俺様勇者と武闘家日記
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第1部
アッサラーム~イシス
商人の町
前書き
2023/12/24 色々改稿しました。
ロマリアから南東へ移動すること半月。途中小さな町々に立ち寄りながら長い道程を経て、ここアッサラームへとやってきた。目的は、ノアニールで聞いた、『魔法の鍵』の情報である。
十数年前、ユウリのお父さん、つまりオルテガさんは、魔王を倒す旅の途中、『魔法の鍵』を求めてアッサラームへと向かった。実際に『魔法の鍵』を手に入れたかはわからないが、ユウリによると、私たちが今持っている盗賊の鍵よりも複雑な鍵の作りの扉も開けられるらしい。その鍵が有れば、魔王を倒すための手がかりが得られるかもしれないとのことだ。
すでにオルテガさんが魔法の鍵を手に入れてしまっている可能性もあるが、それならそれで彼の足跡をたどれるので、魔王の城に近づくチャンスでもある。
だが、アッサラームの町に着いてすぐに、真夏かと思うようなけだるい暑さが私たちを襲う。南に進むにつれ、だんだん暖かくは感じていたのだが、アッサラーム地方に入った途端、まるでそこから境界線でも張っているのかと思うほど、気候ががらりと変わっていたのだ。
まず、道行く人々の格好が全く違う。どちらかと言えば寒いロマリア地方とは違い、ここアッサラーム周辺は砂漠が近いせいか夕方になってもかなり暖かい。男性はシャツ一枚か上半身裸、女性でも露出の高めな薄着一枚で町中を歩いており、普段スカートすら履かない自分にとっては理解しがたい文化である。
他の町では浮きまくってたシーラのバニーガール姿が、ここでは全く違和感がない。むしろ私たちの格好の方が間違ってるんじゃないかと言う気さえおこる。
「うわぁ、すごいにぎやかだね」
ほとんどカザーブから出たことがなかった私にとって、アッサラームの町はあまりにも刺激的だった。
「アッサラームは世界でも有数の歓楽街だからな」
汗だくになっている私とは対象的に、ユウリは涼しい顔で答えた。
「でもこの町は暑いね。早く宿屋に行ってお風呂に入りたいよ」
もうお昼もとっくに過ぎたと言うのに、この炎天下は異常だ。魔王の影響なのか、あるいはもともとこの地域が特殊だからなのかわからないが、とにかく一刻も早く宿に行って疲れと共に汗を流したい。
そう思っていると、私の独り言が聞こえたのか、通りすがりのおじさんが声を掛けた。
「あいにくこの町にはお風呂がないんだ。シャワーくらいなら大衆浴場にあるけどね」
「そうなんですか? わざわざ教えてくれてありがとうございます」
私が軽くお礼を言うと、おじさんはこちらを見ながらにやっと笑って去っていった。
「大衆浴場かあ。それなら今夜はそこに行くしかないね」
私がポツリと呟くと、ユウリが眉間にシワを寄せて答える。
「いや、今夜は我慢した方がいい」
「え、なんで?」
「いいからやめとけ。別に二、三日入らなくても死にはしないだろ」
ユウリの気迫に負け、私は不承不承にうなずく。なぜそんな頑なに拒むんだろう。けどそれ以上しつこく聞いても余計なこと言われそうなのでおとなしく従うことにした。
「はあ……。じゃあ今日はこのまま寝るかあ……」
私ががっくりと肩を落としながら言うと、突然シーラが私の手を取り、こういい放った。
「じゃあ今からみんなで買い物に行こうよ!!」
「へ?!」
「おいザルウサギ!! なんでお前が仕切るんだ」
「だってあたし、前ここに住んでたんだもん。オススメのお店くらい紹介してあげないとねっ♪」
『なんだって?!』
私とナギの声が同時にこだました。ユウリも口には出さないが驚いた顔をしている。
「シーラ、アッサラームに住んでたの?」
