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戦姫絶唱シンフォギア~響き交わる伴装者~

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風鳴る母(母の日特別編)

 
前書き
一日かけて書き上げました、母の日特別編です。

タイトル通り、風鳴母……翼さんのお母様の話です。
時系列はGとGXの間となります。

それではどうぞ。 

 
久し振りに踏んだ石畳は、まだ雨に濡れていた。

今朝は早朝から降っていたが、また曇り始めている。念の為、傘を持ってきていてよかった。濡れて風邪をひいては、響を困らせてしまうからな。

……俺が今いるのは、都内の霊園。向かっているのはその一角だ。

お盆はまだ先だが、それでも今日はここに来るだけの理由がある。

今日は5月の第2日曜日。世間一般で言う”母の日“だからだ。

響はカーネーションの花束を手に、千葉の実家に住む母親の元へ行っている。

純は雪音の両親の仏壇に供える分と、自分の母親に渡す為のカーネーションを買いに行った。
今頃は雪音と両親の四人で、食事でもしているんだろう。

ツェルト、マリア、セレナ、暁、月読の五人はナスターシャ教授の墓所へ。カーネーションと一緒に「日本の味」として大福を持っていくのを推奨してよかったと思う。
暁、キクコーマンの醤油をボトル一本とか、それ丸々飲ませるつもりだったのか……?

奏さんも、家族の墓参りに行ったらしい。カーネーションの色は、昨日俺が教えておいた。

紅介、恭一郎、飛鳥と流星。小日向達も、今日はそれぞれの実家に帰って、母親に日頃の感謝を伝えているはずだ。

そして、俺は──

「久し振りだね……母さん……」

足を止めた墓碑には、『風鳴玲嘉』と刻まれている。

風鳴家の共同墓地ではなく、個人のものとして作られたこの墓こそが、俺の……俺達の母さんの眠る場所だ。

墓碑の前にしゃがむと、途中で買ってきたカーネーションの花束を供えて手を合わせる。

「今日は母の日だからね。去年は、色々ドタバタしてて来られなかったし……。だから、去年の分まで色々と報告しに来たんだ。……姉さんは今、ロンドン。此処の事はまだ知らない……」

申し訳なさはある。
でも、姉さんが母さんの事を知ったら……きっとまた、父さんとの溝が深まってしまうから……。



風鳴玲嘉。名家の令嬢として育てられた彼女こそ、俺と姉さんの母親だ。

その人となりを、弦十郎叔父さんは「儚げな雰囲気とは裏腹に、内には強かな心を持った女性」と。
九皐叔父さんは「鈴の鳴るような声と、凛とした面持ち。花に例えるなら月下美人で、髪を下ろした翼ちゃんは彼女にとてもよく似ている」と評している。

生まれつき身体が弱かった母さんは、実家の家督を継ぐことが出来ず、厄介払いされるようにお見合いへと出されたらしい。

そこで出逢ったのが風鳴八紘……父さんだった。

仕事ばかりに執心する父さんに、縁談を持ちかけたのが風鳴家。

そろそろ家庭を持って肩の力を抜け、なんて言う親切心などではなく、単に跡継ぎ候補は多い方がいいとかいうお家事情がその実態だ。

仕方なく父さんはお見合いを受け、そして母さんに一目惚れした。

ちなみにこの話は、当時父さんの護衛をしていた緒川さんの兄、緒川家現当主の総司さんからの又聞きだって緒川さんは言ってたんだけど……母さんに惚れてからの父さんの変わり様たるや、周囲から心配される程だったらしい。

弦十郎叔父さんや九皐叔父さんに、事ある毎に相談を持ちかけては、屋敷で寝たきりの母さんを喜ばせようとしていたとか。

不器用ながらも、父さんの好意は母さんにちゃんも伝わっていたらしく、二人は結婚した。
式場を取っての大きなもの、とはいかなかったが、中庭での小さなものが執り行われたと聞いている。

父さんも母さんも、きっと幸せだったと思う。
仕事しか知らなかった父さんと、愛されなかった母さん。

この出逢いが、運命と言わずして何だと言うのか。

──だが、その幸せは長くは続かなかった。

父さんは母さんの身体を気遣い、子を成さないと決めていたらしい。
母さんは子供を欲しがっていたが、床に伏しがちなその身体では、産んでも母さん自身が保たないからだ。

だから父さんは、子供は養子を迎える方向で考えていたそうだ。
母さんの夢を、厳しい現実と向き合った上で一つずつ叶えていく。
それが、父さんから母さんへの、精一杯な愛の示し方だった。

