水の国の王は転生者
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第五十四話 ドゥカーバンクの戦い・後編その1
北の海には『王』が存在していた。
『王』が精霊の力を使い周辺の海を制圧してから、およそ数千年。回遊魚達が出ていっては戻り、戻っては出てゆく事を何千回と繰り返し、『王』とその家臣達は栄華を極めていた。
たまに迷いこんで来たモノも居たが、大抵は脅かせば怖がって近寄ってこなくなった。だが、ここ最近、堂々と侵入してきたモノ達がいた。
いつもの様に、取り巻きを派遣し追っ払ってこれで解決、と思ったが再び奴らはやって来た。
『……今度も同じ目に遭わせてやろう』
『王』は再び家臣達を派遣し、侵入者達を懲らしめようとしたが、今回は逃げる所か歯向かって来た。
『王』は不思議に思った。
今まで、この様な事態は一切無かったからだ。
『王』は様子見を考えていたが、家臣達は『侵入者を討つべし!』と騒ぎたて、何度も『王』の周りを泳ぎ回った。
硬い鱗を持ち、最も凶暴な家臣(水竜)は、本能のままに侵入者達に襲い掛かり、流されやすい家臣達もそれに釣られる様に侵入者の討伐に出て行ってしまった。あの凶暴な家臣は、度々問題を起こし『王』を悩ませていたが、実力は折り紙つきだった。
……だが、相手はさらに強かった。
優秀な家臣達はことごとく侵入者に屠られ、凶暴な家臣も無残な死に方をした。
この時、『王』は海底の奥底で、家臣と侵入者の戦いを『精霊』を通して見ていた。
侵入者が放った光で家臣は死んでしまったが、同時に中継していた『精霊』も、あの光によって消滅してしまった。
『……アレは危険だ』
空に海に大地に、太古の昔から存在し続ける不滅の存在であるはずの『精霊』を殺す謎の光……『王』はあの光を危険視し、侵入者を追い返すのではなく葬ろうと決意した。
そこからの『王』のは早かった。
海底に鎮座していた200メイルもの巨体を動かし、海面へと急浮上をする。
そして、『王』は海面付近に居た侵入者を、その巨大な口で飲み込んでしまった。
海面には何も残っていなかった。
☆ ☆ ☆
『王』に呑み込まれてしまったマクシミリアン。さながらウォータースライダーの様に食道を滑り落ち胃袋に転がり込んで、勢い余って胃の内容物に顔面から飛び込んでしまった。
「うぉぇっ、ぺっぺっ。何だこれ?」
顔についたネバネバした内容物を取り払い、顔を洗おうと杖を探す。
幸い、杖は落とす事は無く、一緒に胃袋に流れ聞いて、杖を探し当てると『コンデンセイション』で水を作り出し顔を洗った。
「……しかし、ここは何処だ? 飲み込まれたって事は胃袋の中なのか?」
辺りを見ても真っ暗で生臭く、素足を通して床がビクンビクンと波打つのを感じた。
マクシミリアンは、『ウォーター・ビット』を8基作り出し、次に『ライト』を唱えた。
『ライト』によって辺りが明るくなり、マクシミリアンは胃袋内を見渡す事が出来た。
「……あ~。ピンクやら白いモノが辺り一面に……最悪」
胃袋内の広さは小さな体育館程度で、肉の壁が『ライト』の反射で、てらてらと光るのがとても気持ち悪い。
「こんな所とは、早くおさらばしよう」
杖をくるりと手の平の上で回す。
「……と、思ったけど良い事考えた」
マクシミリアンは、悪い笑顔をした。
「まず、最初に血液を調べて……」
マクシミリアンは、落ちていた魚の小骨で胃袋を引っかき血を出した。
そして、採取した血液を『ディテクトマジック』で徹底的に調べ上げ、遺伝子情報を脳内に詰め込んだ。
「来い、ウォーター・ビット」
ウォーター・ビットが8基全てが、マクシミリアンに近づき手の平の上に浮かぶ
「イル・ウォータル……」
マクシミリアンがスペルを唱えると、手の上のウォーター・ボール達が『パン』と弾け水に戻ると、やがて血の様に赤く染まった。
血の様な……と言ったが、これは血だ。しかも『王』の血だ。マクシミリアンが採取した血液から水魔法で『王』の血を作り出した。
意思を持つウォーター・ボールから作り出した血を脳に送りこみ、どこぞの寄生虫の様にコントロールする。これがマクシミリアンが考え出した作戦だった。
(恐らく、オレを飲み込んだこの海獣は、この海域の主なのだろう。殺すのは容易いが、殺せば別の海獣が主に納まってトリステインなりアルビオンなりのフネを荒らす。新たに討伐軍の編成をする、また別の海獣が主に納まる、そして、また討伐……無駄なサイクルを繰り返す事を考えれば、殺さずにコントロールした方が良い。最悪、コントロール出来なくても、トリステイン国籍のフネを襲わないように洗脳すれば、この海域の漁場を独占できる)
