ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第38話 オーバースペック
前書き
パルッキ女史は会社の近くをよく通る外国人のモデルさんがモデルです。
もちろん話したことはありません。
タイトル通りの人物登場です。
宇宙暦七八七年一一月 マーロヴィア星域 メスラム星系
経済産業庁のパルッキ女史に護衛船団を提案してから半月後。マーロヴィア星域管区司令部及び所属部隊の身体検査がほぼ終了した。
艦艇乗組員のうち、およそ一パーセントが海賊や非社会的組織と金銭的あるいは物理的な繋がりがあり、三パーセント近くが横領等の犯罪に手を染めていた。比率として多いか少ないかはともかく、モンシャルマン大佐と大佐の選んだ憲兵隊だけで全てを成し遂げたわけだから、流石というしかない。
だが結果として艦隊戦力の一割(汚職関連には士官より下士官や兵の方が多かった)が即座に戦力として運用することができない状況になった。配置転換や艦艇の一時運用停止などして凌いではいるものの、実際のところパトロール任務を実施するだけで限界一杯。護衛船団を形成すればそれすらもおぼつかなくなる。即座に作戦を実行するわけではないので、海賊掃討作戦に影響はないものの、早いうちに事態を解消する必要がある。
『情報部からの助っ人(兼ブロンズ准将からのお目付け役)』が到着した時のマーロヴィア星域は、まさにそんな状況下であった。
「突然マーロヴィアなんて田舎で仕事しろなんて、小官は何も悪い事をしたつもりはなかったんですがねぇ」
やはり重力が違うと体が重いですなぁと、とぼけたアルトボイスを俺に浴びせながら、横を歩く二八歳の顔を俺は覗き見た。例のドジョウ髭は生えていないが、髪はポマードでしっかりと仕上がったオールバック。飄々とした表情はアニメで見た本人そのものだ。
「ここまで来てくれた事は感謝しております。バグダッシュ大尉殿」
「『殿』はいりませんよ。確かに小官の方が先任ですが、同じ大尉じゃないですか」
そう言うと、オールバックから一本だけ反り返った髪の毛を親指と人差し指で挟み込みながら、視線を上げてさらにとぼけたように肩を揺らす。
「士官学校では先輩後輩は大きな階段でしたが、ここで小官の作戦指揮権限者はボロディン大尉です。五歳位の年齢差で怯んでいては、今後が思いやられますな」
「……バグダッシュ大尉は士官学校を出ていらっしゃる?」
「勿論。ボロディン大尉が入学した年には少尉に任官していましたぞ。つまらん上官を殴ったり、その愛人を寝とったり、企業の倉庫の中身を失敬したり、まぁいろいろやってきましたがね」
「……それ本当ですか?」
「さぁ、どうでしょうかね?」
鼻で笑いながら、バグダッシュは空港のロビーを抜けて無人タクシーを止めると、さっさと乗り込んでいく。形式だけとはいえ、年少同階級の指揮下に入るという事を心理的に嫌がる人は多い。が、バグダッシュがそうでないのは正直ほっとした。もっとも狂信的ヤン原理主義過激派状態のユリアンや、ヤン=ウェンリーファンクラブ会員No3のシェーンコップ相手に、ヤンを餌にして腹芸をこなせるような精神性の持ち主なのだから、ヘマして辺境に流された高級士官の息子なぞ歯牙にもかけない存在であろうけど。
そんなバグダッシュは無人タクシーに乗り込んでからというもの、ずっと自分の端末をタッチペンで操っている。時折フフンと鼻で笑うような仕草を見せていたのでそっと横目でカンニングしてみると、風俗関係のホームページを検索していた。一瞬何考えてるんだコイツと思ったが、風俗関係でも開いているページはある特定の分野に絞られていた……つまり『盗撮・盗聴』分野に。情けないことだが俺は星域管区司令部に到着するまで、一切口を開く事が出来なかった。
「まぁ、素人さんなりには合格ですな」
黙ったまま司令部にある俺の個室に入ってバグダッシュは、俺に断るまでもなくパイプ椅子を二つとり、一つに腰掛け、もう一つに長い左足を放り出して言い放った。
「個室防諜も一応できているし、大尉の端末に侵入するのにはちょっと骨が折れました。この辺の海賊の情報屋程度を相手にするなら、まずは十分防御できるレベルです」
「……自分の端末に侵入、ですか?」