「うん♪ ユウリちゃんたちに会うまではここにいたんだ~。それより早く行こっ!」
「買い物ってシーラ、何か欲しいものあるの?」
「ううん。でも、アッサラームのお店は他の町よりもいーっぱいいろんなのが売ってるよ♪」
その言葉に、私はうーんと唸った。外は暑いが、この町にはいったいどういうものが売られているのか、その好奇心の方が勝った。
「見るだけでもいいんじゃね? 掘り出し物とかあるかもしれねーし行ってみようぜ」
ナギの一声に、私はさらに興味を抱き始めた。掘り出し物という言葉に反応してしまうのは、商人である父親の影響だろうか。
その横で、不機嫌そうにしているユウリが口をはさんだ。
「今はそんなことより魔法の鍵を探すほうが先だろうが」
「値切れば結構安くしてくれるよ~?」
店に行く様子のなかったユウリだったが、シーラの一言で表情がぴたりと止まる。
「……見るだけならいいだろう」
ユウリの分かりやすい程の変わり身の早さに心の中で苦笑しつつも、私達は宿に足を運ぶ前に、シーラの言うお店に向かうことにした。
町のメインストリートから少し離れたところにある路地裏。雰囲気は怪しいが、どうやらこのあたりに店があるらしい。久々に訪れたからか、それともこの辺りの家々が密集しているせいか、シーラは時々立ち止まっては辺りをキョロキョロと見回している。
やがて行き止まりにさしかかると、人一人入れるくらいのちいさな扉が見えてきた。シーラによると、ここが目的地のようだ。
ギイ、と木製の扉を開けると同時に、錆び付いた蝶番の擦れ会う音が鳴り響く。
まず目に飛び込んだのは、薄暗い店内だった。閉めきったカーテンはお客を呼ぶ気があるのか疑問だが、見渡すとたくさんのアイテムが棚やら壁やらにところ狭しと並んでいる。正面にあるカウンターには誰もいなかった。
「やっほー、ドリス。お買い物しに来たよ♪」
シーラの声に反応したのか、店の奥から何やら物音が聞こえてきた。しばらくして、火を灯した大きなランタンを持った店の主が姿を現した。
「いらっしゃい。おや、珍しい。シーラじゃないか。久しぶりだね」
シーラと顔見知りであるその人は、白髪混じりでモノクルをかけた老婆だった。ランタンを天井に吊るす際、背筋をぴんと伸ばす姿が歳の割に若々しく見えた。
明るくなった店内で彼女は私たちを見た途端、見定めるように一瞥した。特に私の顔をじっと見ていたので、なにか言われるんじゃないかと思わず身をすくめた。
「見たことない顔だね。あんたの仲間かい?」
「うん♪ こっちから勇者のユウリちゃん、ミオちん、ナギちんだよ」
「随分雑な紹介だな」
ナギのツッコミを無視し、ドリスさんは勇者であるユウリを眺め見た。じろじろと顔を見られ不快に思ったのか、ユウリは苛立ちを顔に出しながら言った。
「おいばあさん、勇者がどんな存在か知らないようだから教えてやろう。俺は何を隠そうアリアハンの……」
「ふん、まあいいさ。それで今日は何の用だい?」
「人の話を聞け!」
喚くユウリを尻目に、シーラがずいと前に割り込み話を進める。
「今日はみんなでお買い物に来たんだけど、なんかオススメのものってある?」
「うちは薦められないようなもんは売らないよ。そういや、アルヴィスは一緒じゃないのかい?」
「あー、今あたし、ユウリちゃんたちと一緒に旅してるんだ」
「そうかい。いつも一緒だったからてっきり喧嘩でもしたのかと思ったよ」
「そんなことないよ。それより早く見せて!」
いつも一緒にいたと思われるアルヴィスさんの存在も気になったが、それよりも急かすような口ぶりのシーラもどこか違和感を覚えた。しかしそれに動じることなく、ドリスさんは私達に背中を見せると、店の奥からいろんな品物を引っ張り出してきた。
「あんたが本当に勇者だってんなら、こんなのはどうだい?」