黙考に入ったマクシミリアンは、何度もウンウンと頷いた。
だが、黙考中のマクシミリアンを冷やかす様に、何でも溶かす胃液が胃袋内に浸み出してきた。
「んん?」
胃液に気付いたマクシミリアン。
「なんというお約束!」
こうしている間にも、胃液は辺りの内容物を溶かしマクシミリアンに迫り、有毒なガスまでも放出しだした。
「グズグズしている暇は無い……行け!」
マクシミリアンの魔法で、『王』の血液となったウォーター・ビット達は、血を採取した時の傷口から入っていった。ウォーター・ビットは血管へと浸透し、血管を通って脳を目指す手はずだ。
「後はウォーター・ビット達に任せて、オレも脱出だ」
マクシミリアンは杖を振るうと、『水化』のスペルを唱えた。
マクシミリアンの身体が杖ごとスライムの様なゼリー状になり、やがて完全な水に変化した。
だが、そこで終わらない。水化したマクシミリアンの色が、血の色へと変化した。先ほどのウォーター・ビットもそうだが、血に変化すれば拒否反応を出さずに体内を移動できた。
やがて、マクシミリアンも傷口から浸透して行き、胃袋内にはマクシミリアンが履いていた海パンのみが残され、それもやがて胃液に溶かされてしまった。
☆ ☆ ☆
この時ベルギカ号は、飲み込まれたマクミリアンの復讐戦の為、『王』に対し砲火を交えようとしていた。
「右舷砲戦開始、撃てーっ!」
ベルギカ号右舷から無数の砲煙が上がった。
放たれた8発の砲弾は、海上に居座り続ける『王』へ吸い込まれる様に飛んでいった。
だが、砲弾は『王』の周りの目に見えないバリアの様な力が働き、砲弾はベルギカ号へと跳ね返されてしまった。『王』は、周辺の精霊と契約し精霊魔法の『反射』を使ったのだ。
幸い、ベルギカ号は空中を全速力で進んでいた為、跳ね返された砲弾は後方へ逸れ、一発も当たる事はなかった。
「もしかして、さっきの……」
「せ、先住魔法か!?」
艦長のド・ローテルを始め、士官達は驚きの声を上げた。
「文献でしか見たことが無かったが、あの海獣は先住魔法を……」
早々に『王』を倒し、マクシミリアンの救助活動の為にコマンド隊に準備をさせていたが、その目論見は脆くも崩れ去った。
「先住魔法が相手では、我々だけでは敵わないかも知れない……」
「諦めるな! ロケット砲の飽和攻撃ならば先住魔法を破られるかもしれない! 幸い、他の海獣引っ込んだまま出てこない。このチャンスを逃がすな!」
ド・ローテルは、弱音を吐く士官達を一喝した。
「も、申し訳ありません!」
「直ちに攻撃開始だ! 気張れよ!」
ド・ローテルの檄で、士気の高まった士官達は各部署へ散って行った。
その間にもベルギカ号は、黒煙を上げながら空中を行く。
コマンド隊の面々は、ベルギカ号艦首に集まりマクシミリアン救出作戦の準備に取り掛かっていた。
「救出作戦って言ったって、近づけなきゃ意味が無いだろ?」
ヒューゴが、一人愚痴った。コマンド隊の面々も先ほどの『王』の反射を見ていた。
「愚痴るな。敵海獣への攻撃が上手く行けば、救出への算段がつく。準備を怠るな」
「了解」
ヒューゴとアニエスが敬礼して答えた。
「ジャック。海獣の様子はどうだ?」
一人、バウスプリット(船首に付いている棒みたいな奴)に乗り、下方の『王』の警戒をしているジャックに聞いた。
「どうも、嫌な『空気』がします」
「空気が? 嫌な感じという意味か?」
「攻撃が近いかと……」
曖昧な予想だった。だが、コマンド隊の入る前は猟師として森を駆け、旧式マスケット銃一丁でオーク鬼と渡り合った経歴を持つジャックをデヴィットは信頼していた。
「……そうか、アニエス!」
「はい!」
「ひとっ走りして、艦長の海獣の攻撃が近い事を知らせろ!」
「了解!」
アニエスが、ド・ローテルの下へ走ってすぐにベルギカ号は慌しくなった。そして……
『敵海獣の周辺に異変!』
物見からの報告で、ベルギカ号は大きく舵を切った。回避行動の為である。
それと同時に、『王』の周辺の気温が急降下し、空中には、バスケットボール大の氷の塊が浮遊しベルギカ号の狙いを定めた。これは、『王』が精霊の力を借りて起こした現象だ。
「攻撃来るぞ! メイジ組はエア・シールドを貼り機関を守れ!」
ついに、百を越す大量の氷の塊が、ベルギカ号に向けて放たれた。
メイジ達は、攻撃に対し蒸気機関を守るように『エア・シールド』を展開した。
「機関室、もっと石炭を食わせろ!」
「やってます!」
ベルギカ号の要。機関室では、若い水兵達が煤塗れになりながらも、せっせと石炭を火室に放り込んでいた。
煙突から黒煙が上がると、艦尾のプロペラが勢い良く回り、ベルギカ号は更に加速した。
クククンッ!
