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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第1部
ロマリア~シャンパーニの塔
  王様の秘密

 王子様姿のユウリは、私たちが視線を向けていることも知らず、すぐ傍の店の前で十数人の女性たちに囲まれながら立っていた。
「あの、本当に勇者様なんですか?」
「まるで本当に貴族の方のようですわね」
「なんて凛々しい方なんでしょう」
「私、あなたのお姿が目に焼きついて離れません!」
「魔王を倒すなんて、とても勇敢なのですね」
「彼女はいらっしゃるんですか?」
「できればずっとこのロマリアにいてくださっても構わないんですよ」
 女性の黄色い声が次々とユウリに降り注ぐ。だが当の本人は煩わしそうに沈黙を続けている。
 ちょっとは優しい言葉でもかけてあげたら良いのに。あの女性たちも、そろそろユウリの本性に気がついてもいいと思うんだけどな。
「……この辺りに、道具屋か武器屋はあるか?」
 なんてことを思っていたら、ユウリの方から女性たちに声をかけていた。偶然目が合った一人の女性が顔を赤らめながら、
「こ、この先を左に曲がったところに商店街があります!」
 と、どもりながら答える。ユウリは礼も言わず、黙って歩き始めた。
 やばい、私たちが今隠れているのはすぐ近くの曲がり角の家の壁。ここを左に曲がられたら、私たちがここに隠れていることがばれてしまう。
「シーラ、場所変えよう」
 私はシーラの手を引っ張り、急いでユウリの目の届かない場所に移動した。
 と同時に、ユウリとその取り巻きの人たちが私たちがいた場所を通っていくのが見えた。ぞろぞろと歩くその様子を間近で見て私は、王様になるってこういうことなんだなと、しみじみと感じた。
 だが、ユウリが私たちのすぐ横を通り過ぎた途端、急にユウリがその場から一歩後ずさるのが見えた。勇者のただならぬ行動に、後ろにいた女性たちも戸惑う。
「な、なにかいましたか!?」
 女性の一人が叫ぶが、ユウリは動じない。なにやらぶつぶつと呟いている。そして、彼の手中が赤く輝いた。
「ベギラマ!」
「ぎゃああああああっっっ!!」
 ……ロマリアの城下町に、一人の盗賊の絶叫がこだました。
 ユウリが放ったベギラマは石壁に隠れていたナギに命中し、彼を黒焦げにさせた。ナギはその場に倒れたまま動かない。
 と言うかナギ、一体何がしたかったんだろう……。
 ある程度予想はしていたけれど、まさか何も出来ないまま終わってしまうとは。
 やがてユウリと大勢の女の子たちは商店街の方へ消えていった。それを見計らい、私たちは急いでナギの元へと駆け寄る。
「大丈夫? ていうかナギ、一体何したの?」
「……あいつの足下に……罠を張ろうとしたら……すぐに見つかってやられた……」
 う~ん、そりゃバレるよなぁ。
「ところであいつはどこ行ったんだ?」
「なんか商店街の方へ向かっていったけど」
「よし、行くぞ皆!」
 がばっと勢い良く起き上がったかと思うと、すぐさまユウリが向かった方へ走り出すナギ。私も慌ててシーラを引き連れてナギを追いかける。
「ねえ、なんでそんなにユウリを追いかけるのに必死なの?」
 するとナギは走りながら、ユウリ並みの不機嫌な顔でこちらを向いた。
「その言い方、すげー気にいらねーんだけど」
「あ、ごめん。でもなんで? そんなにユウリの王様姿が気になるの?」
「お前なあ……。いくらボケてても言っていいことと悪いことがあるだろ。あいつがどんな姿してようがオレには関係ないね。オレの目的はただ一つ、あいつの裏の顔を突き止めることだ!」
「裏の顔?」
 なぜかガッツポーズを決めるナギ。
「あいつがオレたちにあんなでかい態度とってるなら、こっちもあいつの弱点見つけて対抗してやろうってことだよ。お前だっていつもあいつにいろいろ言われてんだろ?」
「そりゃまあないとは言わないけど……」
 でもなんかそれって、違う気がするなぁ。それとも私が今のこの環境に慣れてしまったからそういうことが言えるだけかな。
 そんなことを言っている間に、私たちは商店街の町並みへと入っていた。大通りよりはやや狭い道だが、それでも路上には露店も連なっており、人も多く賑わっている。だが、その中でもひときわ賑わっているのが、商店街を入ってすぐにある道具屋だ。
 こっそり近づいてみると、人ごみの中心にいたのはやはりユウリだった。ユウリは王子様の姿で冷静に道具屋の主人と値切り交渉を行っている。いや、良く聞いてみると、値切りどころの騒ぎではなかった。
「おい、おやじ。俺はこの国の王だ。これからお前たちの生活や身の安全を守ってやる代わりに、お前らの売っているものを全部俺に差し出せ」
 訂正。これは立派な恐喝です。
「いやいや、いくらあなたがこの国の新しい王様でも、さすがに全部タダで渡すわけには行きませんよ。こっちにも生活がかかってるんですからね」
 道具屋の主人はいたって冷静な対応をした。そりゃ最もな意見だ、と思ったが、ユウリは変わらぬ表情で食い下がる。
「ほう? お前は今、王の命令に逆らったと言うわけだな? 王の命令に逆らうものはどうなるか、わかってるんだろうな」
 目を鋭く光らせる王様を目の当たりにして腰が引ける道具屋の主人。そのただならぬ威圧感なのか、それとも王の命令に逆らったからなのか、彼はおびえてこれ以上声も出ない。
「よし。じゃあこの薬草は全てもらう」
 まるで当然のように、商品棚から薬草を根こそぎ掴み取る。主人はいきなりのユウリの行動に度肝を抜かれたのか微動だにできなかった。そしてユウリはそれを懐に入れた後、やや引き気味の女性たちの間をすりぬけ、毅然とした態度でその場を後にした。
「うわぁ……」
 私は思わず声を漏らした。
「あいつには良心ってもんがないのか……?」
 ナギですら、驚嘆の声を上げている。
 裏の顔どころか、あんなことをみんなの前で堂々とするなんて、ある意味大物なんだなと思った。今までユウリを取り巻いていた女性たちは、皆冷めたのか各々散っていった。
 そして私は、ふとあることに気がついた。
「ねえ、このままユウリがロマリアの王様になっちゃったら、この国滅びちゃうんじゃない!?」
 私の意見に、二人ははっと気づいたように目を見合わせた。
「ミオの言うとおりだ! あいつがこの国の王になったら、確実にロマリアは滅びるぞ!!」
「ユウリちゃんが王様になっちゃったら、この国のお酒全部持ってかれちゃうかも!!」
 私たちの顔がみるみる青ざめていく。
「こうなったら、前の王様に戻ってもらうしかないよ!!」
「そうだな! こうしちゃいられねーぜ!!」
「あたしもがんばるー!!」
 一致団結した三人は、前ロマリア王を探すため、各自別れて捜索を始めることにした。

