魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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無印編
第14話:それぞれのお悩み相談
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。
休憩所を立ち去ろうとした翼の前に立ち塞がった颯人。突然現れた彼に翼は一瞬面食らうが、次の瞬間には表情を険しくして彼の事を睨みつける。平均以上に整った顔立ちの彼女に険しい表情で睨まれるとなかなかに迫力があるのだが、対する颯人は全く動じない。ただ小さく肩を竦めるだけだった。
「ん~、嫌われたもんだねぇ。ちょっと話し掛けただけで睨まれるとは」
「別に…………嫌ってる訳では、ありません。これから鍛錬に行くんです。退いてください」
「おいおい、おっちゃんから今日はもう休むように言われたっしょ? 休むのも戦士の仕事の内、今日は大人しくしといたほうがいいぜ」
「御構い無く。そう言うあなたこそ、奏と一緒に居なくていいんですか?」
言ってから翼は自己嫌悪に顔を顰めた。こんな嫌味にしか聞こえないことを態々言うなど、なんて嫌な女なのだろう。やはり今日は少し雑念が多すぎる。鍛錬して雑念を払わなければ。
「────すみません、失礼します」
そう思って彼の隣を通り過ぎようとしたのだが、それが叶う事はなかった。
「はい巻き戻し」
〈バインド、プリーズ〉
「なっ!? わっ?!」
突然背後から伸びた鎖に縛られたかと思うと、そのまま後ろに引っ張られて再びソファーに座らされた。翼の意思を一切無視した颯人の行動に、彼女も一瞬呆気に取られたが即座に今度は明確な怒りを込めた目で颯人を睨みつけた。
「な、何を──!?」
「だ~か~ら、今日はもう休むようにっておっちゃんに言われたろうが。さっき翼ちゃん自身、分かりましたっつったんだからここは大人しく休まなくちゃ」
「余計なお世話ですッ!? これ以上邪魔をするつもりなら──」
「あぁ、あぁ、まぁまぁまぁお待ちなさいって。鍛錬つったって戦闘後の疲れた体でやったって大した効果はないでしょ? ならさ、折角だし休憩がてらちょいと雑談と洒落込もうや。親睦を深める意味でも、ね」
そう言うと、颯人は翼が座らされているソファーに1人分の間を空けて腰掛ける。そしてコネクトの魔法で有名なドーナッツチェーン店『マスタードーナッツ』の箱を取り出し空けた場所に置くと2人分のコーヒーを新たに購入し片方を翼に渡した。
差し出されたコーヒーの入った紙コップと颯人の顔を暫し交互に睨みつけていた翼だったが、ここは大人しくしておいた方がいいと判断し素直にコップを受け取った。正直こんなもの受け取らずさっさとこの場を去りたかったのだが、ここで下手に抵抗すると逆に面倒なことになりそうな予感を感じたので大人しく従う事にしたのだ。ここら辺は奏と接する内に覚えた対応である。
まぁそれ以前の問題として、現在も腰をバインドの魔法でソファーに縛り付けられており逃れようがないのだが…………。
翼が大人しくコーヒーを受け取ったのを見て、颯人は箱からドーナッツを取り出し口に運ぶ。
「うん、美味い。流石はマスド。翼ちゃんも、遠慮せず食べたら?」
「……いただきます」
颯人に勧められ、翼もドーナッツを一つ手に取り一口食べた。颯人が選んだのはシンプルなプレーンシュガー、翼が選んだのはチョコリングだ。
一口齧り、口の中に広がる甘さに思わず頬を綻ばせた翼。甘い物には人を幸福にする効果があると言う。何だかんだ言いつつも、翼もこの生理現象には抗えなかった訳だ。
頬を綻ばせる翼の様子に、颯人も満足そうに笑みを浮かべた。
「うん、気に入ってもらえたようで何よりだよ」
