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Unoffici@l Glory

作者:迅ーJINー
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2nd season
  16th night

 
前書き
今回の柴崎達のシーンは、毎度有りがたいことにビスマス様(Twitter ID:f01bismuth)よりご提供いただきました。氏に、感謝。  

 
 仙台某所。まだ日も登りきらない頃、使われなくなって久しいサーキットに数台の車両が集っていた。修復がいつなされたかわからないほどあちこちに痛みが見えるほどに寂れ、風化も甚だしいパドックには3台のトレーラー。荷台の横壁に深紅で[Racing For ALLReady]のロゴが刻まれていた。

「まだ使えるとはありがたいですね。ここなら余計な邪魔も入らないし存分に練習ができる」
「近いうちに取り壊すらしいからな。まさに運がいいってやつだ」
「よく使わせてくれましたね、こんなところ」
「ま、コネってのは使わないとな?」

 十数名ほどの作業員が声を飛ばし合うその傍らで、缶コーヒーを片手に談笑する初老の男性と青年が二人。R4Aの社長と柴崎である。

「それで、ドライバーはどんなやつなんだ?」
「若いですが、1番楽しそうに走ってる奴を選びました。センスも悪くないし、あの場所があんな空気の中、まだ向上心が失われていない。育ったら化けますよ」
「ふむ……ん?」
「ほら、噂をすれば」

 そこに1台の社用バンが乗り付ける。柴崎より僅かに若い2人組の青年が降りてきたのを見て、柴崎が真っ先に挨拶に向かう。

「やぁ、来てくれたか。ありがとう」
「いえ、こちらこそ誘ってもらっちゃって……」
「ここ、サーキットですよね?走るんですか?」

 彼らは数日前、柴崎に会いに店まで来ていた2人である。自分のクルマを手放して数日、彼らの目は物珍しさと不安、それを上回る期待で輝いていた。

「勿論。君達の新しいマシンも用意してあるぞ、ハッハッハッ!」

 見知らぬ土地でどこか落ち着けずソワソワしている二人。そんな彼らを一目見ただけで気に入ったのか、豪快に社長が笑う。

「どんな奴かと思っていたが、なるほどな。若い頃の柴崎にそっくりじゃないか」
「昔の俺ってこんなんでしたか?」
「ああ。目が似ている。走りたい、速くなりたいってビンビン伝わってくるぞ。類は友を呼ぶって奴かな」
「きょ、恐縮です……」

 楽しそうな2人と若干戸惑い気味の2人。だが彼らの戸惑いは、直ぐに吹き散らされることになる。

「良いだろう。君達にはコイツに乗ってもらう。──おーい![双星]を降ろせ!!」

 社長の号令で、トレーラーが震える。後部ハッチが開きゆっくりと、しかし確実にせり出してくるパレット。そしてその上に載せられたマシンを見て、青年2人は言葉をなくした。

「ポルシェ911 カレラ4だ。997モデルのな」
「─────」

 2台のポルシェ、2つの絶句。かつて彼らが乗っていたインプレッサとランサーエボリューションに近い色に塗られたそれは、オフセットされた深紅のラインを煌めかせてその場に佇む。フロントウインドウの右上には鏡写しにされた[R4A]のステッカー。R4Aによって手掛けられた、新たなデモカーである。

「こっ……こんなの俺達走らせられませんよ!」
「絶対手に負えないです……」

 ポルシェ911。最高の量産スポーツカーの称号を欲しいままにする、世界屈指のマシン。原動機が後輪車軸の上に載せられたリアエンジンレイアウトは、911のアイデンティティであると共に極めてトリッキーな挙動を纏う。原型機より連綿と受け継がれたデザイン、機構、そして何よりドイツ人の為せる情熱が、この車を最高の1台にしている。

「ん?心配するな。手に負えるようにみっちり教えてやるから」
「ヒェッ……」

 圧倒的な存在感を放つ重戦闘機を前にして怯える2人。しかし柴崎が笑みを浮かべてあっけらかんと言い放つと、追い打ちをかけるように厚手の本を彼らに投げ渡す。

「こいつがマニュアルだ。まずは簡単に座学といこうか」
「は、はい……」
「よろしくお願いします……」



 同日、日が昇って来た頃の都内某所のとある老舗の喫茶店。ビジネス用なのか、しっかり仕立てられた青いスーツ姿の青年が窓際のテーブル席で、腕時計をチラチラ見ながらコーヒーを流し込み、スマホと格闘している。

