提督はBarにいる。
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急報、そして救難
前書き
何もウチの連中は毎晩酒飲んでどんちゃん騒ぎしてるだけじゃねぇんだぞ?っていうアピールを兼ねたお話。多少のグロ表現が混じりますので、そういうの弱い人は回れ右をオススメしますm(_ _)m
その一報が飛び込んできたのは、午前中の執務が終わり、提督が起きてきて引き継ぎを終えた直後の事であった。
『遠征5班・鬼怒より本部、応答願います。どうぞ』
「此方執務室、どうした鬼怒?」
『提督、漂流中の艦娘を発見。損傷から見て艦隊戦の後で潜水艦に不意打ち喰らったっぽい』
執務室に緊張が走る。
「意識は?」
『無いね、辛うじて浮いてた感じ。艤装も見当たらないし……身体もボロボロな上に両足吹き飛んじゃってる』
そりゃ不味い、と無線機を持ったままその日の秘書艦当番である古鷹に目配せをする。古鷹はコクリと頷くと、執務室を出て一目散に駆け出していく。向かう先は工廠……遠征班の連中がどういう状況なのかにもよるが、基本受け入れる前提で話を進めておく。
「出血は?」
『止まってる……けど、見つけるまでに結構時間があったみたい。低体温のお陰で出血も少ないけど、呼吸も脈も弱い』
治療は出来なくとも、ある程度の救急の知識は学ばせてある。巨大な拠点であるウチの鎮守府は、大規模作戦の折に他の鎮守府の艦隊から損傷などによって落伍した艦娘を捜索・救助する任務に従事する事もあるからな。簡単な診断くらいは出来るようにしてある。
「運べそうか?」
『もっちろん!遠征の帰り道だからね。ドラム缶繋いで、即席の筏にして載せてくよ』
遠征の時などに使われる装備『ドラム缶』。あれは3つのドラム缶が1セットになっており、その中に半分程度食糧等の物資を詰めて浮力を持たせ、艦娘が曳航する形で運搬している。それが1人につき2~3セット、6人分となれば中々の個数。繋げれば即席の筏にする位は訳無いだろう。
「了解、こっちも受け入れ準備をしておく」
『……提督、助かるよね?』
「……その為にも確実に運んで来い。勿論、お前らも油断せずにな」
『……うん』
ブツリ、と通信が切れる。いつも底抜けに明るい鬼怒らしくもない、軽く沈んだような声。目の前の酷く傷付いた『同胞』に、重ねたのは明日の自分だろうか。それとも姉妹や仲間の誰かか。
「やれやれ、やるせねぇなぁ」
俺はそうぼやいて、煙草に火を点けた。
煙草を咥えたまま廊下を進み、向かったのは工廠だ。漂流者を保護したんだし、監督責任って奴があるからな、ウン。……決して山の様な書類にウンザリしてフケてきた訳じゃないぞ?
「う~っす、どうだ?調子は」
「あ、提督!予想以上に重傷ですよこの娘」
明石の視線の先にはSFなんかでよく見かけるクローン人間なんかが入っているガラス張りの円筒があった。中身は修復剤の入った溶液で、そこに今回救助された艦娘ーー矢矧が浸けられていた。
「複数箇所の裂傷に打撲、火傷……それに低体温症も併発してましたからいきなり風呂は無理だと判断しました。意識もありませんでしたしね」
艦娘の傷を癒す定番といえば風呂だが、当然ながら意識の無い者を風呂に入れるのは危険極まりない。それに低体温症を発症している場合、急激に身体を温めると身体がショック症状を起こして最悪の場合心停止に陥る。そういう場合には少しずつ温めて、徐々に体温を上げていくのだ。その辺の判断は医学的知識も持ち合わせた明石の事だから疑ってはいない。
「ここまで酷いとバケツも使えんしなぁ」
