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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第21話:夢裂かれし者

 
前書き
どうも、黒井です。

今回より数話ほど、この作品におけるクリスの過去に関する話が続きます。

独自展開マシマシです。 

 
「たのもぉぉっ!!」

 その日、弦十郎宅の扉を響が叩いた。態々インターホンがあるにもかかわらず、拳で扉を叩き大声で弦十郎を呼ぶその姿に奏は彼女の後ろで思わず苦笑する。

「ひ、響君? それに奏まで、一体どうしたんだ?」
「何、単純な話さ。旦那にあたしと響を鍛えてもらおうと思ってね」

 これは奏の提案だった。最初響共々強くなる為に互いに模擬戦をしたりしようかと考えていたのだが、響の場合はそのやり方よりも弦十郎の“特殊”な鍛え方の方が参考になると思ったのだ。

「ふむ……鍛えるのは構わないが、俺の鍛え方は厳しいぞ?」
「望むところです!!…………あのところで、奏さんから特殊な鍛え方だって聞いたんですけど?」

 響は奏に弦十郎による鍛錬の仕方を聞いた時の事を思い出す。
 その時、彼女は笑みを浮かべながら行けば分かる、としか言わなかったのだ。だから響は弦十郎による鍛錬方法を知らない。
 ただ漠然と、厳しい筋トレや模擬戦だろうという認識しかなかった。

 故に、次に弦十郎の口から出てきた言葉を響が理解するのには若干の時間を要した。

「うむ。時に響君。君、アクション映画は嗜む方かね?」
「────へ?」

 弦十郎からの予想外の問い掛けに、響は思考が停止し間抜けな声を上げてしまう。

 響が思わず唖然とし、ポカンと口を開けているとそれが面白かったのか奏が声を上げて笑い出した。

「あっはっはっ! やっぱりね、そういう反応するだろうと思ってたよ!」
「か、奏さんッ!? どう言う事ですか!?」

 声を上げて笑う奏に響が詰め寄る。対する奏は詰め寄ってくる響を宥め、弦十郎による鍛錬がどういうものかを説明した。

「これが旦那流の鍛錬方法なのさ」
「た、鍛錬って────?」

 アクション映画と鍛錬がイマイチ結びつかない響は訳が分からないと言った顔を弦十郎に向けた。その様子に弦十郎は自信満々に自身の考える鍛錬方法を響に述べた。

「うむ! 俺の鍛錬方法…………それはッ!!」
「そ、それは?」
「映画見て、飯食って、寝るッ!! それで十分だッ!!」

 そう、これこそが弦十郎流の鍛錬方法だった。響は訳が分からず再び唖然としているが、奏が考える限りこれが響に合致した鍛錬方法なのだ。

 言ってしまえばこれは自身の動きを別の物から真似るという事である。

 響は口で教えたりするよりは奏と翼で実践して見せた方の呑み込みが早かった。この事から、響は頭で考えるよりも目で見させてそれを真似させた方が効率良く物事を覚えられるという結論に達したのだ。

 故に、実は前々から翼と話し合って弦十郎に響の鍛錬を頼もうかと考えてはいたのである。
 ただ、弦十郎は二課の司令官と言う身、おいそれと頼むのもどうかと思いこの件はもう暫く保留にしようと思っていたのだ。

 だが先日の戦いで、翼と颯人が負傷で暫く戦闘に加われないという事態になってしまった。
 そんな状況で悠長なことは言っていられないと、奏は今回響の鍛錬を弦十郎に託そうと考えたのである。
 奏はそのついでに、弦十郎に模擬戦などをしてもらって鍛えてもらおうと考えていた。

 ところが…………。

「ま、あたしはそのついでに一緒に鍛えてよ。流石に響みたいに映画見てそれ真似るってんで何とかなるとは思えないけど、旦那相手に組手とかさ「あぁ、あぁ、あぁ、待て待てそんなんじゃ駄目だって。奏は実戦形式でやって体で動き覚えた方が早いっしょ? 俺が相手になるよ」────んん!?」

