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その日、全てが始まった

作者:希望光
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第1章:出会い
  第06話 『その時まで』

 
前書き
第06話です。 

 
「———Roselia(私達)とセッションしてちょうだい」
「……え?」

 あまりの事に、洸夜は固まった。

「いや、なんでだよ」
「あそこまで指摘が出来るということは、貴方はそれを弾くことができるということよね」
「……まあ。出来なくはないだろうけど」

 洸夜は一瞬、口籠った。
 そして、こう続けるのだった。

「……俺、まだバイト中なんだけど」
「それがどうかしたの?」

 友希那の返しに、洸夜は戦慄した。

「いやいや、流石にこれ以上仕事放棄するのはマズイだろ?!」
「そう? 私達は困らないけど」
「だろうな?! でも、俺が困るんだよ?!」

 洸夜は全力で反論するのだった。

「と、とりあえず仕事に戻る」

 そう断言して、洸夜はスタジオを出た。
 一連の出来事に対して、溜息をついた洸夜は、受付へと戻る。
 そこには勿論、まりなが居た。

「あ、お帰り〜。どうだった、友希那ちゃん達Roseliaの演奏は?」
「レベル高すぎますって。高校生があそこまでやれるのって思いましたよ」
「それはCrescendo(君達)もじゃないかな?」
「確かに、アイツらは凄いですよ。自分なんか……まだまだ」
「君が1番レベル高いと思うけどな〜」

 そう言ったまりなは、苦笑するのだった。
 対する洸夜は、まりなの言葉を否定するのだった。

「そんな事無いですよ。正直、キーボードだってあの日が始めてみたいなものですし」
「え、キーボードの演奏、ライブの日が初めてなの?」
「ええ。まあ、練習で多少触りはしましたがね」

 洸夜は、自嘲気味にそう言うのだったが、即座に切り替え、まりなに尋ねるのだった。

「それで、仕事の方は、何をやれば?」
「あ、仕事ならね、今日はもう上がって良いよ」
「……へ?」

 まりなの言葉に、洸夜は間の抜けた声をあげた。

「今日はあと暇だから上がっちゃって良いよ」
「……本当に大丈夫ですか?」
「良いよ」
「わかりました」

 まりなにそう告げた洸夜は、再びスタジオの扉を開く。

「どうかしたの?」

 振り向いた友希那が、洸夜へと問いかけるのだった。

「朗報だ。俺は今日分のバイトが終わったらしい」
「あら、じゃあこれから一緒に演奏してもらえるのかしら?」
「そう言うことになるのかもな。あ、少し準備してくるから待っててくれ」

 そう言い残して、洸夜はバックヤードへと向かう。
 そして、荷物をまとめ着替え終えると、受付へと向かった。

「まりなさん」
「洸夜君。お疲れ様」
「お疲れ様です」
「もう上がるの?」
「あ、いえ。この後、Roseliaの練習を見て行きます」
「そっか。良いかもね。あ、その後の片付けなら私がやっておくから気にしないでね」

 まりなは洸夜に対して、笑顔でそう言うのだった。

「そうですか。なら、またお言葉に甘えさせていただきます」
「うん。じゃあ、また宜しくね」
「はい」

 そう返した洸夜は、再びスタジオへと入る。

「お待たせ」
「遅かったわね」
「着替えてたからさ」

 そういった洸夜の服は、先程のバイトの制服とは違い、黒い学生服のズボンに白のワイシャツで、手には黒の学ランを抱えていた。

「洸夜の学校って学ランなんだ」
「ああ。ただ人気なくてなぁ……。全校生徒からブレザーに変えろっていわれてる」
「洸夜は学ランの方が似合うと思うけどね☆」
「……そうか」