「暗証を彼女の誕生日と愛称にするというのは、いささか男として未練がましいとは思いますがねぇ」
腰にある自分の携帯端末に手を当て絶句する俺にかまうことなく、バグダッシュは自分のカバンからもう一つの端末(当然民生品のオリジナル)を取り出して三次元投影機に接続すると、部屋の照明を消すよう天井を指差す。俺が照明を落とすと、ここ数週間見続けたマーロヴィア星域全域の航宙画像が立体図で現れた。
「ボロディン大尉の作戦案は長い長い航海の間に読ませてもらいましたよ。飴と鞭を使って小さい海賊を磨り潰しながら、偽装海賊による襲撃によって意図的に海賊集団を幾つかの大集団へと集約させ、対立を煽りつつ、小惑星帯ごと封じ込めて討伐するというのは、実に偽善的で悪魔的で非人道的な作戦ですなぁ」
「それって褒められていると思っていいんですかね?」
「絶賛したつもりですよ? ここに旨いワインがあればより感動的に手放しで賞賛するんですが」
そういいながらバグダッシュは俺に断りもなくジャケットから鈍い輝きを放つスキットルを取り出して一口呷った。
「だが残念なことに手足が足りないから状況終了まで三年なんて時間をかけることになるんです。小官も大いに手伝いますし、どうせ海賊共は『まとめて蒸し焼き』にするんですから、ここまで時間をかけて実行する必要はないんじゃないですかねぇ」
バグダッシュの口調は軽薄そのもので、聞いている俺ですら軽い『アドバイス』かと思えるようなものだ。だが時間をかけることこそ今回の目的の一つであり、その目的が何であるかについて、俺は爺様にもすべては説明していない。だがバグダッシュの、顔はともかく目の奥底に、光るものがあることを見逃すことはなかった。
「……数は力です。魚を捕らえる網の目は細かいほうがいいし、餌も多いほどいいでしょう」
「この作戦の実行責任者はビュコック准将閣下で、立案者はボロディン大尉です。私は情報戦の指揮代行と作戦へのアドバイスが今回の仕事ですからな」
右唇がちょっとだけ動いたような気がしたが、俺はあえてスルーした。それが気に障ったのかどうかはわからないが、もう一度スキットルを呷ると今度ははっきりと呟いた。
「公然と酒を飲んでもいい職場というのは、そうそうないものですからな。ちょっと腰を据えても悪くないでしょう。小官もできる限りご協力いたしますよ」
爺様とバグダッシュの顔合わせはものの数分で済んだ。それは特に感動を呼ぶものでもなければ、冷たいものでもなかった。正式な情報参謀ではないにしても情報将校として時間の許す限り早く到着した相手に皮肉をぶつけるほど爺様は皮肉屋ではないし、バグダッシュも年配の上官相手に全く不可のない応対に終始していたので、まさに『ザ・形式』というような感じであった。それでも海賊掃討計画において、特に後方支援が重要となるというところに話が及ぶと、流石に爺様の顔も険しくなったようだった。
その風向きが変わってきたのは、もう一人の助っ人がマーロヴィア星域に派遣されてきてからであった。
宇宙歴七八七年一一月二九日。爺様と二人で無駄にデカい管区司令庁舎内の、照明の八割が消えてもなおまだ床を照らすスペースに余りある食堂で昼飯を食べている時。司令室でモンシャルマン大佐と留守番をしていたはずのファイフェルが、血相を変えて飛び込んできたのだ。
「どうしたのかね? ジュニアの大切にしているウィスキーのミニボトルでも盗み飲みしまったのかの?」
「い、いえ。そうではなく」
「それともバグダッシュ大尉の大切なワイングラスを割ってしまったか?」
「ち、ちがいます」
「なら慌てんでいい。落ち着いて報告せんか」
爺様があきれた表情でろくでもないことを言いながらも、ファイフェルが差し出した通信文の印字紙を、曲った人差し指がある右手で受け取ると、斜め読みした後で俺に差し出した。俺もその通信文を読んで、爺様と全く同じように小さく感嘆した。ようやくマーロヴィア星域管区に代理ではあるが、ガンダルヴァ星域管区から補給責任者が赴任するらしい。
「後方勤務本部からロックウェル少将への押し付けが上手くいったようじゃな」
「赴任してくるのはオーブリー=コクラン大尉……ですか」
