| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第42話 ブラックバート その1

 
前書き
草刈りという題名をつけたかっただけなんて、今更言えるわけもない。
ようやくフラグ回収です。 

 
 宇宙歴七八八年五月一日 マーロヴィア星域 ソボナ星系外縁部

 ついにきた。

 三月から一月半の内に、商船(大半が偽装艦)二五隻を襲撃、海賊船一八隻撃沈、海賊根拠地大小三か所を蒸し焼きにした偽物の残虐行為を正すべく、本家が出陣してきた。

 ガンダルヴァ星域管区内で発生した海賊情報を軍のネットワークで確認すれば、フェザーンのタンカーと金属資材運搬船の船団が襲撃され、両船とも乗組員を脱出ポッドに押し込んだ挙句、船ごと強奪されたとのこと。生存乗組員によれば、最初五隻程度の改造海賊船が強襲接舷してきたところ、同盟軍の七六〇年型標準巡航艦二隻がこれを撃退。コンボイに取り残された海賊を確保するという目的で巡航艦が接舷し……そのまま乗っ取られたとのこと。

 星域管区司令官のロックウェル少将はこの事件にカンカンになって、隷下の巡視艦隊だけでなく星系警備艦隊も通常哨戒圏を無視した星域探索に投入した……ざまぁみろ、と思ってしまうのはやはり原作にとらわれているからなのか。取りあえずは上官に対する忠誠心の表れということにしておきたい。

 ニコラウス=ボルテマン……間違いなくボルテックのことだと思うが、ユニット名の後ろに付けた数字は、現在活動可能なブラックバートの戦力と見ていいだろう。フェザーンの意図は、「左遷解除の口利きしてやるから、ブラックバートを始末しろ」ということだ。ボルテックの情報をすべて信じるわけにもいかないが、四月二九日にガンダルヴァ星域管区を出てトリプラ星域管区経由ということは、最短で五月一五日にはマーロヴィア星域管区に侵入してくることになる。

 すでに襲撃の形でコクラン大尉から十分な補給物資を得ているとはいえ、三月上旬から海賊行動に入っている乗組員の疲労はかなり蓄積されている。なれない海賊行動がだんだんと板につき、海賊船との戦闘での勝利に高揚しているとはいえ、その影響は無視できない。

 一度、特務分隊をメスラムに戻すべきか、そう考えないでもなかった。だがそうすると機密保持の面から問題が出てくる。メスラム星系における海賊の恭順と討伐は順調に進んではいるが、データに残っているマーロヴィア星域管区内の海賊の一五パーセントが未処理の状況だ。特務分隊を原隊復帰するには尚早というべきだし、ブラックバートの情報収集の網に引っ掛かるようなことはすべきではないだろう。それよりも確実にブラックバートを処置するほうが重要だ。

「トリプラ星域管区への跳躍宙点を有するアブレシオン星系で待ち受けます」

 おそらく、というよりも間違いなく彼らは我々偽物のブラックバートを狙いに来る。そして保有する戦力が複数の巡航艦クラスであることも見抜いているだろう。そうなれば彼らは持てる戦力全てをつぎ込んでくると考えられる。つまり一二隻ないし一四隻。

「それだけの艦艇数なら、複数の集団に分かれて侵入するんじゃないのか?」
「否定できませんが、偽ブラックバートがバナボラ・グループの海賊船団を撃破したことを知っているとなれば、各個撃破の危険性を考え戦力の一斉投入を図る、というのが元軍人の思考ではないでしょうか」
「しかし、一団となって侵入してくるというのもまた、考えにくい話だが」
「現在、マーロヴィア星域管区への航路運行において、船団方式をとるよう隣接星域管区へ指示が出ています。ガンダルヴァ星域管区で、商船改造型の武装艦を囮とし、旧式とはいえ制式の軍艦を使って海賊行動を行ったことから、彼らはその方式で偽ブラックバートを釣りだそう、と考えていると思われます。問題は……」
「何隻の軍艦がいるかということだな」

 カールセン中佐が、目を閉じたまま答えてくれた。

 標準巡航艦が二隻だけ、ということであれば彼らは全戦力で護衛船団を偽装するだろう。一〇隻前後の輸送船を護衛するのに二隻の巡航艦が付く、というのは小規模船団としては極めて常識的な編成だからだ。だが他にも軍艦がいた場合……特に旧式であっても戦艦がいた場合、戦力的に多様なシナリオを創ることができる。

