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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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疾走編
  第二十四話 大事件かも

宇宙暦791年3月15日18:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、
EFSF旗艦リオ・グランデ ヤマト・ウィンチェスター

 「ウィンチェスター、ウチの艦隊の哨戒記録を全て洗ったが、ヴァンフリートで異状があったような痕跡は認められなかったよ」
「そうですか…ありがとうございます」
「役に立てなくて済まなかったね」
「いえとんでもない、お手数をおかけしました」
「異状という程の事ではないが、帝国軍との遭遇記録はある。そちらで見るなら転送するが、どうする?」
「お願いいたします」
「分かった、すぐ送る。ああそれと、シトレ提督が君に会いたがってたよ。ハイネセンに戻る時があったらウチの司令部に来てくれ。じゃあね」

 シトレ提督か。俺が知ってるシトレさんはもう元帥で統合作戦本部長だったからな。艦隊司令官時代のシトレさんか、ハイネセンに戻ったら会ってみるか。戻れたらの話だけども…。
「大佐、第八艦隊の哨戒行動時には異状はなかったそうです。念のために帝国軍との遭遇記録を送る、との事です」
「了解した。どの艦隊の哨戒時も異状は見受けられない…提督、そうしますとあのビーコンは最近設置または起動した事になります」
「ふむ…少佐はどう思うかね?」
「小官も首席参謀と同意見であります」
「そうか。大尉はどうかね?」

 …ガイドビーコンが発見されて、提督もそれ自体には不審そうだった。でも敵が近くに居るのかもしれないのに総員配置は発令していない。通常警戒のままだ。なんで通常警戒のままなんだ?
「提督、少々お待ち下さい。…大佐、恥ずかしながら小官はガイドビーコンの存在を知りませんでした。ガイドビーコンというのはありふれた存在なのですか?」
「なんだ、知らなかったのか。ビーコンを見つける、というのは結構ある事だ」
「では先ほどの発見時のように、ビーコン自体が作動している状態で発見されたとしても特に問題にはしないのですか?」
「問題にはしないな」
「何故ですか?」
「至極ありふれた存在すぎて、報告する意味がないのだ。考えてもみたまえ。設置してすぐ稼働したのか、タイマーセットで稼働したのか、分からないのだからな。それに、ビーコンに向かって来る帝国軍がいないのだ。過去の記録からもそれは明らかになっている。発見した稼働中のビーコンをわざと放置して、待伏せしたことも度々あった。それでもやつらは来なかった。結果、発見しても報告はいらない、という事になったのだ。無論、教本には載っていない」
「では何故ピアーズ司令は報告をあげたのでしょう?」
「ピアーズ分艦隊とマクガードゥル分艦隊は、ヴァンフリートの各惑星の公転軌道を、主星ヴァンフリートを挟むように哨戒と調査を進めている。言わば我が本隊の前路警戒だ。そこに稼働中のビーコンを発見した。索敵範囲内で最初の何かの兆候を見つけた訳だ。それで我々に警戒するように、と警告を発してくれたのだ。我が艦隊の初の哨戒任務だ、齟齬があってはならん。それで正規の手順で報告してくれた、という訳だ。艦隊の錬成訓練の時はなかっただろう?」
「確かに…ありませんでした」
「訓練で想定として見つかる物を見つけて報告して、それに対して処置をするのと、実際に処置をするのでは全然緊張の度合いが変わってくる。艦隊はビーコンを見つけるためだけに訓練しているのではないし、ビーコンだろうが敵艦隊だろうが、発見、報告、対処。やることは同じ。大尉、今は何時だ?」
「一八〇五です」
「そうだな。ビーコン一つに実際に対処するのに約四時間かかっている。これが訓練だと一時間で行わなくてはならない。私が提督に最低でも一時間、と言ったのはそういう事だ。何故一時間なのかは調べても分からなかったがね。訓練だけでは実際は分からない。実際にやってみるしかないのだ」
「はい」
「実際にかかる時間が判れば、それを基準に物事を考える事が出来る。分艦隊司令のお二人に、何でもいいから異状らしきものがあれば報告をあげて下さい、とお願いしておいたんだ。提督の許可も得ている。報告の内容がたまたまガイドビーコンだっただけだ」
提督の許可も得ている?何の為だ?