「別に、そう言う訳じゃ…………と言うか、今更ですけど何時の間にこんなの買ってたんですか? この近くにマスタードーナッツの店なんてなかった筈ですけど?」
「本部来る前にちょちょいっとね。ほら、司令室の人達にも差し入れしようと思ってさ」
話しながらも颯人は最初に手に取ったプレーンシュガーを食べ終わると、早くも二個目を手に取っていた。それを見て翼も少しだけ食べる速度を上げた。元よりこれは彼が買ってきた物なので彼が食べること自体は構わないのだが、何となく独り占めされるのは嫌と言うか損しているような気がしたのだ。せめてもう一つくらいは食べておきたいと言うのは、甘いもの好きな乙女心だろうか。
翼が二個目のドーナッツに手を出した時、颯人は二個目を食べ終えており三個目に手を出した。だが彼はそれを口に運ぶことはせず、それを手に持ったまま翼に彼女を引き留めた目的を話し始めた。
「さて、このまま遅めのお茶会も悪くないんだけど、そろそろ本題いっとくかね」
「ッ!? そうです、何で急にこんなことを?」
ここで漸く翼も、最初は鍛錬に行こうとしていたのに颯人に強引に引き留められた事を思い出し、緩んでいた頬を引き締め問い質す。
尤も、その口元には直前に食べたドーナッツに入っていたクリームが付いたままだったので先程に比べて迫力は半分も存在しなかった。
これはいかんだろうと颯人は箱の中に入っていた紙ナプキンを翼に差し出しながら口を開いた。
「ま、一言で言えば…………もちっとオープンに接してくれって話だな」
「はっ?」
颯人の突然の言葉に、しかし翼は今一要領を得ない様子だった。確かにこれだけでは彼が言いたいことは伝わり辛いだろう。彼自身もそれを理解しているからか、手にしたドーナッツを齧りつつ言葉を続けた。
「翼ちゃんさ、俺が奏と仲が良い事に嫉妬してるでしょ?」
「そ、そんな、事──」
「誤魔化さなくてもいいよ。気持ちは分かる。多分俺と翼ちゃんの立場が逆だったら、同じようなことを思う自信はあるからさ」
コーヒーで口の中の甘さを洗い流しながら話す颯人に、翼は言葉に詰まった。正しく彼女が颯人に感じている感情は嫉妬以外の何物でもない。彼女からしてみれば颯人は、ツヴァイウィングにして二課の装者と言う絆を持つ奏との間に、幼馴染であると言うだけの理由で割り込んできた邪魔者でしかなかったのだ。
だがそれを認めるのは何だか子供っぽいような気もするし、何より彼を探し続けていた奏にも申し訳が立たないので必死にその感情から目を逸らそうとしていたのである。
しかし現実には嫉妬の感情は押し殺す事が出来ず溢れ出し、奏との間に溝すら作ってしまっていた。そしてその元凶は言うまでもなく────
「俺なんて居なければ良かった…………な~んて思ったろ?」
「そんな事ありませんッ!?」
「はいダ・ウ・ト。感情が抑えられなくなってる時点で俺の言った通りだって、認めてるも同然だって自分でも分かってるだろ?」
実際翼は颯人の言葉に心の中で同意していた。彼が来てからというもの、奏はあまり翼に構わなくなった。何故かと考えれば、それは颯人が居るからとしか言いようがない。彼が翼から奏を奪ったと言っても過言ではないのだ。
目を背けていた、否、背けようとしていた自分の中の醜い感情を事の元凶である彼に突き付けられ、翼から冷静さをみるみる奪っていった。
そして遂にトドメとなる一言を颯人は口にする。
「まぁ別に認めたくないならそれでもいいよ? ただこのままだと翼ちゃん、確実に奏と縁切れる事になると思うけどね」
自身が最も恐れていた事、即ち翼との縁が切れる事を颯人から指摘され遂に翼は己の感情を抑える事が出来なくなった。コーヒーが零れ砂糖やクリームがソファーを汚すことも無視して両手をソファーに叩き付け、激昂した感情のままに今まで胸の奥に秘めようとしていた思いを言葉にして吐き出す。