 突如この場に居る筈のない者の声が響く。

 その声に奏を含む全員が一瞬フリーズし、次の瞬間声がした方を一斉に見るとそこにはまだ病院のベッドの上に居る筈の颯人の姿があった。
 まだそう日が経っておらず、怪我自体も決して浅いものではなかった筈だ。ここに居て良い筈がないのである。

 その彼がここに居る事にまず真っ先に声を上げたのは言うまでもなく奏だった。

「颯人ぉッ!? おま、何してんだ此処でッ!? まだ入院中の筈だろうがッ!?」
「言ったろ、これでも結構頑丈だって? あんなのちょっと寝てればすぐ直るよ」

 そう言って颯人は両手を軽く広げ、試してみろと促した。

 奏は弦十郎の顔を見て、彼が頷きかけたのを合図にちょっと強めに颯人の脇腹を小突いた。先日はこれで颯人の負傷が発覚したのだ。今回もこれで何らかのボロを見せる筈だった。

 しかし、奏が二度三度と先日と同じ箇所を小突いているにもかかわらず、颯人は全く顔色を変えない。汗一つ掻かない様子に、奏が驚愕と疑問の入り混じった顔を弦十郎に向ける。

「…………本当に、大丈夫なのか?」
「おっちゃんまで疑り深いねぇ? マジで重症な人間がこんなピンピンしてると思う?」

 颯人の言葉に弦十郎は眉間に皺を寄せて、口をへの字に曲げた。見た感じ、嘘をついているようには見えなかったのだ。

 この場にいる者の中で一番彼と付き合いが長い奏に視線で訊ねてみるが、彼女も彼が嘘をついているようには見えないのか首を左右に振った。
 どう考えても昨日の今日で退院など出来る訳がないのだが、この様子では何を言っても無駄だろう。
 仮に無理矢理病院へ放り込んで閉じ込めたとしても、彼なら何とかしてしまいそうな気がする。いや絶対何とかするだろう。短い付き合いの弦十郎でもそれは察する事が出来た。

 寧ろ、変に無茶されてもっと面倒なことになられても困る。となれば、目の届くところに居てもらいもしもと言う事態に即座に対応できるようにした方が利口と言うものだろう。
 幸いなことにと言うか、奏なら颯人のちょっとした異変にも気付けるかもしれない。

「奏、もし颯人君にちょっとでも異変があったらすぐに鍛錬は中止するんだ。今は大丈夫と言っても、普通なら彼も安静にしていなければならない筈なのだからな」
「あぁ、言われるまでもない。颯人も分かったな? あたしが止めるっつったらその時点でお前大人しくしてもらうからな!」
「分~かった分かった。それで納得してくれるってんならそれで俺は構わんよ。んで? おっちゃんの家に模擬戦が出来るスペースとかあるの?」
「いや、颯人君と共に模擬戦をするなら本部のシミュレーションルームを使った方がいいだろう。あそこなら奏もギアを纏った状態で訓練できる」
「おっしゃ。んじゃ、早速行こうぜ奏」
「無茶するなよ?」

 繰り返し奏に小言を言われながら、颯人は魔法で二課本部へと転移していった。

 その様子を弦十郎と響は少し心配そうな様子で見送る。

 その際、一瞬だったが響は見た。転移して2人の姿が消える直前、颯人が奏に小突かれた場所を片手で少しだけ抑えたのを。

 今見たものを弦十郎に伝えるべきか迷った響だったが、奏が面倒を見るなら大丈夫だろうと言う信頼と、2人が消えてすぐに弦十郎が響を家に招き入れてしまったので結局この事は響の胸の奥にしまわれ弦十郎に知らされることはなかったのであった。




***




 湖の湖畔にある屋敷。透とクリスが拠点としていたその屋敷の中では、ある種目を覆いたくなるような事が起こっていた。

 2人に指示を出していた女性、フィーネが手元のリモコンのスイッチを入れると、彼女の目の前で椅子に縛り付けられた者に電流が走る。脳天から爪先までを電流が駆け抜ける際の激痛で、椅子に縛り付けられた者は――悲鳴を上げこそしないが――全身から脂汗を流し体は痙攣していた。