そう言って広げてくれたのは、今までどのお店でも見たことがない武器や防具だった。私に商人ほどの審美眼は備わってないが、ぱっと見ただけでそれなりの価値があるということはわかる。
「どうだい? 今ならお得意さんのこの子に免じて、二割引きで売ってあげるよ」
ぴくりとユウリの眉根が上がる。彼はすぐ近くにあった鎖状の武器を手にすると、険しい目つきでまじまじと見た。そしてため息をつくと、その武器をドリスさんの目の前に突きつけた。
「二割引きだと? おい、この柄のところを見てみろ。細かな傷がついてるぞ」
言われてドリスさんはモノクルをかけ直し、じっと見る。
「何言ってんだい! こりゃ傷じゃなくて職人がわざとそういう装飾にしてるんだよ! ちょうどここのクロス部分にあしらうことでデザインに幅を持たせてんだ。そんなこともわからないのかい?」
「そんなことはわかっている。俺が言いたいのはここの装飾に不規則な傷があると言ってるんだ」
「よく見な。そこは光の加減でそう見えるだけさ。この角度で見てごらん」
「お前の目は節穴か。どうみてもこの部分は違うだろうが」
「あんたこそどこに目がついてんだい。これはこういう技法で……」
などと舌戦を繰り広げること数十分。結局最初に提示された値より少し負けてはくれたが、ユウリが望む金額には程遠かった。
あのユウリを値切らせないなんて、すごい人だ。現にあれほど交渉を続けていても平然としているドリスさんに比べて、ユウリの方は疲労の顔が出ている。
「はい、じゃあチェーンクロスと、鉄のオノだね。……誰が持つんだい?」
ユウリは無言で、ナギにチェーンクロスを、シーラに鉄のオノを渡した。
「え……買ってくれんのか?」
「そんなわけないだろ。自分で払え」
「はあああ??!!」
まあ、そうだよね。でも二人のために選んだり、値切ろうとしただけでも進歩したと思う。
「そこの武道家っぽい子には選んであげないのかい?」
急に話を振られ、戸惑う私。私には師匠からもらった鉄のツメがあるし、今さら買うものなんてないのだけれど。
「武器はいらん。それよりこいつに合う防具はあるか?」
意外にも、ユウリは私の防具まで選んでくれようとしていた。
「防具ねえ……。武道家が装備できるってなると、なかなか在庫がなくてねえ……。あ、これなんかどうだい?」
そう言ってドリスさんは、別の場所から木の箱を取り出した。この品物だけ扱いが特別ってことは、そこそこ立派なものなのだろうか? 期待に胸を膨らませながら箱の蓋が開かれるのを待つ。すると――。
「他ではまずお目にかからない一品さ。その名も、『魔法のビキニ』!」
魔法のビ……え!?
防具とは思えない名前とその姿かたちに、私の目は点になる。
「見た目に反して防御力は他の防具より段違いに高くてね。なにより重量を気にすることがないから、あんたみたいな武道家にとっちゃ、うってつけの防具だよ」
「え、あ……はあ……」
いやでも、さすがにこれを着て魔物を退治するなんて、無理すぎる。勇者より勇気がいる。一瞬、水着姿で町中を練り歩く自分を想像して、やっぱないなと思った。
「おい、マヌケ女、まさか本当に着る気じゃないだろうな!?」
ユウリの殺伐とした表情に、私はあわてて否定する。
「まさか、着るわけないじゃん!! ごめんなさい、ドリスさん。せっかく出しといてもらったんですけど、やっぱり無理です!」
「ふん。まあ、これを好んで着れる子なんて、この子みたいな遊び人くらいだろうけどね」
そう言ってちらりとシーラを見る。いや、わかってるなら薦めないで欲しいです。
「えー? ミオちんなら絶対似合うと思ったのにー」
残念そうに口を尖らせるシーラ。バニーガールが町中にいるだけでも結構目立つのに、さらに水着姿の女までいたらもはや魔王退治のパーティーではない。