 そういった洸夜は、背負っていた鞄と学ランを隅に置くと、友希那達の側へと向かう。

「で、俺は何をすれば良いんだ?」
「そうね……」
「特に決まってないのなら、ギターを弾いてもらっては?」

 考える友希那に、そう告げたのは紗夜だった。

「ギター……か」
「え、コウ兄ってギター弾けるの?」

 あこの問いかけに、洸夜は頷いた。

「ああ。というか、キーボードよりギターとかベースの方が得意だと思う。実際、ライブ直前に始めてキーボード触ったぐらいだし」
「え、そうだったの?!」
「それまではピアノぐらいだったからな。あ、紗夜。ギター貸して」

 洸夜に頼まれた紗夜は、自身の持っていたギターを洸夜へと手渡した。
 それを受け取った洸夜は、軽く演奏の構えをとる。
 そして、ピックを握った手を弦にかける。

「……一曲ソロで弾かせてくれないか?」
「構わないわ」

 友希那の了承を得た洸夜は、ピックを持つ手を走らせ始めた。
 鳴り響き始めた音色は、ゆっくりとした旋律を奏でた後、疾走感を得た旋律へと変わっていく。
 洸夜は時折、目を閉じたりしながら演奏へと集中を傾けていく。

 同様に傍で見守る5人も、洸夜の奏でる旋律に魅入っていた。
 そして、曲は終盤へと差し掛かり激しさを増していく。
 恐らく、普通に弾く分には難無くこなせるものなのだろうが、現状洸夜が奏でている曲はテンポが早いため、難易度が高くなっている。
 だが、洸夜はその部分を難無くクリアし、最後まで演奏しきるのであった。