 その様子を…………椅子の前で四方を鉄製の柵に囲まれたクリスが、目に涙を浮かべながら必死の形相で手を伸ばしフィーネに止めるよう懇願していた。

「止めろぉぉぉっ!? 頼むフィーネ、止めてくれッ!?」

 クリスの叫びにフィーネは一度スイッチを切り放電を止めた。
 だがそれはクリスの願いを聞き入れたからではない。数秒に一度は放電を止めて椅子に縛り付けられた透を休ませないと、本当に死んでしまうからだ。謂わばこれは、慈悲や許しからくるものではなく苦痛を長引かせる為の処置であった。

 事実、フィーネは透の呼吸が少し安定したと見るや即座に再びスイッチを入れ放電を開始した。

 その瞬間再びクリスの叫びが屋敷の中に木霊する。
 なお、今彼女はギアペンダントを所持していない。力尽くで透を救出されたりしないように、フィーネが事前に奪い取ってからクリスを閉じ込めたのだ。

「止めろッ!? 止めろぉぉッ!!? 透は昨日の戦いで怪我してんだッ!? これ以上やったら本当に死んじまうッ!?」
「大丈夫よ。こう見えて魔法使いは常人より頑丈だから、この程度じゃ死にはしないわ」
「じゃあせめてあたしにやれッ!? 透はあたしを手伝ってくれただけなんだ!? だからやるならあたしをやれッ!?」
「ダメよ。あなた自分がやられるよりこの子がやられた方が辛いのでしょう? 言った筈よ、失敗したらお仕置きだって。辛くないお仕置きなんて意味ないわ」

 そう言うとフィーネは再びスイッチを切り、柵の中のクリスに顔を近づけて血の様な色のルージュの引かれた唇を開いた。

「忘れるんじゃないわよ? あの子をここに置くよう頼んだのは、あなたよクリス。なら、あの子をここに置く事のメリットをあなたが証明してみせなさい。そう、私の命令をやり遂げると言う結果を見せて、ね。そうすればあの子は苦しまずに済むし、あなたの世界から争いを無くしたいと言う願いも叶えられるわ。簡単でしょう?」

 そう告げるフィーネの目を、クリスは畏怖を含んだ目で見つめ返していた。彼女の視線に、クリスは全身を真綿で締め付けられるような錯覚に陥る。

 クリスの恐怖を感じ取ったのか、フィーネは嗜虐的な笑みを浮かべてクリスの目の前でスイッチを入れる。
 彼女が再びスイッチを入れようとしたのを見てクリスは咄嗟に手を伸ばすが、クリスの手がギリギリ届かない所でフィーネは電気椅子のスイッチを入れた。

 またしても電流が流され、苦痛に歯を食いしばり全身を痙攣させる透。

 声は上げずとも苦しむ彼の姿にクリスが悲鳴を上げると、不意に2人の目が合った。透が苦痛を堪えてクリスと目を合わせたのだ。

 次の瞬間、透は信じられない事をした。電撃により激痛に苛まれる中、彼はクリスに向けて笑みを浮かべたのだ。常人なら意識を保つだけでも精一杯な状態で、確かに彼はクリスに向けて微笑みかけたのだ。