結局他のものも見せてもらったけれど、どれもピンと来るものがなくて、なにも買わないことにした。
新しい武器を買い、カウンターの目につく場所にある薬草や毒消し草などを必要分買い揃えたあと、ユウリはドリスさんに尋ねた。
「ところでばあさん。『魔法の鍵』を知ってるか?」
「『魔法の鍵』?」
その単語を聞いたとたん、ドリスさんの表情が変わった。
「確か何年も前に、同じようなことを聞いてきた男がいたね。確か名前は……」
「『オルテガ』だろ?」
「ああ、そうだった。確かアリアハンの出身で……。てことはあんた、その男の……」
「息子だ。俺はあいつの後を追うつもりはないが、魔王を倒すためにその鍵が必要なんだ」
「……そうかい。じゃあその英雄の息子が旅に出たってのは本当だったんだね。あの子の言うとおりだ」
「あの子?」
私は思わず口をつく。一体誰のことだろう。この場にいるシーラのことなら、わざわざ『あの子』なんて言わないだろうし。
「残念ながら、あたしは鍵の場所までは知らない。けれど、その鍵の場所を知っている人物がいる場所を教えることはできる」
『えっ!!??』
「オルテガにも同じ事を教えた。けれど、そのあと本当に手に入れたかどうかはわからない。もしかしたら、無駄足になるかもしれないけれど、いいかい?」
「そんなことをいちいち気にしてたら先に進めないだろ。いいからとっとと教えろ」
「はあ。ずいぶんせっかちな子だね。親譲りの性格なのは認めるよ」
ユウリの物言いにドリスさんは嘆息する。
すると突然、バタンと勢いよく店の入り口のドアが開かれた。
「師匠! ただいま買付から戻ってきました!! ……!?」
一斉に入り口の方を見ると、思いもよらない人物がそこにいた。
「る……ルカ!?」
「姉ちゃん!?」
なんとそこにいたのは、私の5つ下の弟、ルカだった。あまりにも突然の邂逅に、私は腰が抜けそうになった。
「こら、ルカ!! お客様がいるかもしれないんだからドア開けるときは常に気をつけなって言ってるだろ!?」
「あっ、はい!! すみませんでした!!」
ドリスさんに叱られ、委縮しただひたすら謝るわが弟。再会の感動より、なぜここにいるかという疑念の方が大きかった。
「なあ、ミオ。知り合いなのか?」
「知り合いもなにも、私の弟なんだよ」
ナギの問いに少し冷静になった私は、先ほどドリスさんが言っていた『あの子』というのが、ルカだということに気づく。何しろその英雄の息子に会いに行くとルカや家族の前で宣言したのは、他ならぬ私なのだから、その情報をドリスさんが知っていても不思議ではない。
確かお父さんの知り合いのところで修行してるって聞いてたけど、まさかドリスさんがその人だったとは。しかも彼女、かなり商売上手だ。そんな人に弟子入りしてるなんて、同じきょうだいとして鼻が高い。
そこまで考えて、私がルカの姉であることにドリスさんは薄々気づいていたのではないだろうかと気づく。最初にじっと見ていたのもルカに似ていると思ったからだろう。確かに背丈は私の胸くらいだが同じ黒髪だし、目元や鼻筋はよく似ていると言われている。しかしそれでも家にいるときのやんちゃな少年だった頃に比べて、今のルカはまるで別人のようにたくましく見えた。
そんなルカは事情もわからず、かと言って身内の前で早々に奥に引っ込むわけにも行かず、手持ち無沙汰な状態でドリスさんの横に立っていた。
「……これだけ買い物をしてくれたんだ。サービスで、その『魔法の鍵』の場所を知ってる奴のところへ案内してあげるよ」
「本当か?」
ユウリの瞳が光り輝く。ドリスさんは、にやりと笑いながら、
「ああ。ただあたしはもう年だし、店の方で忙しいから、案内はこの子にやってもらうよ」
そう言って、ルカの方を指差した。
「え……? おれですか!?」