スピードに乗ったベルギカ号は、無事、回避したと思ったが、氷の塊はカーブを描き艦尾に殺到した。
「氷弾来まーーす!」
「曲がっただと!?」
ガガガガガガン!
氷の塊は艦尾を蜂の巣にし、氷の塊や壊れた木片で、作業をしていた水兵に負傷者を出した。
「艦尾に被弾っ! 負傷者多数!」
「直ちに負傷者の収容と、艦尾の応急処置を」
「了解!」
ド・ローテルの周辺では、士官達が慌しく行き来していた。
「艦長。ロケット砲の準備が整いました」
「よし、直ちに発射せよ」
ベルギカ号最大の牙。24連装ロケット砲が『王』に照準を合わせた。
……
『海上の目標に対しての攻撃だ。これより本艦は30度傾斜する。乗組員は何かに掴まれ』
『拡声』の魔法で、艦内に警告を出す。
「戦闘。厳しいみたいね」
食堂では、シュヴルーズがテーブルの下に隠れながらのん気に語った。他の学者達も各々が考えうる限りの方法で傾斜に備えていた。
「さ、さっき、血塗れの人が担がれて医務室の方へ向かっていました」
エレオノールはガタガタと震えながら、シュヴルーズに習ってテーブルの下に隠れていた。
「怖いのかしら、ミス・ヴァリエール」
「こ、こここ、怖くないわ!」
誰がどう見ても、やせ我慢だ。
シュヴルーズは、蹲った体勢のまま、怯えるエレオノールに接近し、おでことおでこが、くっ付くほどに近づいた。
「ごめんなさいね、ミス・ヴァリエール。私が誘ったばかりに怖い思いをさせてしまったようね」
「……ミス・シュヴルーズ」
エレオノールを、この旅に誘ったのはシュヴルーズだ。
シュヴルーズが、アトラス計画に参加する為の準備中だった時、寄宿舎に転がり込んで来たのを保護し助手として雇ったのが二人の出会いだった。
『女性でありながら高名な学者である、ミス・シュヴルーズのご指南を頂きたく参上いたしました!』
何処かの時代劇の様な口上のエレオノールに、シュヴルーズは笑って迎え入れた。
後で、エレオノールの素性を調べてシュヴルーズは引っくり返った。トリステイン王太子妃の姉で、トリステインでは『超』が付くほどの名家のラ・ヴァリエール公爵の長女だったからだ。
「富、名声、共に申し分ない名家の御長女がどうしてこんな所に……」
とシュヴルーズは聞いた。将来的にはトリステイン王国の外戚として権力は思いのままなのに……とは口から出掛かったがそこは大人、何とか飲み込んだ。
出航まで時間が無かった事で、結局エレオノールがラ・ヴァリエール家を出た事も説明せずに、二人はベルギカ号に飛び乗った。
……話を戻そう。
「ミス・ヴァリエール。この戦闘が終わったら貴女は帰りなさい。艦長には私から言っておきますから」
「だ、大丈夫です。本当に大丈夫ですから」
エレオノールは懇願した。
「貴女……家出してきたのね」
「……私は!」
シュヴルーズの言葉に、エレオノールは何か反論しようとしたが、ベルギカ号が傾斜を始め、反論の機会を逃してしまった。
「話は戦闘の後にしましょう」
「……はい」
ベルギカ号は更に傾斜し、テーブルの上に乗っていた木杯や木の皿が床へと落ちた。
食堂内の学者達は必死にテーブルなどにしがみ付いていた。
……
「照準良し!」
「撃て!」
艦首中央に設置されたロケットポッドが火を噴き、24発の8サントロケット弾が『王』に向けて放たれた。
火を噴いて進むロケット弾の金切り音が空に響く。
しかし、24発全てのロケット弾は、『王』の先住魔法『反射』の見えない膜の様なモノにまで到達すると、爆発せずに、方向を変え四方八方へ飛んでいった。
「失敗……だと!」
ド・ローテル周辺では、まさかの失敗に驚きの声を上げた。
「艦長! ロケット弾数発が本艦に向かっています。内一つは直撃コース!」
「いかん、緊急回避だ!」
「取ぉ~舵!」
船員の必死の努力も回避は間に合わず。ロケット弾は艦首付近に被弾した。
爆発はコマンド隊の近くに届き、隊員それぞれは爆発を避けるために蹲る。
「うわあぁ!」
「皆伏せろ!」
「……!」
「えっ?」
他のコマンド隊隊員が甲板に伏せるが、アニエスは運悪く爆風に巻き込まれ、外に放り投げられた。
「うわあああああぁーーー!」
ベルギカ号から放り投げられたアニエスは、冷たい海へと落ちていった。
ページ上へ戻る