 「分からないかね?艦橋の雰囲気が報告が上がる前とは全然変わっているだろう?」
「…皆、少し緊張しているように見えます」
「だろう?たとえそれが普段は気にしないガイドビーコンであっても、それが分艦隊から報告が上がれば話は別だ。兆候として報告されているのだから、それに対しては真摯に対応せねばならん。やるべきはキチンとこなして、休む。オンとオフをきちんと切り替えねば、大所帯はうまくいかないんだ」
「ありがとうございます、大佐……提督、小官も特にありません」
「そうか。ではこのまま調査と哨戒を続行する。貴官等も交代で休みたまえ。儂も自室に戻るとするよ」

 特に何もない…。
何もないのかなあ。あちこち遭遇戦をやってる最中であれば、ガイドビーコンがあろうが無かろうが確かに誰も気にしないだろう。でもなあ…。
いちいち止まってられないのも分かるし、先行している分艦隊から続報がない以上は問題なしでもいいんだろうが…。皆本当に疑問に思わないのだろうか?はあそんなものなのですね、と納得してしまうのか?
「ウィンチェスター、二一〇〇時まで頼む。二一〇〇時からはイエイツ、二四〇〇時からは私だ」
「了解いたしました」

 シェルビー大佐とイエイツ少佐が何やらぶつぶつ言いながら艦橋から退いていく。
俺を除いて司令部の皆が艦橋から居なくなった。ということはこの約三時間、この艦隊は俺の指揮下にあるという事か。ふむ…旗艦艦長はテデスキ大佐。何かあったら大佐から報告を受ける訳か。…大佐も嫌だろうな…。
「中々サマになってるじゃない」
「あ。司令部内務長」
「フフ、普段通り司内長でいいわよ。まるっきり一人になるのは初めてでしょ?」
「そうですね。訓練の時も今までも一人ではなくて、シェルビー大佐かイエイツ少佐のどちらかと一緒に立直でしたから。大尉はどうされたのです?何か御用ですか?」
「いえね、みんな退いてきたのに何も放送がないなと思って」
「…あ!……艦長、本隊は哨戒第三配備とします。各艦に伝達よろしくお願いします」
「了解した。いつ号令をかけるのかと内心クスクスだったよ。司内長、ありがとな」
「いえ、出来の悪い教え子ですからね。たまには見に来てあげないと」
カヴァッリ大尉、ありがとー!
「司内長、助かりました」
「いい事すると気分がいいわね。あとでジュース奢ってね」



3月15日19:40 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ 
ヤマト・ウィンチェスター

 カヴァッリ大尉は、俺達と違う意味で士官学校では浮いた存在だった。彼女はリンチ少将の身内なのだ。義理の兄が逃亡を図って帝国軍に捕まったとなれば、嫌でも肩身は狭くなる。その上、軍隊は女々しい組織だ、噂話はすぐに広がる。身内というだけで白い目で見られる。公にそういう事は有ってはならないが、人が三人以上集まれば真実以外が付いて回る。
彼女が士官学校生だった頃の教官やら知人はほぼ転属かいなくなっていて、当時の教官で残っていたのはドーソン中佐だけだったという。
ドーソンなんて知人以上の関係にはなりたくないからな、彼女だって近づきたくもなかったろう。講義を持っている訳でもなかったから、学生の間では『近寄り難いショートの美人』って言われてたな……ん?艦長、何でしょう?
「参謀、報告が入った。帝国規格のコンテナを複数個、発見したそうだ。エネルギー反応、生体熱反応無し。駆逐艦が回収に向かっている」
「帝国規格のコンテナ…コンテナというと貨物コンテナですか?」
「そうらしい」