「……ヤレヤレ、相も変わらず時間にルーズな旦那さんなこって」

 時の流れは早く、「流離いの天使」が撃墜されてから早くも3ヶ月近くになる。「Fine Racing」が事実上解散となり、行き場をなくしていた若いボーイズレーサー達は、降りたものもいれば降りきれず燻りながらも残っている者たち、知ったことかと変わらぬ熱で戦い続ける者たちと様々だ。彼らの中でも上昇志向の特に強い走り屋達の目標は、今や「雷光の疾風」である広瀬へと移っていくのは自然な流れといえよう。

「しかしまぁ、それはあの連中もか。いつでもかかってきやがれなんでヌカしやがる癖に、どこをふらついてやがるのやら……」

 他の新進気鋭で有名どころと言えば、首都高速の各エリアで暴れまわっている黒のNSX-Rに乗る「グレーラビット」、C1限定で名前を挙げてきたエリーゼの青年やインテRの青年などもいるし、それらを差し置いて伝説と謳われる「気紛れな旅人」も降りたという話は聞かない。だが彼らと比べても明確な知名度と実力がわかりやすく、なおかつ出現頻度とのバランスもとれているのが彼だからこそだろう。

「……まぁ、今日は夜まで何も入れてないからいいんだけどサ」

 この喫茶店で待ちぼうけを食らっており、足を組み替えつつマスターにおかわりを頼んでいるのが、噂の渦中にいる「雷光の疾風」と呼ばれる広瀬、その人である。今日は彼の本業の打ち合わせであり、売る側のオーナーとの話し合いだとか。



 数時間後の柴崎達。パドックに停められたRとポルシェの横で、2人の青年は倒れ伏していた。

「あぁぁぁぁぁぁ…………」
「なんだ、もう疲れたのか?」
「当たり前じゃないですか……めちゃくちゃ疲れますよコレ」
「速いしピーキーだし油断すると直ぐに吹っ飛んで行きそうで……何回スピンしたか数えてないっすよもう」

 柴崎は軽く笑い、離れた所で煙草に火を付けた。後ろでは小型タンクローリーが3台に手際よく給油を行っていく。

「だが2人とも、この車のクセは完全に掴めたな。後はそれを使いこなすだけだ」
「うぇ……出来ますかね……?」
「できる。俺が教えてるし、君達の飲み込みも早い」
「ホントですか?」
「そうじゃなければあの時に声を掛けてない」

 自信満々な柴崎の態度に、未だ半信半疑といった様子で上体を起こした2人。

「1時間休憩したらまた走り出すぞ。これはウチの会社の看板だが、同時に君達のマシンだ。より深いところまで理解していけ」
「り……了解です!」
「よろしくお願いします!」
「いい返事だ。それじゃあ飯にしようか。社長が地元の店に弁当を頼んでくれてるらしいから、そろそろ届くだろう。せっかくの仙台だ。魚でも肉でも期待していいと思うぞ」



同日同時間の広瀬達。一通り話が済んだのか、広瀬は喫茶店の出入り口で取引先の相手を見送るところであった。

「こちらとしては以上です」
「ええ、結構。後の書類のやり取りに関しては直接詰めてください。お二人のスケジューリングは、ご連絡いただければこちらで致しますので」
「ええ、今日はお時間いただきありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします」
「とんでもない。こちらこそ、今後とも私広瀬を、どうぞごひいきに」

 別れてから自身のRX-8に乗り込むと、大きくため息をついて表情を崩した。この手の車を扱う人間に癖が強い者達が多いのは、その世界で商売をしている彼からすれば重々承知の上。