突然指名され、明らかに動揺するルカ。店に戻るなり、いきなり勇者御一行を案内することになるとは思いもしなかっただろう。しかもその中に、実の姉が混じっているのだ。
「これも修行の一つさ。砂漠のど真ん中に住む変わり者のじいさん、お前も知ってるだろ?」
「ああ、ヴェスパーさんですね。……わかりました! 今すぐ準備してきます!」
「ついでに、あいつにこの間仕入れたもの見せてやりな。あいつは珍しいものが大好きだからね」
「はい!!」
ドリスさんに指示を受け、文句一つ言わず忙しなく動くルカを見て、私は内心感動していた。家にいたときとはまるで違う。好奇心の塊で、いつもお母さんを困らせていたあのルカが、こんなにしっかり者になるなんて。
「おいガキ。町の外に行くってことは、魔物を倒せるくらいの力はあるんだろうな?」
「あっ、えっと……、いつもは他の冒険者さんたちと同行するんですが、一応姉や行商人の父に、ある程度の体術は教えられてきました!!」
ユウリに尋ねられ、私の方をちらりと横目で見ながら元気よく答えるルカ。
確かにルカにも体術を教えようとはしたけれど、自分には向いてないのかすぐ途中で逃げ出してた気がしたんだけれど……。
ためしに目で『本当に大丈夫?』と訊いてみる。案の定彼は、目を泳がせていた。いや、全然大丈夫じゃないじゃん。
「どちらにせよ、 今日はもう遅いから明日出発するんだね」
ドリスさんの言うとおり、今町の外に出るには遅すぎる時間だった。宿もとってないし、明日の準備も必要だ。ユウリも同意し、ひとまず店を出て休息をとることにした。
ドリスさんの店を出て数分後、同じく店から出てきたルカが後ろから追いかけてきた。
「どうしたの? ルカ」
「いや、師匠が、せっかく姉ちゃんに会えたんだから、ちょっとは話してきていいって」
「ドリスさんが?」
仕事中のルカをわざわざ私のところに行かせるなんて、ドリスさんてなんて優しいんだろう。
ここは彼女の好意に甘えさせてもらおう。先頭を歩くユウリを呼び止めると、後ろにいるルカに気がついたのか、皆立ち止まってくれた。
「あの、遅くなっちゃったけど、紹介するね。私の弟のルカ。私より5つ下の11歳で、さっき見た通り、商人になるためにドリスさんのところで修行してるの」
「はっ、はじめまして! ルカといいます! 姉がいつもお世話になっています!」
緊張しながらも、はっきりとした声で自己紹介をするルカ。
「姉より大分しっかりしてるじゃないか。俺はユウリ。見ての通りアリアハンの勇者だ」
「やっほ~! シーラだよ☆ よろしくねっ♪」
「オレはナギ。盗賊だ。よろしくな」
「よ、よろしくお願いします!」
ナギが白い歯を見せてルカの前に手を差し出すと、ルカはぎこちなくその手を握った。その後傍らにいる私の服の裾をくいくいとつまんだ。
「どうかしたの?」
皆に聞こえない程度の小声で尋ねる。
「なあ、アネキ。本当にあの人が勇者なのか?」
そう言って、鞄の中身を確認し始めたユウリを指さした。
「うん、そうだよ。それがどうしたの?」
「そっか……。なんかイメージと違うね。もっとガタイのいい人かと思った」
「あはは。でも確かに、あの英雄オルテガさんの息子だよ。剣だけじゃなく呪文も得意なんだから」
「へえ、そうなんだ。でも、姉ちゃんがあの人たちと一緒にいるってことは、きっと間違いなく勇者なんだよね」
「そうだよ。ちょっと難しい性格してるけどね」
一言多い、と本人に怒られそうだが、事実なのだから仕方がない。ふと実家での出来事を思い出した私は会って一番伝えたかったことをルカに話した。
「そうだ、ルカ。エマが心配してたよ? 最初ロマリアに行ってたって聞いたけど、なんでアッサラームに?」
ルカは、苦笑しながら答えた。