「……ふぅ。こんなもんかな」
「コウ兄凄い!」

 演奏を終えた洸夜に、あこからの歓声が飛んで来る。

「流石ね」
「うん! この前聞いた時も言ったけど、洸夜の演奏は人を惹きつけるよね」
「買い被り過ぎだって」
「そんなことないわ。貴方はそれだけの力を持っている」

 友希那にそう言われた洸夜は、左手で後頭部を掻くのだった。

「そいつはどうも」
「ところで、洸夜は今何の曲を弾いてたの?」
「これは———」

 リサがそんな事を、洸夜へと問いかけた。
 洸夜は答えようとしたが、その言葉は遮られた。
 変わりに言葉を発したのは、紗夜だった。

「『 Empty Heart』ですね」
「えんぷてぃー……はーと?」

 紗夜の回答に、リサは首を傾げるのだった。
 それと同時に、燐子が言葉を発した。

「確か……その曲って……」
「ええ。白金さんが考えている通り『Echo』の曲です」
「『Echo』?」

 今度は洸夜が首を傾げた。

「誰なんだそれ」
「聞いた事があるわ。確か、正体が謎に包まれたソロギターリストだとか」
「ええ。その通りです」
「何でそんなに詳しいんだよ」

 洸夜は紗夜へそう問いかけた。
 対する紗夜はこう答えるのであった。

「あの人のライブに何度か行ったことがあるのよ」
「それで見たことがある、と?」

 洸夜の言葉に、紗夜は頷くのだった。
 そこへ、あこが口を挟む。

「あこもその人の演奏、動画ですけど見たことあります!」
「私も……あこちゃんと一緒に……見ました」

 あこに続いて燐子も、そんなことを言うのだった。

「え、知らないの俺だけ……」
「アタシも聞いたことないな……」
「リサも知らないのか……」
「うん……」

 リサの言葉を聞いた洸夜は、内心ホッとするのだった。
 だが、そんな彼に予想外の言葉がかけられる。

「コウ兄の演奏って、Echoさんの演奏に似てましたよね」
「そう言われてみれば……確かに似てますね……」
「……マジで?」

 あこと紗夜の言葉に、洸夜は怪訝な表情をした。

「俺、そのEchoって人に会ったことは愚か、見たことすらないんだけど」
「……見たことないのに、弾き方が似てるってことだよね?」

 そう言ったリサは首を傾げた。

「そうなりますね」
「なんか……不思議……ですね」

 紗夜と燐子の言葉を聞いた洸夜は、若干俯いた。
 そして、誰にとなく小声で呟いた。

「俺がEchoに似てる……か」
「コウ兄、どうかしたの?」

 俯く洸夜の顔を覗き込むようにしてあこがそう尋ねてきた。
 対する洸夜は、突然事に動揺しつつも、すぐに返答した。

「あ、ああ。少し考え事してただけさ」
「そっか」

 そこへ、燐子からの問い掛けが入ってくる。

「そう言えば……洸夜君は……どうしてこの曲を知ってるんですか……」
「それは私も気になるわね」

 燐子の言葉に、友希那も同じ疑問を抱いたらしい。
 そこへ、補足の様に紗夜の言葉も飛んでくる。

「確かに。見たことすらないのに何故知ってるの?」

 それは———と言って、洸夜は答えた。

「祐治…… Crescendoのリーダーが良く歌ってたからだよ。歌詞は分からないけど、旋律だけはいつも聞いていたから覚えてる」
「耳コピって訳ね」
「そう……なるかな」

 友希那の言葉に、少し歯切れ悪く答えるのだった。
 荒野の言葉を聞き終えた友希那は、1つ頷くとこう告げた。

「今ので彼の技量は分かったはず。その上で聞くけど、彼とセッションするので構わないかしら?」
「あこは賛成です!」
「アタシも〜」
「わ……私も……賛成……です」

 友希那の問い掛けに、あこ、リサ、燐子の順に答える。
 そんな3人を見た友希那は、紗夜の方へと顔を向ける。

「私も構いません。洸夜がどのように合わせるのかも見てみたいので」
「そう。というわけだけど洸夜君、やってくれるかしら?」

 洸夜の方へと向き直った友希那はそう言った。
 問い掛けられた洸夜は、溜息を1つ吐き答えるのだった。

「……やってくれるも何も、俺に拒否権なんてものは初めからないんだろ」
「そうよ」
「少しは否定してくれてもいいんだが」

 まあ、と言った洸夜は続けてこう言った。

「どちらにせよそのつもりでここに居るからな。其方さんが満足するような演奏はできないかもだけど、頼まれた以上は全力でやらせてもらう」

 そう言った洸夜は、再びギターを構えるのだった。
 それを聞いた友希那達も、再び演奏の態勢に入る。

「で、弾くのはさっきの『BLACK SHOUT』で良いのか?」
「ええ」
「じゃあさ、スコア見せてくれない?」
「はい、これ」

 紗夜が洸夜にスコアを手渡した。
 それを受け取った洸夜は、即座に目を通す。

「……Aメロはこうなってて、Bメロからこうなるのか」
「見ながら弾くんじゃないの?」
「いや。この場で覚える」

 リサの問い掛けに、洸夜は何食わぬ顔でそう答えた。

「え、この場で覚えるの?」
「ああ。そうしなきゃ弾けないんだ」
「見ながら……弾けば……?」

 燐子にそう言われた洸夜は、スコアに目を通したまま、こう答えるのだった。

「普通はそうなのかもな。でも、俺はそんな器用な事はできない」
「器用な事……?」

 洸夜の言葉に、友希那が首を傾げた。

「他人にとっての当たり前が、俺にとっての当たり前じゃないって言えば良いのかな」
「それが今、燐子が提案してきた事なの?」
「そういうこと」

 洸夜は相変わらず、スコアから目を離さず続けた。

「同時にそれは、俺にとっての当たり前が他人にとっての当たり前じゃない、と言うことにもなる。現に、俺がこうしてスコアを頭に叩き込むと言う行動も、中々見ないだろ?」
「そうね。でも、それが貴方にとっての当たり前なのよね」
「御名答」