「前任が補給基地の需品課長となると、『縁の下の力持ち』と言ったところじゃろうな。補給基地すらない我がマーロヴィア星域管区には少し勿体ない気もするが、管区内にある補給基地とはいえ直接の麾下ではないからロックウェル少将も渋々承認したというところじゃろう」
コーヒーを傾けながらファイフェルを叱りつけている爺様の想像はほぼ正解に近いと俺でなくとも思うだろう。だが原作を知る俺としてはコクラン大尉の能力は、勿体ないどころか完全にオーバースペックだとしか考えられない。爺様とロックウェルの現在の関係からも、ツンデレのような真似をするとは考えにくい。この奇妙な人事が意図するところを想像し、ある男の影を感じ取った。それはあまりにも神経質で、原作厨の俺のたくましすぎる妄想ともいえるが、分かりそうな人物に確認せずにはいられなかった。
「この人事に横やりを入れたのはヨブ=トリューニヒト氏ですか?」
俺の個室をカウンターバーかワインセラーとしか思っていないであろう、赤ワインのボトルを翳してラベルを見ているバグダッシュに、俺は椅子に座ったまま天井を見上げ何気なく聞いた。それに対するバグダッシュの反応は視線を向けていなかったのでわからなかったが、ほんの僅かな時間ではあったが空気が気体から固体へと相転移したのは間違いなかった。再び空気が気体に戻った後で、先に口を開いたのはバグダッシュの方だった。
「……ブロンズ准将閣下も惑わされるわけですなぁ」
「では、やはり?」
「ボロディン大尉がご自分で直接国防委員会やトリューニヒト議員に作戦案を送りつけていないのは確認済みなんですがねぇ……どうしてわかったんです? 後学の為に聞いておきたいんですが」
それは原作を知っているからね……と言うわけにもいかないのでとりあえず自分の考えたシナリオを説明する。
ロックウェル少将の『根負け』ともとれる人事。専科学校出身者らしいプロフェッショナルな後方勤務要員を、成功しても評価のされにくい辺境の治安維持作戦への派遣すること。爺様とロックウェル少将のあからさまな仲の悪さを考えれば、軍とは別の力学が働いたと考えるべき。(原作からとは言わないが)ロックウェル少将とヨブ=トリューニヒト国防委員の間で何らかの取引がと……そこまで説明すると、バグダッシュは『もういいです』と言わんばかりに両手を俺の方に向けて翳した。
「やはり高官のご子息の視点というのは違うものなんですなぁ……あぁ、お気を悪くせんでください」
「もう慣れてますよ。で、実際は?」
「治安維持活動も含めすべからく軍事行動は、全て国防委員会に報告することになっているのは軍基本法から言っても当たり前なんですが、辺境の、それもマーロヴィア星域管区なんてド辺境の治安回復作戦なんて、はっきり言って国防委員会の方々のご興味をそそるようなものではないんです」
興味はないし、第一艦隊を動かすわけでもない。国防の主敵はあくまで帝国軍であるし、他に治安に問題を抱えている重要星域は山ほどある。マーロヴィア星域管区内メスラム星系出身の代議員ですら、陳情の効果は薄いと考え積極的に軍部へ働きかけようとはしていなかった。それ以外にも仕事はあるし、代議員が国防委員ではない為に機密の点から作戦案に直接触れていなかったからというのもあった。そこをトリューニヒトに突かれたのだ。
「ご存知のように元々警察官僚だったご経歴から、議員は治安維持政策に大変ご熱心なようで。政治家としてはまだまだ若いですが如才な男です。ロックウェル少将に限らず軍の若手有望と言われる将官や高級佐官にもいろいろとお声をかけているようですし。そのせいで昨日ブロンズ閣下にお叱りを受けましたよ。「ちゃんと監視していたのか」ってね。不可抗力だとわかったら閣下、苦虫を噛んでましたが」
バグダッシュが誰を監視していたかは置いといて、この干渉が作戦に与える影響はどうなるか、俺はバグダッシュの興味ありげな視線をかわしつつ、とぼけ気味に考えてみた。
トリューニヒトがバックについたことは、『小道具』の手配の困難さが減ったと考えていいだろう。そしてトリューニヒト自身が作戦案に干渉してくる可能性がないことも。作戦案を見れば警察官僚だった経験から、法的に若干問題があっても実現性が高いと推測できる。功績はフォローした自分にも転がり込むし、仮に失敗しても軍の責任で彼が傷つくわけではない。この作戦は彼の望む最もリスクの低い投資先になったという事だ。『小道具』の手配には金と時間と労力が必要だが、彼自身が支払うわけではない。軍からの作戦提出である以上、作戦成功に尽力せざるを得ないブロンズ准将の苦い顔が目に浮かぶ。
