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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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揺籃編
  第二十話 新たな戦いへ

宇宙暦790年3月1日 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、シルバーブリッジ24番街、
キャゼルヌ邸 ヤマト・ウィンチェスター

 キャゼルヌさんちに来ることがすっかり多くなってしまった。ふふふ、これで俺も立派な準レギュラーって事になるな。しかし一つ残念な事がある。キャゼルヌ夫人が妊娠で里帰りをしているのだ。
それを聞いた時には皆が落胆した。
俺もマイクもオットーも、いや、それだけじゃない、アッテンさんやヤンさんもミセス・キャゼルヌの作るゴハンのファンなのだ。それを食べる機会を失わせたこの家の主には、皆から非難の雨あられだ。最近はフォークやスールズカリッターもここに来るから、非難の声は更に増えている。

「一つ言っとくがな、ここは士官学校生の寄宿舎じゃないんだぞ」
「私はもう卒業しましたよ」
「アッテンボロー、お前さんの事じゃない、そこの五人の事だ」
「いいじゃありませんか。可愛い後輩達ですよ彼等は。それに、ミセス・キャゼルヌの料理を食べる機会を失わせた償いをしてもらわないと」
「償いだと?オルタンスが居ないのは人類の種としての責任を果たした結果だぞ?消費しかしないお前さん達に文句を言われる筋合いは無いと思うね」
「でも中佐、酒は消費しないと意味がありませんよ?」
「酒にだって飲まれる相手を選ぶ権利くらいあるだろうさ。全くだな、お前さん達が来ると月の俸給の半分が酒代で消えるんだぞ?ホストの身にもなれ」
「それがまた回りまわって我々の俸給になるんだからいいじゃないですか」

 キャゼルヌさんはフォークやスールズカリッターも快く受け入れてくれた。本当に連れて来てよかったと思う。彼らにはまだ一年ある、いい話がたくさん聞けるだろう。
士官学校生が在学中に出会う現役の軍人と言えば、教官くらいしかいない。教官達も自分の実体験を候補生達に話してくれるけど、候補生からすれば『教官がまた何か言ってるよ』にくらいにしか思えないものだ。そりゃそうだ、普段から一緒に居るし、そんな人達の戦場での姿や経験は想像しづらい。しかしキャゼルヌ中佐は違う。現在進行形のバリバリのキャリアだし、そんな人の生の(と言っては失礼だけど)経験が聞けるのだ。スールズカリッターにとっても、軍上層部を目指すフォークにとっても有益だろう。
俺だって実年齢はキャゼルヌさんと似たようなもんだから、彼の言うことはよく分かる。軍人としても、短い間だったけど濃密な艦隊勤務を経験したから同様だ。ということは、やはり経験が人を作り上げるんだな。資質、素養、経験が上手く合致しないといい人間にはなれないし、いい軍人にはなれない。でも困った事にいい人間といい軍人は相反する事が多いんだなこれが…。もうすぐ士官学校も卒業だ、この事でこの先ずっと悩んでいくんだろう…。

 「アッテンボローは第二艦隊だったな」
 「ええ。私は駆逐艦の射撃管制やってます。駆逐艦は楽しいですよ」
「そうなのか?」
「艦長ならもっと楽しいんでしょうがね。イメージ的には図体のでかい単座戦闘艇(スパルタニアン)ですから、小回りは利くし、すばしっこいし、やりようによっちゃ戦艦も喰えます。それに、大所帯じゃないって事が素晴らしい」
「そうか。で、ウィンチェスター、お前さん達の配属は決まったのか?もう発表される頃だと思うが」
「マイクはローゼンリッターに戻ります。連隊付で士官学校に入ってますから。私とオットーは…」
「なんだ、配属先の嫌な噂でも聞いたのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが、私とオットーはエル・ファシルに戻る事になりました。昨年再編の終了したエル・ファシル警備艦隊に配属されます。ところで中佐、お聞きしたいのですが」
「ん、なんだ?」
「ドーソン教官に嫌みったらしく言われたんですが、我々は卒業すると大尉なのだそうですが、本当ですか?」
「そうなのか?俺も詳しくは知らんのだ。将官推薦者自体がいなかったからな。まあ…現役の教官でもあるし、あのドーソンがいうのなら本当だろうな」
「嫌ですよ、士官としての経験もないのにいきなり大尉だなんて」
「…国防委員会に聞いてやろう。少し待っといてくれ」
「あ…ありがとうございます」