 そう答えた洸夜は、顔を上げるのだった。
 そして、スコアを紗夜へと戻す。

「覚えた。いつでもいけるよ」
「え、もう覚えたの? コウ兄って、天才?」
「……どうだかな」

 あこの言葉を、洸夜は歯切れ悪くはぐらかすのであった。

「始めるわよ」
「了解。じゃあ紗夜、俺がどう弾くか見とけよ」
「ええ。そのつもりよ」

 そう言って彼等は、セッションを始める。
 少し長めの前奏。
 その時のRoseliaのメンバーの顔には、何度も練習を繰り返しているが故か、不安という表情は無かった。
 寧ろ、普段通りという顔であった。
 対する洸夜は、少しばかり厳しい表情だった。
 だが、即座に真剣な面持ちに切り替わると、ギターが入る部分からの演奏へと移る。

 友希那の歌声に、他のメンバーによるコーラスが重なる。
 洸夜はコーラス部分には触れず、ギターの弦を走らせることだけに意識を向ける。
 徐々に徐々に、演奏の熱は増していく。
 Roseliaの奏でる"唄"をしっかりと聞きながら、洸夜はそれに合わせ続ける。

「……?」

 彼女達の、渾身の瞬間に自信が奏でた音に、洸夜は違和感を感じた。
 そんな彼は、フレッドを抑えていた手を即座に離すと素早くペグを回し、音を調整する。
 そして、何事も無かったかの様に演奏を続ける。
 調整を終えた洸夜の音は、違和感なく走っていた。
 Roseliaと言う『音』の中に、彼は自身を馴染ませて行く。
 彼が持つ本来の『音』を残しながらも、彼女たちの音に同調することによって。

 その最中、洸夜は一つ一つの歌詞の意味を、演奏しながら噛み締めていく。
 あこの叩くドラム、燐子の弾くキーボード、リサの奏でるベース。そこに洸夜のギターが溶け合い、友希那の歌声を引き立たせていく。
 洸夜が噛み締めていた一つ一つの歌詞。
 それらは、友希那の力強い歌声と、Roseliaのメンバーの演奏に乗せられて、洸夜の頭の中へと焼き付けられていく。

 そんな洸夜は、溶け合った音を維持しながら、彼らの演奏はサビへと突入する。
 フィニッシュに近づくに連れて、彼らの演奏は熱を増していく。
 ボルテージが最大を迎えた状態で、最後の小節へと突入する。
 長めに響かせた音を、弦を抑えることによって沈める。
 それにより、彼らのセッションは終わりを告げた。

「……今の」

 友希那の言葉により、静寂という名の余韻が終わる。

「今までで1番良かったんじゃない!」
「私も……そう思い……ます!」
「最高でした!」

 他のメンバー達もそう、口々にそう言うのであった。

「紗夜はどうだった〜?」
「え、ええ。素晴らしい演奏だったわ」

 リサに呼びかけられた紗夜は、そう受け答えるのであった。
 そんな紗夜の元に、洸夜は歩み寄った。

「これ、ありがとな」

 そう言って、紗夜にギターを手渡した。

「そう言えばさっき、貴方音を下げたわね?」
「聞いただけで分かったのか」
「何か普段と違ったのよ。で、その反応だと変えたみたいね」
「ああ。弾きながら少しばかし調整はした」

 友希那の質問に、洸夜はそう返すのであった。

「少し、音に違和感を感じたんでな」
「違和感?」
「ああ」

 そう言った彼は、考え込むような仕草をしながらこう告げた。

「なんで言うかな……あの曲……『BLACK SHOUT』は、確かにRoseliaを現してる曲なんだけど……少し、音の強さが足りない気がしてね」
「強さ……?」

 洸夜の言葉にリサが首を傾げるのだった。
 うーん、と唸りながらも洸夜は、言葉を紡いで行った。

「なんだろう……迫力っていうのかな。それがちょっとだけ足りない気がした」
「だから、旋律をいじったのね?」
「ああ。でも、最初に皆んなが演奏していた方が、最初にも言った通り、Roseliaらしいよ」