「厄介なのは作戦が終わった後なのかもしれませんね」
「そうなりますなぁ……」
俺とバグダッシュはそう呟くとそれぞれの作業に戻っていった。
コクラン大尉がガンダルヴァ星域管区から到着したのは、それから一五日後。年の瀬が迫る一二月のことだった。爺様とモンシャルマン大佐とファイフェルに挨拶ののち、星域管区補給本部(施設稼働率一割未満)の一室に自分のオフィスを確保すると、前任者更迭で滞っていた細かい決済をわずか一〇日で済ませてしまった。
在籍していた補給本部の要員達ですら唖然とするスピード決済で、不安に思った何人かがいつも敬遠している俺のところにまで来て告げ口する始末。俺も見学がてらに仕事の様子を眺めてみるが、三つの端末を並べて殆どの事項を分かっているパズルのように始末していく。懸案事項と思われるものも数ヶ所にヴィジホンをかけ、部下を呼んで確認・報告させる。すべてが滞りなく進んでいく有様を見て、『同盟軍を実際に支えているのは戦果学校や叩き上げの士官だ』と、かつて査閲部の面々を思い浮かべざるを得なかった。
そして一九日目の一二月二〇日。その余裕で事務処理をしていたコクラン大尉が、真っ青な顔で俺に面会を求めてきたのだった。
「その、ガンダルヴァではこれほどの物資を必要とする作戦とは聞いていなかったものですから……」
出てもいない汗を拭きながら、若作りではあるものの生真面目な役人顔のコクラン大尉は、俺にそう言った。
「国防委員会の了承印と統合作戦本部の了承印がありますので、各補給基地に連絡して物資を差し押さえることは可能です。ですが輸送する船舶及びマーロヴィア星域管区内における保管場所についてご考慮いただけたらと」
「無理は承知しています……というより、今回の作戦案の詳細をコクラン大尉はご存知なかったのですか?」
「ロックウェル少将閣下はただ星域管区の補給参謀の一時的な代行と治安維持作戦の手伝いをしてこいと言われただけで……」
それはトリューニヒトとロックウェルの間に、作戦に対する若干の温度差があるという事だろう。両者とも傍観者には違いないが、立場が微妙に異なるということ。もう一点は作戦案の機密に関して、今のところ維持されていると見ていいということ。コクラン大尉が海賊集団と繋がりがあるとは到底思えないので、俺は作戦の進行状況について軽く説明すると、大尉は腕を組んで「う~ん」と唸った。
「よく、作戦案が通りましたね……と言うべきでしょうか。軍艦を海賊船に偽装させて軍の補給船団を襲撃したり、有人鉱山のある小惑星帯に機雷やゼッフル粒子発生装置を仕組んだり、交通障害にしかならない通信機搭載機雷を跳躍宙域近辺に設置したりとなんて、普通に無茶な話ですよ」
「責任は星域管区司令部と自分がとります。で、輸送船と工作艦の手配は可能ですか?」
「偽装海賊船は管区司令部から出していただくとしても……やはり少し時間を頂きたいです。工作艦はともかく、作戦の機密性から民間輸送船はチャーター出来ないうえ、長期に渡って予備の少ない軍用輸送艦を拘束するわけですから……いや待てそうか、あの船を使えば……」
渋かったコクラン大尉の顔に、児戯を思わせる色が含まれたのを、俺は見逃さなかった。
「コクラン大尉?」
「輸送船に関してですが……とりあえず物を包んで運べて、最低限の恒星間航行速度が出せれば『デザイン』や『型式』に関しては特に問わない、ですね?」
「ゼッフル粒子関連の資材を運ぶ船以外は」
「それなら心当たりがあります。もしかしたら作戦に若干の味付けができるかと思います」
「ウィスキーのミニボトルが必要ですか?」
「『タダで頂ける』のでしたら、頂きましょう」
コクラン大尉が笑顔で応えると、俺はフェザーンから持ってきた帝国産ウィスキーのミニボトルを一つ、コクラン大尉に手渡すのだった。
後書き
2020.05.22 事前入稿
2020.05.27 ゼッフル粒子の部分について修正
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