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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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三十三 誘い

 
前書き
私生活というか私情により、情緒不安定で、休載しようかと考えましたが、毎月一話必ず更新しているのを破りたくなくて、頑張って書き上げました。
短いですが、どうぞご容赦ください。


 

 
木々の間を駆け抜ける。
枝から枝へ飛び移る少年二人は、あちこちに仕掛けた丸太で作った的目掛けて、クナイを投擲し続ける。

どちらのほうがより多くクナイを的に当てられるか。
その数を競い合っていた二人を、ダンゾウは険しい顔で観察していた。
どうやら決着はついたようだ。


薄い藍色の髪の少年が得意げに笑う一方、色白の少年が眉をへにゃりと下げる。
きっと相手のクナイに空中でぶつかって弾き飛ばされたんだ、と言う色白の少年の言い分を、彼は「運も実力のうちさ」と諭してみせた。

「今日の飯当番はお前で決まりな」

朗らかに笑う藍色の髪の少年も、不貞腐れたように舌打ちする色白の少年も、年相応の子どもらしさが窺える。
だが、直後、藍色の髪の少年は子どもには似つかわしくない苦悶の表情を浮かべた。


何かを耐えるように口許を押さえ、自分に背を向けて咳をする彼を、色白の少年──若かりし頃のサイは不安げに「大丈夫?」と駆け寄ろうとする。
だが瞬時に「来るな…!」と拒絶され、サイの足は藍色の髪の少年────彼にとっての兄へ近づくことが叶わなかった。

「なんでもない」

そう力なく微笑む兄は、口許を押さえていた手を木の幹に擦り付けると、サイの傍へ戻る。


少年二人が立ち去った後には、血のついた大木が静かに佇んでいた。













幼い頃から生活を共にし、兄弟のように過ごしてきた。
少年二人。一緒にご飯を食べる彼らに血の繋がりはない。
けれども、本物の兄弟より仲が良いという自負が二人にはあった。

幼きサイは藍色の髪の少年────シンを「兄さん」と慕い、シンもサイを弟のように慈しんできた。

ダンゾウとシンとしか会わない日々。サイはそれでも良いと思っていた。
ずっとシン兄さんと暮らしていたい、と心から思うサイは、その頃はとても豊かで、ころころ変わる彼の表情をシンはまるで眩しいものを見るかのように眺めていた。

いつまでも兄と一緒にいたいというサイの言葉には答えずに、むしろ答えるのを誤魔化すように、シンは「そうだ」と今思い出したように立ち上がる。
そうして、前々からサイが欲しがっていたスケッチブックを贈った。

文庫本ほどの大きさのスケッチブックは絵で埋めればさぞかし立派な絵本になるだろう。
自分と兄のお話を書こう、とサイの眼がキラキラと輝く。

絵を描くのが好きな弟の為に、以前街に降りた時にスケッチブックを買っておいたシンは、サイに優しげな眼差しを注いだ。
絵が好きなサイが動物の絵を描く手本になる為に、動物へ変化するのが日に日に上達している自分自身の弟愛に、シンは苦笑する。

本当の弟ではないのに。


しかしながらサイの絵本が完成したら見せてくれよ、と約束する彼らには確かに兄弟としての絆があった。
鍛錬で薄汚れた粗末な服を着ていても、人気のない山奥の狭い小屋で寝ていても、少年二人は幸せだった。


それが、木ノ葉の『根』の掟であり、感情を殺す鍛錬とシステムだと理解したのは。
最後に殺し合いをするように、ダンゾウに命じられた時だった。














「行け────俺の分まで生きろ」


『根』の最終試験。
それがいつまでもぬくぬくと兄弟として山奥の小屋で過ごせるものではない、とはわかっていた。
だからシンは『根』の最終試験まで病気のことはサイにもダンゾウにも知らせなかった。

最期に、サイを生き残らせる為に。


心を失くせば迷いはない。それが本当の強い忍びだ。

そういうダンゾウの考えによるものから、『根』の最終試験は、今まで仲良く過ごしてきた仲間を三日以内に殺した者だけが生き残るというもの。


だが、弟のように接してきたサイを殺すという考えなどシンには微塵も無かった。
むしろ弟を生かす為に、己の病気を利用し、何がなんでも最終試験まで生きて、刺し違えてもサイを生かそうと前々から決めていた。

それこそ、あのスケッチブックをあげた時から。



だが、もうその体力すら残っていないシンは自分の死期を悟り、うろたえるサイを諭す。

「自分のことくらい自分で始末する」

口から溢れる血を流し、痛みに圧し潰されそうになりながら、それでも猶動かぬ弟の身体を力いっぱい引き離す。
しかしながらそれはサイをほんの数歩退けただけだった。

「心を殺せ。でないといつかお前は任務に圧し潰されるぞ」

優しすぎる弟が『根』で生き残る為に、最期までサイの身を案じたシンは、泣く泣く己から離れてゆくサイを霞んだ視界の端に捉える。
地面に倒れ伏したシンは己の死よりもこれでやっと、根から解き放たれる事を喜んでいた。


(ああ…────でも、)