「じゃあどうすればいいんですかッ!? あなたは自分が奏にとってどれだけ大事な存在だったか分かってるんですかッ!? 奏があなたを探す為にどれだけ必死になったか、あなたは知ってるんですかッ!?」
感情の赴くままに言葉で颯人を責め立てる翼。颯人はそれを黙って聞いているが、翼にはそれが自身の感情をまるで理解していないかのように見えて更に感情を激しく燃え上がらせた。
「えぇそうですよ、怖いですよ!? このまま奏があなたについて行って私から離れてしまうんじゃないかって、もう奏と歌えなくなるんじゃないかって思うと怖くて仕方ないんですよッ!? だってしょうがないじゃないですかッ!? 奏はこれまでずっと私を引っ張ってくれたッ! 奏が居てくれたから私はここまで来られたんですッ! それが突然居なくなったらって思った、私の気持ちがあなたに分かるって言うんですかッ!?」
とうとう言葉だけでは感情が抑えきれなくなったのか、翼は《《立ち上がる》》と颯人の胸倉を掴み上げた。目尻には涙が浮かび、憤怒の表情と相まって並の男であれば思わず後退ってしまうほどの勢いが今の翼にはあった。
だが、颯人は全く意に介した様子を見せない。ただ静かに彼女を見つめ、黙って彼女の言葉に耳を傾けるだけだ。
「奏からあなたを奪うような真似はしたくない、でもあなたに奏を奪ってほしくもない! 私は一体どうすればいいって言うんですかッ!?」
「…………」
「──ッ!? 何とか言ってくださいよッ!?」
依然として沈黙を保つ颯人の様子に、翼は胸倉を掴む手に力を籠める。そこで漸く颯人は表情を変化させた。
それまでの無表情に近い顔から一転、柔らかな笑みを浮かべると胸倉を掴む翼の手を自身の手で優しく包む。
「そう、それでいいんだよ」
「えっ?」
「やっと自分の気持ちに正直になってくれたね。良かった良かった」
「あ、あの──?」
正直、此処まで身勝手に怒鳴り散らしたのだから文句の一つや二つは飛んでくると思っていたのだが、予想に反して颯人から向けられたのは安堵の表情だった。その事が翼を困惑させ、たった今まで感じていた激情もどこかへと消えてしまっていた。
「ど、どういう、事ですか?」
「どういう事も何も、最初から言ってたじゃん? もっとオープンに接してくれていいよって」
「それは、そうですけど…………え?」
「え? じゃないよ。言葉通り、俺にも奏にも遠慮する必要はないって言ってんの」
言いながら颯人は翼に胸倉を掴んでいる手を離させると、別のソファーに彼女を座らせ自身もその隣に腰掛けた。ここで漸く翼は、何時の間にか自分をソファーに縛り付けていた魔法の鎖が消えていることに気付く。
「ちょっと翼ちゃんに聞くけどさ、奏が翼ちゃんのちょっとした我が儘に目くじら立てるような奴だと思う?」
「それは…………でも、明星さんに関しては話が別だと──」
「んな訳ないっしょ。ちょっと前の奏がどうだったかは知らないけど、少なくとも今はその程度で機嫌悪くしたりはしない筈だよ。寧ろ俺との仲を遠慮して距離取られる方が奏にとっちゃきつい筈さ」
颯人の言葉には頷ける部分もあったので、翼は彼の言いたいことを自然と理解していた。奏と打ち解け互いに歩み寄り出してからは、奏がそういう遠慮を嫌うタイプであることを感じる様になっていたのだ。
その事を思うと、ここ最近は確かに奏にとって翼の態度は酷く居心地の悪い物だったことだろう。思い返して申し訳ない気持ちになる。
颯人は翼がその事を理解したことを察し、軽く彼女の肩を叩きながらフォローの言葉を投げかけた。
「ま、気にすんなって。この手の事を根に持つほど奏も器の小さい女じゃない事くらい翼ちゃんも分かってるでしょ?」
「それは、勿論です!」
「そんなら、この話はこれでお終い。今日はこのまま真っすぐ家に帰って、ぐっすり寝て明日から何時も通りに奏と接してやんな。奏もそれを望んでる筈さ」
