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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第36話 鎌研ぎ

 
前書き
酒を飲んで目が覚めるJrは順調にアル中への道を進んでいるように思えます。
キレたアル中は、大抵危険分子という部類になります。
 

 
宇宙暦七八七年一〇月 マーロヴィア星域 メスラム星系

 ファイフェルに酒を奢った翌々日の夕刻、どうにか形になった作戦紀要を印刷し、部隊編制も含めた作戦案を携帯端末に纏めた俺は、疲れきっているものの瞳に奇妙な陽気さを抱えつつあるファイフェルに連絡をとり、ビュコック爺様に作戦案の作成終了と報告のアポイントを取った。

「おぉ、ジュニア。待ちかねたぞ」

 数分もかからず出頭せよとの連絡が端末に戻り、俺は駆け足で司令官室へ赴くと、皮肉を多分に含んだ笑みを浮かべた爺様が俺をわざわざ立ち上がって出迎えてくれた。
「一週間たっても目処が立たないと言われた時には、流石に温厚な儂もどうしようかと思っておったが、形になったようでなによりじゃ」
 はよう説明せんかといわんばかりに手招きする爺様に、俺は敬礼した後司令官室を見渡すと、中にはモンシャルマン大佐とファイフェル少尉はいるが、リングトン中佐とグエン少佐の姿はない。

「……彼らには残念ながら聞く耳が与えられないようだ」
 俺の視線に気がついたモンシャルマン大佐は、声は小さいがはっきりとそう言った。つまりそれは『身体検査』において二人が『不合格』であったという事だ。
「近日中に報告書が出来る。村の掃除も勿論大切だが、部屋の掃除のほうが先だ」
「……残念です」
 俺の返答にモンシャルマン大佐は「そうか」と答えると、無言で爺様に視線を向け、爺様もそれに無言で頷く。

 早々に出てきてしまった問題に、俺は心の中で溜め息をつきつつも、ファイフェル少尉に三次元投影機の準備を頼んでから、爺様とモンシャルマン大佐に紀要を手渡した。無言で受け取った二人の老練な軍人達は、読み進めていくにつれ、その表情が険しくなっていく。

「……なるほど、ジュニアがあまり軍人に向いていないとシトレ中将が言うのもよく分かる」

 俺が作戦案の詳細を説明した後、紀要を未決の箱に入れた爺様は、濃緑色のジャケットに隠された太い腕を組み、目を閉じたまま椅子にふんぞり返って言った。
「戦力が足りないのは十分承知しておる。それを補う為に無人の兵器を運用するのも理解できる。じゃがこの作戦は一歩間違えば、民間経済活動への軍の妨害活動と捕らえかねない。軍隊は戦場以外で与えられた以上の権限や権力を振るうべきではない、と儂は思っておる」
「法律も幾つか意図的に解釈する形になりますな。法務が外部報道機関に説明するのも苦労がいる」
「まぁ、マーロヴィアなどという辺境の事なぞ中央の報道機関は気にもせんじゃろうがな。じゃがこの作戦案は情報部と後方部となにより行政府の協力が基幹となるものじゃ。法的にも、実力的にもな。ジュニアに罪があるわけではないが、このド田舎ではその三者が頼りにならんというか、まぁだいたいが汚染されておるのでなぁ」

 リングトン中佐もグエン少佐も残留組であり、爺様達の到着より前には一応俺の上官であったわけで。僅かな期間とはいえ一緒に仕事をしていた人物に、作戦案を聞かせられないほどの罪があったとは思わなかった。俺はつくづく人を見る目がないと、自省せざるを得ない。

「情報参謀にしろ後方参謀にしろ、人については統合作戦本部からいずれ派遣されるじゃろうが……この作戦案を実施するには、行政府側の協力者も含めて人選が重要になるじゃろうな……さて、どうするかの?」
 爺様は困ったような表情を浮かべつつ俺に視線を向ける。俺に両方の指揮を執れるかと聞くような視線に、俺は唇をかみしめた。

