もしもSAOの世界にVTuberがいたら。
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第1話 剣の世界
前書き
不定期投稿です。
Virtual YouTuber。
2010年ごろに日の目を浴び、その若年層に対する影響力が重要視された"YouTuber"の派生系。
最早日本の象徴的な文化となりつつある"オタク文化"の需要に完璧に答える形となったVTuberは、非常に緩やかに、だが確かな影響力を持って、社会に溶け込んでいた。
プロサッカーチームの公式新人サポーター、訪日促進アンバサダー、観光大使…様々な方法で業界に進出するVTuberの総人数は、推定一万人を超える規模となる。
しかし、そんなVTuberも所詮はただの人間。モーションキャプチャを駆使して、可能な限り人間の動きを再現しているだけに過ぎないのだ。
人が人として、そして仮想世界の身体が身体として別々で活動している限り、出来ることの限界は限りなく低い位置にある。
そんな中、とある一人の科学者が公開した一つの世界を変える技術。
"フルダイブ技術"が、VTuberたちの世界を大きく広げることになった。
「はーい皆さんこんばんきーつね!白上フブキでーす!」
『コーンばんわー!』『コーンばんは!』『初見です。こんばんは!』『猫やんけ!』
途端に流れてくる怒涛の挨拶を目で追いながら、カメラに向かって手を振る少女――フブキは、いつも通りの挨拶から配信を開始した。
真っ白なポニーテールの髪に、二つの大きな耳。腰からふさふさの尻尾が垂れ下がる彼女は、キツネを模したVTuberである。
怒涛の挨拶コメントに笑顔で対応しながらも、流れてくるコメントに交じる『猫やんけ!』は華麗にスルーする。何故なら彼女は立派なキツネなのだから。断じて猫ではないのだ。
「今日はいよいよ正式サービス開始となった、このVRMMORPG…その名も、"ソードアート・オンライン"をプレイしていきたいと思いまーす!皆さんも早くやりたいでしょうから、今日は30分くらいの短い時間でやっていきますよー」
『短時間配信たすかる』『むしろもっとやって』『SAOをプレイすればフブキちゃんの尻尾をモフモフできるって本当ですか?』『通報しました』
仮想空間を使用した、大規模なMMORPGとして制作された世界初のフルダイブ型ゲーム。それが、このソードアート・オンラインだ。 動画配信といったコンテンツの需要にも答え、動画投稿サイトとのアカウント連携、配信機能さえも完備した作りとなっていた。
ナーヴギアと呼ばれる、人間の脳から出力される信号を解析、仮想世界の身体に正確に五感を結び付けるその機械のおかげで、人はもう一つの世界ともう一つの身体を手に入れた。
VTuberたちは、仮初の身体だったVTuberとしての自己を完全なものとして確立することができた。
思うように動かせる身体。激しく動き回っても足が変な方向に曲がることなどない。衣服が身体を貫通することもない。そんな、VTuberとしての本当の身体を手に入れることができたのだ。
「うん!とりあえず最初はミオと一緒に遊ぼうって約束してますので、ミオを探しますよーっと」
既にログインしているミオを探すため、フブキはその場を後にする。
ログイン前に待ち合わせ場所として指定していた、裏道にある武器屋へとその足を一直線に進めていく。
「第一層はβテストの時に何度も訪れましたからね!地理は完璧に把握してるのですよ。ふふん」
『そっか、フブキちゃんはβテスターだった』『どや顔きーつね』『かわいい』『かわいい』『通報しました』『可愛いって言っただけで!?』
SAOのPRとして数名のVTuberが参加した、SAOオープンβテスト。それにフブキは、同じホロライブゲーマーズ所属の3人の知り合いと参加していた。そしてそのうちの一人が、先ほど名前の挙がったミオである。
そのため第一層の"はじまりの町"についてはある程度の知識があった。