 だが、それから2時間ほどたっても、前ロマリア王を見つけることは出来なかった。
「駄目だ、噴水からずっと向こうまで探してきたけどいなかったぜ」
「ぜえ、ぜえ……。わ、私の探してた場所も、全滅だった……」
「お前そんなに息切らすほど探してたのか!?」
 だって、ユウリだったらやりかねないと思って……。ああ、息が切れて声が出ない。
「し、シーラは?」
 息を整えた後、私はシーラがいまだやってこないことに気がついた。確かこの噴水のある広場で一度落ち合う予定になっていたのけれど。
「さあ? まだ見てねえけど」
 きっとまだいろいろな場所を探しているんだろう。私はシーラが戻ってくるまで少しここで一休みすることにした。
「くそー、前の王様はいねーし、またあいつの傍若無人な振る舞い見ちまったし、ホント今日は最悪だぜ」
「ナギもユウリ見かけたの?」
「ああ。今度はあいつ、武器屋で値切ってたぜ。さすがに店の親父も命がけで断ってたけど」
「うわー。何かもう聞いただけで想像つくよ」
 私は午前中の光景を思い出して、目の当たりにしなくてよかったと心底思った。
「ていうかお前もあいつ見たのか?」
「うん。探している途中に酒場を通ったら、中でユウリの声がしたの。もめていたみたいだから、たぶんナギが見たのとおんなじ光景だったと思うよ」
 けどユウリってば、酒場ですらタダでご馳走してもらうつもりだったのかな。だとしたら相当ケチだと思う。ちなみに酒場と言ってもお酒だけ提供しているわけではない。昼間はランチなどの食事もあるので未成年の私でも酒場には入れるのだ。
「けど、そもそもなんで前の王様はユウリに王位を譲ったんだろうね?」
「知らねーよ。まず間違いないのは王様の判断がロマリアの存亡の危機を招いたってことだけだ」
 確かに。ナギの言っていることは大げさには聞こえなかった。
 それにしても、一向にシーラが来ない。シーラは教会の周りだけを探すように言ったので、どんなにじっくり探しても2時間以上はかからないはずだ。
「もしかしてあいつ、どっかで道草食ってんじゃねーのか?」
 それを聞いた途端、私はついこの間の出来事を思い出した。
 そういえば、ロマリアにはモンスター格闘場という、一種の賭博場がある。シャンパーニの塔へ盗賊退治に行く前にもシーラは大勝ちして帰ってきたんだった。
「ナギ、シーラを呼び戻しに行こう」
「は?」
 いる。彼女は絶対にいる。私はなぜかそう確信した。