奏も翼との仲直りを望んでいる…………その言葉に、翼は自分の心に覆い被さっていた不安が消えていくのを感じた。気持ちが軽くなり、自然な笑みを浮かべる事が出来るようになっていた。
「明星さん、ありがとうございます。それと、さっきは、お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありませんでした」
「ん、気にしなくていいよ。元はと言えば俺が原因だし、翼ちゃんの本音を引き出す為に煽ったのも事実だしね」
「それでも、です」
「ま、そこまで言うんなら大人しく謝罪は受け取っとくよ。ただ一つ言わせてもらうんなら……」
「何です?」
軽く首を傾げて続きを促す翼に、颯人は少しおどけた様子で口を開いた。
「俺を呼ぶ時は下の名前で呼んでもらいたいかな」
「下の名前、ですか?」
「そうそう。今後も一緒に戦う仲間な訳だし、気安くいこうや!」
「それは……いえ、そうですね。分かりました、颯人さん」
翼が自分の事を下の名前で呼んだことに満足そうに頷くと、颯人は懐から懐中時計を取り出し現在時刻を確認する。ぼちぼちいい時間だ。彼はドーナッツの箱を閉めると、残りを全部翼に差し出した。
「んじゃ、そろそろいい時間だし今日はもう帰んな。こいつはお土産にやるよ」
「そんな、悪いですよ!?」
「いいから取っとけって。翼ちゃん立場的にこう言うの気軽に買えないでしょ? 得したと思って貰っときな」
学生の身分ではあるが、翼は既にツヴァイウィングの片割れとして有名人になってしまっている。そんな彼女が、こういったものを気軽に買う事は正直な話彼の言う通り難しい。出来ない訳ではないが、いろいろと面倒な準備を必要とした。主に、ファンなどに見つからないようにする為の変装などだ。
その事を考えると、確かにここでもらえると言うのは得と思ってもいいのかもしれない。
暫し悩んだが、此処は厚意に甘える事にした。決して普段滅多に買えない有名チェーン店のドーナッツの魅力に負けた訳ではない。
「それじゃ、ありがたく頂きます」
「ん、そうしてくれ。それじゃ、また明日」
「はい。颯人さん、お疲れ様でした」
翼は箱を手に、颯人に別れを告げてその場を立ち去った。その足取りは心なしか今日一番の軽さを見せていた。
立ち去る翼を見送った颯人。彼は彼女の姿が見えなくなった頃合いを見計らい、大きく溜め息を吐いた。
「はぁ~~、何とか丸く収まったか。奏の方も響ちゃんなら何とかなるだろうし。あとは────」
颯人はそれまでずっと見ないようにしてきた方に目をやる。それは少し前まで翼が座っていた、颯人が最初に彼女を座らせた場所。
今そこは、零れたコーヒーと潰れたドーナッツの砂糖でドロドロになっていた。翼はいろいろとあってこのことをすっかり忘れていたようだが、颯人はバッチリ覚えていた。
「これを片さなきゃならないんだよなぁ。ま、自業自得か」
〈コネクト、プリーズ〉
観念した颯人は、魔法で自宅から掃除道具を引っ張り出しソファーと床を綺麗にすべく1人寂しく掃除を開始するのだった。
***
一方、響に誘われた奏は一般人に正体がバレて騒がれたりしないようにとしっかり変装した上で彼女に連れられて、ある一軒の店に来ていた。
店の名前は『ふらわー』、響が学友達と贔屓にしているお好み焼き屋である。テレビで有名になるほどの店ではないが知る者からは非常に評判であり、所謂隠れた名店の様な存在となっていた。
店内はまだ少し時間が早いからか、決して広いとは言えない店内には2人しか客が居ない。
「はいお待ちどうさん! 豚玉二つだよ!」
「はぁい! 待ってましたぁ!」
「どうも。ん~、相変わらず美味そうだ! んじゃ、早速──」
「「いただきます!!」」