 作戦を実施するに当たり、モンシャルマン大佐の言うとおり意図的に法律を解釈することが必要であり、海賊集団への直接的な情報工作活動が必要であり、膨大な数量になる『小道具』の調達も必要だ。民間経済活動の障害となるような指示もあり、とても俺一人でこなせる仕事量ではないから情報・後方分野における専門家も必要不可欠。俺はフェザーンで情報工作の困難さを身に染みて理解していたし、後方しかも補給・調達関係の知識はあっても経験は全くない。マーロヴィア星域管区に所属している情報課員や後方課員を統率指揮することは可能であっても、作戦を成功させる為には幅広い知識ではなく経験に裏付けされた信用が必要なのだ。

 正規の情報参謀と後方参謀を汚職で失う事になるマーロヴィア星域管区内部で、臨時昇進による管理階級の抽出はさらに困難だろう。戦力が低下している状況下での運用を行ってもらう爺様と、マーロヴィア軍部の再建を担当となる大佐に、これ以上の負担をかけるわけにはいかない。

「……情報・後方作戦指揮者の獲得方法は二つあると考えます」
 方法を選んではいられない俺としては、決断せざるを得なかった。
「統合作戦本部と後方勤務本部に改めて助力を願い出る方法が一つ。もう一つは……国防委員会に直接上申する方法です」

 統合作戦本部はマーロヴィア星域管区の治安改善に激烈な興味があるわけではない。あるのなら宇宙艦隊司令部に命じて第一艦隊をこそ派遣するだろう。それだけの熱意があるとは思えないが、爺様を派遣したというのは『とりあえず改善の要あり』とまでは認識していると見るべきだ。俺が窓口にと考えているブロンズ准将にとってこの上なく迷惑な話だろうが、期間限定でも代理の情報参謀の派遣を拒むまではしないと思う。

 後方勤務本部に関しては、甚だ不明だ。おそらく尻尾の生えている先輩は士官学校の事務監から統合作戦本部の参事官に移籍しているだろうが、今の時点ですぐに頼りになるとは思えない。後方勤務本部にいる同期を頼るのも手だが、顔見知りは大半が中尉だから人事権とは無縁だ。それに本部も「今までの担当者に問題があるので人を派遣してほしい」と言って、はいそうですかと優秀な人材を派遣してくれるだろうか……答えはNoだろう。

 国防委員会に人事を上申する方法。これは悪手だ。仮にマーロヴィア行政府の人間を挟んだにしても、軍の組織体系と規律を掻き乱す行動に他ならない。行政府としても自身の統治能力を中央から疑われる(すでに疑われているにしても)行動はこれ以上したくはないし、現地軍部にしてほしいとは到底思わないはずだ。何でも使える手は使わなくてはならないとは思うが、事は政治と軍の関係という巨大な問題にまで発展してしまう。

「儂は、統合作戦本部長と戦略第一部長にこの作戦案を提出し、改めて助力を仰ぐつもりじゃ」

 俺の返答に、爺様はたっぷり二分後に力を込めてそう答えた。爺様の軍人としての決断だし、聞いた俺も腹の底からホッとした。
「モンシャルマンにも伝手はあるし、ジュニアにもそれなりの伝手はあるじゃろう。行政府には当然働いてもらうが、現時点では我々は我々の職権の許す範囲で仕事をする。それでよいな?」
「承知しました」
「よし、ではそれぞれの仕事にとりかかろう。戦の九割は準備で費やされるものじゃからな」
 爺様のその言葉が合図となり、俺は敬礼して司令官室を後にすると、纏めた作戦案を暗号化した上でマーロヴィア星域の情報参謀が更迭されることを匂わせつつ、ブロンズ准将へと送信したのだった。

 そして二日もかからずして、ブロンズ准将は俺に超光速通信による直接通話を求めてきた。



「……君の作戦案は読ませてもらった」

 司令部専用超光速通信装置の画面に映る収まりの悪い明るいブラウンの髪を持つ准将は、画面の目の前で直立不動の姿勢を崩さない俺を、文字通り苦虫を嚙み潰した表情で見つめている。
「同盟憲章と地方行政法と同盟軍基本法の幾つかに抵触する可能性がある……あぁ君が言いたいことは分かっているとも。我々情報部がそれらの法律に関して、時々非常に疎くなる事があるのは事実だが……」
「法律を犯すような作戦案ではないと、小官は考えておりますが……」
 白々しさ満点の俺の返事に、今度こそブロンズ准将の眉間に皺がよった。