 その様子を見て、フィーネは心底愉快そうに口を開いた。

「ほら見なさい、クリス! あの子は今、痛みを通じてあなたと繋がれて嬉しそうにしてるわ! 痛みだけが、人と人を繋ぐのよ。あなたにも分かるでしょ?」

 笑みを浮かべる透にフィーネは歓喜の声を上げるが、クリスには分かっていた。あの笑みはそんなものではない。あれはもっと単純なものだ。

 そう、自分は大丈夫だから気にするなと言う、クリスを元気付ける為だけに浮かべた、全ての苦痛を押し殺した笑顔。

 それはクリスに、“2年前”のある光景を思い出させ涙を流させた。

 口と喉から血を流し、血溜まりに沈みながらもクリスに微笑みかける透の姿を…………。

「止せ、止めろ…………止めてくれぇぇぇぇぇぇッ!?!?」

 血を吐かんばかりに叫ぶクリス。

 その叫びが響いた瞬間、フィーネはリモコンを操作して電撃を止めると更に透を電気椅子に縛り付けていた枷を外した。

 そして最後にクリスを閉じ込めていた柵が床に格納され彼女を解放した。

 自由に動けるようになった瞬間、クリスは迷うことなく椅子の上でぐったりとした透に近付き彼を椅子から引きずり下ろした。

「透ッ!? 透、大丈夫か? しっかりしろッ!!」

 必死に彼に呼びかけるクリスだったが、透は弱々しく笑みを浮かべるだけで精一杯と言う様子だった。
 その姿にクリスが涙を流していると、徐にフィーネが彼女の髪を引っ張り強引に上を向かせた。

「うぁっ?!」
「今回はこれで勘弁してあげるわ。ただこれから先失敗が続くようだったら、この子がどうなるか分からないからそのつもりでいなさい?」

 それだけ告げるとフィーネはクリスを解放し、ギアペンダントをクリスに向けて放ると悠々と歩き去って何処かへと行ってしまった。
 彼女の後姿をクリスは怒りと恐怖が綯い交ぜになった目で見つめていたが、透の苦しそうな息遣いに彼を休ませるべく部屋へと運んでいった。

「ごめん……ごめんな、透。ごめん────!?」

 その道中、クリスはずっと泣きながら透に謝り続けていた。

 いつだってそうだった。透は、クリスの為にその身を危険に晒し、結果一番被害を受けるのだ。

 そう、8年前からずっと──────



――
――――
――――――



 そもそも、彼──北上 透(きたかみ とおる)とクリスの出会いは幼少期にまで遡る。

 透とクリスは、互いの父親がヴァイオリン奏者として縁があったが故に子供の頃から家族ぐるみで交流があったのだ。

 当時のクリスは声楽家の母親の影響もあってかよく歌う可愛らしい少女であり、そんな彼女と透は非常に仲が良かった。それこそ一緒に居れば共に歌う事が当たり前になるくらいには。

 透とクリスは互いに歌が大好きだった。

 だが、彼の父親である(わたる)は彼に歌ではなくヴァイオリンを教え続けた。息子である透を自身の後継者としようとしていたのだ。

 本当は歌い手となりたかった透だが、さりとて父親の事も愛していたので無碍には出来ず、厳しい指導を受けながらもヴァイオリンの弾き方を習っていた。元々父から才能を受け継いでいたのか、その上達具合は同年代の中では並ぶ者が居ないほどでありアマチュア程度であれば大人でさえ相手にならない程であった。

 そんな時である。クリスが両親と共にNGO活動で南米バルベルデに向かう事になったのは。
 目的は紛争地帯で主に戦災で心に傷を負った人々を歌と音楽で癒すこと…………早い話が慰安だ。
 だが雪音夫妻にとってはただの慰安ではない。

 2人の目的──いや夢は、音楽で世界を平和にすること。その一歩として、雪音夫妻は戦災により暗い気持ちになった人々を自分たちの音楽で笑顔にしようと行動したのだ。

 クリスがそれについていく事になった事を告げると、透は自分もそれについて行くと言い出したのだ。

 当然、彼の父である航はそれに反対した。透の母は既に他界しており、航に残されたのは我が子である透ただ1人。その透がよりにもよって海外の紛争地帯に行くなど到底許容できるものではなかった。

 だがこの時ばかりは透が頑固に我が儘を通した。
 父からヴァイオリンを教わってはいたものの、彼の中にはやはり歌に対する強い情熱があったのだ。
 そして雪音夫妻は、その歌で世界を平和にし人々を笑顔にして見せると言ってのけたのである。透はそれが見たかった。