 「こいつは驚いたな。もうお前に抜かれるなんてな。嫌みじゃないぞ、将官推薦って本当にすごいんだな」
「よして下さいよアッテンボロー先輩」
”先輩、本当に知らなかったんですか?てっきり知ってると思ってましたが“
「フォーク、お前知ってたのか?」
「我々の学年では有名でしたよ、ドーソン教官にやたらとハッパをかけられましたからね。下士官風情に負けてどうする!あいつらは卒業したら大尉なんだぞ!って。まあ、詳しくは教えてくれませんでしたし、お前に言われたくはない、って反応が殆どでしたが」
言ってくれればよかったのに…でもそれを知っていたから、しつこく絡んで来たのか…。
確かに自分達は少尉任官なのに、俺達は大尉じゃ、この野郎!ってなるだろうな。なんて制度だよ全く…。
あ、キャゼルヌさんが書斎から戻ってきた。

 「おう、待たせたな。国防委員会人事局の知り合いに聞いてみたよ。将官推薦者にも二種類いるらしい。軍以外の人間が推薦を受けた場合は中尉任官、現役軍人が推薦を受けた場合は大尉任官なんだそうだ。おめでとう、ウィンチェスター。バルクマンも、ダグラスも。本来、昇進というものは内報が出るまで本人には知らせちゃいかんのだが、もう知ってしまっているからな」
「…ありがとうございます。しかし何故大尉という階級なのですか?」
「将官推薦というのは本当に特別なんだ。確かに士官としての勤務経験、実績はない。しかしそれを補って余りある資質がある、という事の証なんだ。下士官の昇進、降任については統合作戦本部の専権事項だが、士官への昇進、士官の降任については国防委員会の人事局が決定権を持つ。その中でも将官推薦者については、将官と同じように履歴書も考課も国防委員長まで直接報告が行くんだ。…まあこれは、さっき聞いて俺も初めて知ったんだがな。知り合いによると、お前さん達の事は国防委員会でも有名らしいぞ」
「なんて事だ」
「…何て事だ、なんて言ってる場合ですか先輩。私としては、改めて将官推薦者を追い抜くという目標が出来たからいいのですが」
「フォークの言うとおりだぞウィンチェスター。ドーソンがフォーク達にハッパをかけた理由が分かったよ。国防委員長まで報告があがっているとすれば、将官は置いておくとしてもだ、お前さん達は大尉でありながら、どの佐官よりも統合作戦本部長の椅子に近い事になる。大変だぞこれは」
「あ~あ、お前ら大変だな…ハタチで大尉、更に佐官を敵にまわすのか…普通の士官学校出身者でよかったよ俺」
「そんな事言うのホントにやめて下さいよアッテンボロー先輩…」


 キャゼルヌ邸を出ると、フォークとスールズカリッターは実家に顔を出して来ますと言って俺達と別れた。
…いきなり大尉というのはちょっと想像の度合いを越えている。
将官推薦者は士官学校の成績とは関係なく昇進序列が最上位、くらいにしか考えてなかった。それだけでも充分すごい事なんだけど。しかもだ、国防委員長まで直接報告があがると言うことは、確実に降任はないといってもいい。自分で考課表を見ているのだ、降任させると国防委員長自身の資質を問われかねない。非の打ち所の無い(?)大失敗をやらかさない限り更迭もないだろう。
「こりゃあ本当に大変だぞ。大尉だぞ大尉」
「オットー…今更ながら巻き込んで済まないな、二人共」
「俺は充分楽しんでるけどな。気にする事ないぜヤマト。オットーも気にしすぎだぞ」
「だけどなあ」
「いいじゃねえか。大尉おおいに結構。階級に見合った成果を出せばいいんだろ?」
「気楽だなあマイクは。連隊に戻ったら中隊長だぞお前」
「余裕余裕。俺達は十八で一等兵曹だった。オットー、正直、やれると思ったか?」
「…キツかったな」
「同じような経験をまたするだけさ。佐官を敵にまわす?上等じゃねえか。キャゼルヌ中佐とヤン少佐は別枠だけどな」
「…何だかよく分からないが、とにかくすごい自信だな」
「ああ。オットーは自信ないのかよ?」
「…まだ分かんねえよ」