「有人星系の小惑星帯を実弾機雷で封鎖することが『解釈の違い』で済むのかね?」
「星系鉱区の合法操業指定範囲外にて実施いたしますので、演習宙域に指定しても法律上の問題はありません」
「『臨時』演習の期間が、三年以上になるというのはいささか言葉の使い方に問題があるのではないか?」
「掃宙訓練は積めば積むほどよいと、かつて査閲部で学びました」
「帝国軍の脅威がない状況下で、民間航路の軍事統制を行うのは宇宙航海法の航行の自由及び統制条項規約に違反しないのかね?」
「商船の襲撃遭遇率を見る限り、当星域は帝国軍の軍事的圧迫のある国境星域より遥かに危険です。マーロヴィア行政府がこの方式に反対するのであれば、その根拠を示してもらいます」
「……たとえ無人星系の、それも一部とはいえ小惑星帯を、ゼッフル粒子で吹っ飛ばすのは『自然環境保護法』に反しないかね?」
「星域開拓以来、この星域で『正確な測量』が行われなかったのはとてもとても残念なことです」

 そこまで言い切ると、ブロンズ准将は肩を落として大きく溜息をついた。
「……若者の捨て身というものをいささか過小評価していたな」
「合法的で一番簡単な方法は、第一艦隊に出動してもらうか、三〇〇〇隻程度の遊撃分艦隊を派遣していただくことなのですが」
「出来れば私もそうしたい。ただそうなると他の星域も手を挙げて第一艦隊が過労死するか、前線で実働可能な制式艦隊が同盟軍から消滅する。その上、海賊がいなくなるのは一時的なもので、艦隊が帰還すれば海賊もまた再発するだろう。消費期限の切れた機雷とゼッフル粒子と通信需品関連だけで話が済むなら、そちらの方がよっぽど安上がりだ」

 ブロンズ准将はそう言うと、俺から視線を外し顎に手を当てて何かを考えていたようだが、しばらくして腰から端末を取り出し操作した後、再び俺に視線を向けた。

「私としては君の立案した作戦が、マーロヴィア星域管区作戦司令部だけで実施するのは現実的に困難なものであると推測する。ウォリス=リングトン中佐の件もある。マーロヴィア星域管区司令部情報参謀の交代要員については情報部で速やかに手配しよう」
「ありがとうございます」
「貴官の作戦立案能力に関しても私はある程度信頼しているが、フェザーンでの一件がある。情報部隊の指揮官が貴官ということでは、情報部長も容易にはご賛同していただけないだろう。部長のご賛同が得られなければ、統合作戦本部長も国防委員会もこの作戦を納得しまい」
「地域交通委員会などの最高評議会他メンバーや、野党の批判対応もあります」
「ハイネセンは我々に任せてもらおう。私は貴官にいささか借りがあるし、シトレ中将に将来干されるような事は避けたいからな」
 皮肉と微笑みの中間のような顔でブロンズ准将は肩をすくめた後で、「そうだ、アイツがいたな」と妙なことを呟くと、小さく鼻息を吐いてから俺に言った。

「扱いにくいが腕の立つ部下が一人いる。貴官より五歳ほど年上だが、階級は同じ大尉だ」

 それはこの作戦を実施するに当たっての応急的な情報要員ということだ。正式に中佐を派遣するとなれば、人事部に掛け合って情報参謀としての辞令を発しなければならない。人事異動が終わったばかりの一〇月に手すきの佐官など情報部にはいない。だから自分の権限で動かせる尉官の部下をひとまず動かす。五歳年長で大尉(つまり二八歳)という事は、昇進の機会を逃している冷や飯食いか、専科学校出身者という事だ。腕が立つということは情報戦の最前線で戦って将校推薦を受けた相当の強者だろう……

「この作戦が貴官の立案である事はその部下に伝えておく。ただし君には作戦指揮の責任も負ってもらうぞ」
「承知しました……できれば後方参謀も一人お貸し頂けると助かるのですが」
「そちらは後方勤務本部から通達が来るだろう。これから私が各部部長会議に諮るから、すぐに管区司令部へ連絡がいくはずだ」
「度重なるご支援、感謝いたします」
「なに、シドニー=シトレの五代ぐらい後の統合作戦本部長に恩を売れたと思えばお安い御用だ。もっとも馬鹿がつくほど正直な君に情報部長の職責は無理だと思うがね」
 そう言うと、超光速通信はブロンズ准将の方から切られた。俺は信号の切れた画面に敬礼しつつ、溜息をついた。

