戦国異伝供書
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第七十七話 諱その八
「思わなかったわ」
「しかもご気質もです」
「とても穏やかであられ」
「気品のある方ですな」
「そちらもお奇麗な方ですな」
「織田弾正殿はとかくお顔の整った方だというが」
信長、彼はというのだ。
「しかしな」
「あの方はですな」
「尚更ですな」
「しかも穏やかな方で」
「そのこともですな」
「よい、わしは果報者じゃ」
こうも言うのだった。
「あれだけの方を正室に迎えられるとは」
「左様ですな」
「では殿は今後ですな」
「市様と」
「夫婦として」
「生涯共といたい」
こう言うのだった。
「是非な」
「ではお子も」
「これからは」
「そちらも」
「もうけねばな」
こう言ってだ、彼は市と仲睦まじい暮らしに入った。市は話せばやはり穏やかでしかも聡明であった。
それで彼は市自身にも言った。
「わしはどうもな」
「どうもといいますと」
「これだけ果報者でよいか」
こう市に言うのだった。
「そうも思う」
「それは」
「それはというと」
「違うのでは」
市は夫に微笑んで答えた。
「殿は私なぞをです」
「いやいや、そなたはな」
「なぞ、はですか」
「そうした言葉はじゃ」
とてもとだ、長政は市に慌てて話した。
「違うぞ」
「そうなのですか」
「そなたはまことに美しく」
そうしてというのだ。
「心も見事じゃ」
「そうでしょうか」
「うむ、そうしたお主が妻に来てな」
そうしてというのだ。
「わしは思いじゃ」
「言われるのですか」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「だからな」
「そうですか、ですが私は」
「自分のことはか」
「美しいと思ったことなぞ」
「ないか」
「そして心も」
こちらもというのだ。
「特に」
「そうなのか」
「むしろ母上が」
自分の母の方がというのだ。
「大層です」
「お奇麗か」
「そう思いますので」
それ故にというのだ。
「ですから」
「そう言うか」
「はい」
こう長政に言うのだった。
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