 こちらにとって有利な点は、ブラックバートが護衛船団を偽装したとしても、それが本物ではないということが分かるということ。個艦性能においては相手よりも整備運用面で優勢であること。そして特務分隊の総数をブラックバートが完全には把握していないということ。

「まずはトリプラ星域側から出発する護衛船団のスケジュールを完全に把握しましょう。そのどれかの便に偽装して、侵入を果たす可能性が極めて高いと思われます」

 次にそれを迎え撃つ作戦。ブラックバートには最低二隻の標準巡航艦がいる。これを分隊全艦で撃破し、残りの武装艦は各個に撃破する。もし戦艦が同行していた場合は、最優先で集中砲火を浴びせる。だがブラックバートの偽装した護衛船団に五隻の巡航艦が集団で接近すれば、当然彼らも警戒するだろう。それであるならば、「パトロール中の巡航艦一隻が船団に遭遇した」というシナリオで動いたほうが自然だ。

 ほかにも多様なシナリオが考えられるが、それはアブレシオン星系に到着するまでの間にウエスカの戦術コンピューターに放り込んでおけばいい。ここまで話し、俺は集まっていた艦長達にアブレシオン星系への進路変更と、各種兵装の整備と塗装の変更を指示して会議を解散させた。部屋を出てシャトルへと向かう艦長達をよそに、カールセン中佐だけは椅子に座りなおしていた。俺は余計なこととは思いつつも、机上の資料をまとめる手を止めた。

「中佐、いろいろ思うところはあろうかとは存じますが……」
「……あぁ、わかっているとも」

 小さく手を上げてそう応えるカールセン中佐の顔に、訓練の時のような覇気がないのは確かだった。俺は備え付けのドリンクサーバーでホットコーヒーを二つ煎れ、一つをカールセン中佐の前に置いた。それを見て、カールセン中佐は小さく視線を俺に移した後、何も言わず一口啜った。

「ボロディン大尉、君は何故そこまで熱心に任務に取り組むことができる?」

 数分の沈黙の後にカールセン中佐は、呟くようにそう俺に問うた。つい最近、場所も相手も違うが、まったく同じ経験をしているだけに、今回は困惑しなかった。
「まったく同じ質問を、小官はケリム星系警備艦隊に在籍中、首席参謀だったエジリ大佐から受けたことがあります」
「そうか、エジリ大佐もか……大佐は確か二年前にケリム星系で逮捕されたのだったな」
 そういうとカールセン中佐は、会議室の天井をぼんやりとした眼差しで見上げながら言った。
「貴官が警備艦隊にいた頃、大佐にどういう感想を持ったかは知らないが、大佐が駆逐艦分隊の先任艦長だった時のことは今でも思い浮かぶ。第2次イゼルローン要塞攻略戦でたった五隻の小さな駆逐艦達が、敵の砲火を巧みに掻い潜って、中性子ミサイルの一斉射撃を戦艦に叩き込んだのだ」
「……そうですか」

 それだけの猛将が、ケリムで醒めてしまったのか。士官学校優位の不文律という壁にぶち当たり、同様な立場で苦難にあるバーソンズ元准将へ『夢』を託したのだろうか。俺が一抹の不安を覚えてカールセン中佐を見つめると、珍しく、というか面識を持ってから初めてカールセン中佐の笑みを見た。

「そう心配するな、大尉。儂はちゃんとブラックバートと戦う。裏切ったりはせんよ……でなければ、バーソンズ閣下に仕えていた仲間達の立場を、ビュコック閣下や、ひいては同盟軍全体の下士官・兵の勇名をさらに悪くしてしまいかねないからな」

 そう言うとカールセン中佐は荒々しくコーヒーを飲み干し、大きく足音を立てて会議室から出ていくのだった。



 それから一三日かけ、特務分隊は予定通りアブレシオン星系に到着。分隊で唯一、制式塗装に戻したウエスカと残りの四隻がここで分離する。すでに各艦艦長には作戦案を通告してあり、変更がある場合は適時ウエスカから戦術コンピューター回路の番号を通知することになる。