 情報戦という正濁双方を操らねばならない分野に身を置くブロンズ准将が、なぜ今後一〇年で中将に昇進して後に、厨二病のような救国軍事会議に身をゆだねる事になったのだろうか? 正義感という素地はわかる。だがそれだけでトリューニヒトという男の内面を嫌悪したからなのだろうか。まだ俺はヨブ=トリューニヒトという男には巡り合えていないが、情報部のエキスパートが忌み嫌う口舌の徒は、フェザーンの黒狐をも上回る毒々しさなのだろうか。

 一方、後方勤務本部からの返答は申請したビュコックの爺様の方に直接届いていた。その結果を聞くようファイフェルを通じて司令官室に呼び出されてみれば、果たして爺様の気圧はかなり低いものだった。

「交代は当面見込めない、とのことです」
 目を閉じて腕を組み半ば眠っているような、不貞腐れた爺様の代わりに、ファイフェルが俺に囁いた。
「後方勤務本部長閣下がおっしゃるには、「人事異動を行ったばかりなので本部には当面余剰人員などいない。管区内か隣接するライガール星域管区かガンダルヴァ星域管区かトリプラ星域管区から貴官が都合をつけろ」でした」
「マーロヴィアとまではいわなくとも、全部辺境の星域管区ばかりか。その中でも大きいのはガンダルヴァ星域管区だが……確か辺境中核指定を受けている星域だから、星域司令官は通常通りだと少将になるな……」
「はい。例の機雷の件もありましたので、すぐに星域司令官のロックウェル少将閣下に通信を入れたのですが」
「……が?」
「後方勤務本部長閣下と殆ど同じ返答でした……」
 ファイフェルは下唇を噛みしめながら、左手で胃の辺りを摩っている。

 原作通りのロックウェルであれば、性格はともかくとして後方勤務のスペシャリストであり、能力の面から言って十分有能な指揮官だ。ただ帝国軍との前線で切った張ったしてきた爺様と、後方勤務のエリート士官では歩んできたキャリアが全く違う。この二人に熱い友情が産まれていた可能性は限りなくゼロだ。今のファイフェルの言葉からすれば、兵卒上りの准将である爺様に対し、エリート少将として『相応な』態度をとったのだろう。

「ジュニア‼」
 ファイフェルの囁きが終わったのを見計らったように、爺様は俺を呼びつけ報告するよう無言で顎をしゃくった。改めて敬礼してブロンズ准将との会話を報告すると、まるで蒸気機関車の加減弁ように荒い鼻息で答えた。
「予想通りの長期戦じゃな」
「状況開始より終了まで最低でも三年を見込んでおります。進められるところから進めていくという形しかありません」
「貴官に焦りはないな?」
「こういう病気は根治に時間がかかると思いますし、体力が整わない段階で手術を急いでも、あまり良い結果は出ないと考えます」
「……そうじゃのう」

 そういうと爺様は腹の上で手を組むと、落ち着かせるように二度ばかり深呼吸をしてから、改めて俺とファイフェルを見つめて言った。
「儂はこう見えて若い頃はヤンチャでな。士官学校出身者など何するものかと、いろいろと焦っておったものじゃ」
 もしかしてここは笑うところだろうかと考えたが、ファイフェルのなんとも言えない視線を感じて、俺はフィッシャー中佐直伝の顔面操作術で完璧にスルーした。それで理解したのか、ファイフェルも同じように無表情で爺様の話に耳を傾ける。
「特に戦場を長年うろうろしていたから、こういうことに儂は若干疎い。いずれにしても、儂も少し血が上っていたようじゃ。ここはジュニアを見習って、少し自重でもしようかの」

 ……若いのはすぐにいい気になるからな、と言っていたのは果たして誰だったか。俺は胸の内で首をかしげながらも、爺様の話に耳を傾けるのだった。

 
 

 
後書き
2020.05.22 事前投稿 
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