温泉宿
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第一章
温泉宿
本間康成はこの時仕事に疲れを感じ有給を貰った、そしてふらりと東京からある温泉街に向かった。
そこで疲れを癒すつもりだったが。
宿に入ったところで宿の親父にこう言われた。
「よくうちに来て頂きました」
「はい、実は」
本間は親父に話した、疲れを感じているだけあって痩せた顔が普段より痩せていて小さな目の光も弱い、上だけ伸ばしている髪の毛もボサボサした感じだ。
「このお宿がいいとです」
「言われましたか」
「ここに来た時に」
温泉街に入った時にだ。
「ふらりとこっちに来て」
「そしてですね」
「はい、宿も決めてなかったんですが」
「この温泉街にですね」
「それでちょっとここの人に聞いて」
「いい宿はとですね」
「ここがいいと言われて」
それでというのだ。
「来させてもらいましたが」
「それが、ですね」
「はい、よく来られました」
親父は本間ににこりと笑って答えた。
「当宿のおもてなしは違います」
「他のお店とはですか」
「特にお湯が」
「温泉街のお宿だけあって」
「お湯自体もいいですが」
親父はここで妖しく笑った、初老の男だったが。
本間はその彼の笑顔に妙なものを感じた、それで彼に問うた。
「何かありますか」
「それは入ってからのお楽しみです」
「そうですか」
「ご堪能下さい」
「それでは」
「どうぞこちらに」
親父は本間を部屋に案内した、ここで本間は親父の顔が面長で細い釣り目であることから狐を連想した。
そして宿の壁にも狐の面がありそこでも狐を思った、案内された部屋は落ち着いた和装の広い部屋であった。
部屋に案内されるとすぐに夕食が出されたが。
山海の珍味が卓を埋め尽くすのを見て彼は親父に言った。
「あの、宿代の割には」
「豪勢ですか」
「これだけのご馳走がこれだけ出ますと」
信じられないという顔で言うのだった。
「驚くしかないです」
「はい、これがです」
「このお店のですか」
「おもてなしのはじまりで」
「これがはじまりですか」
「お金のことは気にされないで下さい」
そちらのことはというのだ。
「宿代は頂いていますので」
「あれだけで、ですか」
破格に安い、実は本間は宿代を言われて驚いた程だったのだ。
「いいんですか」
「充分です」
「そうですか」
「そしてです」
親父はさらに言ってきた。
「ご夕食の後は」
「それからはですか」
「はい、お湯をどうぞ」
風呂をというのだ。
「お楽しみ下さい」
「それでは」
「うちのお宿は常にお湯に入れます」
「夜も朝もですか」
「お昼も」
まさに何時でもというのだ。
「入れますので」
「だからですか」
「お食事の後で」
酒もある、それも出して言うのだった。
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