 一方でウエスカは単艦でアブレシオン星系にある跳躍宙点へと進み、その前方六光秒付近に停止する。通常のパトロール手順通り、跳躍質量反応と次元航跡解析と分隊以外からも招集して定数をそろえた三機のスパルタニアンを発進させての三通りによる全周警戒を実施する。

 事前にマーロヴィア星域管区司令部より、トリプラ星域管区より駆逐艦二隻に護衛された計一三隻の護送船団が移動中との連絡を受けている。予定通りで行けば本物の護送船団は一九日に前方の跳躍宙点に出現する。それまでじっくり四日間、この周囲に網を張っている計画だった。

 もしブラックバートが未知の跳躍宙点からマーロヴィア星域管区に侵入した場合は、偽装商船を再び撃破しながらの挑発行動を続けることになる。そうなると流石に一回はメスラム星系に戻ることになるだろう。そうならないことを祈りつつ、二日が過ぎた五月一五日。こちらの最速の予測で、奴らは現れた。

「前方跳躍宙点に重力ひずみを複数確認。数は一〇ないし一五」
「計測値から見て各個は質量二〇万トンから三〇〇万トン程度と思われます」

 観測オペレーターの報告と共にウエスカの狭い戦闘艦橋は一気に緊張感に包まれる。複数の光学・量子センサーが作動し、画面処理が行われ、跳躍宙点に現れた異変がメインスクリーンに投影される。何もない宇宙空間からポツリポツリと小さな光の円盤が現れ、その中央から物体が現れる。全長二〇〇メートル前後、全幅四五メートル前後、全高四〇メートル前後。自由惑星同盟軍の制式塗装で包まれたそれは、明らかに『制式の』駆逐艦であった。さらにその後ろから商船らしい二回り大きな船が複数隻出現する。

「現時点における正面勢力を報告せよ」

 跳躍宙点での動きが終わり、わずかな時空震を浴びたあとで、俺は沈黙するオペレーターに命じる。俺の横ではカールセン中佐が無言で腕を組んでいた。

「駆逐艦二隻は最前に並列、商船らしき船団は跳躍宙点より〇.四光秒の位置において並行二列縦隊を形成しております。商船の数は九隻」
「敵味方識別信号を受信しました。向かって右舷の駆逐艦が七六〇年型のラフハー八八号、左舷が七七〇年型のサラヤン一七号」
「間違いなく敵だ」

 艦籍をデータベースで照合するよう命じようとした寸前に、カールセン中佐は吐き捨てるように呟くと、目を細めて小さく鼻息をついた。なんでそんなすぐにわかるんだという俺の視線に気が付いたのか、カールセン中佐は不快感を隠さずに俺に言った。

「かつて自分が乗っていて、大破して戦地で廃棄処分されたはずの駆逐艦とその僚艦が目の前にある。これほど不愉快なこともないな。名前を付けた奴の顔が見たくなってきた」
「あぁ……それは……」

 それは間違いなく、そしてかなり運がいいのだろう。戦艦や宇宙母艦でもない限り、一度でも廃艦処分となった艦の名前は、新造艦には使われないというのが原則。恐らく艦籍データベースでも廃艦処分と出るだろう。だが艦籍データベースの更新は複雑な手続きが必要で、戦闘中行方不明の艦艇などでデータ処理が遅れたりした場合、データは放置されることもある。

「ラフハー八八号より通信です。こちらの艦籍と任務について問うてきてますが?」
 指示通りこちらは敵味方識別信号を出していないので、駆逐艦は不安を覚えて問うてきたのだろう。オペレーターの一人が心配そうにこちらを見ると、俺はカールセン中佐に言った。中佐が以前乗っていた駆逐艦の名前を使っている『ブラックバート』である以上、カールセン中佐の顔は知られている可能性が高い。
「カールセン中佐、ここは自分にまかせていただけませんか?」
「よかろう」
 頷いてカールセン中佐がカメラに映らないよう戦闘艦橋の右端に移動する。それを確認してから俺は受信画面に正対した。画面には模範的同盟軍人ともいうべき少佐の階級章を付けた中年の男性が映っている。俺が敬礼すると、相手も答礼するがそれもそこそこに詰問口調で問うてきた。

