Twitterログ(プニぐだ♀)
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食後のワルツ
前書き
マイルームにて、一人でおやつを貪るぐださんに旧が紅茶を淹れてくれる話(2,000文字程度)
ざくざくざく。
比較的しっとりした商品が多い日本のクッキーにはない、軽やかな音がする。これはクッキーというよりビスケットだと、海外からの輸入商品である菓子のパッケージを手に取れば、何てことはなくそう明示してあった。気付かなかったことを棚に上げ、なんだ、と一人肩透かしを食らう。
ぼろぼろと噛んだ傍から零れる破片をそのままに、わたしはまさに"貪って"いた。食感だけでなく挟まれたココアクリームとのバランスも、チョコクリームほど甘すぎず絶妙なそれはどこか添加物のような味わいでクセになりそうだ。これで個別包装だったら日持ちの面でも安心できて完璧だったと思う。逆に言えば、だからこそ低コストで販売できるのだろうし、こういう外装を剥がしたら中身がすぐ見えるというところが海外産らしく感じて好きなのだけれど。
「よぉマスタ、――お前さんなあ」
電子的な音を立てたマイルームのドアから見慣れた男が入ってきた。こちらを視界に入れた途端にみるみる呆れ顔へと変わってゆく様を眺めつつ、肩辺りにあげられた手を真似して振り返す。
「ん、ふっふー」
真顔のまま、ただただお菓子を頬張っているわたしの姿は恐らくシュールに映るだろうが、今はこのビスケットを満足するまで味わうことが最優先事項なのだ。これが他のサーヴァントだったなら、食べるのを止めるところを敢えてそうしない理由は彼だから、である。何せ、表情はそのままに入室したかと思えばおもむろに対面を陣取るくらいだ、問題なかろう。しかしあくまで一方的な決め付けには変わりないので、断りなくビスケットサンドを一枚抜き取って食べ始めようが、まあ許してあげようじゃないか。
「……のどかわいた」
「飲み物なしでよくこんだけ食えたな」
食べたかったんだから仕方がないじゃないか。じ、と赤い瞳を見つめて無言の抗議をしつつ残り少なくなったビスケットへ再び右手を伸ばす。やや細まった虹彩が心なしか責めているような色合いに思えたが知ったことではない。何人たりとも、わたしを止めることはできないのだから。
ざくり。
顎に力を入れればあっさりと生地が砕けてどこか心地いい。ああ、もうすぐなくなってしまう。キッチンの誰かに頼めば同じものを作れたりしないだろうか。名残惜しく感じるも咀嚼する速度は落とさないので、ココアクリームと共に口内で溶けてゆく。
「……ちぃとばかし待ってな」
この間ずっと視線を交わしたままだった彼が立ち上がった。
「ん、」
顔を動かさずに目だけで追うことを早々に諦めれば、お湯が沸き、水が揺れる音が聞こえてくる。まさか、わたしが催促したとでも思われてしまった? そんなつもりは全くなかったのだけれど。考えている内に、ふわりと紅茶の香りが届く。
「そら、飲めよ。淹れたてだから気を付けな」
ティーカップとソーサーにティースプーン、シュガーとミルク――そんなお茶会のような優雅さや附属品は一切なく、わたしがいつも使っているマグカップが目の前に差し出された。両手で受け取ったそれは確かに熱かったので、テーブルの上へ一旦置いておこう。
赤味が綺麗な水面から視線をずらせば、横に立っている彼の左手にはこれまた専用のマグカップが湯気を躍らせていた。座らないの? 首を傾げたわたしに何を言うでもなく、伸びてきた男の指が豪快に口周りを拭ってゆく。残っていたビスケットの破片が地味に痛い。大人しくされるがままに撫でくり回されると、満足したらしい彼も腰を落ち着けカップの縁に口を付けた。
「あー……少し苦いな。蒸らしすぎたか」
眉間に一本、皺が寄っている。つられて自分のマグを手に取り、気持ち多めに息を吹きかけてから一口分をそっと飲み込んでみた――言うほど苦いとは感じない。不思議に思いつつカップを傾ければ、無理はするなと気遣いの声がした。
「今日のもおいしいよ、ありがと」
「そうかい。どういたしまして」
実のところ、わたしは一等好きなのだ。他の誰とお茶をするより、彼と過ごすこの時間が。気紛れで淹れてくれる彼の紅茶は、濃かったり薄かったり、今回のように少し苦かったりして、それは料理で言われるような家庭の味に似たものを感じて微笑ましい。わたしのためだけに、用意されたもの――今までに一度だってまずいと思ったことはないのだ。
「……やっと笑ったか」
「? そう?」
落としこむような囁きに思わず、頬へ手を添えてみるが自覚がない。どうせならもっと美味そうに食べろという指摘を受けたので、彼にお手本を強請ることにする。丁度残りはあと二枚だ。
ああ、そういえば何故。テーブルのわたし側はこんなにもビスケット生地のかけらが散らばっているのに、向い側は綺麗なままなのだろう?
「あ、」
――答えはすぐに分かった。
単にわたしの方がたくさん食べたからではなく、彼は丸々一枚を口に放り込んでいたからだ。そりゃあ零れるはずもない。味気ない食べ方だなー、なんて偉そうに言ってからわたしも噛り付く。当然、食べ方は今までと同じなのでぽろぽろと新たな破片が増えていった。最後の一枚を飲み込んでからの紅茶は思いの外、苦い。舌を出せば、そらみたことかと彼が笑った。
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