出された二つの皿の上に乗った出来立てのお好み焼き。熱々のお好み焼きの上に掛けられたソースと鰹節の香りが食欲を誘う。更には出来立てであるが故にまだ小さく弾ける油の音が、視覚と嗅覚に加えて聴覚の三つの感覚でもって『食え』と訴えてきた。
響は自他共に認めるほどよく食べる方だが、奏もどちらかと言えば食べる方だ。皿が出されたのを見た彼女は、響とほぼ同時に手を合わせると箸で豪快に切り分け、大口を開けて口に放り込んだ。乙女の恥じらいも何もない食べ方だが、隣の響も似たようなものだったので気にする必要はないのかもしれない。
奏は口に広がるお好み焼きの旨味に、堪らず頬を緩ませ歓喜の声を上げた。
「ん~! 久しぶりに食ったけどやっぱここのお好み焼きは最高だよ!」
「ですよね! もうここ以外のお好み焼きなんて考えられないですよ!」
「んもぅ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの!」
奏は久方ぶりに味わうこの店のお好み焼きの味に、リディアンに通っていた頃の事を思い出しながら舌鼓を打っていた。彼女も学生時代はこの店の常連だったのだ。当然その頃からこの店の女将とは知り合っており、故にこの店は奏が羽を伸ばして食事が出来る数少ない場所であった。
どれほど時間が経っただろうか。既に最初の豚玉は2人の胃の中に消えており、互いに今度は別のお好み焼きを注文したところであった。
女将は次の注文を作るので忙しそうだ。となると、話をするなら今しかない。そう思った奏は、響が突然自分をこの店に誘った理由を問い掛けた。
「んで? 今日はどうしたんだ?」
「あ~、えっとですねぇ~……」
奏に問い掛けられて、響は少し考え込んでしまう。
実は、響が奏を誘ったのは颯人に頼まれたからだ。曰く、響が装者となった事に奏が悩んでいるようだから2人でじっくり話して元気付けてやってくれ、と。
響としても、奏と2人で話すことは吝かではなかった。寧ろ、色々とあってじっくり話す機会がなかったのでちょうどいいとすら思っていたくらいだ。
だがいざこうしてみると、何を話したものかと悩んでしまった。颯人から事前に、奏は響を装者にしてしまったことを悩んでいるようだと言う事を聞かされていたのだが、響自身は装者となってしまった事を欠片も不幸と感じていないので悩まれても困るのである。
暫し考えた末に、とりあえず奏をここに連れてきた理由を響は話すことにした。どの道、颯人の差し金であることは何処かで判明するのだろうしさっさとバラしても問題はないだろうとの判断だ。
「実は、颯人さんに言われたんです。奏さんが、私を装者にしちゃったことでまだ悩んでいるみたいだって」
「えっ!? あ、あ~……そう、だな。確かに…………」
響がガングニールを纏って戦うようになりその原因が判明した時、奏は即座にその事を響に謝罪している。自身の弱さの所為で無関係だった筈の響を巻き込んでしまった事に強く責任を感じていたのだ。
その時は響も即座に許すどころか、ノイズの脅威から人々を守ることに意気込みすら見せていたのでそれ以上何かを話すことはなかったのだが、その時話しただけではやはり奏の後悔は晴れる事無く未だに心の中で燻っている状態だった。
「うん…………やっぱり、今でも後悔は消えないし響にも悪いと思ってるよ。あたしの不甲斐無さの所為で、響を危険に巻き込んじまってさ」
「私は、そんな事気にしてませんよ?」
「響が気にする気にしないじゃないんだ。あたしがあたし自身を許せないんだ。あたしが戦う事を選んだのだって、元はと言えばノイズへの復讐とかが理由だってのに、さ」
目を瞑れば今でも思い出せる。目の前でノイズによって殺された家族の姿、そして何も出来ずウィズによって颯人が連れ去られるあの瞬間。ウィズに関しては颯人の為でもあったのでもう恨みとかはそこまでないが、あの時の無力感は未だに忘れられない。