 帝国規格の貨物コンテナ?破壊された帝国艦から流れ出たのか?
「艦長、帝国の貨物コンテナを見つける、というのはよくある事なのですか?」
「よくある事だな。敵が艦ごと降伏した時じゃないか?爆散や轟沈ではなくて、機関部をやられて行動不能になった時だな。ビームやミサイルの破口から流出する事がある。百五十年も戦争していれば、とりたてて珍しい事でもないな」
「珍しい事ではない、という事は普段なら見過ごす、という事ですか?」
「そうだな。さっきのビーコン騒ぎと一緒さ。報告をあげたって事は生真面目な艦長なんだろう。アレコレ何処其処に行け、と言われない限り、艦隊哨戒なんて暇な任務だからな、やる事が無さすぎて回収しようという気になったのかもしれん。個艦で回収する分には作業報告さえしていればいいからな」
「なるほど。ありがとうございます」

 よくある事か…俺が細かいのか?ありふれた光景だから気にしないなんて、これも一種の戦争ボケじゃないのか?今は791年…なんかあったか??
もっと日時を気にしてアニメ観とけばよかったぜ…。ここはヴァンフリート、ヴァンフリートⅣ。ヴァンフリートⅣと言えば、衛星Ⅳ-Ⅱでラインハルトとリューネブルクがローゼンリッターと戦闘した所だ。グリンメルスハウゼン艦隊だ。まだⅣ-Ⅱには基地はない…はず、だよな?
だんだん思い出して来た、外伝だ。外伝と言えば他にもあった。キルヒアイスがサイオキシン麻薬の密売やってる貴族に絡まれる話だ。なんか艦隊戦の描写があったな。ああ、カイザーリング艦隊だ、アルレスハイムで負けるんだ。気化したサイオキシン麻薬が原因で艦隊の一部が暴走して負けるんだった。しかし、同盟領で何で麻薬載せたまま戦闘したんだ?密売取引を同盟領でやっていたのか?くそ、日付さえ分かればなあ…。



3月15日20:10 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ 
ヤマト・ウィンチェスター

 「続報だ。コンテナの中身は全て金のインゴットだった。約一億ディナール分、だそうだ。それと発動前のガイドビーコンが一基、格納されていた」
「…艦長、本隊各艦に哨戒第一配備を伝達して下さい。私は提督をお呼びします」
俺は参謀だから、総員配置や戦闘準備は下令出来ない。総員配置なり戦闘準備を下令するのは指揮官の専権事項だ。たぶん俺が呼びにいかなくても、提督は艦橋に来るだろう。指揮官不在時に配備をいじるとしたら、それ自体が何かがあった事の証明だからだ。
「ヤマト、何か有ったのか?」
「オットー、提督は?」
「シャワー中だった。まもなく来られる」
「そうか。思い過ごしならいいんだけどな。…でも怒られちゃうか?」
「提督は滅多に怒らないよ。それが逆に怖いがな」
確かに提督は怒らないだろう。シェルビー大佐には怒られちゃうかな…。

 「何か有ったのかね、ウィンチェスター大尉」
「駆逐艦が帝国規格のコンテナを複数個、発見しました。エネルギー反応、生体熱反応はありませんでした。駆逐艦が回収に向かったところ、中には約一億ディナール相当と思われる金のインゴットと、一基のガイドビーコンが格納されていました」
「ふむ、それで」
「はい。金塊は何かの代金ではないか、と私は考えました。ということはその代金を受けとる為に帝国ないし同盟の未確認の船舶が付近に現れる、または潜んでいる可能性がある、という結論に至った為、哨戒第一配備としました」
「了解した。密輸…密売、ということかね?」
「はい。そうであった場合、代金を放出した側の船も付近に潜んでいる可能性があります。買い手売り手が誰にせよ、同盟軍艦艇に偽装しているか、同盟軍艦艇そのものが使われている可能性があります」
「それは何故だね?」
「同盟軍艦艇であれば、この場にいても不自然ではないからです。エル・ファシルからこちらは民間船舶は来ません。帝国側の密輸業者だとしても、過去に鹵獲され払い下げられた物が入手可能だと考えられますので」
「成る程のう。大佐、どう思う?」
「大尉の推論は理路整然としています。充分に有り得ます。よく考えたな、大尉」
「ありがとうございます。もう一点、申し上げなければならない事があります」
「何だね?」
「同盟軍自体が関与しているかもしれない、という事です」 
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