宇宙暦790年3月24日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校
大講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 “卒業生、宣誓”
「はい!…私は我が国の自由と独立を護る自由惑星同盟軍人としての使命を自覚し、国家に忠誠を誓い、暴虐なる専制主義に屈することなく責務の完遂に努め、事に臨んでは危険を顧みず、以て同盟市民の負託に答える事を誓います。宇宙暦七百九十年三月二十四日、卒業生代表、ヤマト・ウィンチェスター!」



3月24日15:00 自由惑星同盟軍士官学校、第七食堂 オットー・バルクマン

 「卒業したな」
「ああ」
「マイクはこのままローゼンリッターに行くのか?」
「そうだな。そのまま歓迎会だぜ」
「歓迎会?」
「そうさ。前に着任したときはエル・ファシル失陥の騒ぎで一応自粛してたからな、今回は晴れて大尉任官、着任の歓迎会をやってくれるんだと。先任中隊長にすげえ人がいるんだ」
「へえ。なんて人だ?」
「シェーンコップ大尉って人だ。女も敵もこの人には敵わないね」
「そうか。いいなあ」
「何そんなにショボくれてんだよ、エル・ファシル警備艦隊司令部参謀殿?」
「やめてくれよ…ますます気が重くなるだろ」
「考え込んでもいいことないぜ。俺は中隊長、お前だって今は参謀だけど、直ぐに指揮官という立ち位置が見えてくるんだぜ?眉間に皺寄せて、ウーンウーン唸って考え込んでる指揮官や艦長を部下が見たいと思うか?」
「…そうだな」
「だろ?俺達はレールに乗っちまったんだ。前に進むしかねえんだよ。明るく行こうぜ、明るく」
「…俺、お前の部下になりたかったよ。いい指揮官になれるぜお前」
「はは、ありがとな。…では、いまいち乗りきれないバルクマン大尉に、ダグラス中隊長がいい言葉を教えてやろう。心して拝聴するように」
「…なんだ?」
「世の中を甘く見る事。いい言葉だろ?」
「…それが出来れば苦労しねえよ…何言ってんだよ全く」
「固いねえ…ところでヤマトは?」
「エリカちゃんを駅に迎えに行ったよ。エリカちゃんも今日卒業だろ?ご両親がお祝いしてくれるんだと。俺も誘われたけど断った」
「なんでよ、行けばいいじゃねえか」
「…空しくなるだろうが」
「まあな、はは」


 じゃあな、また集まって一杯やろうぜ、と言い残してマイクは行ってしまった。
俺って要領悪いんだろうか…。
卒業時の席次はヤマトが首席、俺が百五番、マイクが二百十三番だった。一応トップグループに入る事が出来た訳だ。
ヤマトは分かる、あいつはいつの間にか勉強している奴だからな。マイクだって勉強は苦手、とかいいながら、かなり頑張っていた。戦術と白兵戦技は同期でもトップクラスだ。兄貴肌で意外に面倒見がいいから、下級生には人気があった。翻って俺は…特徴がないのが特徴、とか言われそうだ。

 「どうしたのよ、一人でポツンと」
「あ、カヴァッリ大尉」
「卒業おめでとう。いつも一緒の二人はどうしたの?」
「ありがとうございます。ヤマトは彼女を迎えに、マイクもさっき駅へ向かいましたよ」
「あら、残念。卒業祝いしてあげようと思ったのに。どう?これからゴハンでも」
「いいんですか?」
「顔見知りだし、一応教え子だし、それにこれからも一緒に働く事になったしね」
「…大尉もエル・ファシルへ?」
「そうよ。荷物置いてきなさい、明日までは宿舎使えるんでしょ?」
「ああ、はい」
…ひでえ夜になりそうだ…。




 (揺籃編 完) 
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