βテスト時代と変わらない街並みに感動しながらも、フブキは目的の武器屋へと向かっていく。
『にしてもすごいなSAO。殆どリアルと一緒じゃん』『つくられた感じがしない』『そこ3次元じゃない?』『フブキングがついに我々の世界に…閃いた』『通報しました』『通報しましたニキもっと喋って』
「ねー、すごいですよねー。どれだけよく見ても普通の建物と同じですもん。NPCですら人間と見間違うくらいリアルっぽい…」
てくてくと武器屋へと歩く道すがら、手持無沙汰になったフブキはコメントを見やる。
「そのうちNPCも自分から物を考えて話す時代が来るかもしれませんねぇ」
『ここは ○○の 町です!がもう聞けなくなるというのか…』『知性間戦争の勃発じゃん怖い』『そして人間はAIに支配されるのか…』『つまり我々はフブキちゃんに支配されるのか…アリだな』『通報しました』『通報しましたニキNPC説』
「なにやら私の配信のコメント欄にもNPCの方がいるようですが…っと、見えてきましたね、あれが目的地ですよー」
カメラがフブキの指さした方を映すと、そこには武器屋の前でこちらに向かって両手を振っている黒髪の少女の姿があった。
「こんばんみぉーん!大神ミオです!今日はよろしくー」
「はーい!よろしくお願いしまーす」
コメント欄が『フブミオてぇてぇ』『こんこんうーるふ!』の二つで溢れかえる。
最早挨拶の原形すらとどめていないが、二人の配信では定型文となったその言葉を交わす。
「で、配信時間もアレなので、早速武器を見繕ってフィールドに出ようかなーと思うんですけどー…」
ちらりとフブキはミオの背後を見やる。するとそこには、びっくりした顔でこちらを見やる男性プレイヤーが二人いた。
「成程、二人は最近よく聞くVTuberって奴なんだな!」
「俺も見たことあるな。確か…ホロライブだったか」
武器屋で出会った二人のプレイヤーは、それぞれキリトとクラインという名前の一般プレイヤーだった。
先に武器屋にたどり着いていたミオが、暇を持て余していた時にキリトに声をかけられたのが始まりらしい。三人で武器を見繕っていたとのことだ。
「ミオはフットワーク軽そうだし、オーソドックスに片手剣とかでいいかもしれないな。まあでも所詮ゲームだし、自分に合う合わないは関係なく好きな武器を使えばいいと思うよ」
「じゃあ私は?」
「フブキもフットワーク軽そうだよな。というか二人ともケモミミが生えてるからか野性的なイメージしか湧かないんだよな…」
キリトの脳裏に森を四足歩行で走り回るフブキとミオの姿が浮かぶ。
「なあなあ、俺は?」
「クラインは何でもいいんじゃないか」
「え?俺だけ扱い雑過ぎね?」
『キリトさん露骨に贔屓してて草』『クライン、涙拭けよ』『男の涙なんて需要ないんだよなぁ!』『涙目のミオちゃん…うっ…ふう』『通報しました』
コメント欄もクラインの不憫を嘆く声が多くみられる中、結局のところ序盤の町で手に入れられる剣の中では最も威力の高い武器である"ショートソード"を選択する。
100コルと序盤にしては少なくないお金を支払い、一行は連れ立って町を出た。
「じゃあ、ここからは本格的にモンスターと戦う事になる。βテスターだったフブキとミオは大丈夫だろうから、指導が必要なのはクラインだけだな」
「ああ、宜しく頼むぜ!キリト!」
元βテスターのキリトの教えに倣い、クラインは第一層でも破格の弱さを誇るmob、≪フレンシーボア≫へと剣を片手に突っ込んでいく。
猪型をしたそのモンスターは、クラインの挙動に一歩遅れて気づきながらも、体制を整えて突進を開始する。
そして。
「――――のわぁぁぁあああっ!?」
腰の入っていない、ただただ棒を振り回したかのようなクラインの一撃は、呆気なく猪の突進の前にはじき返され、そのまま後ろへと突き飛ばされる。
大したダメージこそ入っていないものの、クラインはそのまましりもちをついた。
「…こりゃ重症だな」
「ソードスキル以前の問題でしたねぇ」