「聞いてると思うけど、うち貧乏だろ? 単純にお金を稼ぎたかったからさ。父さんも昔、師匠のところでお世話になってたみたいでさ。商売としての腕はこの街でも指折りっていうから二人に頼み込んで無理やり弟子にしてもらったんだ」
「へえぇ……。なんか、ルカがそんなに根性ある子だとは思わなかった。なんかかっこいいね」
「へへっ、まーな」
そう言いながら得意げに胸を反らす。すぐ調子に乗るところは私に似たのかもしれない。
「あっ、そんなことより、明日大丈夫なの?! 体術なんて、ろくに覚えてないでしょ?」
「いや~、勇者さんたちがいるから、大丈夫かなって思って。アネキだって、魔物の二、三匹くらい余裕で倒せるんだろ?」
「そういう問題じゃないでしょ! あと一言言っとくけどね、ユウリを怒らすと怖いんだから!」
「え、ちょっと待って、どういうこと?」
「言ってることそのままの意味だよ。嘘とかそういうの、すぐバレるから」
「ええ……、どうしよう」
私がぴしゃりと言い放つと、途端にルカの態度が小さくなる。昔から見切り発車というか、考えなしに行動したり、他人任せな所があったけど、今も変わってないみたいで私はさらに不安が募った。
「そ、それじゃアネキ、取り敢えずおれはこれからお得意先に寄ってくから、また明日師匠のところで待ってるよ。勇者さんたちによろしく!!」
慌てた様子で急に仕事モードに切り替わったルカは、要点だけ簡潔に言うと、別れの挨拶もそこそこに別の路地へと入っていった。都合が悪くなるとすぐ逃げるのも悪い癖だ。
この先、ホントに大丈夫かな?
「あれ? ミオちん、るーくんは?」
初めて聞くあだ名だが、きっとルカのことだろう。
「なんか仕事あるみたいで行っちゃった。また明日だって」
「そっかあ、残念。でもま、明日またお話すればいっか♪」
ルカの不在に気づいたシーラはそう言うと、なぜかその場でくるっと一回転する。それを横目で見ていたナギが、私に向かってぽつりと呟く。
「なんかお前と正反対の性格してるよな」
その言葉の意味が良くわからず、頭にハテナマークを浮かべる私。小さい頃はよく似た者姉弟とか言われてたんだけど、一体どう言う意味なんだろう。
「そういう鈍くさいところが弟と似てないって言ってるんだ」
冷ややかな目で言うユウリのセリフを聞いて、私は納得した。いや、納得してる場合じゃないけど。
「あっ、ねえねえ、あれ見て!」
シーラが立ち止まって、ある場所を指差す。軒を連ねる商店街を過ぎて少し開けた広場に、大きな建物が建っていた。お城よりは小規模なその建物からは、眩しいくらいの照明と音楽が漏れ出ており、周辺の人々や場の空気を盛り上げていた。
「シーラ、あれなに?」
「あれはね、『劇場』っていうんだよ☆ 歌とか踊りとかを大勢の人が見る場所。ちょうど今始まってるみたいだねぇ」
懐かしむような目でそれを見つめながら、シーラが教えてくれた。
「シーラはあそこに行ったことがあるの?」
「行ったも何も、あたしあそこで働いてたんだよ?」
「えええっっ!?」
「そうはいってもあたしがやってたのは、踊り子さんとかじゃなくてお客さん相手の給仕係だったけどね~♪」
「逆にその格好でする給仕以外の仕事の方が思い付かんだろ」
いつのまにか隣にいたユウリが冷静にツッコミを入れた。
「そんなことより、今は明日の準備と休息が先だ。早く今夜泊まる宿を探すぞ」
劇場を見向きもせず、一人先を行く勇者。その後ろ姿を見ていたシーラが誰に言うでもなく、小さな声で呟いた。
「ふーん。ユウリちゃんなら興味あるかなーと思ったんだけどなー」
いつも太陽のような笑顔を振りまいている彼女が、何か含みを持ったような笑みを浮かべていたのを、私は見逃さなかった。
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