艦娘の修復、といえば高速修復剤ことバケツが有名だ。轟沈寸前の大破状態でも一瞬で治せる魔法のような薬に思えるが、万能ではない。バケツは艦娘の細胞の活性を高めてその傷を癒す、正確には『高速修復促進剤』と呼ぶべき代物。その活性化によって欠損部位の再生治療すら可能にするが、急速に修復すると細胞組織その物が脆くなったり、神経系に僅かな麻痺が残ったりと後遺症が残る可能性が高くなる。骨折や筋肉の断裂位ならば何の問題もなく治るんだが、やはり喪った物を再び生やすというのは大変な事ってワケだ。なので、ウチでは重傷者は時間がかかってもバケツは使わず、じっくりと治す事にしている。
「錬度は?」
「修復作業開始前に調べておきました……錬度87。ここまで損傷を受けるとはちょっと考えにくいレベルですね」
「だなぁ。まさかとは思うが、『お仕事』増えちゃうかねぇ?」
「……かもしれませんねぇ」
「はぁ……嫌だ嫌だ」
迷惑そうにぼやきながら、工廠を後にする提督。その後ろ姿を明石が見送っていた……少し顔を青ざめさせながら。
執務室に戻った提督は、直ぐ様大淀にデータベースへの照会を指示した。艦娘の救難・及び捜索願いが提出されていないかを確認する為である。しかし結果は空振り。現在軽巡『矢矧』の捜索願いは提出されていない、との事だった。
「やっぱりなぁ」
「……何がやっぱりなんです?提督」
「状況があからさまに不自然なんだよ」
そう言って提督は眉間の皺を深くした。
「まず、矢矧が発見された状況だ。大淀、どういう状況だったか覚えてるか?」
「絵ぇ。両足を欠損しており、且つ背部の艤装を喪っていたと」
「そこだよ、不自然なのは。大淀、艦娘にとって背部と脚部の艤装ってのはどんな意味を持つ?」
「簡単じゃないですか。背部の艤装は推進や砲雷撃の為のエネルギーを生み出す機関で、足の艤装は浮力を得る為の……あ」
ここで漸く大淀も気付いたらしい。
「そう、どちらも『作戦行動中の艦娘』なら、必要不可欠な代物だ」
水中を進むことを前提に建造される潜水艦はともかく、ほぼ全ての艦娘にとって脚部の艤装というのは海上で戦う為には必要不可欠な装備といえる。何しろそれが無ければ海上を進むことはおろか、立つ事すらままならない。緊急時には艤装をパージする機能も付いていない訳ではないが、その機能も艦娘自身の意識がはっきりしていて、尚且つ自分の意思で行う処置だ。意識を刈り取られたからと勝手に外れるような代物ではない。
「……つまり、あの矢矧は故意にあの様な姿になるように仕向けられた可能性があると?」
「胸糞悪い話だが……まぁ、そういう事になるんだろうな」
状況から鑑みるに一番可能性の高い物。それは『口封じ』だ。あの矢矧の錬度の高さからいって、何処かの鎮守府で秘書艦を務めていた可能性が高い。その際に、彼女は何かを知ってしまったとしたらーー?そしてそれが、非合法な上に提督……ひいては鎮守府の運営に不都合な物だったとしたら。
艦娘は軍人である。国家の抱える暴力装置だ。その生き死には戦場という特殊な環境下であれば如何様にも操作できる。何しろ目撃者は自分の『手駒』である艦娘と殲滅すべき『敵』しかいないのだ、艦娘にどの様な手段であれ口を噤ませる事さえ出来れば、謀殺とて名誉の戦死に摩り替える事が出来る。
「……まぁ、あくまでこれは俺の状況から見ての推論だ。普通に戦闘で大破して漂流してた可能性もあるしな」
「その割には顔が苦々しげですが?」
「……どうにもクサいんだよなぁ、臭って来るんだ。外道の臭いって奴が」
提督は悪党である。自分の信念の下、犯罪行為と判っていてもそれが必要な事ならば躊躇わずに行うだけの胆力がある。だが、『悪党』と『外道』の線引きは明確にされている。どの様な悪事であれ責任は自分で持つべき、というのが提督の持論だ。それを部下に押し付けて自分はのうのうと生きていく様なのは悪党ではなく道を外れた正に外道の行い。その様な真似だけは決してすまい、させまいというのが提督の信念である。
「まぁ、全てはあの矢矧が目を覚ましてからの話だ。今は大人しく回復を待つとしようや」
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