 そう答えた洸夜は、少し申し訳なさそうに俯くのであった。
 対する友希那は、先程の洸夜宜しく何かを考え込んでいた。

「友希那〜? どうかしたの?」
「洸夜君の指摘について考えていたのよ。どう、調整するかを」

 リサにそう言った友希那は、洸夜の方へと向き直り、こう言った。

「洸夜君、今後も私達Roseliaの練習に付き合ってもらえないかしら?」
「それってつまり……俺にコーチを頼んでいるという解釈でいいのかな?」
「そうね」

 再び洸夜は、考え込むのであった。
 そして、数瞬の後にこう答えた。

「分かった。俺で良ければその話、引き受けるよ」
「ありがとう。これから、よろしく頼むわ」
「ただ、俺もCrescendoで活動してるから、そんな頻繁には来れないと思うぞ?」
「構わないわ」

 了解、と洸夜は短く返すのだった。
 そして、自身の腕時計へと視線を落とした。

「そろそろ使用時間終わるけど?」
「あ、もうそんな時間なの?」
「なら、今日の練習はここまでにしておきましょう」

 そう言って、彼女達は片付けを始めた。
 洸夜も、自身の荷物を手に取った。
 その後、片付け終えた彼等は、解散して各々の帰路へと着くのであった———





 帰り道、紗夜と洸夜は並んで家を目指していた。
 自転車を押して歩く洸夜の隣にいる紗夜は、無言のまま俯いていた。

「紗夜」
「……」

 洸夜が呼びかけても、反応することなく、ただ俯いていた。
 そんな彼女に対して、洸夜は言葉を紡ぎ始めた。

「今、ずっと日菜の事考えてるだろ?」
「……?!」

 洸夜の言葉に、紗夜は体をピクリ震わせた。
 その反応を見た洸夜は、自身の指摘が正しい事を悟った。

「なんで……」
「前にも言った筈だ。伊達にお前の兄貴はやってないって。俺が演奏を終えた後、時偶日菜と話してる時にしてる目をしてた」

 そう言った彼は、ただと言って話を続ける。

「その時、お前が何を感じてるかまでは分からない」
「話はそれだけ?」
「ん、ああ。この話はこれだけ。もう1つある」
「なに?」
「さっきのセッションの時の俺の演奏、どうだった?」

 そうね……と言って、紗夜は答えるのだった。

「正直、私よりもあの場に馴染んでいた。そして、私よりも演奏が綺麗だった。同時に、兄さんを羨ましくも思ったわ。初めての演奏で何回も共に練習を重ねた私よりも他のメンバーとの息があっていたのだから……だから、兄さんみたいになりたいとも……」
「そうか。なら、良かった」
「……?!」

 洸夜の返答は、普通では考えられないものであった。

「……私をバカにしてるの?!」

 紗夜は叫びにも近い声を上げていた。
 対する洸夜は、顔色1つ変えることなく言うのであった。

「違うよ。俺が演奏を再現出来ていたことに安堵したんだよ」
「どういう事か説明して」
「分かったからそんな怖い顔するな」

 洸夜は紗夜を宥めながら、説明し始めた。

「さっきの演奏、あの時奏でた音は、俺の音じゃない」
「じゃあ、誰のだっていうの?」
「それは———紗夜、お前の音だよ」
「私の……音?」

 洸夜は首を縦に振り、続けた。

「あの場面で俺が奏でていたのは、『氷川紗夜』の奏でていた音を再現したものだ。だから、あの場面でお前自身が馴染んでいる音だと感じたのなら、それはお前自身があの場所に馴染み込んでいるってことだ」
「私があそこに馴染んでいた……?」

 再び洸夜は頷いた。

「ああ。あの場面だと俺の音はRoseliaの音とは混ざらない。否、混ぜれないんだ」
「だから、私の音を再現したの?」
「そう言うことだ。後、紗夜がどう弾くかを見せて欲しいって言ったから……ってのもあるけどな」

