデ・エリューセラ・タナトスといった辺境部にある軍直轄造兵廠へと送られる。

 日本で言う第三セクターに近いが、現在の自由惑星同盟において財務委員会の圧力が強いのか、それとも軍事費の圧迫が強いのか、いわゆる国有企業は水素などの生活必需資源とインフラに限られている。行き過ぎた新自由主義とまでは言わなくても、国家が私企業の領域に立ち入って公金を利用して営利を得ることを民業圧迫として敬遠しているし、政府に批判的な勢力はそういう公金が注ぎ込まれる企業の汚職をよく槍玉に上げる。パルッキ女史が「植民地の女王様」を嫌がるのも、官僚の本能である自己権限の拡大をいらぬところから疑われたくないという側面もある。

 そして将来的に……今のままでは難しいかもしれないが一〇年後、ラインハルト=フォン=ローエングラムによる「神々の黄昏」が始まった時、ランテマリオ星域の後方にあって十分に距離の離れたこのマーロヴィア星域に有力な軍事物資生産設備を有しておくことは悪いことではない。艦艇を自力生産できるほどの設備は難しくとも、艦船の補修や改造ないしミサイルなどの消耗兵器生産設備を構築することができれば、少しは勝率が上がろうというモノだ。そこには機雷の取り扱いに慣れた嘱託従業員もいる。

 そう、機雷。地雷同様あればあったで民生の邪魔でしかないが、貧者の持てる数少ない戦略兵器でもある。ランテマリオの戦いでも回廊の戦いでも、いや帝国の内戦においてもその有効性は証明されている。それをより大胆に、攻勢防御として利用できないか? 指向性ゼッフル粒子があれば容易に開削されることだろうが、戦闘宙域を大きく制約することはできる。そして艦隊行動のチョークポイントとなる回廊はひとつではない。

 想像の翼を広げて、地球が人類の中心地から離れて八〇〇年近く経っているのに、未だ机の上から絶滅していない紙にいたずら書きのようなメモを書いていると、鍵をかけていない俺の執務室の扉からファイフェルが飛び込んできた。いやに慌てているので収容所にぶち込んだ海賊たちが反乱を起こしたのか疑ったが、ファイフェルの顔には危機というより驚愕の方が多かったので、俺は一度だけ深呼吸をすると席に座ったままファイフェルに言った。

「どうした。パルッキ女史に言い寄られでもしたか?」
「そんな縁起でもないことを言わな……あぁ、すみません。少し慌ててました」
 予定通り軍務一年で中尉に昇進し、軍隊生活に慣れ始めたのか軍用ベレーを被ることが少なくなったファイフェルは右手で小さく頭を掻くと、苦笑して応えた。
「先輩はエル・ファシル星域をご存知ですか?」

 俺がファイフェルに何も応えることなく、無言で立ち上がり携帯端末を確認したのは、もし俺以外に転生者が居たら当然の行動だと思うだろう。

 宇宙歴七八八年八月二八日。端末の画面にはそう記されていた。

 
 

 
後書き
2020.05.22 事前入稿 
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