 何を隠そう、彼の夢もまた自身の歌で人々を笑顔にすることだった。クリスと共に、世界の人々を歌と音楽で笑顔にしたいと、彼は心から願っていたのだ。
 その夢の光景が目の前で見られるかもしれない。となれば、居ても立ってもいられなくなるのは当然の事であった。

 長い話し合いの末、最終的には航が折れ透の雪音一家同行は許可される事となる。

 そして────────それが透にとっての苦難の人生の始まりであった。

 ある時、彼らが活動の拠点としていたある村の教会に運び込まれた支援物資の中に爆弾が混じっており、その爆発に巻き込まれ雪音夫妻は死亡。透とクリスの2人も、その後にやってきた現地の武装組織の捕虜となってしまった。

 それからは正に地獄の日々であった。

 武装組織の連中は相手が子供だろうと容赦なく暴力を振るい、時には平然と子供を売買した。幸いな事に容姿の優れていたクリスは勿論、透も日本人は金になるからと言う事で安易に売られる事はなく済んでいた。

 それでも時折ふとした瞬間に暴力が振るわれる事はある。
 大抵は不安に押しつぶされそうになったクリスが泣き出すとそれを煩わしく思い、黙らせる目的で見張りに来ていた者が振るう事が多かった。

 その度に、透はクリスを守る為に武装組織の者の前に立ち塞がった。鎖で壁に繋がれてはいたが、幸運な事に2人は隣り合わせで繋がれていたのだ。故に、透は彼女を守る為に動くことが出来た。

 だがその場合、当然だがクリスに向けられた暴力は透に向けられることになる。
 相手が男児だと言う事だからか、はたまたクリスへの暴行を邪魔された腹いせもあってか透への暴行は激しく気を失いそうになるまで殴られたりすることもざらだった。
 クリスが止めるよう懇願するが聞いてもらえる筈も無く、組織の男達が満足した頃には毎回ボロ雑巾のようになっていた。

 それでも透は一度たりとも暴行中に意識を失ったりするようなことはなかった。

 意識を手放せば、矛先がクリスに向くかもしれない。それだけはさせまいと、透は幼いながらも気力だけで意識を保ち続けたのだ。

 そして暴力が去った後は、必ずと言っていい程クリスがボロボロになった透を抱きしめ静かに涙を流していた。自身の無力さと、自分を守る為に身代わりとなってくれた透に対する申し訳なさで…………。

「透、大丈夫ッ!? しっかりして────!?」
「僕は……大丈夫、だよ。大丈夫……2人で一緒に帰ろう。それで、2人で沢山の人を歌と音楽で、笑顔にするんだ。クリスのお父さんとお母さんが、出来なかった事を、僕らがやるんだ」
「できるの、かな? パパとママは、そう言ってここに来て死んじゃったのに…………」
「出来るよ、僕とクリスなら。だから、頑張ろう? 頑張って信じて、一緒に日本に帰ろう」
「うん…………約束だよ。一緒に帰って、今度はあたし達がパパとママの代わりに歌で皆を笑顔にするの」
「うん…………約束」

 薄暗く他の子供達も居る部屋の中で、2人は生きて帰る事と将来の夢を誓い合った。クリスの両親の夢を自分達が受け継ぎ、ここから生き延びて2人の代わりに人々を歌で笑顔にする。

 それは2人にとって、生き延びる為の希望であった。

 それからどれだけそんな生活が続いただろうか。
 2人以外は部屋に押し込められた子供の顔ぶれも幾分か変わり、自分達より幼い子供の姿も目にするようになった。そんな子達は当然恐怖と不安に身を震わせ、時には泣き出すことも少なくはない。だが大きな泣き声を上げれば、黙らせようと組織の男が入ってきて泣く子に暴力を振るう。

 クリスだけでなくそう言った子も守りたいと思う透ではあったが、生憎と鎖の長さの関係で彼が助けに入れる距離には限度があった。

 結果、何も出来ず泣く子が暴力を振るわれるのを黙って見ているしかない。

 そんな時、透はある事を閃いた。子供達が不安を抱いているのなら、それを取り除いてやればいい。

 どうすればいいか?