「基本から教える必要があるね」
「…い、いやー面目ない…」
たはは、と頭をさすりながら笑うクライン。
ふらつく身体を剣で支えながらも立ち上がる。
「スマン。ソードスキルも気になるが、先に立ちまわりとか基本的な事を教えてくれ。今のままじゃ、一緒にプレイする友人たちに示しがつかなくなっちまう」
「ああ、今からみっちり仕込んでやるから覚悟しとけ」
「うへぇ、お手柔らかにお願いするぜ、キリト」
「あはは、お二人は仲良しですねぇ。リアルでもお知り合いなんですか?」
何年来の気の合う友達であるかのように振る舞う二人に、フブキはふと浮かんだ疑問を投げかける。
するとミオも同じことを思っていたようで、その言葉に乗っかるように言葉を紡ぐ。
「そうそう、ウチも思ってた。お友達だったりするのかな?」
「いや、そんなことはないよ」
しかし、その二人の考えはキリトの一言によって否定される。
だったら何でこんなにも距離が近いのだろう。その二人の疑問は、次のキリトの言葉で解決する。
「…仮想世界だから、リアルでの自分を気にする必要がないのさ。ここなら、なりたい自分を演じることができる。君たちVTuberだってそうだろ…って、これはそっちの業界じゃご法度だな」
ごめんごめんと笑って謝るキリトに、いえ大丈夫ですと返すフブキ。
リアルでの自分を気にする必要はない。なりたい自分を演じることができる。
そんなキリトの発言に、フブキとミオは何となく彼の人となりを察することができた。
「俺は元からこんな感じだからな…さっき言ってた友達ってのも、他のMMORPGで出会った仲間たちだし」
「クラインはコミュ力お化けなんだよ。俺みたいなやつとは住んでる世界が違うんだ」
「ああなるほど、陰キャと陽キャってやつかぁ」
「あの、ミオさん?あんまりはっきり言うのはやめようか?その言葉は俺に効く」
キリトが大仰に胸を押さえて蹲ったところで、4人の間に笑いが生まれる。
しかしそんな中、笑い声に交じってかすかに聞こえてくる音があった。
リンゴーン、リンゴーン。
小さかったその音は、時間がたつにつれ確かな大きさを伴って耳に入るようになる。
「…?この音はなんでしょうかね」
「システムアナウンスか…?リリース直後は不具合とか多いだろうからな」
キリトの言葉に、成程と一同が納得したように頷く。
しかし、その次の瞬間にはフブキとミオが強制的に始まりの町の転移門広場へと転移させられた。
「えっ…?」
「あれ…キリトくんとクラインさんは?」
『なんだなんだ』『これも不具合か?』『不具合で強制切断なら分かるけど、強制転移はおかしくね?』『ちくわ大明神』
「チャット欄の皆さんごめんなさい、そろそろお時間がいい感じですしキリもいいので、今日の配信はこの辺で終わろうと思います」
『はーい!おつコーンでしたー!』『おつコーン!』『さーて俺もSAOすっかなー』『通報しました』『なんで!?』
フブキとミオの周囲に、他にも強制転移させられたのだろう。その場に現れるプレイヤーたちが後をたたない事に気が付いたフブキは、その異様な光景に抑えきれない不安を覚える。
ひとまず配信を終了すると、それが相図であったかのように、はじまりの町上空にローブをかぶった人型アバターが姿を現した。
『プレイヤーの諸君、私の世界にようこそ』
一瞬で、転移門広場は阿鼻叫喚の渦に包まれた。
ログアウト不可のデスゲーム。ここでの死は現実世界での死と同義。
VRが、本当のリアリティに代わってしまった瞬間。
そして、外との唯一の連絡手段があること。
多くの絶望と、一筋の希望を残したローブの人間は、そのままプレイヤーたちの助けを求める声を、罵声を聞かず、暗闇の中へと姿を消した。
アインクラッドに閉じ込められた1万人のプレイヤーたち。現実世界に帰還できる頃には、果たしてどれだけの数の死者が切り捨てられるのか。
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