言ってしまえば、奏が戦いに身を投じるようになったのは全て自分の為であった。家族を奪われた事への復讐心と何も出来ず大切な者を連れ去られた無力感を拭い去る為。途中でそれ以外の理由も見つけることは出来たが、結局のところ彼女が戦い始めた理由はそこに行きつく。
対して響はどうだ? 彼女は身勝手で戦いに身を投じた奏のとばっちりで戦う力を無理やり与えられ、命の危険と隣り合わせの日々を送っているのだ。
それについて、どうしても奏は自分が許せなかった。もしあの時、2年前のライブ会場での戦いの時、もっとうまく立ち回れていたらそもそも響がシンフォギアを得ることも戦いに巻き込まれることもなかったのではないか? 奏はどうしてもその考えを拭い去ることが出来なかった。
思い悩んで思わず頭を抱える奏。そんな彼女の様子を見て、響は優しく笑みを浮かべると頭を抱えている奏の手をそっと取り両手で包み込んだ。
「? ────響?」
「私、奏さんの過去に何があったかなんて知りませんし、今ここでそれを聞こうとも思ってません。ただ、一つ言えるのは、あの時の事があったから私は今ここに居るんです」
そう。今でこそ響はこうして元気にしているが、最初にガングニールを纏った時はそれが無かったら間違いなくノイズの餌食になっていたのだ。彼女が最初に二課と接する切っ掛けとなったあの日、小さな女の子を連れて逃げた先で響はノイズの群れに囲まれてしまっていた。あの時は翼と奏もあの場に向かってきていたのだが、響がガングニールを纏うことが出来なければまず間違いなく手遅れになっていただろう。
その事を考えると、響は奏の悩みが的外れのように感じられた。
「だから、奏さんは気にせずこれからも私の先輩として仲良くしてほしいんです。ノイズとの戦いだったら私はへいき、へっちゃらですから!」
そう言って響は奏に眩しいくらいの笑みを向けた。その笑みに、奏は自身の心の中に燻ぶる蟠りが無くなっていくのを感じた。
心で理解したのだ。響は奏の事を恨んでいないどころか、感謝してくれていると言う事を。結局のところ自分が抱えていた悩みがただの独り善がりであることを察し大きく溜め息と共にそれを吐き出した。
「はぁぁぁ~~……」
「あ、あのぉ?」
「ん? あぁ、気にすんな。ただ自分がどれだけ無意味な悩みを抱えてたかを理解して馬鹿らしくなっただけだから」
「馬鹿らしく?」
「そ、馬鹿らしく。まぁあれだ、とにかくありがとよ。おかげで元気出たわ」
「ん~、何かよく分かんないですけど、奏さんが元気になってくれたみたいで良かったです!」
何となくだが、奏がいつもの調子を取り戻したことを感じ取り嬉しそうに笑みを浮かべる響。それと同時に女将が二品目の皿を2人の前に出した。
「ほい、シーフード二つお上がり!」
「おっ! 待ってました!」
「えへへ、実は喋ってたら何だかまたお腹が空いてきたところだったんですよ!」
いいタイミングで出された二皿目に、奏と響は勢いよく齧り付く。
その際、奏の表情にはもう先程までの憂いは欠片も残ってはいないのだった。
後書き
と言う訳で第14話でした。
翼との険悪な雰囲気があっさり解消しましたが、奏が生存してる以上翼の精神もかなり安定していると思うのでちょっと嫉妬する程度でそこまで引き摺る事はないと思ったのでこうなりました。個人的にドロドロした話を長引かせるのが嫌だったと言うのもありますがね。
響に関しては、この作品では奏の方が活躍が多くなるのでこう言うところで頑張ってもらいました。漫画版によると奏と響はイメージ的に親鳥と雛鳥らしいので、今後も颯人が近くにいない時は響が奏の心の支えになってくれることでしょう。
それでは今回はこれにて。
執筆の糧となりますので、感想その他お待ちしています。
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