 面白い話で気分を和らげてやるのもいいが、それ以上に彼が名案として思い浮かべたのは歌であった。歌って子供達や、クリスの心の不安を取り除こうと考えたのだ。
 これはただクリス達を元気付けるだけでなく、ここから生き延びた後今度は2人でクリスの両親の夢を受け継ぎ歌で人々を笑顔にする。
 それが出来るという事をクリスに証明する意味もあった。

 とにかく彼はその日から歌を歌い、クリスや他の捕虜となった子供達の不安を取り除く事にした。
 流石に考え無しに歌っていては武装組織の男達に煩わしがられて暴力を振るわれるのは目に見えていたので、男達の見張りや見回りの時間を覚えてその時間の合間を縫うようにして歌を歌い続けた。

 効果は覿面だった。見張りを掻い潜りながらだったので緊張感はあったが、それでも透の他者を思い遣っての歌は確かにクリスや子供達の心に届き恐怖や不安に泣き出す頻度は大幅に減っていった。
 毎日地獄のような日々であったが、彼が歌を歌っている間だけは恐怖や不安を忘れ穏やかな気持ちでいる事が出来た。

 だが…………それも長くは続かなかった。

 今から2年前の事、不運なことにその日何時もは誰も来ない筈の時間に、組織の人間が1人やって来たのだ。

 ただの気紛れかそれともサボりに来たのか。兎に角全く警戒していなかった時間にやって来たその男に透の歌を聞かれてしまった。それを聞いてその男が何を思ったのか、今になってはもう分からない。
 単純に煩わしく思ったのかそれとも暢気に歌っていると腹を立てたのか。

 次の瞬間その男は部屋に飛び込み、透を部屋の真ん中で押え付け馬乗りになると顔面を何発か殴り大人しくさせた。そして徐にナイフを取り出すと、それを透の喉元へ近づけたのだ。

 何をするつもりなのか? そんなこと、考えるまでもない。

 流石にそれは不味いと透は抵抗し、クリスも彼が何をされるのか察したのか発狂したように男を止めようと声を上げる。
 だが14歳という少年では荒事に慣れた男の力を振り払う事など出来る筈もなく、またクリスの声は全く聞き入れてもらえない。

 そうして遂に、男の凶刃が透の喉に食い込み傷一つなかった喉を、彼の夢と共にズタズタに切り裂いた。

 口と喉から止め処なく血を流し床に蹲る透。その姿にクリスが一際甲高い悲鳴を上げると、彼とクリスの目が合った。

 その瞬間、今にも死が間近に迫っていると言うのに透はクリスに向けて笑みを向けたのだ。

 自分は大丈夫、だから心配するな。

 溢れる血で喉が塞がれている中、彼はせめてクリスを少しでも安心させようと血を吐きながらも彼女に笑みを向けたのだ。
 血溜りに沈みながらも、自らに笑みを向ける透。その姿はクリスの脳裏に強烈に刻み付けられる。

 だがその光景も何時までも続かなかった。

 事を仕出かした張本人は、これで透はもう助からないと判断したのか彼を引き摺って部屋から出ていった。恐らく死体を処理する為の場所にでも連れていくのだろう。

 透が居なくなり、後には彼が流した大量の血だけが残された室内。

 残された子供たちは目の前で行われた残虐な行為に恐怖し涙を流し、クリスは絶望に放心状態となった。何も出来ず、目の前で心の支えであった少年を失ったのだ。彼女が感じる絶望は想像するに難くない。
 何しろある意味、彼女が原因でもあるのだ。

「あたしの……あたしの所為だ。ごめん…………ごめんね、透──!?」

 その日クリスは、自分の隣から姿を消した透に向けずっと謝り続けていた。

 それから2日後、その武装組織は襲撃を受けた。 
 

 
後書き
ここまでご覧いただきありがとうございました。

クリスの過去に関する話はあと3話ほど続く予定です。

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写に対する指摘などよろしくお願いいたします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 
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