「あぁ、どっちも神経使ったワ、今回は……」

 愛車の中で軽く上半身のストレッチをすると、関節が悲鳴を上げる。年を食うのも悩ましいなどとぼやきながら、次の目的地に向かうべく車を出した。

「……あの人に相談にいったあの日にもう腹は括ってある。あのNSXとヤる前に、撃墜とさなきゃいけない奴がいる」



 またも柴崎達。青年達が車に適応するまで、それほど時間はかからなかった。日が完全に落ちた頃には、嬉々としてポルシェを駆りタイムを競う2人。

「よし、今日はここまでだ。こういう形で停めてくれ」

 社長の一声でサーキット中央でRが停められ、その前で交差するようにポルシェが停められる。佇む3台に投光器から強い光が放たれた。そしてそれぞれの車から降りる三人。

「何ですかコレ?」
「宣材写真ってやつだ。君達の顔は出ないから心配しなくて良いぞ」
「は、はぁ……」
「まぁ、こういうのも店の仕事でね」

 カメラマンが車から距離を取り、向きを変えつつ何枚も写真を撮影していく。社長や柴崎がカメラマンと写真を見ながら相談し、社長が納得すると片付けに入る。

「……よし、撮り終わったな。今日はこれで終わりだ。各自作業を終えたら解散してよし!」
「お疲れ様でした!!」
「お疲れ様です!」

 青年二人の晴れやかな表情に、柴崎もどこか嬉しそうな笑みをこぼす。

「次は最初から最後まで走り倒しだ。楽しみだな?」
「ひぇー………いや、楽しみです」
「ですね。最高に楽しいです!」
「………そう、その気持ちを忘れるな。それがあれば、ずっと走れるだろう」
「はい……ありがとうございました、柴崎さん」
「おいおい、礼を言うのはあの場所でこいつを乗りこなした時まで取っといてくれ」
「ハッハッハッ!若いってのはいいなぁ!」

 後日。撮られた写真が業界紙を賑わせ、界隈各所に激震が走るのはまた別の話。


 同日の日が落ち始める時間、箱崎PA。ガレージフェイトを出たインテRの青年は「金色の不死鳥」を連れている。まだ制限の解禁時間までは相当時間があり、彼らからすればゆっくりと車を慣らせながら調子を見る時間帯と言えるだろう。

「しかしまぁ、すっかりここも人が減ったなぁ……ちょっと前なら飲み物だトイレだってだけでも散々苦労した記憶しかなかったんだが」
「まぁ、カリスマがいなくなってブームが去ったといったところだろう。その内またああいった人は現れるだろうけどな」

 それこそ数ヶ月前であれば彼らの記憶通りで、これからウォーミングアップをする走り屋達と、通常利用するトラックやタクシーなどの商業ドライバーとで、賑わいを通り越して行列ができ、スペースを取り合わざるを得ないほどの混雑を起こす時間帯であった。しかし、かの「流離いの天使」がこのエリアから離れてしばらく経った今、デートスポットとして使われる一部の大型PAを除けば、走り屋達が減ってきている分混雑していない。

「ボスキャラはまだまだいるんだがなぁ。例の疾風さんが旗印にならんかね」
「カリスマとボスキャラは別だろうに。それに彼はそういうタイプではないね」
「確かにな」

 下道のスタンドで給油を済ませた二人。ウォーミングアップ前の状態確認をしていると、緑のエスプリV8が入って来た。その後ろには、白いアルファロメオ8C。

「以前見かけたときにもしやとは思ったが、やはりその車できたか。私の車がわかっていながら、中々えげつないことをする」
「まぁそう言わんといたって。このアルファは向こうで鈴鹿や岡国のイベント出るために用意したらしいわ。俺のエスプリも一緒に出るつもりやし」
「私達はその踏み台というわけか……いいだろう。だがなめてかかると痛い目を見るぞ」
「上等、目にモノ見せたるで」

 二組の間で静かに散る火花。するとそこにもう一台、横槍をさすように停める車がいた。

「ん?なんか来よったで」
「おいおい、誰や水差しに……待てや、この黄色いRX-8は……」
「ほう、二組同時にケリをつけられるとは、今夜はツイてるな」

 降りてきたのは、昼間の仕事着から着替えてきたのか、白い長袖パーカーに黒いダメージデニム、赤いスニーカーという出で立ちの広瀬である。

「よう、こないだ派手にふっかけてくれたの、覚えてっかな?」
「ああ、そんなこともあったな。どうだ、私の戦果になる覚悟はできたか?」
「抜かせ、4台ともバックミラーから消してやるヨ」

 油断は一切ない、確実に仕留めんとする狩人の視線で4人を見た広瀬は、そのまま愛車に乗り込み走り出した。残った4人も視線と相槌のみですぐさまドライバーズシートに座り、静かに後を追っていく。 
 

 
後書き
 柴崎達、もう一人の主人公になっている気がしますがあくまでボスです。 
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