「貴官がそちらの巡航艦の艦長か? 官姓名を申告せよ。」
「申し訳ありません、少佐。小官はビクトル=ボルノー大尉と申します。巡航艦『ニールスⅢ』の副長代行を務めております」
「何故、識別信号を出さない。辺境の、それも星域管区境界において識別信号を出さないとなれば、海賊と誤認される可能性すらある。軍機違反であり、不用意に部下を危険にさらす危険な行為である。正当な理由はあるのか?」
「はい。先日、当艦は恒星アブレシオンからの強力な太陽風と磁気嵐を受け、航行機関部と長距離通信アンテナに重大な電子的損傷を受けております。幸い搭載艇の緊急通信回路により近隣哨戒中の僚艦に救援を要請しており、当艦は現宙域において待機中であります」
「……そうか、それは災難だったな」

 正規軍に対して軍規と組織論の両面からこうも堂々と演技ができるというというのは、この少佐もかつて軍での、それもこういう経験が豊富な退役者ということだ。だが救援要請という言葉に、この少佐は一瞬言葉を詰まらせた。

「僚艦の到着はいつ頃になると連絡があったか?」
「一二時間後とのことでした。ご存知の通り、マーロヴィア星域管区は配備艦が少ないので、時間通り到着するかはわかりません。難儀しそうです」
「艦長はどうなされた。不在のようだが?」
「艦長は機関に明るく、機関中心部で陣頭指揮をなさっておいでです。航海長は各部航法装置の再点検の為、現在艦橋を不在にしております」

 わざとらしく心細い演技でそう答えると、画面の少佐は顎に手を当てると、しばらく沈黙していた。だがその手に半分隠された細い唇が、小さく笑みを浮かべているのは間違いなかった。

「もしよければ、当艦から応急班を送ることが可能だが、どうか?」
「お申し出、感謝いたします。少佐。ですがそちらの船団のスケジュールのほうは、いかがなのでしょうか? ただでさえ少ない護衛戦力が半分になってしまっては……」
「それは問題ない。実は船団後方よりマーロヴィア星域管区に新たに配備される戦艦が一隻と巡航艦が二隻続航している。あと五時間もすれば合流できる。もし修理が長引くようなら船団の護衛は巡航艦が担当してくれる。当艦の応急班で修理不能であるなら、戦艦が曳航してくれるだろう」
「ありがとうございます。すぐに艦長に連絡いたします」
「資材の運搬上、シャトルでは困難が予想される。接舷させてもらうがよいか?」
「承知いたしました。お待ちしております」

 お互いに敬礼して画面が消えると、狭い戦闘艦橋ではオペレーターや、不在扱いにされた航海長達が今にも吹き出しそうに肩を震わせていた。

「よく素面でスラスラと嘘がつけるものだな」
 艦長席に戻ってきたカールセン中佐が呆れた口調で俺に言った。
「接舷したいというのは、奴らこのウエスカを乗っ取るつもりか」
「若造だと思って組みやすしと、思ったのでしょう。あの少佐は装甲服でご馳走して差し上げたいと思いますが、問題は戦艦と巡航艦です」
「嚮導巡航艦を乗っ取るつもりなら、駆逐艦からはかなりの数の要員を送り込んでくるだろうから、接舷状態を維持し、戦艦と巡航艦の油断を誘いつつ、撃破の機会をうかがう形になるな」

 巡航艦一隻で戦艦と巡航艦二隻は相手にできない。商船と自称するのも海賊の武装船に違いはなく、残りの駆逐艦一隻も計算に入れなくてはならない。だが規模は予想の範囲内ではある。

「各艦にツーマンセル戦術を指示しましょう。当艦近辺に遊弋したタイミングで前方を航行中の『護衛船団』を襲撃してもらいます。急襲すれば駆逐艦一隻と改造武装船九隻です。状況が許せば跳躍宙点付近に機雷を撒きましょう」
「……それは後で一基残らず回収しないと、完全に軍規違反になるな」

 カールセン中佐はつまらなさそうな口調で言ったが、その言葉に反してその目には闘争心があふれていた。
 
 
 

 
後書き
2020.05.22 事前入稿 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