 だから、と言った洸夜は紗夜の方は顔を向けて言った。

Roselia(あそこ)にふさわしいギタリストは、紛れもなく紗夜だ」
「そう……なのかしら……?」
「俺が断言する。だから、さっき言ってた俺みたいになろうとか思わなくても良い。お前はお前だ」

 そう断言する洸夜の目は、本気の時に見せるものだった。

「私は私……」
「そうだ。お前には、お前にしか奏でられない音がある。それだけは忘れるな」
「……そうね」
「少し自信ついたか?」
「ええ。多少だけれども」

 それを聞いた洸夜は、そっと微笑むのだった。

「そっか」
「ええ。私は私の音で頂点を目指す。だから兄さん、私の事しっかり見ててね」
「ああ。もとよりそのつもりさ。そして———」

 そこで一度言葉を切った洸夜は、改まってこう告げた。

「———俺を超えて行け」
「もちろんよ」
「言うようになったな」
「兄さんのおかげでね」

 紗夜は、笑顔でそう告げるのであった。
 そんな紗夜を見た洸夜も、釣られて笑うのであった。

「さてと、早いとこ帰ろうか」
「そうね」

 2人は、そのまま家へと歩みを進める。
 そんな中、不意に紗夜が洸夜を呼ぶ。

「洸夜」
「ん、何?」
「……ばか」

 そう言った紗夜は、フフッと笑うのだった。
 対する洸夜は、突然の事に頭の処理が追いつかなかった。

「お、おい! それどう言う意味で言ったんだよ?!」

 そう言った洸夜は、自転車を押しながら走って紗夜を追いかけるのであった———





 土曜日。
 早朝のCiRCLE内の会議室では、まりなと祐治と洸夜が机に突っ伏していた。

「な、何とか終わったね……」
「す……すいません。いきなり……無茶振り……振ってしまって……」
「良いよ……それより……やることは終わったし……今日の夜に向けて……準備しようか……」
「そう……ですね……」

 一徹した3人の体はボロボロであった。
 しかし、そんな状況下に置かれても、彼等は準備へと取り掛かるのであった。

「……洸夜……アンプどこだ……」
「廊下を突き当たった……部屋の中……」
「おう……」
「まりなさーん、楽器って下ですか……?」
「そうだよ〜……」

 といった具合に、正に活動限界といった感じであった。
 そんな時、CiRCLEの扉が開かれた。

「おはようございます」
「おはよう。氷川君。祐治君」
「……おはようございます」

 雅人、結弦、大樹の順に、Crescendoの残りのメンバーが入ってきた。

「おはよー……みんな、早かったな……」
「祐治君達が徹夜してやってくれたのに、遅刻なんてできないからね」

 結弦は相変わらずのスマイルで、そう受け答えるのだった。

「……悪い……早速だが……手伝ってくれ……」
「ああ」
「はいはい」

 洸夜は、雅人と大樹を引き連れ下へと降りていった。

「……よし、こっちも早いところ終わらせよっか」
「そうですね」

 まりなの言葉に答えた祐治と、その隣に立つ結弦は、着々と準備を進めていくのであった。
 そして、Crescendoが集合してから30分程で、準備は終わるのであった。

「終わったー」
「お疲れ様です」
「じゃあ、少し休憩しようか」
「ですね」

 まりなの言葉に頷いた洸夜と祐治は、再び会議室へと入った。
 そして、椅子に座ると即座に意識を飛ばすのだった——— 
 

 
後書き
今回はここまで。
実はこのお話、ハーメルン様掲載版だと作中に『BLACK SHOUT』の歌詞が入っています。宜しければそちらの方もご覧ください。
↓ハーメルン様掲載版6話
https://syosetu.org/novel/196831/7.html
では、この辺で。
次回もお楽しみに。 
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