最期にお前の絵、見たかったなぁ…。


















「あら。まだ死ぬには早いわよ」

死ぬ間際、巨大な蛇がシンの身体をしゅるりと巻き付いてくる。
今にも消えゆく命の灯。最後に力を振り絞ってシンは眼を開けた。


そこには蛇を携えた、かつてのダンゾウの部下が不敵な笑みを浮かべていた。

















「────そこで俺は大蛇丸に拾われ、決して治らないと思っていた病気を治してもらったんだ」


様々な人体実験や不老不死の為に色々な研究を続けていた大蛇丸だからこそ、シンが治らないと悟っていた病気でさえ治すことができたのだ。
生き残った今、シンが案じるのはやはり弟────本当の弟ではないけれど弟のように愛してきたサイのこと。

だが、彼はまだダンゾウの手の内にある。それも己ではない誰かをシンだと言い包め、辛い任務も強要しているという話を聞いて、シンはいてもたってもいられなかった。
だからこそ、ダンゾウがせめて火影に就任しないように、あのうずまきナルトと一時期手さえ組んだのだ。



木ノ葉にある『根』の地下の水柱に眠っているはずの兄が大蛇丸のアジトにいる事実を驚くサイは、シンの話を愕然と聞いていた。



「な、なら、水柱に眠っているのは…」
「…俺に似た、誰か、だろうな」

かつて『根』に忍び刀七人衆の刀を盗みに忍び込み、囚われた水月の兄である満月。
己と似ている容姿を利用し、サイに彼を自分だと思い込ませたダンゾウに、シンは歯噛みした。


「そ、そんな…」

今まで信じてきたダンゾウへの忠誠心が崩れてゆく音を、サイは己の中で確かに聞いた。


呆然と立ち竦む弟の荷物に視線を投げたシンは、昔、幼い自分がサイにあげた物を見つけ、眼を瞬かせる。

両開きから真ん中のページに向かって二人の少年の物語が始まる構成の絵本。
兄と弟が左右から武器を変えて敵を倒すという物語のモデルは、片やサイ自身、そしてもう一人は…。


「あの時の約束、覚えててくれたんだな」

完成は、されてないようだけれど。
それでも自分があげたスケッチブックをサイがまだ持っていてくれた事実をシンは喜んだ。


あの時心を殺せ、とサイに自分が言い聞かせたせいで弟は感情を失ってしまったという。
そうしないと『根』で生き続けられないとは理解しているものの、自分が原因でサイから感情を失わせてしまったことを、シンは悔いていた。


「やっぱり…兄さんなんだね…」

幼き頃、自分と兄のお話を描こうと言って、完成したらシンに見せるとサイは約束した。
当初は水柱に囚われた兄と、目の前の兄。どちらが本物なのか疑っていたサイは、その約束を知っているシンを本当の兄だと理解した。



「ああ。俺はダンゾウに騙されているお前を…『根』から解き放ちたい」

その為に、この失うはずだった命を生き永らえさせたのだ。



シンの決意を込められた視線を受け、サイは思わず顔をそむける。


「無理だよ…だってボクはもう『根』から逃げられない」

そう告げて、『根』の構成員に必ず施される舌の“呪印”を見せる。

その呪印は【舌禍根絶の印】。組織の機密情報、特に長であるダンゾウの情報を喋ろうとすると、身体が痺れて動けなくなるというものだ。


これがある限り、ダンゾウには逆らえないと語るサイに、シンは眉を顰めた。


「ならば、俺が外からお前が内から」


術者であるダンゾウが死亡すると解除される“呪印”。
舌のソレを忌々しく睨みながら、シンはサイにとっては今まで微塵も思うことすらなかった言葉を簡単に口にした。


それは、『根』に席を置く者からしては思いつきもしない話だった。



「────共に、ダンゾウを倒そう」































闇の中。
微かに感じた気配に、サスケは身動ぎした。


大蛇丸のアジト。
そこの一室で、寝床に横になっていたサスケは「────誰だ」と静かに問うた。


大蛇丸ではない。カブトでもない。
アジトにいる他の者の気配でもない。


施錠していたはずの部屋。
鍵を開けた様子もこじ開けた音すら無かった。
まるで空間を出入りしたかのように、突如現れた気配を、サスケは身を横たわらせながら警戒する。

己が木ノ葉のスパイだと勘づかれたのか。

しかしながら大蛇丸の部下には、自分の背後を取れる相手などいなかったはずだ。
ましてやここまで接近するまで気配を微塵も感じさせなかった者など。



「誰だ?────目的はなんだ?」
「目的は…────君を『暁』に引き入れることだ」


ハッと反射的に身構えたサスケは、自分の前にいる仮面の男に顔を顰める。

「誰だ…どうやって此処に入ってきた?」
「俺にとっては、四方を取り囲む壁も頑丈な鍵も、何の障害にもならない」



暗闇の中、相手の身なりをサスケは警戒心を露わに見据える。


黒地に、赤き雲。

それが、かつて復讐対象であったうちはイタチが加入していた組織の外套だと理解したその時には、サスケの眼は【写輪眼】を発動していた。




「おっと。早まるな」

サスケと同じ写輪眼たる双眸を細め、仮面の男は仮面の裏で僅かに苦笑した。


「君を『暁』に勧誘しに来ただけなのだから」


『暁』と敵対する大蛇丸。
表向きは敵の配下であるサスケを堂々と誘いにきた仮面の男は、闇の中、ゆるゆると口角を吊り上げた。




















「『暁』に来い────うちはサスケ」

お前の器は、大蛇丸にくれてやるほど安くはないはずだ。
 
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