それを……土足で踏み躙ったのが、風鳴訃堂(あのクソジジイ)だ。

父さんが母さんとの子を成す気がない事を知ったクソ爺は、父さんが出張した隙を狙い、床の間の母さんを力づくで寝取った。

帰ってきた父さんの前に待っていたのは、純潔を奪われた事実に枕を濡らした母さんと、クソ爺直々の事後通達だった。

父さんの無念、悔恨は計り知れない。
積み上げて来た幸せを。誰にも侵させぬと決めたものを、身内の……それも血の繋がった父親が、家の存続という名目の元に奪い去った。

考えうる中では最低であり、最悪の結果だ。

護衛として父さんに付いていた総司さんも、彼の指示で母さんの警護に当たっていた部下の方々も、仕える家が擁する組織である風鳴機関の横暴を止められなかった無力を泣きながらに土下座したという。

そう語る緒川さんの目は、少し悔しそうだった……ように見えた。

やがて、母さんは姉さんを産んだ。

でも、母さんの衰弱は激しくて、入院を余儀なくされたらしい。

父さんは姉さんを「翼」と名付け、総司さんの弟である緒川さんを、姉さんの護衛に付ける事を決めた。

その後の事は、緒川さんや叔父さん達も詳しくは知らないらしい。

だけど、確かな事はある。

その後、母さんは3年もの間、病と戦い続けた。
少しでも長く、父さんと生きようと足掻いたらしい。

そして……その末に俺が産まれ、母さんは息を引き取った。

これは俺の憶測だけど、母さんはきっと自分の先が長くない事を悟っていたんだろう。
だから死ぬ前に、父さんとの間に何かを残したいと考えた。

きっと、父さんは悩んだはずだ。そんな事はできない、と断ったりもしただろう。
結婚して初めての……しかもとびきり大きな夫婦喧嘩になったかもしれない。

それでも最後に、父さんは母さんの願いを聞き入れた。
母さんからの、人生最後の願いを……。

実家に母さんの遺品が一つもないのは、きっと父さんの仕業だろう。

母さんが映った写真も見た事がないし、そもそも母さんが居ない理由を聞いても、姉さんには絶対答えなかった。

俺が母さんの事を知っているのは10年前、姉さんが緒川さんと共に家を出た時、父さんから聞かされたのが最初の事だ。

その時は「姉さんが本当の姉さんじゃない」という事だけで、意味もわからず困惑した。

それから何年か経って、叔父さん達や緒川さんから話を聞く事で、ようやく母さんの事を知った。

姉さんには絶対言うな、と口止めもされている。
知られたら姉さんに重い物を背負わせるから、という父さんの配慮なんだろうけど、姉さんには伝わってないんだろうな……。

姉さんが、風鳴の呪縛に囚われないで生きられるようにするために、父さんは敢えて姉さんを突き放した。

その不器用さは、息子ながらに思う所はあるんだけど……姉さんには言ってない。
言ったところで信じてはもらえないだろう。
これは、父さんが自分の口で姉さんに伝えなければならない事だ。

だから……俺はその時が来るまで、敢えて口を閉ざし、見守ろうと思う。
母さんの代わりに……母さんの分まで……父さんと姉さんが、きっと仲良く笑える日が来ると信じて。

そして、この場所を知らない姉さんの代わりに。
仕事が忙しくて、多分来られるのは日が落ちてからになるであろう、父さんの代わりに。
今日は俺が、母さんに感謝を伝えなくては。

「去年は色々あったよ。俺は二課に配属されて、姉さんと同じ戦場(いくさば)で戦ってる。姉さんには後輩が増えて、あと緒川さんとも付き合い始めた。今は世界で歌ってるんだ。凄いよね……父さんも、きっと喜んでる。姉さんが知らないのは残念だけど……」

今度の夏、またマリアと二人でライブをやるらしい。
会えないのはちょっと寂しいけど、父さんの願いはきっと叶っている。

姉さんは一歩ずつ、確実に、世界へと羽ばたいていっているのだから。

「──それから……その……俺にも、恋人が出来たんだ。……名前は立花響。素直で、真っ直ぐで、とても純粋で……太陽みたいに元気な女の子。俺の……世界で一番大事な人だ」

そして、それは俺も同じだ。

父さんと母さんは、きっと俺達姉弟の幸せを望んでいる。

であれば、感謝と共に伝えなければならない。

俺が自分の手で掴んだ幸せを、天国で見守ってくれている母さんに……。

「ありがとう、母さん。俺をこの世に産んでくれて……。俺を、響と、出逢わせてくれて」



霊園を出た頃、ぽつぽつと石畳が濡れ始めた。

持って来ていた傘をさして、少年は歩みを進める。

供えられた白とピンクのカーネーションが、墓碑の前で濡れていく。

そしてその夜……そこに赤のカーネーションが添えられた事は、誰も知らない。

墓碑へと手を合わせる男の顔は、夜闇に隠されていた。

その表情に宿る感情の色は──まだ、子供達には見せられない。 
 

 
後書き
風鳴母の話はGX編で絡んできます。母の日という事で、出しておくには丁度いい機会かなと思い、執筆しました。

それでは、次回もお楽しみに。 
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