 そうと決まれば話は早い。私たちは酒場の地下にあるという格闘場へと足を運んだ。
 生まれて初めて目にしたモンスター格闘場。それは田舎育ちの私には理解できないものだった。
 酒場よりもやや広いその空間の中央は頑強な柵で覆われており、その柵の向こうにはさまざまな種類のモンスターたちが争っていた。そしてその戦いあっているモンスターたちを見て、歓声を上げている人々。普通に考えれば、モンスターは人々が恐れる存在なのに、この場所だけは違っていた。
 私はその異様な空間に慣れることが出来なかった。けれど、この中に間違いなく、自分たちの仲間の一人がいるのだ。
「ナギも初めてここに来たんだよね。どう?」
「どう、って?」
 私の問いに、ナギは訝しげな顔をする。
「シーラみたいに、賭けとかやりたいと思う?」
「んー、そうだな、金があればやってみたいと思うけどね。あ、そうだ、あいつまた勝ってねえかな。少しぐらいなら軍資金くれるかも」
 一人で勝手にそういうと、ナギはシーラにお金をもらうため(?)、私を残して行ってしまった。
 どうやら格闘場に対して否定的なのは私だけのようだ。
 シーラはナギが見つけてくれるだろう。私は特にモンスターの戦う姿に興味を持つことなく、心なしか重い足取りで辺りをぶらついた。
 勝敗が決まるたび、辺りから歓声が轟く。勝って喜ぶ者。負けて悔しがる者。さまざまな人の声が熱気のこもった室内に響き渡る。その熱気から避けようと、私は隅の壁に寄りかかることにした。
「あれ?」
 私は違和感を感じた。壁際に一人、男の人が立っている。別に男の人が立ってるぐらいなんでもないことなのだけれど、何かが違う。―――そう、こんなところに一人で立っているのが変なのだ。
 私のように格闘場に興味がない人間でもない限りは。

 私がその人を見つめていると、男の人のほうもこちらに気づいたらしく、目が合った途端すぐに視線を逸らす。一瞬見えたその顔は、見覚えのある顔だった。
「ひょっとして……ロマリア王ですか?」
 王様の名前がわからないのでついそう言ってしまったが、どうやら当たりだったらしく、あからさまに動揺している。
 けれど昨日拝見したときとは打って変わって、どこにでもいる町人のような質素な格好をしている。しかも元々帽子を目深に被っており、顔が下に向いているときなどは、背格好だけでは判別できず、誰なのかまったくわからない。
 それでも私の問いを動揺で答えてくれたということは、間違いない。彼こそが前ロマリア王なのだ。
 思いがけず探し人を見つけることが出来た私は、驚きと喜びが心の内で混ざり合うのを感じつつ、ロマリア王をさらに問い詰める。
「あの、失礼ですが、なぜこんなところに? 実は私、あなたを探していたんですよ」
 すると王は顔を上げ、ばつの悪そうな表情で口を継いだ。
「いや、お恥ずかしい。まさか勇者殿のお仲間にこんなところを見られてしまうとは。……実はな、これはわしの唯一の趣味なのじゃ」
「趣味、ですか?」
 私がきょとんとしていると、王は照れたように頬を掻いた。
「いや、国を治める者として、このような趣味はあまり芳しくはないのはわかっておる。だが人の嗜好はそう簡単には変えられぬ。それに、趣味に興じることは数多くの公務をこなすわしにとって、いわば心のオアシスなのじゃ。じゃが王の姿では国民にどれだけ顰蹙を買うか計り知れぬ。そんな折、偶然にもおぬしたちが現われた。そこでひらめいたのじゃ。勇者殿に王位を預けることで、わしは今ただの一市民として趣味に没頭することができるということを」
 えーと。ということは、賭け事をやりたいがために、ユウリに一時的に王位を譲ったってこと?
「あ、あのー王様。ひょっとしたらその判断、間違っちゃったかもしれないです……」
「んむ? どういうことじゃ?」
 今度は王のほうがきょとんとする。すると、ひときわ大きい歓声がこちらまで届いた。
「おお、大穴のアルミラージが買ったのか。くっ、あそこで負け続けなければあいつに賭けられたのに……」
 もしかして王様、賭けるお金がないからここにずっといるのだろうか? そんなことを思う私など気にも留めず、王は歯噛みしたまま、次の対戦カードが気になるのか、歓声が沸き起こっている場所へと誘われるように向かっていった。
 その後を目で追った私は、はるか向こうに場違いな服を着た人間がそこに堂々とたたずんでいるのを発見した。
 この国で一番場違いな服を着ている人間と言えば―――。
「ユウリ!?」
 普通の人間なら、その姿ではけして入ろうとはしないという常識を覆した、ある意味勇者な男は、(本当の意味でも勇者だが)、私の視線などまったく感じていない様子で、次の対戦表を真剣に眺めていたのだった。
 
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